ランニング43:リーディアとの夜

 イルキハのダンジョンでレベル上げをしていた一行は特にトラブルは無く、修復されつつあるイルキハ王城まで戻ったのですが、出迎えてくれたリーディアの様子が少し変でした。


「ただいま。何かあったの?」

「お帰りなさいませ。カケル様から教えて頂いたアジトをいくつか当たってみて、そこで少し。詳しい話は、夕食の席の後に致しましょう」


 そんな訳で、ラガージャナさんやエフィシェナやワルギリィさん達も一緒に夕食の席で今日の成果を話し合ったりもしたのですが、自分のを話すのは一番後にしました。ほら、自分の後だと話しにくくなる事もあるだろうと思って。


「じゃあ、ブロンズ・ゴーレムの階層のボスは倒せたんだ。すごいね」

「ハーボ殿のアダマンタイト製ナックルのおかげですね。魔法も、ロックゴーレムまではともかく、ブロンズゴーレムにはほとんど効き目が無くなってきますから」

「ハーボ殿だけならまだ先に進めたかも知れませんが、それでは私達の修練にはならないので、ロックとブロンズを半々くらいで狩っていました」

「あれらを、一瞬で倒されていくカケル殿の異常さがわかるというものです」

「褒めてないよね、ワルギリィさん?」

「いえ。でも、これからもあそこでレベル上げをするのであれば、少なくともブロンズゴーレムと対等以上に戦える武具は必要になります」

「ん-、そこは、ワルギリィさんがこっちに来てくれたら、手付金?契約金?みたいな感じでなんとでも出来ると思うよ。ぼく、あそこのダンジョンマスターだし」


 その言葉を聞いたワルギリィさんの目が$マークになった気もしましたが、気のせいでしょう。この世界に$は無いし。

 アダマンタイトゴーレムのバッシュが、自らの体躯を削って装備品に出来たように、他のゴーレムからも似た事が出来ます。お嫁さんたちの守りを任せるのであれば、魔法が効かないクリスタルゴーレムのボスから多少体積を削っても、装備一式を用意するのはとてもコスパが良さそうです。今だとぼくくらいしか倒せないし、ぼくには特に倒す意味も無いので。アダマンタイトを生み出せる容量には限度があって、バッシュに割り振ってるのが現在のほぼ最大値みたいです。


「それは魅力的な申し出ですね。どんな金品よりも」

「お嫁さんたちを守る要になってもらえるのなら、とても良い装備一式を贈れると思いますよ」

「具体的には?」

「魔法が一切効かなくなる武器防具とか。たぶん装備してる本人は使えると思いますが、そこは要確認ですね」

「わかった。明日にでもミル・キハに送って欲しい。そこで国主と話をつけて、自分の邸宅や家人とも今後について説明したら、すぐにでも」

「そこまで焦らないでもいいですよ。バッシュもいるし、イルキハにずっと住む感じにはたぶんならないでしょうからね、って痛いよ!」


 隣に座っているリーディアが少し拗ねた顔をして、ぼくの腿をつねってきました。


「カケル様は意地悪です。方々の支配を任され、駆け回らなければいけない事情はもちろん存じていますが」

「ごめんね。どこかにみんなで住むのか、それともばらばらなまま生活するのか、そこら辺も話し合った方がいいよね」

「お子が生まれ始める頃には、どこかにまとめられた方が良いでしょうが、今お話しが来ているのは、このイルキハと、カローザとガルソナ、それからラグランデですか?」

「そんな感じ。統治そのものは代官として置いた誰かに丸投げする感じにはなるけど」

「それぞれの位置関係が離れ過ぎていて、カケル様でなければまとめるのは無理そうですね」

「これからドースデン帝国がどう縁組や結びつきを提案してくるかによって、まただいぶ広がるというか散らばりますしね」

「現地住民感情があまりよろしくないところで子育てというのも不安が残りますね」

「このイルキハも、つい先日狙われたばかりですしね」

「その話は、食事の後でまたするとして、カケル様の今日の成果をお聞かせ下さい」

「ええと、今日は、極北のダンジョンを制覇してきたんだ。ダンジョンのラスボスは、氷の精霊で、かなり危ない相手だったよ」


 マッキーに治療してもらって痛みとかは無くなってた右手をひらひらさせると、リーディアがさらに光で包んで完治してくれました。


「ありがと、リーディア。道中も、ハリエッタがいなければかなり面倒だったと思う。相性的に彼は無双してたけど、環境的に、アンデッドになってないと途中で力尽きてたろうね。ダンジョン、どれも殺意が高いから。特にラスボスが」

