ランニング44:ドースデン帝国から紹介されたピージャと、梟雄アルフラックについて
アガラさんはどこかへ旅立ってる途上らしく、アマリさんに付けられた眷属経由で事前に連絡はしておいたので、指定された帝城の一角にあるベランダへと到着。先日も会った面々の内、皇帝陛下でもあるプロティアさんと孫のヴィヴラ君、コ・チョー選定侯のジーナさん、アマリさんは先日も会いましたが、プロティアさん他に出迎えを受けた後、会談用の室内へと案内された先に、一人の女性が佇んでいました。
ピンク色という元の世界ではアニメとか以外には見ないであろう色の髪が複雑に編み込まれていて、衣装も細かい意匠がふんだんに縫い込まれ、宝石も散りばめられた最高級品に見えました。高貴なお姫様然とした端正な面影の、少し勝気そうなその瞳は、ぼくを見てとても残念そうな色を隠せていませんでした。お眼鏡に適わなかったという事で、とてもわかりやすいです。
プロティアさんもそんな彼女の様子を見て叱りつけそうな雰囲気までありましたが、視線だけで彼女を窘めて彼女が詫びるように頭を下げると、ぼくに彼女を紹介してきました。
「カケル殿。彼女は、旧ラルクロッハ帝国の皇室の唯一残った末裔、ピージャ・エル・ラルクロッハです。今日のこの席に同席させる事をお許し下さい」
「うん。構いませんよ。ピージャさん、初めまして。カケルっていう、異世界から神様に呼ばれてユニークスキルを与えられただけの、冴えない外見の黒髪黒目の男です」
「初めまして、カケル様。ピージャとお呼び下さい。私が生まれた時には既に祖国は滅んでおりました。その後も時局に運命を左右される日々が続き、ドースデン王国に拾われなければ悲惨な日々を送っていただけの一人の娘に過ぎません。あなたを見た際の失礼については、お許し下さい」
「許すも許さないも無いよ。初めて誰かを見た時の第一印象なんて、誰かに止められるようなものじゃないだろうしね。えっと、プロティアさん、ピージャさんがそうって事でいいのかな?彼女はこの話を喜んで受け入れてる風には見えないけれど」
「私も輿入れを強要するつもりはありませんでしたが、仕方ありませんね。この話が不服なのであれば、他は彼女にとって不幸になるだろう縁組しか無いのですが、それでもまだマシな嫁ぎ先を選ぶしか無さそうです。もっとも、その嫁ぎ先を彼女自身が選んで決める事は叶いませんが」
「カケル様、プロティア様。どうか申し開きする機会を与えて頂けないでしょうか?」
「ぼくはかまわないけど」
「ピージャ。心してこの場に臨みなさいと伝えてあった筈です。二度目の弁明の機会は設けられないと心得なさい」
「ありがとうございます。カケル様、プロティア様」
ピージャは、ぼくより少し年上、17歳くらいに見えました。ぼくが元の世界で普通に外を歩き回れる体だったとして、彼女と同年代の女子高生達がぼくを見かけたとしたら、即座に関心を失って他の何かに視線を移し、ぼくを見た事自体を忘れ去るでしょう。つまり、彼女が近い将来嫁ぐ相手としてぼくを紹介する事を打診されて、いろいろ聞かされてはいただろうけど、やっぱり失望は隠せなかったのはもう、彼女のせいじゃないですよね。そのくらいの分別はまだぼくにも残ってました。
「ぼくは自分の外見にこれっぽっちも自信を持ってないし、お嫁さん候補がたくさんいると言っても、ユニークスキルを持たされてなかったらそんな事も起きなかっただろうという自覚は忘れないように気を付けてはいます」
「平に、平にお許し下さい、カケル様。私は、世が世であれば、確かにこの上無い身分の上にあぐらをかいて高慢な一生を送る事を許されていたでしょうが、生まれたのは国が滅んだ後の事でした。プロティア様や他の重臣の方々からも、さまざまな逸話を聞かされており、どれもにわかには信じがたい内容でした。一夜にして千里を駆け、大空に大聖堂を浮かべて投げ落としてデモント選定侯の領都を滅ぼし、ドースデン帝国皇帝や選定侯達にかけあって西岸諸国侵攻軍を止めてみせ、その見返りの食糧はわずか一刻で帝城の食糧庫を満たすだけでなく、深い海の底のダンジョンの支配者を狩り倒して得た素材で遠征軍の腹をも満たし、ミル・キハで行われていた戦闘も止めてみせたと聞いております」
