ランニング41:初めての夜と

 まあ、繰り返しになるけど、ぼくがいつどこで誰とどんな話その他をしたりして、どこに向かってるのかとか、ポーラはそのほぼ全てを把握してる訳で。


 ぼくがポーラの部屋のベランダから中に入ると、ポーラ専属メイドとして復職したらしいアザーディアさんが待ち受けていました。


「お嬢様は、泣かれておりました」

「そんな事だろうと思ったから、来たんだけどね」

「女泣かせという言葉を褒め言葉の様に使う男性は少なく無いですが、泣かされる側からすれば、それだけの理由があっての事です」

「・・・それでも、リーディアもイドルも、今更別れるなんて無理だし」

「カケル様のお立場は、私も、ポーラ様も、重々承知しております。日々その重みが増していって、一国では到底支えきれぬ存在になられているのですから。

 でも、好いた惚れたといった感情は、また別の話です。

 ここで私を相手に長話をする意味はありません。

 どうぞお嬢様の所へ」

「朝まで。最後までするつもりだから、止めないでね」

「優しくしてあげて下さい。それだけが求められている事ですから」


 そうしてアザーディアさんに案内されて、増築というかレイアウト変更というレベルではない、立派な専用の寝室に導かれました。専用の寝室って言葉はおかしいんだけど、以前までのポーラの部屋は、ベッドとそれ以外が混在し過ぎてたから、これじゃ雰囲気も何も生まれないだろうと危惧したと思われるアザーディアさんやご両親に感謝です。


 ポーラは、寝巻き姿で、大きなベッドの上で、泣き崩れていました。うつ伏せで、ぐずぐずと泣きながら、涙で枕を濡らしていました。


 ぼくはただ、彼女の傍に腰掛けて、彼女の髪に指を通して梳きながら、なんて言葉をかけたら良いのだろうかと考えたものの、答えは出ませんでした。

 それでも、ぼくの指が彼女の髪に触れる度に、だんだんと彼女の泣き声は小さくなっていき、止みました。


 まあ、こういうのは全てにおいて未経験なぼくが考えるだけ無駄だと、思いついた言葉をそのまま口にしてみました。


「ぼくは、ポーラに出会えて良かったと思ってるよ」

「・・・・・」

「神様から、最初に助け出せって言われたのが、イドルやリーディアじゃなくて、ポーラだったのも、良かったと思ってる」

「・・・本当に?」

「本当だよ。そうじゃなければ、ぼくは今ここにいないよ」

「それは、確かに、そうかも」

「正直、神様の気がどうすれば変わるのか分からないから、みんなと結ばれた後、ぼくが何をどう頑張っても、全部ぽしゃって、この世界はおしまいになっちゃうかも知れない。

 そうなったら、ぼくはこの世界のみんなから一番非難される誰かになるだろうね」

「そんな事、私が許さない!カケルは誰よりも一番頑張ってるのに!そんな連中、みんな私が」

「その気持ちは嬉しいかもだけど、ぼくも他人をどうこう言えないくらい既に殺しまくってるけど、それでも、さっきみたいな理由でみんなを殺すのは、ちょっと違うかなと思う」

「どうして?カケルのお陰でみんな助かってるのに、これからみんなで救われるかも知れないのに」

「ぼくはみんなに認められたり、褒められたくてやってる訳じゃ無いって、ポーラは他の誰よりも知ってるよね?」

「うっ・・・、それは、そうだけど・・・。でも、大好きな人が、その働きを認めてもらえないのは、悔しいじゃない!」

「ぼくが好きな人達が、ぼくを好きなままでいてくれたら、ぼくはそれ以上をたぶん望まないよ。それ以上を望んだら、たぶんぼく自身が耐えられなくなって、潰れてしまうと思うし」

「どうして望まないの?カケルは神様に選ばれた使徒で、この世界の救世主になるかも知れない人なのに!」

「救世主とかって立場になりたいとは思ってないよ。困ってる誰かを出来る範囲で助けられたらとも思ったりするけど、その割にはデモントの領都を崩壊させたり、カローザでも王城投げ落としたりしてるしね。

 だから、ポーラは、ぼくを必要以上に持ち上げることを止めて。ぼくは聖人でも救世主でも使徒でも無い。他の誰かにも言ったけど、ぼくは、神様にこの世界を救ってとは頼まれてないんだよ」

「それでも、カケルは」

「いろいろやってきたけど、この世界を楽しむことと、諦めないこと。基本的には、その二つだけだったと思うよ。神様から頼まれたのは。そして、ぼくが諦めない限り、神様もこの世界の事を諦めない。そういう約束。

 だから、ぼくをぼくでない誰かの様に崇めるのは止めて。ぼくは、ぼくがガキだし、スケベだし、自分勝手で、独善的なことも知ってるつもり。

 でも、そんなぼくだからこそ、ポーラとそういう・・・・関係になりたいとも思ってる。ポーラがこの国の王女だからとか、黒髪黒目の忌み子ですごい闇魔法使いだからとか、そういう属性は関係無いよ。


 だから、ポーラも、そのままのぼくを見て。

 それでも、そんなぼくが欲しいのなら、して・・みよう?」

「私は、どこでも、いつでも、あなたのことを覗き見しちゃうし、どんな小さな声で会話してても聞き耳を立てちゃうと思う。

 私や他の誰かとも結婚して、そういう事をしてるのも、同じ様に見たり聞いたりしちゃうと思う。

 そんな私でも、いいの?」

「リーディアとかと相談して、どうにかそれを緩和できるようにする処置や対策は講じると思うけどね」

「どうして!?」

「だってさ、ポーラだって、ぼくとそういう事してる時に、他の誰かに、見られたり、聞かれたり、邪魔されたりするのを心配したい?そんな事を気にかけながら、愛情なんて育んでいけると思う?ぼくは、無理だと思うよ。だから、ポーラ、選ぶのは君だよ」

