ランニング29:海は広いし、大きいけれど、空は(以下略)

 リーディアに見送られて大空に駆け出したら、サーチスキルで第一目的地までの距離と方角を確認。おおよそ一万と百数十くらい。

 寄り道してちょっと増えてしまった距離は、超加速とショートワープで半分が消失。次のワンセットで帳消しに出来るでしょう。

 遮るものの無い大空、と言いたいところですが、イルキハ王都リュートリアから、目的地は南南西の方角なので、龍の背だか龍の尾のどちらかかその中間にある山脈が行手を遮っていました。

 眺め的には文句無しの景観で、青い山脈の上に万年雪が乗っかってる峰が連なっている様は、それなんてアルプス?みたいな感じでした。前世の動画サイトで見た光景ですけど。


 そもそも高度760mというのが、地表からはもちろん、大抵の生き物の生活圏から外れた高みにあるので、ほとんど何も出会わないまま、一時間が過ぎ、またショートカットなワンセットをこなしたら、だいぶ峰々が近付いてきました。

 普通の登山ならいろいろ準備しても苦労するのでしょうけど、例え地面の標高が高くなっても、自分はそこからさらに高くを走り抜けて行くだけです。

 気温や気圧がどうこうとかは、ランニングのスキルを使ってれば関係ありませんし、キゥオラでもらった装備も役に立ってくれるでしょう。

 次の一時間で、標高五千から七千メートルくらいはありそうな山々の連なりの上を駆け抜けていきます。この長大な山脈のどこかにはドラゴンとかいう憧れファンタジー生物も棲んでいるのかもしれませんが、今回は我慢しました。

 まあ、時折、警戒の為に、自分を襲って追いつけるような存在の有無は確かめてたりしましたが、幸い、近くにヒットはありませんでした。

 え、遠くはどうだったのかって? だから今回は我慢したんですって。楽しみは後に取っておくものです。


 レベル77で登山、78で踏破したら、大陸の西端の向こうに大海が見えてきました。テンションが上がって、レベルアップ前の端数超加速を終えたら、大海の沖合上空に出て、79に。もう80目前です。

 今度はどんなサブスキルがもらえるのかなー、と楽しみにしながら、駆け続けている内に、だんだんと背後の大陸の姿が遠ざかり小さくなっていきました。


 てくてく、では無いにしろ、ひたすら、ひたひたと走り続けます。空中を走ってる時は基本的に足音もしないんですよね。ふよん、と柔らかい感触の地面を踏んで蹴ってる感じなんですけど。


 雲の形を見つめたり、水平線の先をぼーっと眺めながら走っていると、だんだんと陽が暮れてきました。


 えっと、朝一は、まだマーシナの王都にいたんだっけか?

 そこからアミアンの地に寄り道して、キゥオラ王都でポーラとかを降ろして色々受け取ってお昼も食べてから出発して、イルキハに寄ってから行くかと決めて寄ってみたら爆発物テロからリーディアやその家族とかを守ることになって。


 うん。普通のキスも良いものだけど、ディープキスはもっと良いものです。それが今日一番の学びだったかな。

 ナンチテ。

 煩悩に塗れた脳裏を洗うには、大自然の光景とか眺めると良いみたいで。だから昔の修行者たちは街を捨て山に入って行ったのでしょうか。ぼくが今走ってるのは海の上の空の上ですが。


 この世界というか星も、偶然からか、東から陽が登って西に沈むので、山脈を越えるまではともかく、超えてからは沈みゆく太陽を追うように駆け続けてましたが、向こうの方が早く水平線の彼方に姿を消してしまい、だんだんと藍色から濃紺に色が変わり、星々が頭上や前後左右360度に瞬き始めました。


「天然のプラネタリウムだね!」


 まあ、独り言に終わったし、前世でプラネタリウム見た事も無かったけど!

