ランニング34:龍の心臓にて
あの時は、イルキハという、この大陸の北西部から西南西へと駆けて大海へと抜ける途中でサーチして、その反応を得た位置は、大陸東岸地域の中央北端部。龍の首から龍の背との接続部の辺りらしいです。
限界高度辺りから方角を確かめ、山脈がどこよりも高くなっている辺りを指していたので、そちらへと瞬足で、レベル1個分の距離を空けて移動。念の為、超加速もショートワープも使わずに、通常速度で、周囲を警戒しながら接近していきました。
相手までの距離が100キロを切った辺りから、ビリビリとした圧迫感の様なものを感じるようになりました。ル・ホラィや、オ・ゴー、クラーケンと対峙した時にも感じたことの無いプレッシャーでした。
息詰まるような、このまま進めば身の危険が待っているような、そんな重い空気の中を接近していくと、マッキー達にも影の中から警告されましたが、それでも直行する事にしました。
ビビりなので、マッキーには追加の身代わり人形を出しておいてもらいましたが、彼らには絶対影の中から出ないよう言い聞かせました。彼らの為にやり直すのなら、自分が死んでやり直す方がまだ気楽だからです。
緑の魔境の大陸を駆け回り、クラーケンのダンジョンを彷徨いてたお陰も少しあって、目的地の山腹に着いた頃にはレベルも125に届きました。
標高は一万メートルはありそうな巨峰の中腹に、直径50メートルはありそうな大穴が空いてました。
穴の大きさ的には、オ・ゴーより大きいということは無さそうですが、穴の手前で降りて、内側へ向かって呼びかけました。大穴は下に向かってゆるやかに続いてるのは見て取れましたが、どれだけ続いてるのかは見当が付かないくらい深そうでした。
「カケルと言います。お邪魔しますね」
「か・え・れ!」
大声が物理的な衝撃波を伴って穴の奥から届いて、傷を負うほどではありませんでしたが、穴の淵から外へ十数メートルも転がり落ちてしまいました。マッキーに怪我を治してもらったら、再び穴の淵に立って、呼びかけました。
「僕には用事があるので、お邪魔させてもらいますね!」
「帰れと言っている!」
さっきよりもだいぶ音量と迫力が増した声でしたが、ぼくは前に進んでいたので影響を受けませんでした。
その後も警告メッセージの頻度と衝撃の強さは増す一方でしたが、穴の壁はそれなりに丈夫に出来ているのか、崩れてくる事はありませんでした。
曲がりくねりながらも緩やかに降りていくトンネルは、数キロほども続いていたでしょうか。
大音量の警告を聞き流しながら、レベル125で新たに得たサブスキルの内容や使い道を考えながら、てくてくと進み続け、やがて大きな空洞が遥か地下にまで続いている空間に出ました。
ていうかこの底にいたまま、あの中腹の出口にいた自分と即時の会話成立させていた仕組みとかどうなってるんだろ?とか不思議になりましたが、魔法のある世界で仕組みとか考えても無駄ですね!
