ランニング35:ドースデン帝国との取引

 いつもの手順で目的地を割り出し、1レベル分を走るようにして、ドースデン帝国首都上空にまで来ました。こないだも来てたので、ワープすれば早かったんですが、舐めプして死亡して、またやり直しとか、カッコ悪いしね。


 そう言えば、王城とかの類は、闇魔法の使い手やその眷属の侵入を防ぐように出来てると聞きました。(キゥオラやマーシナやイルキハでは、ポーラの眷属に対してだけ一部除外するような細かい設定調整がされてるようですが、詳細はポーラくらいにしかわからないので割愛します)


 元デモント教国から、真っ直ぐ南下してドースデン帝国首都にまでやってきたのですが、おおよそ1時間ちょいくらいしかかかってないので、そんなに離れてもないようです。

 帝城の天辺の尖塔でも蹴り折って挨拶代わりにしようかとか考えてたら、アガラさんに付けられてる眷属経由で、マッキーに連絡が入りました。


「カケル様。今すぐに帝都を崩壊させるつもりが無いのなら、すでに帝国の主要人物を、今崩壊させようとしていた尖塔に集められているそうです。アガラ殿や、アマリ様と共に」


 そう来たか、というのが正直なところでした。

 アガラさんや、ポーラのお姉さんが巻き込まれなければ、他はどうなっても構わないかなー、とまで思ってましたが、きっと北で起きた轟音はこちらにも伝わってきたのでしょう。


 一応、マッキーに身代わり人形のストックを出してもらい身に付けてから、蹴り飛ばすつもりだった尖塔へとゆっくりと駆け降りていきました。


 そもそも尖塔の天辺なんて狭いものなので、そこに居たのは、アガラさんと、ポーラに少し似た女性、立派な冠を被った老女、それから壮年男性が二人に中年女性が一人、それで全部でした。


「お久しぶりです、アガラさん。元気そうで何よりです」

「カケル殿もです。遠方にも足を運ばれ、色々ご活躍の様子ですが」

「もったいぶった話し方をしないでいいよ」

「なるほど。それでは先ほど北方から起きた轟音と言うのも緩い何かは」

「うん。ぼくがやったよ。デモントの大聖堂を上空に持ち上げて、そこからまあ凄い速度で地表に投げ落とした感じ。領都は大半がクレーターになったと思う。今のぼくは、どこでも、同じ事が出来るようになっているから、そこ、忘れないでね?」

「かしこまりました。プロティア・カリア・ドースデン皇帝陛下。こちらが先日からお話ししておりましたカケル殿です。ガルソナからマーシナに侵入した傭兵達を一日もかからず撃滅したのがホラ話では無い事を、分かって頂けましたか?」


 アガラさんの背後にいた老女、この人が皇帝陛下なのでしょう。

 彼女は跪く事無く、ぼくの正面に立って、毅然と言いました。


「ドースデン帝国第二代皇帝、プロティアです。デモントの領都を灰燼に帰したと言いましたね。何故、そうしたのですか?」

「彼らが、今の状況の元凶を作って、素知らぬ顔をしていたからです。滅ぼすに十分な理由では?」

「根拠は?」

「信じるか信じないかはお任せしますが」


 アガラさんからどれだけの話を聞いているかは分からなかったけど、ものすごくざっくりとした来歴と、今どういうことが出来るかと、どういう事をやろうとしているかを説明した後、ついさっき話してきた、この大陸を守り続けてきた存在と、彼から伝えられた記憶について、この皇帝さん達にも伝えました。


「ドースデン全体が食糧難に喘いでいて、それをどうにかしないと止まれない事情は知っています。だから、三方面に分かれてる侵攻軍を見てもまだ見逃しておきました。

 食糧の当ては少しずつだけど付きつつあります。でも、土地枯れを根本的に癒すのは、桁違いに大変そうです。全く策が無い訳では無いにしろ、全体を癒し切るにはまだ到底足りません。

 キゥオラやマーシナやイルキハの王家とは連携が取れています。カローザとミル・キハの戦闘も止めようと思えばいつでも止められます。

 それで、ドースデンはどうしますか?」

「捨て身の侵攻を止めないか、あなたから何らかの手当てが行き渡るのを期待して引き返させるかですか?」

「そうです。この場で確約して、退却させる指令を出すなら、手付金ならぬ食糧くらいはお渡ししますよ?」

「確約せず、退却させる指令も出さないのなら?」

「デモントの領都に起きたのと同じ事が、この帝都に起きるかも知れませんね。その程度で済めば良いですが」

「・・・その食糧というのは、どれほどの量をあてがって頂けるのでしょうか?」

「まだここ数日中に採集し始めたばかりですが、この王城を埋め尽くすくらいの作物。この時期だけで、その数倍を。他にも、このフライ、揚げ物ですが、この素となる食料を、毎日、この皿の量の一千倍の千倍くらいの量、かな」


