08.幼い女神とプロの仕事
いくら神とはいえ、ウルは全知全能というわけではありません。
人間と同じく、得意な分野もあれば苦手な分野もある。
例えば、動物や植物など生き物を生み出したり自分が変身するのは得意なのですが、非生物である機械式のロボットなどは上手く創れません。もっと経験を積んで神として成長すればできるかもしれませんが、それは何十年何百年も先のことでしょう。
しかし、何事にも裏ワザというものがあるのです。
『もしもし、ちょっとお願いがあるの。しばらく貸して欲しいんだけど……うん、そうそう。報酬として……次にそっち行く時に「ビアードパパ」のパイシュークリームを一箱? えっ、一人につき一箱!? くっ、それで手を打つの。じゃあ、そういうことで――――よし、これで解決ね!』
「ウル様、今のお話し相手は妹様方ですか?」
『うん。ちょっとタフな交渉だったけど貸してくれるって、権能』
ウルが苦手な分野でも、別の神々もそうとは限りません。
『ブイブイゲームス』の会議室から世界の壁を越えて念話で他の神々に問い合わせ、ゲーム制作に必要そうな権能を借り受けたというわけです。
本来の持ち主である姉妹神ほどは上手く扱えませんが、それでもリアルなゲーム体験の安全性を確保するくらいなら十分以上。あとは実際に試してみるだけです。
『要するに、ゲームの世界用の身体を元々の身体とは別に用意しちゃえばいいのよ』
仕組みは以下の通り。
まず、ゲームスタート時にプレイヤーがゲーム内で動かすための肉体を新しく用意します。これは元々の容姿の通りにもできますし、性別や体格、種族など自由に決められるようにしても良さそうです。
昨今ではキャラメイク機能のあるゲームも多々ありますし、このあたりはイメージしやすいでしょう。このあたりは既存のゲーム機と連動させて、ゲーム機やPCの画面上でできるようにしてもいいかもしれません。
そうやって作ったキャラクターに、プレイヤーの魂を紐づけて五感を共有できるようにします。プレイヤーは自宅のベッドやソファなど安定した場所に身体を置いた状態で、ゲーム風異世界にある仮想の肉体を動かすという仕組み。
このあたりがウルの権能だけでは難しい原因だったのですが、幸いにも彼女の妹の一柱が魂の扱いを得意としていたので権能さえ借りられたら後は何とかなりそうです。
そしてここが肝心なのですが、それらの肉体がいくら破損しても痛みや苦しみを感じることがないようにします。ウルの出身世界の魔法の中には土や岩石で作られたゴーレムを使役するものがありますが、その見た目だけを生身の人間に近付けたようなイメージです。
見た目は普通の人間でも、血も流れていないし内臓も入っていない。手足や頭が欠損しても、時間が経てば自然と復元されるようにしておけば、うっかり大ダメージを負っても身動きできずに難儀することはないでしょう。
「ふむ、それならグロ方面の規制は回避できそうですな。ついでにエロ方面から規制がかかることも見越して、性別についても大まかな外見以外は共通の素体を使い回す方向でいきましょう。具体的には、ゲーム内でそういう行為に及べないよう男女ともパンツの下はツルツルに」
『それじゃあ、いっそのこと下着は肌と一体化して絶対脱げないようにしておくの。これなら安心ね』
いくら神様とはいえ、見た目小学生のお子様をエログロ作品の制作に関わらせるわけにはいきません。このあたりの決定はとてもスムーズに進みました。
ゲーム世界の中でそれらの体験を楽しむには、そういうのに理解がある大人の神様を見つけてくるか、純粋な科学技術だけでリアルな体感型ゲームが実現するのを大人しく待つしかなさそうです。
「ウルちゃん様、質問いいすか? 仮想の肉体を動かすっていうなら、ゲームの中で経験値を溜めるとレベルが上がって力が強くなったり足が速くなったりって風にもできるんすかね?」
「あ、それならレベルアップで魔法とか覚えられるようにならないかな。最近は日本でも異世界の人が回復魔法とか危険性のないやつを教えてたりするけど、やっぱ派手な攻撃魔法をバシッと使ってみたいっていうか」
『うんうん、どっちも採用するの! みんな、勢いが出てきたみたいね』
意見を交わしているうちに、最初は及び腰だった社員達も次々とアイデアを出してくるようになりました。
こうなってくると流石は本職。
積み重ねてきたノウハウはウルやコスモスの比ではありません。
あっという間に創るべきゲームの輪郭が浮き彫りになってきました。
「モンスターごとの経験値とレベルアップに必要な経験値量の相関表は、前にウチで作ったやつをアレンジしたら、ほとんどそのまま使い回せそうすね。ちょっとひとっ走り資料のコピー行ってきます」
「見て見て、ウルちゃん様! こんなモンスターどうかな? 自分が描いたのが生きて動いてるのが見られるなんて夢みたい!」
「ある程度形になったらまずはウチの社員で試してみて、それで問題ないようなら一般のβテスターを募るのが妥当かな。こいつは抽選の倍率がすごいことになりそうだ。出版社の知り合い連中にも声かけないと」
ああでもないこうでもないと熱心に話し合っていたら、いつの間にか外は真っ暗。就業時間はとうに過ぎているのに誰一人気付いていないようです。
よっぽど新しいゲーム制作にワクワクしているのでしょう。この日、『ブイブイゲームス』の会議室の灯りは終電近い深夜まで消えることはありませんでした。
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