ランニング42:チェックポイント

 マジかー。ここで来ちゃいますかー、というのが第一印象。

 驚きこそありましたが、迷いはありませんでした。


 意識内で、Yesをはっきりと選ぶと、再確認は求められずに選択肢は消え、いつもの白球電灯の様な神様の姿が現れました。


「お久しぶりです?」

「そんなに日数は経ってない筈だけど、いろいろ派手に動いてるみたいだね。それにしても、良かったの?」

「チェックポイントを更新した事についてなら、もちろんです」

「理由を言葉にしてもらっても?」

「更新する毎に、取り返しのつかない事態に近付いていってるんでしょうけど、ポーラや他の誰かと交わした言葉や気持ちとかを、経過をなぞる為だけの繰り返し作業にはしたくなかったからです。

 それで最終的には世界が終焉を迎えるのだとしても、仕方ないですね」

「世界の成り行きよりも、君やポーラ達との思い出の方が大切だと?」

「人間と神様の視点とか優先順位の違いなんでしょうか。人は死んだらお仕舞いの筈が、何度も繰り返しやり直せるぼくも普通の人とはちょっと違う立場にいるんでしょうけど、それでも、あれは一度きりだったから特別なんだというのは、なんとなく分かるんです。

 ゲームみたいに、同じ選択肢を選べば、同じ結末が得られるのだと、価値が無くなってしまうというか、あの時はどんな言葉を言ってたっけとか、どう触れてたっけとか、いちいち思い出そうとしたり、視野にガイドが表示されたとしても、それを辿るのに一生懸命になってしまうでしょうし。

 それで前回より何かがうまくいかなければ、またやり直すとか、それはもう、結果を得る為の苦行になってしまってます。感情のやり取りとかからはかけ離れた、全くの別物で、そんな作業を繰り返したくは無いので。出来る限りは」

「結果を得る為の苦行。そうか、今の私が嵌っている状況が、正にそれなのかもね」


 まあ、神様には、神様にしかわからない役割とか責任とかありまくりで、誰よりも大変な立場なのは確かなのだろうけど。


「神様は、どんな結末を迎えたいんですか?」

「・・・・・」

「ぼくなんかを呼んで好き勝手やらせてくれてるって事は、ぼくが存在しなかった場合の結末が受け入れられなかったから、ですよね」


 バカで考え無しな自分が言う様な事は、神様はとっくに演算したり確かめたりした後だとは思うけど、それでも、ぼくがここに呼ばれた理由は、それでもまだ確かめたい事が残っているからだとしか思えないので。

 それは万能な筈の、いえ、万能だからこそ陥る罠みたいな?


「神であるという事は、本来、誰も特別扱いしないという事でもある」

「でも、ぼくが元いた世界では、特別扱いしまくりな神話がたくさん残ってましたけど」

「あれは絶対神というより、そこら中で発生し得る亜神の類だよ。だからこそ人との間で直接交流し、子を成したりなども出来る」

「・・・・・何となく、思ったんですが、言っていいですか?思いついた時点で伝わってしまってるとは思いますけど」

「言ってみてくれ」

「神様って、自分が作った世界を、楽しまれた事はあるんでしょうか?」

「厳密に言えば、無いな。被造物の感情の起伏などを通じて感触を確かめる事は有っても」

「それは、勿体無いと思います。この世界を最終的にどうするにせよ、ゆっくり、じっくり、義務とかもほとんど放り投げて、休暇を取るくらいのつもりで、味わって、楽しんでみたらいかがでしょうか?」

「神としての役割を放棄するのか?」

「完全に放棄されてしまうと世界が終わってしまうのなら困ってしまいますが、最低限これまで同様に回していけるだけの業務をAIみたいな存在に任せて、神様自身は休暇を取られてみるとか、どうでしょうか?」

「・・・・・・・・その発想は無かったな」

「じゃあ、その提案が出来ただけでも、ぼくが呼ばれてきた甲斐はありましたね!」

「・・・そうかも知れぬな」

「良かったです、お役に立てたみたいで。じゃあ、そろそろチェックポイント通過で良いですか?」

「何か助言などは求めないのか?」

「次のチェックポイントがどうなるかはわからないけど、やり直す為のポイントがここなら、またわからないなりにどうにかしていってみます。わかってない未来の方が、楽しめるでしょうしね!」