「という事で、ここまで来ちゃいましたが、
「・・・・・全く、大した度胸を持つ奴だ。そうでないと、神との直接の取引なぞ出来ないだろうが。待っておれ」
「はい、お待ちします」
大穴がどれくらい続いてるかは不明ですが、それを取り囲む空間は少なくともドーム球場くらいは余裕でありそうでした。もちろん行ったことは無いので、動画映像とかでしか見た事はありませんが。
そうしてしばらく待っていると、大穴の底から、じわりじわりとヤバい存在がせり上がっているのが伝わってきました。マッキー達がガタガタ恐怖に震えているのが伝わってきたので、彼らには離れた場所で待機するよう命じておきました。
ぼくもいつの間にか冷や汗かいて背中がびっしょり濡れていましたが、
「では、姿の一端を現すが、死ぬでないぞ」
そう警告されましたが、無駄でした。
針金の様な、神経細胞の様な、話してる相手にとってはほんの髪先に等しい末端を見せられてさえ、身に付けていた身代わり人形があっという間にチリとなって消えていきました。
普段なら三個、クラーケンと対峙した時でも五個くらいが普段身に付ける限度だったのですが、保険をかけてその二倍身につけていたのが全滅です。チェックポイントまで巻き戻らなかったのが奇跡と言って良いのかもです。
「実質、殺されたようなものですが、保険が効いた様です。お名前を伺っても?」
膝がガクガク震えて立っていられなかったので、断りなく地面にあぐらをかいて座りました。
「名か。自分でももう久しく名乗ってはいなかったが、この地を任された龍よ。名を、チェレア・ワックという」
「お名前ありがとうございます。この世界を閉じるかどうか、その最後の判断をする余興?を任されたらしい、カケルと言います。元の世界の名前は大地駆でしたが」
「それで、なぜ危険を冒してまで、会いに来た?」
「いや、この大陸って、龍の何とかって山脈にぐるっと囲まれてるじゃ無いですか。南の方は海岸が広がってますが、それでも一部。
それで、音速の何倍もの速度で移動したりも出来る自分を捕捉して殺せる存在がこの大陸に、それも龍の背中の一番山脈が高い辺りにいるらしいと分かったら、気にならない訳がありません。
最近、旧人類が滅んだ西の遠方にある大陸に行ってきたのですが、あなたがここへ生き残りを連れてきたのですか?」
「懐かしい話だな」
「神様からすれば、まだ救うに値する人々を疎開させて、次の機会を与え、あなたは彼らを見守る役割を与えられた。そんな感じでしょうか?」
「大まかには、そうだ」
「ぼくは、土地枯れが原因で起きた食糧難も、土地枯れそのものも、何とかしようとしてます。当座の食糧の充ては何とかつきつつありますが、土地枯れの方は難しそうです」
「私にも、難しいだろうな」
「それでもあなたなら、どうしてそれが始まったのか、ご存知なのでは?」
「お前も神に呼ばれて来たのなら、理由は聞いているのだろう?神がこの世界に関心を、情を失いかけているのがその原因だ」
「ええ。そう聞いてはいますが、それでも見込みのあるだろう一部を掬い上げて、また暮らせるような土地へと移植してあげた。彼らを見限るような何かを、また人類はしでかしてしまったのだとは思いますが、それが何だったのかを知っておきたいんです」
「知ってどうする?
人は、言葉でも、文字にしても、都度託宣しようが、都合良く解し、改竄し、捏造したり、無かった事にしたり、同じ過ちを繰り返していく。その果てに、今があるのだよ」
「でも、あなたは、それでも人を、この大陸を守り続けてきたのでは?」
「そうだ。だが、このままでは、あと何年も保たずに、終わるだろうな。それが、人が選んだ結末だ」
「既にそれが、何度も辿った結末かも知れません。それでも残る情が、心残りか無念さか何かがあったから、ぼくが呼ばれることになったんだと思います。
だから、何があったか教えて下さい。少なくとも当面は、その過ちを繰り返さない為に」
しばらく、重い沈黙が続いた後、ぼくの脳裏に、チェレア・ワックの見たのであろう記憶が流れ込んできました。
この大陸の大地として一体化しているから出来た事でしょうけど、それは、ありふれてはいるだろうにせよ、やはり悲しい出来事であって。
何度警告を重ね、滅びを生き抜いてきた者達の子孫でさえ、当事者で無くなれば、記憶は遠去かり、都合の悪い記録は改竄され、解釈を変えられ、そうやって人の社会は続いていく内に、元の記憶を残している者は誰もいなくなり、稀に神託を与えられた誰かも異端者として迫害されたり殺されて、その言葉は広まらない内に悲しみと諦めは深くなり。