「その後で、カローザ王家の大半をその王城ごと滅ぼしたり、ガルソナも降伏させたりとか、他のダンジョンもいくつか攻略してきたりとか、まあいろいろだね」
前回来てからまだそう日が経ってないので、伝わりきれてない情報もあったのでしょう。プロティアさん含め、ピージャさん他からも、驚きと呆れと怖れが複雑に混じり合った視線を向けられてしまいました。まあ、いつもの事ですね。
「土地枯れを癒す方法は見つけつつあるけど、ドースデン帝国全体という規模になるとさすがにまだ無理そうだし、食糧供給の当ても増やしていかないといけないから、忙しい日々は続きそうだしね。マーシナのイドルがぼくに嫁いでくるのは一年後くらいになる予定だし、ピージャさんもそれまでに決めていればいいんじゃないかな?」
「いえ、直接お会いして、お話を伺って、私の心は定まりました。あなたに嫁ぎたいです」
「でも、ピージャさんだけを特別扱いに出来ないのは大丈夫なの?お嫁さん候補が、ポーラとリーディアとイドルが確定してて、アルフラックって人の娘の一人のエフィシェナと、ラグランデの末裔っていうリル。ミル・キハで四聖とされてたワルギリィさんにはお嫁さん達の護衛としてスカウトさせてもらったけど、当人が望めば全部で六人になるね」
「では、私を七人目としてお加え下さい」
「ピージャさんがそう望むのなら、ぼくは止めないけど、一つ、絶対の約束をして。他のお嫁さんや、これから生まれてくるだろう子供達とは、仲良くしてね。無理そうなら、この話も無かった事にして」
「梟雄アルフラックの娘でございますか。私は直接関わった事はありませぬが、あちらが気にされないのであれば、私も気にしないよう努めます」
「えっと、ラルクロッハ帝国とアルフラックの間に因縁があったって事?ごめんね、詳しい話はまだ聞いてなくて」
「それは、私からお話ししましょう」
という事で、プロティアさんから語ってもらいました。
以前、イヴィ・ゾヌ選定侯のヨネッゲさんから教えてもらった内容と少し重なってはいたけど、ラルクロッハ帝国の北には、帝国でも特別な地位を持つジョーヌ大公の領地があったんだって。
とても頼りにされてる存在だったんだけど、土地枯れが広がって、騒乱が争乱に、争乱が戦乱へと時勢が移り変わっていく中で、混迷する皇帝本家とその取り巻き貴族勢力を見かねたのか、ジョーヌ大公は独立を宣言。その領地は、今のデモント選定侯の領地の西半分、ソルティック選定侯領の東の1/3ほどを占めるほど広くて、影響力はとても大きかったそうです。
そんなジョーヌ大公の軍は、諸国が入り乱れる戦乱の中で何度も重要な働きをしたし、その中で活躍して下級兵士から英雄と称えられ将軍の地位まで勝ち取ったのがアルフラックという人。彼は血の気の多いソルティック王国との戦いを制し、デモント教の信徒達もうまく味方につけ、弱体化していたラルクロッハ帝国でも快進撃を続けて、ジョーヌ大公の娘を与えられて縁組して、軍でも最高位に上り詰めた。
「けれど、アルフラックは、ジョーヌ大公も、そしてラルクロッハ帝国も裏切ったのです」
そう言ったピージャさんの声は、抑えきれない怒りに震えていました。真っ赤になって怒ってるという風では無かったけれど、それだけ深く恨んでるのかなぁと心配にもなりました。
エフィシェナもお嫁に来るし、ラガージャナさんにもお手伝いさんとして働いてもらう予定だしね。
ジョーヌ大公の地位を簒奪したアルフラックは、ラルクロッハ帝国の領土の2/3程度まで支配領域を広げ、反対勢力の旗頭に担がれていたドースデン王国に対しても圧倒的に優勢な状況で決戦に挑んだんだけど、戦後の利益分配などを巡って味方であった筈の貴族達の離反などが相次いでまさかの逆転負け。それでもラルクロッハ帝国が滅びるくらいまでには粘ってみせたんだけど、最後には信頼していた筈の部下に裏切られて暗殺されて生涯を終え、旧ラルクロッハ帝国領はドースデン王国が制圧。ジョーヌ大公の旧領地もデモント教国とソルティック王国とに併呑されて、ジョーヌ大公の血筋もアルフラックの娘達を除いてそのほとんどが殺されてしまったそうです。
「ドースデンとしても、旧ラルクロッハ帝国皇室直系の血筋を持つピージャはとても扱いが難しい存在でした。下手な誰かと縁組させて、旧ラルクロッハ帝国領の支配権を主張されたりすれば、再び大きな戦乱が起こりかねませんでしたし。しかしそうですか。アルフラックの娘の一人もカケル殿に輿入れする予定なら、ちょうど良いのかも知れませんね」