 気を利かせてくれたらしいマッキーが影から出てきて、一緒に星空を眺めてくれました。走ってる時は肩の上に乗ってても重みを感じないのですが、ちょっと走りにくさを感じる頃には、マントのフードの中へと移動してくれました。さすが年の効か、気が利くね!


 夜の星空と月二つと、その明かりに照らされた海面と、雲と、総走行距離と、次のレベルまでの残り距離を見ながら、ただひたすら走り、また一つの区切りを迎えました。


 ドカーンと超加速して、レベル80へ到達!

 そのままショートカットコンボを決め、警戒サーチを終え、進む方角がズレてないことを確認したら、いよいよお楽しみのサブスキルの確認です!


水中走行:水中を好きなように走れる。深度による水圧や、水流、水温の影響などは一切受けず、望まない限り濡れもせず、深海でも望むだけの視界を得られる。自身だけでなく、自分に直接間接的に触れている他の誰かも同じ効果を得られる。


 ・・・これは、前振りとして受け止めておけばいいのかな?

 確かに、星の地表なんて本当に限られた面積しかなくて、大半は海中だとか聞いたことあるし。食糧とか、どっちが多そうか、考えるまでも無いよね。たぶん。

 ま、まあ、今はまだ、神様が最初に示してくれたポイントに向かおう。そうしよう。

 決して、夜の海に独りで、マッキー達が一緒だとしても、潜って行くのが怖かったわけじゃ無いからね!?


 とかなんとか誰に対して言い訳をしてるかわからないままひたすらに走り、走り、走り続けて、月の片方が天頂に登る頃にはレベル85。


 レベル70の頃は、マッハ8に達して、レベルx1/10秒で19kmほどを稼いでウェーイとなっていましたが、80でマッハ10.4、8秒で計28.4km。85になった今は、時速14450km、マッハ11.7、8.5秒で計34.1km。ショートワープの85kmも合わせれば、100km単位があっという間に過ぎていきます。

 超加速が、レベル数の2乗x2だから、レベルアップの恩恵が大きいんだよね。超加速で進んだ分は総走行距離にカウントされるから、結構な時短になってる。というか、レベルアップが上がる速度がだんだんと短縮され続けてて、レベル70の頃で44分未満、レベル75で41分ちょい、レベル80で39分未満、レベル85で36分未満。レベルアップすればまたショートワープも使えるので、二重の意味で大きいのです。


 76で出発してから、85になった今まで、およそ1440kmも進んできたのか。

 1レベル上がる為の時間も短縮されていってるので、6時間もかかってません。

 感覚が麻痺してきて、早く進んでるのか、それともまだまだなのかわからなくなってきたな・・・。いや、今日午後に寄り道までして出発して、6時間も経って無いなら、早いと言えるのかな?