 ぼくはアイテムボックスから、揚げたてのクラーケン・フライを取り出すと、わしゃわしゃと混ぜてどれを選んだかはランダムになるようにして食べて見せて、アガラさんにも差し出すと、彼も躊躇なく口にしました。


「美味ですな。これは、海の生き物の何かですかな?」 

「うん。深海にあるダンジョンを見つけて、そこのボスのクラーケンの触腕を切り落として、細切りにして揚げた物だよ。ぼくやキゥオラやイルキハやマーシナの王家の人達も食べて何とも無いから、まあ安全性も確保されてるとは思うけど、どう?」


 ぼくやアガラさんがパクパク食べてるのを見て、皇帝陛下という老女の方も一つ食べてみました。


「あら、癖が無くて食べやすいですね」

「味付けは塩でもソースでもお好きなように。この材料は生物なまものになるので、保管方法をどうにか考えて、すぐに調理していってもらうのが良さそうですが」

「この皿の千倍の千倍の量となる素材の大きさは、いかほど?」

「直径三メートル、長さが百メートルほど。先端に行くほど細くなりますが、それが今あるだけでもほぼ40本丸ごと」

「一本を揚げて消費しようとするだけでも、大ごとになりそうですね」

「それぞれの領都、まあデモントのところは除いて、一日か二日置きとかに届けるだけで、それなりの糧食にはなるんじゃないかと」

「このドースデン帝国には、この皇都の他に、選定侯領が七つありました。デモントを除くのであれば、皇都の他は六つとなります。皇都を含めて、一週間に一度届けて頂くだけで、民の助けになりそうです」


 老女皇帝さんの後ろに控えていた中年男性の一人が言いました。

 その人は、パルト・オプ・ナンブ選定侯でございますと控えめに名乗ってからまた口を閉ざしました。

 続いて、中年女性が進み出て発言しました。


「ジーナ・ポーロ。コ・チョー選定侯よ。皇帝陛下。この申し出受けねば損なだけでは?」

「デモント選定侯領に起きた事については?」

「自業自得でしょう。マクラエの奴とその信者達は、全ては彼らの神の教えに従わないからこそ起きている事で、西岸諸国も含めて帰依させて初めてこの国難は避けられると宣ってましたからね。酷い嘘吐きだった訳ですが」

「皇帝陛下。このヨネッゲ、イヴィ・ゾヌ選定侯も、カケル殿の提案に乗るべきかと具申致します」


 皇帝さんの後ろに控えていた三人目の人物が意見を揃えると、プロティアさんは言いました。


「クラーケンの足については、そのまま受け取ってもすぐには処置が出来ないので、準備が出来次第受け取りたく存じます。

 デモント領都で起きたことについても視察した上で宣伝に使わないといけませんし、侵攻軍については、今から早馬を飛ばしたとしても、止めるまでにはしばらくの時間がかかります」

「軍勢を絶対に止められる人がいるのなら、ぼくが運びますけど。選定侯という人たちならどうですか?皇帝陛下直々の手紙とか渡せば、止められませんかね?」

「ふむ。やってみる価値はありそうですな。先ほどのクラーケンの触腕も、私の領ならそれなりに手早く捌けそうですし、軍勢に振る舞えば説得材料の一つにもなるでしょう。ああ、私のナンブ選定侯領は、ラグランデの対岸にある地域と言えば分かりやすいでしょうか」

「なるほど。あちら、マーシナ方面に向かっていた軍勢が足を止めてくれるなら、一番犠牲が少なくなりそうですね。いいですよ。一本と言わず数本はお預け出来ます」

「ははっ、それは心強い」

「しばらくは、一日40本は補充できそうですから」


 こいつは一体何を言ってるんだろう?という目付きで見つめられましたが、いつものことなのでスルーしました。


「それでは仕方ありませんな。中央方面軍については、私が向かってみましょう。イヴィ・ゾヌ選定侯領は、カローザ王国の対岸にある地域と考えて下され」

「わかりました。カローザは正直どうなっても構わない国ではあるんですけど、民まで全員連帯責任というのは可哀想ですからね」


 またさっきと同類の目付きでじっとり見つめられましたが、無視!