「私が、何を、選ぶの?」

「ぼくと一つになって、他の誰かにも、ぼくが好いた相手だけが対象にはなると思うけど、ぼくと一つになる事を許す事。

 今ここで、本心から、許せないなら、きっとみんなでの結婚生活なんてうまくいかない。子供が出来る順番なんてのも誰にも分からないし。自分にはまだ授かってない子供が他の誰かに先に授かった時に、ポーラはちゃんと自分を止めないといけない。それが出来るのなら、他の誰かがぼくとしている時の様子を、できれば普段から他の時も、見聞きしちゃいけないよ。

 約束できるのなら、ぼくらは先に進める。

 約束できないのなら、ぼくらは先に進めない。

 食糧難とか土地枯れとかに対して協力し合えることは残っていくだろうけど、結婚はできない。そういうこともしない。

 選ぶのは、ポーラ。君だよ」


 選ぶのは、私、と何度も呟き、頭を掻きむしるような仕草もしながら、それでも何とか冷静に考えようとして、やがてぼくに尋ねてきました。


「私とそういう事をせず、結婚もしないのなら、他の人ともしないの?」

「ごめん、それは無理。リーディアとも、イドルとも、そういう事はしたいし、結婚もしたいから」

「・・・やっぱり、私が忌み子だからなの!そうなの?!」

「違うよ!良く聞いて!」


 取り乱しかけたポーラの両肩をがっしりと掴んで、彼女の目を正面から覗き込んで、言いました。


「リーディアも、イドルも、ポーラのことを認めてるよ。忌み子かどうかなんて関係無く。闇魔法使いとして、どれだけ怖い存在になっているか知っていてもね。立場が逆だったとして、ポーラには同じ事が出来る?」

「・・・正直、無理かも」

「そうかもね。

 でも、リーディアもイドルも、ポーラという存在を受け入れているよ。

 いつでもどこでも見聞き出来て手出しも出来ちゃう誰かが、自分や、自分の大好きな誰かをどうにかしちゃうかも知れない。それでも、大好きな誰かはその人のことも大事に思ってるから、その思いも尊重する。彼女達は、ポーラのことも信じてるんだよ。一緒に暮らしていけるって」

「・・・・・本当に、信じてくれてるのかな?」

「ポーラがどれだけ眷属を放って、どれだけ必死に覗き見や盗み聞きをしてたかは知らないけど、二人とも、一度も、ポーラと別れた方がいいとか、排除してとか、そんなことを言ってきたことは無いし、思わせぶりなことをしたことも無い。

 ポーラのことを信じられてなかったら、違ったんじゃ無いかな?」


 自分が詭弁を弄して、酷い事を言ってるのだろうなという自覚は、何となくはだけど、ありました。でも、自分は詭弁のつもりは全く無いし、今後みんなで関係を築いていくのなら、絶対に避けられないステップだろうと信じていたし、だからこそ、「愛してるから、ぼくに全てを任せて」なんて言って押し倒してそのまま事に至ろうとするのは絶対に違う事は、何となく以上に分かっていました。

 経験は無いけど、いろんな物語を読んで、歪んでるかも知れない主人公達の中にも、譲れない、曲げられない何かはあったりして、そんな取捨選択から、ぼくは出来ていました。


 ポーラは泣き出したり、取り乱す様子も見せず、ただぼくの目をじっと見つめ返してきました。


「確かに、カケルもだけど、リーディアも、イドルも信じられると思う。カケルが、私やあなたを侮り嘲るような誰かを傍に置いて深い関係になるとも思えないし。

 だから、だから・・・・・」

「だから、何?」

「私は、カケルと一つになりたい!結婚したい!ずっと一緒にいたい!」

「約束は守れる?」

「守る。守ろうとする。それは、約束できると思う」

「今は、それでもいいよ。ポーラが自分を抑え切れずに暴走した時の備えも準備していくしね」

「それは、信じてくれてると思っていいの?逆じゃないの?」

「人は、完全じゃ無いからね。そうしようと思っていても出来ない事もある。最初からそれを口実にされる様だと困っちゃうけどね。ぼくもポーラを信じたいから」

「私も、カケルを、みんなを信じたい。だから」

「うん。一つになろう」


 まあ、その直後にポーラに唇を唇で塞がれて、その勢いのままベッドに押し倒されて、服を剥ぎ取られていき、彼女の方がだいぶ鼻息が荒いままというか、興奮した状態のまま、ロマンチックな状況なのかどうかちょっとクエスチョンマークが付きそうな勢いと激しさで、ぼくとポーラは、二人の間の初めてを致したのでした。


 で、ですね。


 何度か繰り返してる内に、ぼくが主導権を取れたりもして、そうして朝がやっと近づいてきてくれた頃に、ようやくポーラは眠りに落ちてくれたのですが、周囲の空間が深い闇に包まれました。


 そう、久しぶりの、神様との再会。チェックポイントの到来です。


 と思ったのですが、なんだかいつものと様子が違いました。

 白球電灯みたいな神様の姿が見えなくて、その代わり、視野に選択肢が表示されていました。


 ここでチェックポイントを更新しますか?

 Yes・No、どちらかを選んで下さい、と。

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