09.幼い女神のゲームの完成


 そして、あっという間に半年ほど経ちました。

 『ブイブイゲームス』側としても開発途中だった他のソフトを放り出すわけにはいかないので、最初のうちは元々のスケジュールの合間を縫ってウルの手伝いを。他のソフトが完成して手が空く者が増えてからは、リアル体験型ゲームの制作に多くの人数が専任で取り掛かるようになっていきました。


 史上初の画期的なゲームとあってか社員の熱意は大したもの。

 頼まれてもないのに自発的に残業する者や、休日を目いっぱい使って新たなアイデアを資料としてまとめてくる者なども少なからずおり、健康を害さないようちゃんと休ませるのに副社長のタナカ氏はずいぶん苦労していたようです。


 ですが、とうとう本日。



『やったの! これで完成ね!』



 ようやく社内でテストしていたα版が完成しました。

 A4用紙換算で三万枚以上にもなる設定資料を元に、ウルが創った世界を実際に開発チームが歩き回りながら、モンスターや各種イベントやシステム面などをずっと調整し続けていたのです。



『まさか、半年もかかるとは思わなかったの……』


「ははは、ウルさんもお疲れ様でした。これでも開発期間としてはかなり短いほうなのですよ?」



 タナカ氏に労われるウルも感無量。

 彼女だけでは到底ここまで根気が続かなかったでしょう。

 『ブイブイゲームス』の社員一同を巻き込んだことで、勝手に投げ出すわけにはいかなくなったのが効果的だったと見えます。



「おや、ちょうど良いタイミングでしたね。私からも朗報を一つ。各省庁からもこのゲームを一般向けに運営する許可が下りたところです」


「流石は社長! 役人は自分達の頭ごしに物事を進められるのを嫌いますからね。それにしても、よく役所の仕事がこんなに早く済みましたね?」


「ええ、そちらは個人的なコネクションを少々使って。皆様、私が何か言う前から素直に首をタテに振ってくださいましたとも」



 人間の魂に直接干渉するという前例のない仕組みなため、国からの認可が下りるかどうかが最大の懸念点でした。ですが、そちらはコスモスが謎の権力を駆使して解決してくれたようです。これでせっかく創ったものが公開直前・直後にお蔵入りという最悪の事態はなくなりました。


 一応、数週間ほど前に審査役として各省庁からやってきた人間に、ゲーム用異世界で身体を動かす仕組みを説明した上で実際に体験してもらったりもしています。危険性のあるゲームを権力や脅迫によるゴリ押しで、無理矢理許可させたとかではありません。


 もちろん役所の人間だけではなく、魔法についての知識がある異世界人の第三者であるとか、国内外の大学や民間企業の研究機関から招いた有識者など、専門家による安全性のお墨付きも貰っています。


 ゲームをプレイ中、プレイヤーの魂がゲーム世界の仮想ボディを動かしている間は、日本にある肉体は眠ったような状態になるのですが、その状態で健康面への悪影響がないかどうか様々なセンサーを取り付けて脳波や血流を測ったりもしたほど。

 またプレイ中に肉体の近くで火災が発生したり、泥棒が入ったりした時なども想定して、いくつかの条件下では強制的にプレイが中断されて、意識が本来の肉体に戻るようにもなっていました。



「あえて情報規制を緩くしてたおかげすね。どっかから噂が広まったみたいで、SNSじゃウチの新作のことが結構話題になってるすよ」


「まだ反応は期待と疑いが半々ってとこかな?」


「ウチは前にソシャゲでやらかしてるから信用がなぁ……まっ、信頼度のマイナスを差っ引いてもβテスターの数に困ることはなさそうだ」



 ともあれ、様々な困難を乗り越えてようやく完成までこぎ着けたのです。ここからは公募したβテスターの意見を反映しながら必要に応じて微修正を重ね、大きな問題がなければ発売するのみ。



「おっと、大事なことを忘れておりました」



 ですが、社外の人間に公開する前にやらねばならないことが一つあります。コスモスの声で会議室に集まっていた面々もそのことを思い出したようです。



「これまでは暫定的に色々な仮名で呼んでいましたが、そろそろ正式タイトルを決めるとしましょう。ひとまず、これまでに出た案をホワイトボードに書き出していきますので」



 ゲームの正式タイトル。

 これがなければ始まりません。

 これまでは「例のやつ」や「ウルちゃん様のやつ」など、社員がそれぞれ呼びやすい名前で呼んでいたのですが、製品として出すからには曖昧なままにはしておけません。

 タイトル案自体はこれまでにも社員が考えた案が五十個近くも挙がってきていたので、それらをホワイトボードに書き出していき、開発チームの総員による投票により最終的な正式名称を決める流れとなりました。


 数が多いうちは得票数下位の半分を落とし、上位半分でまた投票。残りの案が五種類を切ってからは一番得票数が高かったものに決定というルール。そうして最後まで残ったのは……。



「では、集計が終わりましたので発表します。二位の『ウル様カワイイファンタジー』に倍の票差をつけた一位の『ダンジョンワールド』を正式タイトルに決定ということで」


『ぐぬぬ、我の名前が入ったタイトルが落ちちゃったの……』



 かくして、最終的に一位を獲得した『ダンジョンワールド』が正式タイトルとして決定。恐らく、ゲーム内容をシンプルに表しているのが評価されたのでしょう。



 この日の晩はゲームの完成と正式タイトルの決定を祝して、コスモス社長の奢りで会社近くの『ロイヤルホスト』で開発チーム一同での軽い打ち上げパーティーが開かれました。

 自分の名前が入ったタイトル案が惜しくも没になったことを悔しがっていたウルも、牛肉の旨味たっぷりのビーフジャワカレーやデザートのブリュレパフェを食べているうちにすぐ機嫌を直した様子。この時期になると、ウルのご機嫌取りこそがこのプロジェクト最大の課題だと開発チームの面々もすっかり理解していました。


 そして翌日から早速『ブイブイゲームス』の公式サイトやSNSアカウントで『ダンジョンワールド』の試遊テスターの募集を開始。完成から早一週間後には、一般のβテスターによる試験運用が始まることとなりました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る