「休まれますか?」


 頭の後ろから、マッキーが声をかけてきてくれました。

 なんとなく、ぼんやりとしてきたのが伝わっていたのかも知れません。


「んー、でも、まだ疲れてないというか、疲れることは無い筈だし」

「体の疲れと心の疲れは違います。今日は特別に、色々あった日でしょう?まだまだ先は長く、少し急いだところで大勢に影響は無い筈です」

「でも、リーディアみたいな事が、今後もまたあるかも知れないし」

「だからこそ、いつ何があっても動けるよう、休める時には休んでおきませんとな」

「そう思う?」

「はい。イプシロンやダグラスも同じ意見です」

「とか言って、二人とも外に出たがってるだけじゃ?」

「そこは否定しません。むしろ、その心を汲んでやってくだされ。特にダグラスなど、どれくらい早く飛べるようになったのか試したく思っても、我慢してきたのですから」

「あー、それは悪いことをしたのかも。ごめんね」

「いえ、それでは、少し速度を緩めてくだされ」


 速度を半分くらいに落とすと、影の中からダグラスが出てきて羽ばたき始め、そこら中を飛び回り始めました。最高速度は、ぼくの通常速度よりもそれなりに早そうです。


「ダグラスに、その速度がどれくらい持つか聞いてみて」

「全力飛行は、およそ20から30分くらいだそうです。カケル殿の今の速度の倍くらいなら、いつまでも飛んでいられるとのことですぞ」

「じゃあ、固定させてもらったら、その速度でしばらく飛んでおいて。ぼくがなかなか起きなくても、陽が昇る頃には起こして」

「かしこまりましてございます」


 ダグラスの背には、大中小の特別製の鞍が取り付けられていました。

 一番大きなのが一番後ろにあって、イプシロンが横向きに寝そべると、止め金具をぼくが留めていきました。もしも逆さ飛行とかをすることになっても落下したりしないようにするためです。

 次の真ん中の中くらいのは、リクライニングできるようになってて、ぼくがそこに腰掛けてベルトとかを留めて背中を倒すと、ちょうどイプシロンの柔らかな毛皮にぼくの体が埋まる感じになります。


 一番前の鞍には、マッキーが着席して、雰囲気的な手綱まで握ってました。彼ら眷属の間では以心伝心が可能なので、特には必要無いのだけど、様式美的に。

 風除けは、マッキーが魔法でかけておいてくれました。


「では、ゆっくりとおやすみくだされ」

「わかった。じゃあ寝てる間はよろしく頼むね。マッキー、イプシロン、ダグラス」

「はい」「ウオン」「グォルルル」


 三者三様の返事を聞いて、星空を見上げながら、イプシロンのお腹に埋まり、ぼくは眠りに落ちていきました。


 やっぱり疲れていたのでしょうね。

 起こされた時には、背後の方角から陽が登ってきていました。まだ水平線から顔を覗かせた程度でしたが。


 でもまぁ、そんな事よりも、もっと大きな違いが寝る前と起きた後で有ってですね。

 ぼくの前にポーラがどうやってだか収まってて、クークーと可愛い寝息を立ててました。

 しばらくはそのまま寝顔を眺めてましたが、身じろぎしたタイミングで揺り起こしました。


「ポーラ?何してるの?」

「んんっ、カケル、起きたの?」

「起きたの、っていつ来たというか潜り込んだのさ?」

「ほ、ほんのついさっきよ!カケルがまだ寝てたから、少しの間なら一緒に寝ようかと思って!」


 はあ、とため息をついてから、別の誰かに尋ねました。


「マッキー、どうなの?」

「ほとんど夜半から」

「・・・他のみんなに怒られるよ?ずるいって」

「だって、我慢できなかったんだもん!」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、旅はまだまだ続くんだし、ポーラ一人だけが会いに来るのは、絶対に後で帳尻を合わせられるよ?たぶん、すごい後悔する事になるよ?ほぼ間違い無く」

「カケルは、私に会えて嬉しくないの?」

「嬉しいよ。だけどさ、考えてみて。こんな綺麗な海と空の上で、二人きりで、飛龍の背中に乗って、朝日が登ってくるのを見るとか、イドルや、リーディアだけが、そういうのを毎日ぼくと味わえるとなったら、ポーラは我慢できる?」