直近の機会は、およそ50年前。
やはり神託を受けた
彼女の言葉は、デモント教国中枢部を占める堕落した教団組織に愛想を尽かし、それでも支配されていた人々に希望を投げかけもしたのですが、影響力を持ち始めるや迅速にデマを撒かれ、あれは虚言癖のある売女で、稼ぐ為にやっている事に過ぎないなどなど、妨害や迫害は日に増して酷くなっていき、最後は彼女の組織内の内紛という形を装って全員が殺され、死体は全て燃やされ誰の物かも分からなくされ、教団はこれを異端者の末路として宣伝する材料としたそうです。
それからだんだんと土地枯れはデモント教国から周辺へと広まっていきましたが、その事実を教団は必死に隠蔽秘匿し続けたので、誰も事の起因に思い至れなかったそうです。
そして東岸諸国の騒乱は土地枯れの被害地域が広まっていくに連れて激化していき、争乱が数年前にドースデン帝国の成立をもって終焉しても、問題は何も解決されず、むしろ最悪の状況一歩手前まで来ているのが現状との事でした。
記憶をぼくに共有し終えたチェレア・ワックは尋ねてきました。
「それで、これからどうする?」
「まあ、諦める訳にもいかないので、やる事やっていきますが、ムカついたので、その憂さも少し晴らしておこうかと」
「言っておくが、デモント教国の当時の関係者ももうほとんど死んでいる」
「その言い方だと、誰かは生き残ってるんですよね?」
「デモント教国も戦乱の中で最終的にはドースデンに吸収され、今ではデモント選定侯としての領地になっているが、その選定侯は、当時、その巫女を謀殺した首謀者だ」
「わかりました。行ってきます」
「何をするつもりだ?」
「いえ、八つ当たりでしょうけど、神罰ぽいのを下しておこうかと」
「良いのか?当時の判断に関わってなかった者が今では大半の筈だが」
「いいんですよ。どうせ、食糧不足は当面続くんだし、割り当てられるべきでない者達はその割を食うべきでしょう。それに」
「それに?」
「ぼくは、この世界を救う為に呼ばれた訳じゃなくて、神様を楽しませる為に呼ばれたんです。その神様は、ぼくの好きなようにして良いって、繰り返し言われてるので、好きにしてきます」
「そうか。では私もその光景を楽しみにしておこう」
「ええ。せいぜい派手にやらかしておきます」
自分としては早足の感覚で、外にまで戻り、その間にアイディアを固めます。どうするのが一番インパクトがあるか。今後にも繋がりそうか。
せっかくだから、レベル125で新しく得たサブスキルも使ってみましょう。
先ずはサーチで、ターゲットの人物の位置を確認しました。今はデモント選定侯領と呼ばれてる領地の領都の、一体何年かけて建造したのか分からない、とても立派な聖堂があって、そこに奥まった一室にターゲットはいるようでした。チェレア・ワックと会った大穴から出てから現地上空到達まで一瞬とか、自分も大概な存在になったものです。まぁ、これからもっと大概な存在になろうとしているみたいですが。
自分の今までの能力だと、固定されてない物を好きに動かしたり、固定されてる物を適当に壊したりは出来ても、固定されてる物をそのまま動かせないという制限がありました。今回得たこのサブスキルは、その制限を外すような物ですね。
重力操作:視認された範囲の対象に対する重力を、レベル数と等しい秒数の間、自由に操作できる。1レベルにつき1回使用可能。再使用にはレベルを上げるか、死ぬか、チェックポイント通過が必要。
という訳で、上空から大聖堂を視野に収め、それを地表に留めている重力を反転。細かい計算や算出方法はいつもながら神様任せですが、イメージした通りに、大聖堂がどんどんと上空に浮かび上がってきました。
一秒につき10メートルほど浮かぶようにして、今の上限の125秒ほど経つギリギリで、建物の向きをくるりと上下反転させ、大聖堂の底部を、今の超加速の最大速度で、本当に一瞬だけ押してあげました。
125x125x2=31250km/h。マッハ25.4。そんな速度で、大聖堂みたいな大質量が、高度千メートル以上の高さから落下すれば何が起こるでしょうか?
毎秒8.6kmの速さで、崩壊しつつ地表に激突した大聖堂は、デモント選定侯の領都の大半をクレーターに変えました。その衝撃音は、遥か彼方にまでも届いた事でしょう。
さて。
せっかくの機会なので、ドースデン帝国の皇帝さんにも挨拶しておきましょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます