ランニング28:リーディアと
ぼくがイルキハにいるリーディアに会っておこうと思ったのは、神様の助言があったからでした。
出来る限り根回ししておくように、と。
ポーラとイドルとそのご両親とかにはたっぷり出来たと思います。将来の約束とかを含めて。
その中で、リーディアもその対象に含まれる感じになったのに、彼女だけポーラやイドルから話を聞いたら、きっと面白くは無い筈です。ついでとか、お情けでとか、ぼくだったら嬉しくは感じないでしょう。
だから、マッキーに頼んで、リーディアには、現地着のタイミングで、指定した場所に移動しておくよう伝えてもらいました。
およそ350kmの距離も、今ではほんの一時間半です。
レベルは76に上がり、イルキハ王都が見えてきたら、王城で無事な部分でベランダがある場所。つまりはリーディアの居室に使われてるところのベランダに出てきてもらいました。
出迎えとかは特にいらないので、爆音とか聞こえても特に騒がないようにだけ周知してもらいました。
ベランダにリーディアの姿を見つけたら、通常速度で降下していきました。一応、何があってもいいように、マッキー達にはぼくの影の中で警戒してもらっています。
が、ベランダで跪いたリーディアの前に立っても、とりあえず何も起きなかったので声をかけました。
「ちょっとぶり、かな?少しやつれた?」
「お久しぶりです、というほどではありませんが、ちょっとと言うには短くは無かったかも知れませんね。私と別れた後、マーシナのイドル姫を助け出したり、色々とご活躍されて、キゥオラとマーシナでお二人のご両親にも挨拶を済まされて、婚姻の承諾まで頂いたそうではありませんか」
不公平です!と視線で訴えてくるリーディアは、確かにすごい美人さんなんだけど、今は可愛く思えました。
「えっと、今このバルコニーをリーディアの結界で囲ってもらえる?ぼくの影に潜んでるポーラの眷属達には影響を与えないように、それから周囲から妨害されたり、盗み聞きとかされないように」
「はい、可能です。少々お待ちを」
ポーラが両手を合わせて何かを祈るように呟くと、ぼく達を囲む四角い箱の様な結界が現れました。
「ポーラとかから大体の事情は聞いてるみたいだけど、ぼくの口からもリーディアに話しておいた方がいいかなって思って、立ち寄ったんだ。
駆け足な説明になるけど、許してね」
「お二人と幾晩もお過ごしになられたのですから、私にもせめて一晩くらいは欲しかったのですが」
「リーディアが想像してるようなことはまだしてないから安心して」
リーディアと別行動になってから起きたことを超ダイジェストにまとめて伝えた後は、これからについて尋ねました。
「昨晩イドル達と話した、食糧だけでなく、土地枯れをどうにかする手段についても当てがあって、それらを確認確保できたら、何がどうあれ絶対にドースデンが取り込みに動いてくると思う。
だから、目処がつき次第にはなるけど、ポーラと、それからリーディアも望むのなら、先に婚儀を済ませておいた方がいいって。イドルは喪に服すから一年先になるけど」
「はい。私も望みます」
「でも、イルキハが今後どうなるか、まだ誰もわからないし、もしかしたら女王という地位から下される事になるけど、それでもいいの?」
「私は、あなたに攫われたあの晩に殺されていてもおかしくはありませんでした。あなたという存在が介入してこなければイルキハの侵攻と占領は成功し、キゥオラのクーデターも成功したままだったでしょう。それは私にとっても不幸な日々が継続していたという事でもあります。
あなたと過ごした日々の長さはポーラ姫には遠く及ばず、馴れ初めの濃密さはイドル姫にも遥かに劣っているでしょう。イルキハがキゥオラにしでかした事の不利さや、そもそもの立場の弱さもあります」
リーディアは、覚悟を決めつつも、うまくいかなかったらどうしようと不安に揺らぐ眼差しのまま、ぼくとの間の距離を一歩ずつ詰めてきました。
「私が今ここで、あなたを愛していますと訴えたところで、あまり響きそうにありません。私自身、まだその感情に至っていない事を自覚しています」
「まあ、なんとなく分かるよ。ぼくもそんな感じだから。リーディアに対してだけじゃなくて、ポーラやイドルに対しても」
「でもお二人には将来を約束されたではありませんか」
「その将来をポーラもイドルも、ぼくも望んだから。二人の事は好きだし、一緒になれたら嬉しいとも思う。だけど、愛し愛されるとか、まだよくわからないんだ。そういうの、お互いに一緒に暮らしていかないと、分かるようにならないんじゃないかなって」
「それは、私も同感です。だから、私にもその機会を与えては下さいませんか?私だけを見て、私だけを愛して下さいなどと贅沢は言わないことを誓いますから」
元の世界というか、日本の常識からすればあり得ない事をリーディアに言わせてしまっているんだろうな、と罪悪感は浮かびました。
ポーラに尋ねて、イドルから卑怯だと言われた質問はしませんでした。リーディアはポーラとイドルの良いとこ取りみたいな天恵を授かってると言えなくもありませんが、それらを両方失ってもと考えさせること自体が傲慢だから。
「じゃあ、いろんな困った状況に目処が立ってからになるけど、リーディアが望むのなら、ぼくと一緒になってもらえるかな?」
「はい、喜んで」
リーディアが目の前に立ち、ほろりと一筋の涙が流れたので、軽く抱きしめて、頬にキスしておきました。物語とかで時々出てきた、涙の味を確かめてみたかったとか、キスで涙を受け止めるというキザな真似をしてみたかったという、どうしようもない理由もあったにせよ、ぼくが理由でリーディアに不幸になって欲しくはないと感じるほどには、彼女に思い入れがあることも再確認できたから。
「えっと、リーディアのご両親とか、この王城に住んでたりする?」
「隣の部屋に控えさせております。カケル様さえよろしければ、ご紹介させて頂けますか?」
「うん。構わないよ。長話は無理だけど、挨拶するくらいなら」
「ありがとうございます。侍従に呼びに行かせますので、少々お待ちくださいませ」
そして、リーディアが結界を解いて、ベランダの内側に声をかけようとした時でした。
ぼくの影の中にいるマッキーとイプシロンから警告を受けたぼくは、レベル50で得たサブスキルを起動。リーディアの腕を取ると、空中へと移動。彼女をそこに置き去りにして、イプシロンには殺気を感じた方へと向かってもらいました。
さて、後75秒。間に合うかな?