「できない、かも・・・」

「絶対来ちゃダメとは言わないけど、ちゃんと二人にも白状して謝っておくように」

「・・・言わないと、ダメ?」

「後からぼくが言うから。そしたらもっともっと怒られるよ?」

「カケルが言わないっていうのは?」

「ダメ。今からギスギスする要因増やしてってどうするのさ」

「・・・・・」

「焦らなくても、たぶんみんなどうにか出来るサブスキルは入手できるというか、与えてもらえると思うから。せめて、もうしばらくは我慢してて」

「カケルが言ってた、レベル100の時のね。どんなのになると思うの?」

「フラグを立てたくないから言わない。フラグが何かを説明するだけでもなりそうだから言わない。今がもう85だから、今日走り続ければ余裕で到達できると思うよ」

「そう。楽しみね!そうだ。朝食作ってもらってきたから、一緒に食べよう!」

「まあ、いいけど。ありがとうなんだけど、食べたらちゃんと帰るんだよ」

「帰らないと、ダメ?」

「ダメ」


 ポーラは、自分の眷属がいるところには自在に移動できるようになってるので、マッキー達を置き去りにしない限りは、ぼくをいつでもどこまでも追跡できちゃうのです。


「これ以上グズグズと粘るようなら、眷属を通じて、今すぐにイドルやリーディアやご両親にチクるけど、そっちの方がいいの?朝食一緒に食べるのも無しで」

「ううう。分かりたく無いけど、わかった」

「帰ったら、アザーディアさんにも誰か眷属を付けておいてね」

「ひどいっ!私を監視するつもりでしょう?」

「どの道護衛は必要なんだから、今でも誰か付けてるんでしょ?それが誰か、マッキーに伝えておいて」

「うう、チクリ、反対・・・」

「マッキー、ポーラ付きのメイドさんに誰が付いてるのか確かめて、いつでもやり取りできるようにしておいて。予想はついてるだろうにせよ、ポーラがこっちに来ちゃってる事も謝っておいて」

「かしこまりましたぞ」

「あーっ!ちょっ、待ちなさいってば!コラーっ、誰がご主人様だと思ってるのよー!」

「ほら、もうお説教コースは確定したんだから、朝食にしようよ。今日中には無理なくレベル100に到達しておきたいから、早めに走り始めたいし」


 ポーラがまだぶつぶつ言ってる間に、報告を終えたらしいマッキーが影空間から朝食、サンドイッチみたいのと、カップスープを出してくれて、ようやく諦めたポーラと一緒に食べました。

 食後休みの時間には、イルキハのテロ騒ぎをどうするのか訊いて起きました。


「何かわかりそう?」

「リーディアが言うには、前王家派の中堅貴族がつるんで機会を狙ってた、らしいよ。イ・フィーにも確かめさせた」

「どこかの国が背後にいたかどうかはわかった?」

「まだ確証は掴めて無いけど、たぶんミル・キハじゃ無いかと疑ってる。リーディアも私も」

「根拠は?」

「火薬はまだ珍しくて、製造できたり入手できる国は限られるの。それを十数人以上は確実に殺せる量を手配して仕掛けさせるとか、イルキハの中堅貴族程度だとほとんど無理。せめてカローザやミル・キハくらいじゃないと。でも、カローザがイルキハを狙う理由は今の所薄いし、その貴族もミル・キハ国境沿いに領地を持ってたから」

「なるほどね。じゃ、無理しない程度に調査を継続的に進めて、イルキハ国境を不正に越えてる不審者とかを探しておくといいかもね」

「リーディアにも伝えておくわ」

「うん、ちゃんと怒られておいで」

「カケルの意地悪」

「誰にも意地悪になりたくないから言ってるのに」


 マジなトーンが必要以上に響いてしまったのか、ようやくポーラは影の中へと去ってくれたので、ぼくも身支度とかを整えたらマッキーをフードの中に納め、イプシロンの留め具を外したら(まあそのまま影空間に入れば外す必要も無いのだけど)、お世話になったダグラスの背を何度か叩いてから空に駆け上がりました。

 イプシロンとダグラスがぼくの影へと潜ったのを確かめたら、今日一発目のショートカットコンボを発動!

 昨日寝るまでに1440kmを移動してましたが、ダグラスは約8時間で560kmくらい進んでくれてました。そこにショートワープの85kmと超加速マッハ11.7で一秒移動した4kmを足して、2089km。1/5と少しを踏破した事になりました。


 午前10時頃までは特に何事も無く順調に進めました。

 約1053kmを進んで、レベル90へ到達。100の大台まで、あと10個です!

 

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