「何がでしょうか?」
プロティアさんの笑顔は、とてもさわやかに見えましたが、不吉な予感を感じさせるものでもありました。
「戦乱と食糧危機を回避する手立てを講じて頂いた方にドースデン帝国としてどう報いるのか、とても難しい問題でしたが、旧ジョーヌ大公の所領をそのままか、もし望まれるのならデモント選定侯の領地も併せて差し上げますがいかがでしょうか?身分の扱いとしては、選定侯の一人とさせて頂きたいのですが、カケル殿ご自身が存命な内は、他の選定侯よりは一段上の扱いとさせて頂きます」
「身分とか地位とかに拘りは無いんだけど、お嫁さん達と暮らす場所をどうするかとか決めなきゃいけないのも確かなので、持ち帰って彼女達とも相談させて下さい」
「わかりました。良いお返事をお待ちしております」
そうして話も一区切りついたので、今回分の食糧の納品として、クラーケンの触腕の切り身、馬車一台に余裕を持って載せられるくらいのサイズを氷の精霊の腕輪で冷凍した物を計30本分ほど納品しておきました。作物の方は、減った分を自動的にポーラの眷属が補充してるみたいで、こちらも大臣さん達に大変感謝されていました。クラーケンの触腕の冷凍した物の残りは、コ・チョーとナンブ、イヴィ・ゾヌとソルティックの四つの選定侯の領都に直接届ける事になりました。一度に大量にもらってそれが冷凍されてても、すぐには消費しきれないから、納品量は現地の選定侯と相談して決める事になりました。が。
「デモントは領都ごと潰しちゃったので後回しというのは分かるのですが、他にもまだ選定侯領ってあるんじゃなかったでしたっけ?」
「ドースデン帝国皇帝直轄領になっている旧ラルクロッハ帝国領の東にハシャ―ル選定侯領が、東南に旧ドースデン王国領のドースデン選定侯領があります」
「ドースデンが二重にあるのはややこしいですね」
「いずれ皇帝を選ぶ選帝侯となる選定侯の一票を余計に抑えておくのと、そもそも政情や時局が不安定過ぎて、もともとの領地をほぼそのまま残して確保しておきたかったという思いがあっての措置です」
「なるほど。それで、その二つの領地と選定侯はどんな感じなんですか?」
「ハシャ―ルの方は鉱業や鍛冶が盛んな土地柄で、選定侯その人も鍛冶を嗜んでそちらを本業にしたいとぼやいてるような老人です。とはいえ私よりも若いですが。
問題は、もう片方のドースデン選定侯の方ですね」
プロティアさんがため息をつき、ピージャさんが眉間に皺を寄せたりしたので、あまり好ましい人物ではないのかも知れません。
「ドースデン選定侯は、現皇帝である私の、わずかに残った縁戚の中でまだマシな方な者を選んだのですが、次代の皇帝は自分にこそ相応しいと公言しており、私を含め周囲を悩ましております。皇太子はヴィヴラにすでに決まっておりますのに」
「ええと、説得も効かないと」
「はい。お恥ずかしながら。それだけでなく、ピージャを嫁に寄越せと何度却下しても駄々をこねておりまして。困ったものです」
「ピージャはどうしたいの?」
「皇帝陛下や帝国中枢の意向を無視し、説得も聞き入れず、さらに政治工作に明け暮れて、自らの地位だけでなく命そのものも危うくしている者に嫁ぎたくはございません。死にたくはありませんので」
「うわぁ・・・。それこそ、下手な何かをされる前に、他の誰かに挿げ替えれないの?」
「もし候補がいるようなら、とうの昔にそうしておりました。それだけ、旧ドースデン王国の王家の血筋の者が数多く戦乱の最中に散っていったと思し召し下さい」
「プロティア様、カケル様に任せる土地を、旧ジョーヌ大公領やデモント選定侯領ではなく、旧ドースデン王国領の方にするのは駄目なのでしょうか?」
「その選択肢も考えはしましたが、ドースデン王国もそれなりに長い年月を生き延びてきた国でした。王家の遠縁とはいえ、ドースデン選定侯としてディトラートが受け入れられているのはその血筋のお蔭です。
それに、土地枯れの被害が大きいのは、やはりジョーヌやデモントの土地の方が深刻ですから、その対応をしていただいていくのであればやはり北方をお任せするのが適任かと」