「わかってない未来の方が、楽しめる・・・・・」


 白球電灯みたいな姿が、なんだかピカピカ点滅してたのが気がかりでしたが、気がつけばポーラの傍にぼくは戻っていました。

 正確に言うと、意識だけがあの空間に飛ばされてた状況なんでしょうけど。


 ポーラはぼくの肩に頭を乗せて寝息を立てていましたが、とても満ち足りて、幸せそうでした。昨夜のあの鼻息を荒くしてぼくの服を剥ぎ取っていた姿は、記憶の底に封印しておきましょう。

 今日はエフィシェナを迎えに行って、リーディアに目を治療してもらう約束とかしてるのですが、この状態のポーラがぼくを放してくれそうか不安になっていると、寝室のドアが静かに開いて、アザーディアさんが入ってきました。


 ぼくとポーラは素っ裸で抱き合った状態で、上にシーツが被さっているとはいえ、普通におはようございますとか挨拶した方がいいんだろうかとか迷ってると、アザーディアさんはポーラの幸せそうな寝顔をしばし鑑賞すると、んんっ、と咳払いした上で、ぼくとポーラに声をかけました。


「おはようございます。カケル様。ポーラ姫様。昨夜は、いえ朝早くまで、お楽しみのようでしたね」


 おお!これはゲームやラノベでお約束の、一度は言われてみたいセリフ!しかし王家の場合はこんなバリエーションがあり得るのか!みたいな謎の感動はさておいて。


 ポーラはまだぼーっとしながら、瞼を擦りつつ目を覚まし、抱きついているぼくと、そしてぼくらを笑顔で見つめているアザーディアさんの姿を見て、一瞬で真っ赤になって、シーツの内側に潜り込みました。


「なななななんで、アザーディアがここにいるのよーっ!?」

「なんでと申されても、あなた専属のメイドですからね。イレギュラーな流れとは言え、大事な旦那様となられる方との初夜ですから。それはもうしっかりとお側に、具体的には扉のすぐ外に控えておりましたとも」

「つまり、ずっと聞き耳立ててたって事?!」

「さあ、それはどうでしょうか? でも、それで、カケル様や他の方々が何をどう懸念されていたのか、伝わりましたか?」


 まあ何らかの緊急時の為に側付きの人が見張ってたり聞き耳立ててたりとかは、特に王族とかには何も珍しいことでは無いのだろうけど、少なくとも話は聞かれてたようです。

 アザーディアさんがぼくをチラッと見てにこりと笑ったので間違い無いでしょう。


「さて。お嬢様には沐浴して身だしなみを整えて頂かないといけませんし、カケル様には別の者が付き添いますので、この場を外して頂けますか?」

「だってさ、ポーラ。また後でね」


 ぼくはシーツの下に隠れたポーラのおでこにチュッとしてから、ベッドから降りようとして、流石に裸のままだとまずいかと服を探そうとしたけど、それらはとっくにアザーディアさんから別の誰かへと回収されたようで、別のメイドさんが差し出してくれてたバスローブみたいなのを羽織ってからベッドから出ました。


 いわゆる羞恥プレイをほんのちょっぴり味わった感じです。

 ・・・これは慣れると癖になりそうですが、癖にしてはいけなさそうです。


 キゥオラ王家の浴室の一つなのでしょうけど、豪華だなぁなんて思いながら、がっしゅがっしゅざっぱんという感じで、三人の小姓さん達(ぼくよりも少し年下くらい)に洗われ磨かれ乾かされてからは、またメイドさんたちに引き渡されて、いろいろ擦り込まれたり磨かれたり髪先とかを整えられたり服をあてがわれたりとかした後、小さめの食堂に連れて行かれ、そこにはポーラのご両親が待っていました。


