28.幼い女神と最後のダンジョン


 その日、『ブイブイゲームス』の会議室には、ウルを始めとした『ダンジョンワールド』開発チームの面々が集まっていました。



「おっ、カステラちゃんの配信始まりましたよ」


「ユーザーの生の反応をリアルタイムで見られるとは、便利な時代になったもんですね。音量はこのくらいで大丈夫かな? ちゃんと後ろの人も聞こえてる?」


『お菓子もいっぱい買っておいたの。みんな自由に食べちゃってね。タナカのおじさんも、はいどうぞ』


「一応仕事なんですけど……まあ、ウルさんが言うなら仕方ないですね。皆、パソコンにお菓子の破片が飛ばないようにだけ注意するように」



 集まった目的は、実装後初めてのダンジョン及びボスに挑むプレイヤーの応援……ではなく観察です。もちろん実装前に開発チームでも入念なテストプレイは繰り返しはしたものの、それだけでは不十分。


 昭和末期のファミコン時代から続く「開発あるある」なのですが、仕事でゲームを作っている側の人間は攻略に必要な知識を当然知っている上に、テストプレイで四六時中触っていたせいでうっかり上達しすぎてしまい、一般のプレイヤーを想定したちょうどいい難しさというものが分からなくなってしまうことがあるのです。

 あまりに難しすぎて購入したユーザーのほとんどがクリアできなかった、なんてソフトも業界自体の歴史が浅くノウハウが不足していた時代には珍しくありませんでした。「高難度」と「理不尽」の区別すら曖昧なままゲームを作っていたメーカーも珍しくありません。


 当時のファミコンキッズ達はそんなソフトでも何とか楽しんで元を取ろうとしたわけですが、娯楽の数も質も当時とは比べ物にならない現代で、そんな作品を出すわけにはいきません。

 小規模なコミュニティ内での口コミがゲームの評判を左右していた頃と違い、今はネットやSNSで一瞬にして悪評が広がってしまう時代です。今のところは順調な『ダンジョンワールド』ですが、鳴り物入りで実装した新イベントが難しすぎて攻略不可能との噂が立ったりしたらどうなってしまうことか。


 幸い、ボスの内部的なパラメータや行動パターンについては、あの世界の創造神であるウルなら、この会議室にいながらでも容易に修正可能です。

 実際にプレイヤーの攻略具合を見ながら、必要に応じてパラメータのどの項目をどれくらい下げるかを開発チームで判断して素早く反映させる。できれば戦っている当事者達にも気付かれないほど自然に、戦闘中に消耗して弱ったかのように見せかける……というのが本日の業務目的となります。



「おっ、ここの弾幕はやっぱ見栄え良いすね」


「戦艦の砲撃を間一髪でギリギリ潜り抜けながら接近する塩梅がなかなか難しくてなぁ。テスト中に俺らが何度撃墜されたことか……」


「かといって砲撃をヌルくしたり、わざと外すのも緊迫感がなくなりますからねぇ。シューティングの難易度調整やってた経験が活きましたわ」



 さて、ゲーム内では攻略組の先頭集団であるカステラ侍嬢達が、四つめの空中ダンジョンを飛び立ってイベントの終着点である『空中戦艦クロバネ』を目指しているところのようです。

 戦艦からは大小無数の砲撃が発射され、プレイヤーは砲弾の隙間を縫うようにして接近し戦艦内部へと侵入する、という流れ。


 単に難しくするだけなら砲弾にシューティングゲームのような追尾ホーミング性能でも付与して全弾必中させることも簡単なのですが、これはあくまで『ゲーム』なのです。

 適度な歯応えを感じさせながらも、無事クリアさせることが前提。

 被弾してもHPが幾らか削れるだけで済むので、レベルを多めに上げてから砲撃に耐える方向でゴリ押しすれば回避が苦手なプレイヤーでも戦艦内まで行けるようにしてあります。



『おぉ~、一発クリアね! 流石なの!』


「やっぱ攻略組のトップともなると気合の入ったゲーマーが多いすからね。弾幕部分の調整に関しては後発組の反応も見ながら決めてく感じで」


「戦艦の中に入っちゃえば、あとはほとんど一本道だからね。カステラちゃん達ならボス部屋まで苦戦することはないだろうけど」



 少々ネタバラシをしてしまうと、『空中戦艦クロバネ』はこのすぐ後のイベントで木っ端微塵に爆発四散してしまうことになります。例によってウルのゴッドパワーで『クリア前のエリア』と『クリア後のエリア』の二つを同じ空間に重ね合わせているからこそ可能な力業です。


 ダンジョン自体が消滅することを踏まえて、艦内にあるのは店売り品と同じ消耗アイテムが僅かのみ。アイテムの取り逃しなど気にする必要はありません。

 探索に余計な手間を取らせないようプレイヤーが侵入可能な区画以外は隔壁で塞がっていて、事実上ボス部屋までほとんど一直線のシンプルな構造となっています。



『ふっふっふ、思った通り戸惑ってくれてるみたいね』


「艦内に入ったのに全然敵が出てこないすからね。まあ出してても狭い戦艦内じゃ自由に飛べないカラスはいいカモにしかならないすけど」


『我、カモは好きなのよ。鴨南蛮とか……じゅるり』


「いいですね。私は鴨のスモークをワインとるのが……おっと、もうボス部屋の前みたいですよ」



 トラップやモンスターによる妨害がなかったおかげで、戦艦内に侵入してから先はあっという間に最奥まで行けたようです。その順調さに不気味なものを感じつつも、ゴテゴテとした装飾で飾られたボス部屋の扉を開くカステラ侍一行。そこには、この一連の大型シナリオの最後のボスが待ち構えていました。



『カァッカッカッカ! よくぞ来たな、ニンゲン共よ。だが貴様らの命運も最早これまで。この余と親衛隊が貴様らに誅を下してくれよう!』



 こうして最後のイベントボス『ハシブト帝国皇帝ハシブト七世』と、皇帝率いる親衛隊との戦闘が始まったのです。


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