「じゃあ、残るのが北のですか。そちらの選定侯は、今ここにいらっしゃられないんですよね?」

「その地域を治めているのが好戦的なソルティック選定侯でな。現選定侯の後継者と見られてる者が特に、戦功を挙げて、いずれは旧ソルティック王国を復興させたがっているともっぱらの噂だ」

「まあ、ミル・キハにも少しは痛い目に遭ってもらいたいので、北の軍勢が止まるのが多少遅れても仕方ないという事にしておきましょう。

 それでは、パルトさん、ヨネッゲさん、すぐに向かいますか?」

「皇帝陛下に指令書を書いて頂かねばならんし、軍務大臣達にも通達しておかねばならん。その間に、そちらも、手付金代わりとなる作物を、王城内に満たしておいてもらえないだろうか?」

「とは言っても、本当に地面とかに積み上げていったら、ネコババして持ち逃げする連中とかいるでしょうし、どこか適当な倉庫とかありませんか?」

「それも、担当大臣に連携しておこう」


 まあ、そんな感じで、慌ただしい1時間は過ぎていきました。

 帝城の食糧庫に通され、ほとんど空っぽなそこに、ポーラの眷属達が箱詰めや袋詰めされた作物をバケツリレーの様にドンドンと積み上げていきました。ぼくはその一部を抜き取って鑑定メガネで見て、食べ物としての特徴や、安全な食べ方とか、おおよその消費期限とかを伝えておきました。

 国ごと食中毒とか、洒落にならないしね。


 大きな食料庫を丸ごと二つほど満杯にしても、影の空間にはまだまだ食糧は積み上がってるそうで、少し安心しました。食糧担当の大臣さんという方にも両手を握って何度もお礼を言われました。選定侯の一人、ジーナさんが付き添いになって、それぞれの量を記した書類の証人にもなってもらいました。


 さらに尖塔に戻って、皇帝陛下とその指令書などを待ってる間に、アガラさんや、それからポーラのお姉さんというアマリさんとも挨拶したり、会話したりしてました。


「ポーラが大活躍ねぇ。想像できないわ」

 というのが姉としての正直な感想らしいです。

「それに、私よりも早く嫁入りする見込みとかも、正直信じたくない」

「そう言われましても」


 じとっとした目付きで見られても、ぼくからは何も言えません。

 アマリさんも本気で言ってた訳ではないらしく、急いで書いたらしいポーラへの手紙を受け取っておきました。

 影空間を通じればすぐにでも当人に渡せるものだとしても、こういうのは様式美が大切ですからね。


 アガラさんとも近況報告をしあってる内に、皇帝陛下と三人の選定侯、それに五歳くらいの男の子が一緒にやってきました。


「カケル殿、紹介させて下さい。こちらが我が孫にして、次代の皇帝になる予定のヴィヴラでございます。ヴィヴラ、これからのドースデンのみならず、今後のこの大陸諸国において、最も重要な方であるカケル殿です。ご挨拶を」

「ヴィヴラ、です。お目にかかれて、光栄、です」


 本来なら、自分より誰も偉くない地位に上がる筈の子供が、謙る感じの挨拶をこなしている姿は微笑ましかったです。


「カケルです。よろしくね」

「はいっ!ぼくも、空を駆けてみたいです!」

「それは、もっといろんな事が落ち着いてからね。今は、ちょっと難しい時だから」

「むう、それでは約束です。いずれ、私も、空を駆けさせてくれますか?」

「出来たら、ね。ごめん、今はなるたけ約束の数を絞りたいんだ。しっかり守れそうなのだけに。それじゃ、ええと、パルトさん、ヨネッゲさん、そちらの準備がよろしければ出発しましょうか。先にどちらに寄りましょうか?」

「それはナンブ領に向かった南方面軍の方を先がよろしいでしょう。あちらが主攻部隊なのですから」

「なるほど、じゃあパルトさんを送ってから、ヨネッゲさんを送りますね」


 皇帝からの司令書もお二人がしっかりと持ったというのを確認したら、列車ごっこの注意点を同行者に伝え、いざ発進という間際にプロティアさんに呼び止められました。


「時が来ればですが、ドースデンからもカケル殿に縁組を相談させて頂きたく」

「えーと、そういう話は来るだろうってお嫁さん候補達からもされてたから、可能性としては承知はしてますが、無理して頂かなくても」

「旧ドースデン王家の血筋は、長年の戦乱のせいでかなり少なくなってしまい、だからこそ我が孫のヴィヴラが次代皇帝として内定しているのですが、この大陸最大の国家が最大の御恩を受けていて無償で済ます訳にも参りませんので」

「ええと、もしそうだとしても、追々で構いませんので。それでは、出発しますね」


 これ以上の長話は無用と、アガラさんとアマリさんに会釈し、それから手を振ってくれてたヴィヴラ君に小さく手を振って、上空へと駆け上がり、サーチで南方面軍の所在を確認して、そちらへと駆け出しました。


 ポーラ達への途中報告?

 ははっ! ポーラに常時監視されて全ての情報が筒抜けなのがデフォなんですから、面と向かった時くらいで構わないでしょう。食糧の運び込みの際とかに、どれだけの眷属が帝都に放たれたのか分からないしね。(もちろん、諸々の警戒措置には引っかからないよう用心した上で)


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