 ポーラはまだいなくて、これなんて罰ゲーム?とか思わないでも無かったけど、


「身構えないで下され」

「朝食には遅い時間ですが、軽食とお茶でもいかがでしょうか」


 という感じで、娘はどうでした?みたいな感想は聞かれないまま(まあ無いよね、無い筈だよね普通?王家とかでも!)、サンドイッチみたいのを摘んだり、紅茶みたいのを飲みながら、ポーラからも伝わってるだろう、ぼくの最近の動きを伝えておきました。


 お二人からは、カローザやガルソナや旧ラグランデの辺りをイルキハもまとめて治められてはどうかと、昨日イドルからも聞いた提案をされました。


「ぼく自身に統治を期待されないでいいなら、なんとか」


 と答えておきましたが、それがお二人の聞きたかった答えらしくて、後は任せておいて下され的なことを言われました。そう言われれば本当にお任せしちゃうしか無いんですけどね。

 後、ドースデンから具体的な縁組を提案される前に、ポーラと、たぶんリーディアとも結婚式を挙げておく提案をされ、一ヶ月以内くらいにはと提案されたので、そちらもお任せしますと伝えておきました。


 それから程なくしてポーラもやってきて、いろいろ当たり障りの無い話をしてポーラも軽く何かを摘んだのを見届けたら、ぼくは出発することにしました。


 別れ際、今夜は来るのかと尋ねられたので、正直に答えておきました。


「今日は元からリーディア達と会う約束してたからね。たぶん、向こうに泊まるかな」


 がーん!、とショックを受けた顔をしたポーラでしたが、すぐに立ち直った様に尋ねてきました。


「じゃ、じゃあ、明日は?」

「状況次第ではあるけど、誰かのところに泊まるのなら、ちゃんと順番にするよ。イドルはまだ当分無理だけどね」

「・・・わかった。それで、我慢する」

「ごめんね」


 ポーラを抱きしめてキスしたら、上空へと駆け上がり、ミル・キハに滞在してる三姉妹の所へと出発です。

 レベル150だと、通常移動150+超加速187.5+ショートワープで300を合わせて637.5kmも1時間に進めます。なかなかの移動速度だとも思いますが、大陸間移動とかも考えると、1時間に1000km程度は余裕で進んでおきたいですね。まあ、ワープや瞬足込みで考えるなら、もっと移動能力は高いんですけど。


 マーガーシナさんの邸宅まで1時間半くらいだったかな。

 挨拶もそこそこに、というか、エフィシェナさんが待ち切れないという感じで、ラガージャナさんが何とか抑えようと苦労されてる感じで、今日は何故かワルギリィさんまで居ました。


 時間的にお昼をご一緒させてもらい、先日頼んだ調査についてはまだ進展無しとの事で、ちょいとサーチスキルを起動。ミル・キハ領内にある殉教派のアジトの大まかな位置をワールドマップで見て写し取った紙をマーガーシナさんに渡し、国主のエルさんと相談して活用してもらうよう頼んでおきました。


「君は本当に規格外というか、出鱈目な存在だな」

「褒めてないですよねそれ。まあ自覚はあるので勘弁して下さい」

「妹達を含めて世話になってる身だ。文句などあろう筈も無いが、凡人としての愚痴くらいは零させて欲しい」


 凡人(?)という言葉には、ぼく以外にも何人か反応しかけましたが、大人の対応力を発動したのか、みんなスルーすることにした様です。

 妙齢の美人さんで、ミル・キハという有力国の要ともされる四聖に数えられる実力者。この邸宅からしてもお金とかには困ってないでしょう。今の立場や財産などを勝ち取るまでに、それなりの苦労もされたでしょうしね。


 という訳で、エフィシェナから急かされるように、四人で出発したのですが、途中でサーチ結果に該当したアジトには、ポーラの眷属を監視の為に配置しておきました。また不意を突かれた時に、ぼくがそこに居られるかわからないしね。