「一国の総力を傾けても敗退したという逸話がいくつも残ってたりしますからね」

「国の英雄や精鋭が揃って討ち死にとかも。だから、逆に行くなと制約をかけられたりもする」

「まあでもこれで、ダンジョンも残り5つ。次は食糧補給の当てになりそうなところに行ってみるつもりだけど、その前に、クラーケンフライの材料をドースデンに届けてくるつもり。冷凍できる手段が出来たしね」


 氷の精霊を倒して得た氷の腕輪についてもみんなに伝えておきました。


「これである程度、ドースデンの食糧事情が和らぐのは良い報せではあるのですが、ドースデンから誰が輿入れしてくる事になるのやら」

「次のダンジョンでどの程度の食糧が供給されそうなのかによって、だいぶ状況も変わりそうですが」

「そうだね。そこが当面の食糧供給源としては、最後の当てになる筈だから」

「ただし、その資源を最大限に利用しようとすればするほど、ダンジョンの寿命も短くなるのが悩ましいですね」

「それも延命策を探ってみるよ」

「あるんですか?」

「さあね。でもダンジョンなんてそもそもが不思議の塊なんだから。ダメで元々でいろいろ試してみるよ」


 緑の魔境でダンジョンを育て始めた事についても、夕食を共にしている4人には伝えておきました。

 そして夕食を終え、お風呂でゆったり休んだ後、再びリーディア達と集合しました。

 食後酒というのも準備してくれてたので味見程度には試してみました。未成年だから云々てのは、そもそもこの世界でも国によって違って、だいたい15から18歳とかで成人の国もあれば、13-15歳でという国や民族もあったりするみたいで、自分は元の世界の決まりなんかを気にするつもりもありませんでしたし。ただ、この後に大事な時間が待ってる筈で、酔っぱらって台無しにするつもりは無いのでそこは注意しました。


「それで、リーディア。殉教派のアジトで何か見つかったの?」

「新たな爆発物などは幸いと言って良いのか見つかってはいませんが、それよりも厄介な何かが現れたというか」


 いつもははっきりと物言うリーディアが珍しく歯切れが悪いのが気にかかりました。


「爆発物とかよりも厄介な何かっていうのは?」

「言いにくい事なのですが、殉教派にとって、一番目の敵にされているのがカケル様だと。彼らも全員が強硬手段に訴える者ばかりではありませんから、シングリッド唯神教の教徒として普通に集っているだけだという者達もいるのです」

「う~ん、内心どう思うかまでは干渉できないし、したくもないから、向こうからこっちに何かしてこない限りは、放置してても良いんだけどね」

「カケル殿のしてきた事の中には評価の分かれる事もありますから、あまり楽観視は出来ません」

「デモントの大聖堂を空から投げ落として、領都そのものを崩壊させたりもしたしね。信徒からすれば、悪の象徴にされて当然だよね」

「自覚があるのは良い事です。それだけ、危険な状態であると備えも出来るのですから」

「でも、今後の食糧供給や、土地枯れの問題に解決の糸口を見つけたりすれば、意見を翻す人達の方が多くなるのでは?」

「全体の流れとしては、たぶんその通り。大規模な戦争を回避させもしたしね。ただ、宗教の信仰、特に殉教派にとっては、それらの善行ですら、神の意志にそぐわぬものとして捉えてしまうから」

「別にどうでもいいんだけどね。神様がその意志に適わないような何かを本当に看過するかな? 止めたかったら止められるのが神様なんだから。ぼくが邪魔ならそもそも呼ばれてなかったろうし」

「カケル様が唯一神様と直接対話されているという話も、彼らにとっては看過し難いでしょうね」

「気持ちは察せるけど、ぼくがどうこうしてる訳じゃないしね。神様に頼んでよそこは」

「そうなのですけどね・・・」

「これはポーラ姫やイドル姫達とも相談して決めておいた方針なのですが、なるべく広範囲に、カケル様の良い話を噂として流布していこうと」

「それ、ポーラが眷属を使って暴走しない?」

「その恐れはありますが、殉教派や、そうでない宗派でもデモント選定侯領の信徒達による無差別破壊活動に一定の歯止めはかけられるでしょうから。彼らは彼らでこちらと真逆の話を振り撒き続けるでしょうし」