「しかしそれではカケル様に実入りが少なく苦労ばかりが多い土地を押し付ける様なものではありませんか。デモント教信徒達が多い領地を治めるにも苦労が多い筈です。それがドースデン帝国としての恩の返し方として適切なのでしょうか?」
ビシッと言ってくれたピージャさんの姿は、確かに見かけだけでなく、大帝国の皇女様という雰囲気というか風格がかすかに感じられました。
まあ、ドースデン帝国内に領地をもらってそこで暮らすのが自分自身になるとなれば、他人事ではいられないというのが本音なのでしょうけど。
「はっきり言って、どこを与えられようと、ぼくは統治にはほとんど関わりませんので、代官として適任な誰かをつけて頂いて、その方に領地経営はほぼ丸投げになると思います。イルキハやカローザやガルソナやラグランデもそうする方向で話が進んでますし、そちらは代官となるべき誰かもほぼ決まってる状態です」
ガルソナ旧領主の庶子という人にまだ会ってなかったのをふと思い出せたので、こちらもまた忘れない内に会っておかないとですね。
「私どもも、恩を仇で返すつもりは毛頭ございませんし、代官として相応しい者や官僚達も十分な数を配置させて頂けるよう調整を進めております。ピージャがカケル殿に輿入れした後は、彼女が顔役として立つ事になるでしょう。あなたにその覚悟がありますか?」
平静な表情を保とうとはしたらしいですが、ピージャさんの頬がひくひくと引きつっていました。まあ、ぼくのお嫁さんともなれば、デモント教信者の襲撃目標とされてもおかしくないしね。
「ぼくが何をどれだけしようが、気に入らない人とか反発したい人とかは絶対にいるだろうしね。デモント教の信者とかなら猶更だし。今はリーディアの守りを一番堅くしてあるけど、ポーラの眷属を回してもらえば、ピージャの身辺が脅かされる事はそう無いと思うよ。絶対無いと言い切るのは難しいにせよ」
「お言葉を返すようで申し訳ありませんが、ポーラ姫様の気が変われば・・・」
「そこは約束したから大丈夫だよ。お嫁さんやお嫁さん候補や、今後増えていくだろう子供とかの家族含めて受け入れられるかどうか、ぼくと一つになる前に確認したから」
ぶっちゃけ、チェックポイントに戻ってやり直しも出来ますが、それはここで話さない方が良いでしょう。
ピージャさんはまだ少し不安を覚えているように見えたので、少し言葉を足しておきました。
「今日会ったばかりだし、どこをいつからどういう形で任せられるのか、ドースデン帝国内でも調整や手続きが沢山あるだろうし、ぼくもお嫁さん候補達と話し合って決めていかないといけないから、まだ考える間はあると思うよ。焦って決めないでも大丈夫だから」
「・・・私も、あなたに嫁がれる予定の方達との話し合いに参加する事は可能でしょうか?」
「可能と言えば可能だけど、眷属を管理してるのはポーラだし、この帝城を管理してる人の許可も取らないといけないのかな?」
「最高責任者は皇帝である私になるのでしょう。ピージャの生活圏に関して一部見直しをかける程度で済むと思いますが、詳細は下の者に確認させておきます」
まあそれからアマリさんに付けられてるポーラの眷属経由で話を聞いたらしいポーラから、ピージャさんに付ける眷属を見繕っておいてくれる事になり、昼食を皇帝一家やピージャさん達とご一緒したり、帝城上空をプロティアさんやヴィヴラ君やピージャさん達と列車ごっこで少し走ってあげたりした後、クラーケンフライの素材をすでに面識のある選定侯の領地へお届けしました。その後、自分の領地?になるかも知れない土地も見て回っておきましたが、やはり枯れた土地が多かったですね。旧ジョーヌ大公国の領土を奪ってなければ、デモント選定侯領はきっともっと早くに立ちいかなかくなってたでしょう。ハシャ―ルと、旧ドースデン王国領という選定侯の領地にも足を運んでおきました。
距離を稼いでレベルを上げておく為に。
もうすぐ200が見えてきたので一気に上げたい気もしたし、もう一つの食糧確保のダンジョンも覗いておきたかったけど、方々を走り回ってお届け物したりしてる内に日が暮れてきたので、ワープでポーラの所に向かいました。
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