 またほんの1時間ちょっとでリーディアの元へと到着。

 出迎えてくれたリーディアとはぎゅっとハグしあって、キスもそれなりに情が籠ったものでした。きっと、誰かさんから何かしらの報告があったのでしょうね。想像ですけど。


 それぞれを紹介しあった後は、治療を行う部屋まで案内してもらったのですが、ワルギリィさんが一番驚いてたのは、バッシュの存在でした。


「何なのだ、あの出鱈目な存在は?!」

「とあるダンジョンを制覇した時にゲットしてきました」

「全く、君という人は。その辺りの詳しい話も聞かせてもらえるのだろうな?」

「部外者にはまだ秘密なんですけどね。ワルギリィさんがスカウトの話を受けて下さるのなら、お話出来ます」

「前向きに検討させてもらうよ」


 ワルギリィさんはショートな銀髪のサバサバした印象のお姉さんです。キリッとしてて頼り甲斐もありそう。

 まあ、ぼくの側にはリーディアがピッタリとくっついてるので、ジロジロ見たりしつこく話しかけたりはしませんよ。もちろん。


 それでも、エフィシェナがどんな人生を歩んできて、これから何を望んでいるかは、治療を受ける前に、本人の口から、リーディアに伝えてもらいました。同じ内容はぼくからも伝えてあるけど、当人からちゃんと伝えてもらった方がすれ違いとかも起きにくいだろうしね。

 エフィシェナの話を聞き終えたリーディアは、彼女に答えました。


「カケルからも頼まれてるし、お嫁さん候補が今後も増え続けていくのは私も承知の上だから、治療するのは構わないけれど、たぶん治せるとも思うけど、その、あなたがこれから見ようとしてるのは必ずしも」

「そこら辺の期待値はなるべく下げるようぼく自身からも伝えてあるよ。悲しいけどね」

「大丈夫です。私はもう、そういう外見に夢見る乙女では無くなっていますし、あなたとカケル様が会った時の感情や魔力の溶け合い方からして、理想的な関係と言えると確信していますから」

「あなた、魔力が見えるの?」

「普通の視覚情報とは見え方は違うのでしょうけどね。個体の識別や感情の状態なども含めて、ある程度は把握できます。両目を潰されて得た、唯一前向きな何かですね・・・」


 リーディアはエフィシェナを抱きしめ、謝罪しました。


「意地悪を言ってごめんなさいね。今、治してあげる」


 リーディアが抱擁を解き、その両手でエフィシェナの両目を覆って光で包み込むと、両目を隠していた布越しに光は溶け込んでいって、やがて消えていきました。

 リーディアがエフィシェナの両目を覆っていた布を取り除くと、そこには、傷一つ無いエフィシェナの双眸がありました。


「大丈夫そう?傷は残ってなさそうだから、焦らず、ゆっくり」


 とラガージャナさんが心配そうに声をかけましたが、エフィシェナは勢い良くぱっちりと大きな瞳を見開くと、魔力か何かで見定めていたのだろうぼくの方を向いて、にっこりと微笑みました。


「カケル様。改めまして、エフィシェナです。リーディア様に治療の手配をして下さってありがとうございました。そしてリーディア様、全く問題無く見えております。本当にありがとうございました。

 お陰様で、カケル様のお姿をこの目で確かめる事が叶いました。想像していた通りの、いえ、それ以上のお方でした」

「無理して持ち上げてくれないでもいいよ」

「そんな事はございません!」


 エフィシェナは、ぼくの足元に跪き、ぼくの両手をぎゅっと握りしめて言いました。


「確かに、カケル様を見て大陸一の美男とでも褒めそやせば、それは実態を伴わない空虚な世辞でしょう。

 しかし、人はそれぞれ、求めるものが違います。生い立ちでも、状況次第でも、変わっていきます。

 食べ物が無くて飢えている誰かには、とにかく食べられる何かが。

 飲み物が無くて乾いている誰かには、喉の渇きを癒せる飲み物が。

 私は、飢えにも渇きにも悩まされてはいなかったかも知れませんが、しかし味わってきた苦しみの深さは並々ならぬものであったと思います。

 あなたは、私に必要な救いを与えて下さいました。その対価を私に求めようとはしませんでした。それらはあなたが置かれた特殊な事情があっての事だとも聞いております。すでに多くの美姫に囲まれていた余裕もあったでしょう。