「まあそっちの動きは任せるよ。ぼくはぼくでやらないといけない事が多過ぎるしね」

「承知しました。他のお二人にも伝えておきます」


 それからしばらく雑談の時間を挟んだ後、リーディアの寝室へと向かいました。ぼくとリーディアと、バッシュとワルギリィさんも一緒に。


「職場見学というか、実際問題守れるのかどうか、どう守るのか、見ておく意味合いは大きいだろうし」


 ということで、寝室だけでなくその隣や上下の部屋に爆発物や毒物他の危険物が仕掛けられてないか、ぼくのサーチスキルや、マッキーの呪術、リーディアとワルギリィさんの魔法なども駆使して安全性を再確認した後、ベッドのある部屋にはぼくとリーディアと、それからバッシュだけになってから光魔法で結界を張ってもらい、部屋の外にはワルギリィさんやマッキー他に警戒待機してもらう事になりました。


「雰囲気が、って問題じゃ無くなっててごめんね」

「カケル様が謝る事ではありませんよ。これからの私達や、生まれてくるだろう子供達の将来を含めた死活問題ですから。それに」

「それに?」


 リーディアは寝着の上に羽織っていた薄衣を脱ぎ、ぼくに抱きつきながら言いました。


「あなたがどれほど真剣に今後の事を考え、ポーラ姫自身にも理解を促し、言質を取り、私達の守りを固めて下さっているのか、全て伝えられておりますから、私は嬉しいのですよ。とても。あなたに大切にされてると実感出来ていますから」

「そう受け取ってくれているのなら、嬉しいかな」

「はい。私があなたにして差し上げられる事は多くはありませんが、それでも、私はあなたと一つになり、夫婦として絆を深め、子を成していきたいです」

「ぼくも、そうしたいと思ってるよ。だけど、一つだけいい?」

「あなたが私に願う事であれば、何なりと」

「他の人が周りにいる時は難しいかもだけど、二人きりの時は、様を付けないで呼んで」

「はい!嬉しいです、カケル!」


 部屋の明かりを落とし、天蓋付きベッドの四隅に仕込まれた仄かな照明が灯されて、リーディアが一枚ずつ着衣を脱いでいき、大変扇情的な下着姿になって、ぼくと口付けを交わしながら、私はあなたの物です、とか囁いてくれました。

 レースがあしらわれたブラに包まれた胸の膨らみとかを押し付けられて、決壊寸前の理性を総動員しつつ、リーディアを抱きしめながらぼくは彼女の耳元で囁きました。


 リーディアはぼくの物じゃなくて、ぼくの大切な人だよ、と。


 まあそこからは、スイッチの入ってしまった若い恋人同士として熱い夜を過ごしました。

 昨日ポーラの相手をして経験を得ていたことで、若干の余裕はあった筈なのですが、リーディアの熱情に押し流されました。ポーラの様に鼻息荒くって感じじゃなくて、愛してますという言葉と感情を、二人きりの閨という空間でする事をしながら、ただひたすらに純粋にぶつけ続けてくれる感じ。

 リーディアに会ってからの日数はまだそんなに経ってないし、イルキハの統治を任せた後は別行動になって、時々会いに来て、彼女とその家族とかを救ったりもしたけど、会った回数自体はそんなに多くありません。

 けれど、誰かを好きになるのは、会ってからの時間の長さや回数の問題じゃ無いのだな、というのが、その白い肌を薄桃に上気させながら可愛く悶えるリーディアの姿を見て、とても良く分かりました。こういう事をして、そういう姿を見たから、というだけでは無い事も。それだとあのエリックと変わらない誰かになってしまうのも何となくわかりました。


 お互いの感情の波をぶつけ合い混ぜ合うひと時かふた時かそれ以上が過ぎて、流石に互いに一息ついたタイミングで、互いの体を隙間なくぴったりと密着させた状態で、ぼくは至近距離でリーディアと見つめ合いながら、誰にも聞かれないくらいの小さな声で囁きました。


 愛してるよ、と。


 その瞬間にリーディアの涙腺が決壊して、何度も繰り返しぼくに口付けしながら、私も、私もですと呟き続けました。

 ぼくもだよ、と応じつつ、口付けも交わしながら、愛を交わすってこんな感じなのかなと想像しました。セックスする事を、英語だとmake loveと言ったりするのも、なんとなく実感が湧いたり。他人から見れば、初体験とかを済ませたばかりのガキの戯言に過ぎないのでしょうけど。

 ちなみに、ぼくは義務教育は全てベッドの上のリモート教育で済ませてありました。何せ眠れない時間も多かったし、苦痛を紛らわす為に打ち込んだりもしたので、勉強に苦労することは特にありませんでした。


 それからも夜遅くまで二人して愛を育む時間を過ごして眠りに落ち、共に朝を迎えました。部屋の中で彫像の様に存在感を消してくれていたバッシュがカーテンを開けてくれていたので、朝日がリーディアの金色の髪や睫毛や、んぅ、と寝ぼけながら開いた瞳を黄金色に輝かせていて、その真っ白な肌の肢体も煌めいて、とても尊い光景でした。ラノベの主人公達がそうした様に、ぼくも脳内写真フォルダに保存しておきました。

 チュンチュンでは無いにしろ、窓の外から小鳥の囀りが聞こえてくる朝の空気の中、ぼくはリーディアにちゅっとキスして挨拶しました。


「おはよう、リーディア」

「おはよう・・・、カケル」

「その、大丈夫?」

「・・はい。私は治癒魔法を使えますし。ただ、この痛みは愛しさの証でもありますから、完全には癒しませんでしたが」

「痛みの処置についてはお任せするしか無いけど、愛しさとかについては、何となくわかってきた感じがするよ」

「そう言って頂けるのは嬉しいです。私も同じです。あなたはこれまでも大切なお方でしたが、昨夜の契りをもって、誰よりも愛しいお方にもなりました。独占できないのは私も残念ではありますが、それでも私はあなたから離れたくはありません。あなたも、私を手放さないで下さいね?」

「もちろんだよ、リーディア。ぼくから手を離す事は無いよ」

「では、私からも手を離す事は無いので、ずっと一緒ですね」

「そうだね」


 リーディアの熱い視線に促される様に、朝の光の中でも致してしまいました。全てがくっきりはっきり見えて、恥じらうリーディアの姿に興奮してしまったせいもあり、大変素晴らしい時間が脳内動画フォルダに保存されました。


 それから互いに身だしなみを整える時間が空いてから食堂で合流。

 ちょっと寝不足気味に見えるワルギリィさんと、苦笑しているラガージャナさんと、ニコニコしているエフィシェナ達も一緒です。

 ぼくの挨拶は、おはよう、という無難な物の筈だったのですが。


「おはよう、じゃ無いわよ。もうとっくに朝食の時間は過ぎているわ」

「まぁまぁ、ワルギリィさん。護衛対象の仲が良い方が、悪い方よりもよほどマシではありませんか」

「それはそうだけど、リーディアさんやあなたの表情を見ればもう言葉にしてもらわなくても伝わってくるわ」


 ワルギリィさんがぼやき、エフィシェナがとりなしてくれて。彼女には、リーディアの満面の笑顔の外側から見える以上の何かが見えているのでしょう。幸い、それはとても良い状態の様です。

 ぼくとリーディア以外はすでに朝食を終えてる様なので、二人して朝食を済ませつつ、今日の動きについて伝えておきました。


「ワルギリィさんをミル・キハに送っていくとして、ラガージャナさんとエフィシェナはどうする?」

「私はこのまましばらくこちらに滞在させて頂ければと。奥方様達を守る護衛の役目としても、ワルギリィさんの留守には居た方が良いでしょうし、面通しをしておいた方が良い人達も多いでしょうし」

「妹がこんな感じですので、急で申し訳ありませんが、お願いできますでしょうか、リーディア様?」

「問題ありません。イルキハもまだ落ち着いた状況ではありませんので、信頼できる誰かはいくらでも欲しいですし。エフィシェナさんは、いずれ私と同じ立場にも立たれる方ですしね」

「はい。お互い助け合える関係になれるよう努めます」

「よろしくね、エフィシェナさん」

「こちらこそです、リーディア様」


 その後、別れ際には、やはり次来るのをいつにするかは、ポーラの方と順番という事で、また明日という約束をしてから出発。1時間ほどでミル・キハにあるワルギリィさんをその自宅に送り届けたら、次の1時間半ほどでドースデン帝国の帝城に到着です。

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