10.幼い女神とβテスト


 予想通りと言うべきか。

 『ダンジョンワールド』の発表は大きな反響を呼びました。

 無理もありません。なにしろ異世界や魔法の存在が明らかになった現代においてなお想像上の産物と思われていたゲームの中に入れるゲームなのです。


 当然、βテスターへの応募数も凄まじいことになり、想定していた千人の枠に十万を超える希望が殺到することとなりました。すでに国の認可が下りていることや各界の有識者からの太鼓判も後押しとなったのでしょう。

 『ブイブイゲームス』側としても状況を鑑みて、テスターの枠を急遽三千人まで拡大する決定をしたほどです。


 そして、訪れたβテスト初日。

 開始時刻に設定されていた午前十時。いよいよ、全国のテスター達が『ダンジョンワールド』の世界へと入ってきました。



「ヒャッハァ! すっげぇ、心底マジすっげ!」


「鏡、鏡……水溜まりでいいか。うわ、ホントに設定した通りの顔になってる」


「風も匂いも本物としか思えない……っていうか、実際本物なんだっけ? 異世界のリアル神様が参入してくるとか、今どきのゲーム業界すごいな」



 それぞれの自宅からゲーム専用に創られた世界にアクセスしてきた彼ら彼女らは、テスト用の暫定スタート地点として設定された草原で思い思いの感想を漏らしています。

 事前に作成しておいた仮想体アバター通りの容姿になっていることに驚いたり、普段と身長や手足の長さが異なるために危うく転びそうになったりと大いにはしゃいでいました。


 時間が経過するにつれ更に周囲に人の姿が増えていき、それが二百人に届いた頃合で、ピリリリリ、という電子的なアラーム音が鳴り響きました。



「ようこそ、テスターにご応募いただいた皆さん。私は『ブイブイゲームス』所属のタナカと申します。今回は『ダンジョンワールド』へのご協力誠にありがとうございます」



 アラームを鳴らしたのは、現実と同じ容姿のアバターを動かしているタナカ氏です。テストプレイヤー達がファンタジー世界風のヨロイやローブ姿でいる中で、一人だけスーツ姿の彼はとても目立っています。



「さて、前置きはこのあたりで。早速、βテストの概要についてお伝えします。事前に送付したメールの添付ファイルにも基本的なシステム操作の説明は載せておりましたが、聞くのと実際に身体を動かすのとでは違いますからね。この場で皆さん一緒にメニュー操作についてのおさらいをしておきましょう。まずはこのように、左右どちらかの手をグーにしてご自分の胸のあたりを続けて二回叩いて下さい」



 あらかじめメールの添付ファイルをしっかり読み込んでいたテスターは、タナカ氏が説明を終えるより前にメニューを開いていましたが、中には長々と書かれた説明書を読むのをサボっていた者もいたようです。

 しかし、そのくらいは当然開発側も想定済み。だからこうして、基本操作のおさらいをする時間を設けているわけです。



「どうやら皆さん開けたようですね。リンゴが上から下に落ちるように、水を冷やすと氷になるように、胸を二回叩くと自分のステータス情報が色々と表示されるメニュー画面が開くのが、この世界の基本法則として組み込まれているのだとか。では五分ほど時間を設けますので、まずはご自分のメニュー画面を実際に触ってみてください」



 タナカ氏の声に従って、二百人が各々のメニュー画面を触り始めました。



「レベルは当然1、力と素早さに耐久力その他諸々。あとは別画面で装備の切り替えとか持ち物の管理もできる、と。よくあるタイプのやつだな」


「たしかコレが道具袋の代わりになるんだっけ? 試しにそのへんの草を千切ってメニューに落すと……あっ、ちゃんと『雑草:1』ってなってる。あとで投石用の石ころとか入れとこうかな」


「ちょっと見せて見せて。へえ、キャラメイクで魔法職を選択したヒトは最初からスキル欄に魔法の名前があるんだ」



 まだまだ慣れない世界でも、そこは歴戦のゲーマー達。

 メニュー画面の仕様自体は様々なゲームでよくあるタイプのものですし、さほど時間をかけずとも全員が操作を覚えられたようです。


 補足しておくと、メニューの開閉ができるのは本人のみ。

 たとえ他のプレイヤーが腕を掴んで無理矢理叩かせたところで、画面が開くことはありません。他人のメニューを見ることは可能ですが、操作できるのは本人のみ。弱いプレイヤーの持ち物やお金を強引にカツアゲしたりはできないというわけです。


 ついでに言えば、PKプレイヤーキラー行為は全面禁止。

 プレイヤー間での攻撃はダメージになりません。

 モンスターを誘い出してのいわゆるMPKも、モンスターの優先目標となるのは誘い出した張本人となるため、思いついても実行するのは難しいでしょう。


 このあたりの仕様については開発側でも様々な意見があったのですが、かなり冒険的な新規タイトルということもあり、無闇にゲームの雰囲気が荒れる原因になりかねないPK要素は最初から排除しておくことに決定されていました。


 こうした情報はβテストの募集段階から『ブイブイゲームス』の公式サイトやSNSでも繰り返し告知されていたので、今回集まったプレイヤー達には特に不満はなさそうです。



「私からの説明は以上となります。これから一か月間のテスト期間中はご自由に冒険を楽しんでください。今頃、この世界の違う場所でも我が社の者が他のプレイヤーの方々への説明を終えた頃合いでしょう。気の合う方同士で協力するも良し、独力ソロでの攻略を楽しむも良し。それでは『ダンジョンワールド』の世界を存分にお楽しみください」



 タナカ氏が最後に一礼すると同時、二百人のプレイヤーは一斉に未知の世界へと駆け出していきました。


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幼い女神の迷宮遊戯 悠戯 @yu-gi

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