 あなたがこれまでに為されてきた事だけで、これまでの英雄達はその姿を霞ませる事でしょう。これからの事を加えれば人々の記憶から消え去るのみです。

 私の気持ちについては、すでにマーガーシナ姉の邸宅にてお伝えした通りです。ラガージャナ姉と共に、あなたの奥方様達の護衛としての働きを求められるのであれば、それもこなして見せましょう。そちらのワルギリィ様も、そこにいるゴーレムも、味方であればとても力強いでしょうし。

 難しい理屈を全て取り払っても、私の気持ちは変わりません。あなたこそ、私が望む誰かです。私もお側に置いて頂き、わずかばかりのご寵愛を分けて頂けるのなら、それ以上は望みません」


 みんな、いろんな立場とか経緯とかがあっての事だろうけど、覚悟が決まり過ぎなんだよね。元の世界なんて晩婚化が騒がれてたりしたけど、ほんと違い過ぎる。

 でもまあ、ぼくの意見は変わらないです。この世界は、いつ終わってしまってもおかしく無いのだから。


「ぼくも好きにするから、エフィシェナも好きにしていいよ。ただし、一つだけ、絶対の約束をして」

「どんな誓約だろうと交わします」

「ただの約束でいいよ。それが守れないなら、他のどんな手段でも意味は無いから」

「どんなお約束でしょうか?」

「みんな仲良く。ぼくとも、ぼくの他のお嫁さん達とも、いずれ増えていくだろう子供達とかも含めて。でも、エフィシェナが体験してしまったような理不尽は我慢する必要は無いからね。そういう事があったら、すぐに逃げ出すなり、ぼくや他のみんなに助けを求めて。きっと、出来る限りの力は尽くそうとするだろうから」

「はい。はい。きっと。お約束致します」


 エフィシェナもぼくより5個くらいは年上の筈なんだけど、ゆるく巻いた薄い緑色の髪の毛と柔らかな雰囲気も重なって、ちょっと幼く、ぼくと同年代くらいに見えました。治療されたその瞳は、緑色の宝石の様な輝きを放っていました。

 何かを期待するようにその瞳がすうっと閉じられたので、軽く唇を触れさせておきました。


 これ以上は、隣にいるリーディアの雰囲気が怖くなりそうだったからね!

 そんな空気を察したのか、エフィシェナも姉の隣へと戻っていきました。


「それで、今日のこれからのご予定は?」


 そう聞いてきたリーディアの声がちょっと強張ってたので、すぐ隣に座ってるリーディアの手を握りながら答えました。


「ここにいるみんなのレベル上げには、昨日行った砂漠のダンジョンが向いているかもなんだけど、あそこはちょっと特殊な事情があるみたいで、あまり荒らしてあげたくは無いから、しばらく保留。

 昨日行った別のダンジョン、蟲のダンジョンは食糧がドロップすると言えなくも無いんだけど、あまりにも気色悪くて精神的負荷も高過ぎるダンジョンだったから、クリアした後、初期化したダンジョン・コアを外したの。

 モンスターが虫系になってしまうという縛りは変えられないかも知れないけど、ダンジョンは設置する場所や環境やダンジョン・マスターの意思でその内容をだいぶ変えられるから、土地を癒せるオ・ゴゴーさん達がいる緑の魔境とかで、ダンジョンを設置してみてどうなるかを試しておきたいかな。

 土地を全部癒して回るのがあまり現実的な策とは言えない今だと、食料確保の当てを増やしておくのは最重要課題だから」


 レベル上げを保留と言われた時は残念そうな顔をしていたみんなも、食料確保が最優先というのは同意してくれたようで、リーディアが連日というのは家臣の皆さんに却下されたものの、近場のダンジョンで、ラガージャナさんとエフィシェナさんとワルギリィさん、それからバッシュの鎧から端材を分けてもらってナックルを作ってもらったハーボを護衛につけて、四人でロックゴーレムなら危なげなく倒せ、ブロンズ・ゴーレムも頑張ればって感じだったので、しばらく頑張っておいてもらう事にしました。

 影の中には他の眷属が付き添い、万が一の事態があればぼくが駆け付ける事にしました。バッシュに同じ能力を与えて駆け付けさせてもいいのだけど、リーディアの護衛を薄くしたくはなかったので。

 あと、イルキハ領内の殉教派のアジトの位置を伝えたことで、リーディアがその指揮から離れられなくなったのでした。今日は派手に動かず、イルキハ王国としてその状況把握から取り掛かってもらう事になったので、事態が動くまでに数日はかかるでしょう。ぼく自身が関わらなければ。


 イルキハ近くのダンジョンでのレベル上げが大丈夫そうだと見当をつけたら、オ・ゴーさんの近くへとワープ。近況報告をしたら、ダンジョンをこの大陸のどこかに設置する事を相談してみました。

 ただ、提案を聞かされたオ・ゴーさんの反応は、可も不可も無い、微妙な反応でした。


「ダンジョン・・・。どんなのだ?」

「この大陸とはまた違うジャングルみたいな大きめの島にあった、気色悪い虫がたくさん出てくるダンジョンでした。通うには精神的にきつい内容だったので、制覇してダンジョン・マスターとして登録した後は、設定内容を初期化して、ダンジョン・コアを取り外してきました。周回して得られる食糧の量で言えば、クラーケンのいる海底のダンジョンの方がよほど効率が良かったですし」

「・・・試してみるのは、構わない。どんな風なダンジョンが出来上がるのかは、私も興味がある。だが、ダンジョンは、その場所の魔力も、神気も利用した構造物。だからこそリソースを使い果たせば干上がってダンジョンは消失する。そして世界中から神気が失われている今、ダンジョンを設置した場所からは、より早く神気が失われていく可能性もある」


 まあ、ドロップアイテムやモンスターとかのリソースはどこから得てるかと言われれば、神様的なサムシングから得ていると言われるのが、一番無理は無い訳で。世界の創造主なら、何だって創造可能なのだし。

「んー、土地枯れが激しいところに食糧を自給できるようなダンジョンを設置できるのが理想だったんですが、難しそうですね」

「だろうな。あまりお勧めできそうにない」


 という事で、この大陸で試すのならここだというお勧めスポット、オ・ゴーさんが疲れた時に癒される為に使ってる場所を教えてもらって、そこで試しに設置してみる事にしてみました。


 地面にダンジョン・コアを置いてみると、その土地で得られる魔力やら神力やらをギュンギュンと吸い取っていってるようで、オ・ゴーさんが心配そうな顔をしていましたが、やがてぼくの視野にダンジョン構築のメニューが表示されてきました。


 階層は最小の一階層のみ。入り口と、大部屋と、その先のダンジョン・コアを設置する秘密の部屋の最小限の構成。最小構成だと、入ってすぐの大部屋にラスボスとその取り巻きという配置にするしか無い様ですが、そのラインナップは、かなり、自分が遭遇した虫系モンスターからは変えられる様で、思わずガッツポーズしました。


 ボスモンスターは、超でっかい芋虫なモンスター。以前の蟲ダンジョンのモンスターを気色悪さを例えばクト⚪︎ルフ級とするなら、この新虫ダンジョンのモンスターはポ⚪︎モン級です。つまりは比較にならないくらい軽減されてるって事です。前のダンジョンマスターの趣味か置かれた環境のせいか両方のせいかは分かりませんが、あの蟲ダンジョンは入った人の精神を削る事を主眼にしているとしか思えませんでしたしね。


 そして取り巻きも、大きめな芋虫モンスターです。攻撃手段は糸を吐いて絡め取った相手を凶悪な歯の生え揃った口で齧り取るというシンプルな方法のみですが、外見含めて全然許容範囲!

 ボスともどもちゃんと食用で、ドロップアイテムはそれぞれの切り身という、ちゃんと食糧してる物でした。

 それぞれのリポップタイムを1時間に設定して、ぼくとかは襲われないよう設定して、試しにイプシロンに戦わせてみたのですが、遊んでいても1分もかけず終わってしまって物足りなそうでした。

 1時間後(ぼくはその間走り回ったりしてレベル上げしてましたが)、リポップしたモンスターと、様子を見にきたオ・ゴーさんと話し合ってみて、ダンジョン内で野菜栽培とかしてみたらどうなるんだろう?と疑問に思い、試してみました。


 畑にする為の部分を拡張してみて、オ・ゴーさんの若い眷属さん達もモンスターに襲われないように登録したら、適度に育った野菜達(キャベツみたいなの)を植えていってみました。

 植えた野菜はほぼ片っ端からボスモンスターや取り巻きモンスターにも食べられたのですが、その分、ダンジョン・ポイントが貯まりました。


 ダンジョン・ポイントは、ダンジョンを拡張したり、モンスターを配置したり、報酬となるドロップアイテムを設定して生成するのに必要となるものです。

 餌となる野菜と引き換えですので、正直コストとして見合ってるのかは微妙でしたが、オ・ゴーさんの眷属達曰く、ここは外よりも野菜などの作物の育成に向いているということで、畑部分を拡張しておきました。

 それから、一部の眷属さんたちは、マーシナに先行した眷属のオ・キーフさんと地中の根を通じてコミュニケーションできるらしく、枯れた土地を癒す作業に心惹かれた人(木?)もいたそうで、マーシナ以外、特に酷いドースデンで取り掛かってもらう方向で調整することになりました。

 癒した後の休養にも、このダンジョンは良さそうとのことで、ぼくか、共有スキルを使った誰かにワープで運んだりしてもらうことになりそうです。


 新しいダンジョンの方向性なども見えてきたので、今日はもう一つのダンジョン、極北にあるのを探索してみる事にしました。


 大きな流氷の上にあるのか、それとも凍った大地の上にあるのか、無学なぼくには判別はつきませんでしたが、中にいるモンスターは、みんなスノウ何とかとか、アイス何とかといった、雪か氷属性を持って、とにかくこちらをこごえさせたりこおらせようとしてきます。

 ぼく自身は動いてさえいれば、ユニークスキルの効果で気温の急激な変化の影響などは受けませんが、イプシロンといった眷属達はダメでした。雪が降り積もれば足も取られるし、床が凍りつけば足が滑ったり、足の裏が貼り付いてしまったりとか。

 そうなったとしても影の中に逃げ込めはするものの、まともに戦闘することは難しそうでした。

 バッシュも気温の変化には強そうでしたが、もっと相性的に良さそうな眷属、無尽のハリエッタという、強力な炎の魔法使いなアンデッドを派遣してもらいました。


 それはもう、「こうかはばつぐんだ!」な攻撃を連発してくれて、ドロップアイテムの魔石を吸収することでパワーアップと魔力補給を同時に行っていくというチート仕様。これなんて無双ゲーム?てな快進撃は、中層を越えて、深層序盤くらいまでは通じました。

 深層中盤では、多方向からのタイミングをずらした寒波攻撃や、絶対零度魔法を重ねがけしてきたりして、ハリエッタだけで押し切るのは難しくなってきたので、ぼくも最前線に参加しました。

 攻撃手段は、ゴーレムのダンジョンで拾ってきた、ブロンズゴーレム以上のゴーレムの破片。一応試しはしたものの、アイアンくらいまでで安定して、一瞬だけ超加速したゴーレムの破片を投げつけることでどんなモンスターでも撃破できました。

 衝撃波だけでも大体はいけたのですが、相手の吹雪や冷気や絶対零度魔法とかが乱打されてると勢いが緩和されてしまう事もあったのものの、物理的な破片が混じって飛んできたのに当たると相手の攻撃は中断され、後続した衝撃波に粉砕してもらえるとか。コンボ攻撃みたいな感じですね。


 ボスは、スノウ・ウルフとか、アイス・リザードの大型版みたいのが多かったのですが、それらは深層の終盤に差し掛かるとほとんど雑魚敵な勢いで出現したりして、このダンジョンの難易度の高さを存分に味わわせてくれました。

 というかここ、光魔法や闇魔法とか効き目が薄そうだし、そもそも氷点下数十度な環境なので、いわゆるラノベに出てくる普通の冒険者パーティーだと、入り口近くで多分全滅してるでしょうね。



 数時間、ジリジリと進み続け、ようやく辿り着いたラスボス部屋。

 そこに居たのは、宙に浮いた氷の結晶の様な何かでした。


「逃げろ!」 

 と叫んだハリエッタが、ぼくとリーディアにかつて放った火線よりも遥かに強力な蒼い火線をラスボスらしき何かに向けて放ちましたが、それは途中で立ち消えてしまいました。


 火線を打ち消すだけの何かがこちらに辿り着くまでの刹那の間に、ぼくはイプシロンにハリエッタの足首を影の中から噛んで影の中に引き摺り込んで緊急避難させてもらいました。

 ぼくはショートワープで氷の結晶的な何かの側に転移しつつ、狼達と最初に戦った時に使った木の蔦を相手の体に触れさせながら、砂漠のダンジョンの辺りへとワープしました。


 自分とその氷の結晶的な何かがワープアウトしてきたのを確認したら、すぐに木の蔦から手を放しましたが、それでも手がひどい凍傷になってしまった様です。


 ぼくはすぐに超加速で上空へと移動。

 地表に残された何かは、鑑定メガネで見ると氷の精霊と表示されていました。

 相手は砂漠の地表近くを氷の平原に変えて延命を図っていましたが、そんなことを許す訳には行きません。

 ぼくは、レベル165での上限高度である16,500mの高空から、バッシュからお守りの様にもらっておいたアダマンタイトの塊、投げやすい様に野球のボールより小さめの球形にしたものを、超加速の上限の165x165x2=54,450km/h、秒速15kmをちょい超える速度で、氷の精霊に向かって投げつけました。マッハ換算で約44.4。


 地表までは一秒くらいで届き、えっと、衝撃波と熱とで、すごい事になりました。

 大聖堂を落とした時は高度がまだそんなでも無かったせいか、今見下ろしてる様な派手なキノコ雲も立ち上って無かった様な・・・。

 ま、まあ、誰も住んでない砂漠地帯だし、近くにあるのはダンジョンだけで、入り口はやっぱり地下にあるから影響は限定的な、筈・・・・・。ダンジョンの中は異次元空間みたいなことも言われてたりするし。この世界のはどうなのか、知りませんけど。


 衝撃波と熱と炎がしばらく待って落ち着いた頃に地表に行ってみましたが、デモントの領都の時よりも大きくて深いクレーターが出来てて、その底には、氷の精霊のドロップアイテムらしき何かが落ちてました。

 ぼくはそれを拾って鑑定メガネで名前や効果を確認した後、ワープまでの再使用に必要な条件をクリアして、ラスボス部屋に戻り、そこに開いていた入り口からダンジョン・コアの小部屋へ行き、ダンジョン・マスターとして登録しておきました。

 氷の精霊のドロップアイテムは、氷の腕輪というマジックアイテムで、氷の精霊の力を振るえるという強力そうな物でしたが、高速移動を売りにする自分とは相性があまり良くなさそうでした。

 それでも色々使い道はありそうでしたが。


 そういえば、蟲のダンジョンをクリアした時のドロップアイテムの詳細をまだ確認してませんでした。どうせ碌でも無さそうなので、まだ後回しで良さそうです。


 しかし、バッシュアダマンタイト・ゴーレムといい、氷の精霊といい、ダンジョンボスの殺意が高過ぎない?ワーグルの悪質さもそうだったけど、クリアさせる気が皆無なのはどうなんだろう?入り口が完全に埋もれてたり、深海のダンジョンとかそもそも見つけさせる気が皆無だし。


 さて、今日も今日とてたっぷり働いたのでそろそろ帰ろうかどうか迷った頃に、マッキーを通じて、イルキハのダンジョンでレベル上げさせてた四人がそろそろ帰りたいコールを入れてきたので、ワープの再利用条件をクリアしてから迎えに行きました。

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