レベル50になって得たサブスキルは、『瞬足』。
視認した範囲内を、自分が望む速度で、レベルと同じ秒数の間動けるというものです。とても強力ですが、1レベルにつき1度しか使えません。
自分はベランダから室内に入り、そこに十五人ほど人がいるのを確かめた後、『サーチ』スキルも起動。
探すのは、自分やポーラやここにいる人達を危険に晒す存在の有無と所在。室内だと、大きな花瓶の中に反応があったので、一秒かけて花瓶を先日クレーターになったままの辺りに放り投げておきました。
サーチに使った分と合わせて、残り72秒。
ベランダの方にも外見からはわからない危険物が仕掛けられているようなので、見つける時間が惜しかったぼくは、室内にいた人達を部屋の外の廊下のずっと先にまで一人ずつ運んで行きました。
ケガをさせないよう丁寧に運んでも一人一秒もかかりません。海外ネットドラマで見た光速で走り回るヒーローみたいな感じです。秒速16万キロとかふざけてますよね。自分も今似たような存在ですけど。
室内にいた人全員を移動させて、残り55秒。
さらに隣室とかも見て回って誰もいない事を確かめて、いや、最後の部屋で掃除してるメイドさん二人も移動させて、残り47秒。
そしたら空中をちょっとずつ落下していたリーディアも安全そうな場所に移しておきました。
残り35秒くらいで、クレーターに投げ捨てておいた何かが弾けたようです。爆薬が炸裂した光が漏れてきてます。音はまだ届いてませんね。
さて、改めて『サーチ』スキルを起動して、計画した誰かと、仕掛けた誰かの所在を確認。合わせて二十人くらいいたので確保するのは大変でしたが、なんとか残り5秒くらいまでに全員をクレーターで爆発してる何かの影響は受けそうな、でも死にはしなそうな辺りへと放り投げ、リーディアの腰裏を抱いて、再び中空へと戻り、高見の見物を決められる位置についたら、ちょうど残り時間が切れました。
そして時間は動き出す、だっけ?
クレーターとベランダで派手な爆発が起こり、何が起きたのかわからずいきなりぼくと空中にいることに気付いたリーディアが、ぼくに抱きつきながら叫びました。
「い、一体何が起きたのです!あの室内には家族や親族が集まっていたのです!父や母は、妹や弟はどうなったのですか!?すぐに助けに行かねば!」
「落ち着いて。全員無事だから。犯人達以外は」
「どういう事なのです?!」
「説明は後。先に、犯人たちの確保を衛兵さんたちに指示しておいて。ぼくにつけてもらってるポーラの眷属に見張らせてはいるけど」
「わかりました。信じます」
リーディアを抱き抱えて移動。いわゆるお姫様抱っこの態勢のまま、吹き飛んだリーディアの居室の方へ戻ると、パニックに陥ってたリーディアの家族の姿がありました。
「みんな、無事でしたか?私はこの通り、カケル様に助けて頂いたので無事です。容疑者達も先日大穴が空いた辺りにまとめて捕らえているそうなので、全員捕縛して必要な尋問などを行なって下さい。急いで!」
リーディアの一族が前王家に変わって統治を担当し始めてるので、集まってた中に高位の人達が少なからず混じっていたようで、何人かが走り去って行きました。
しかし、四人、構成からしてリーディアの家族らしき人物だけが残り、ぼくを取り囲んで抱きしめてきました。
「娘を助けて下さり、ありがとうございます!」
「ありがとう、本当にありがとう!」
「お姉様を助けてくれて、ありがとー!」
「・・・姉や自分達の命を助けて下さって、ありがとうございました」
リーディアの人となりからは想像できない感じの、かなりフレンドリー?なご家族なようでした。それが少し気恥ずかしかったのか、
「ほら、みんな、せっかく無事だったんだから、もう少ししゃんとして!カケル様は、キゥオラのポーラ姫やマーシナのイドル姫、それから、わ、私の旦那様にもなるお方なんだから!」
顔を真っ赤にして照れるリーディアの姿はレアで、可愛かったです。
ご家族四人は抱擁を解くと、ぼくの前に並んで跪きそうになりましたが、そのまま立っていてもらいました。
「ご紹介に預かりましたカケルです。まあちょっと込み入った事情はあるにせよ、それらの説明はまた後日で。今はちょっと緊急時なので。マッキー、いる?」
「はい、カケル様、ここに」
ぼくの肩の上に現れるのは構わないのだけど、以前より少し重くなったのは気になりました。ま、今は我慢。
「何か仕掛けられてた?」
「はい。イプシロンに全員の関節を砕いておいてもらいましたから、身動きは取れません。手下と思われる者には爆発物が仕込まれていたりしましたが全て回収済み。口内の歯に仕込んだ毒物の類なども撤去してあります」
「ポーラにはもう伝えた?」
「はい。ただし、こちらに直接来た方がいいかは、カケル様の判断にお任せすると」
「ありがとう。向こうは、ポーラが闇魔法使いであることも、爆発テロ実行に関わった連中が殺されて眷属にされて一切の情報秘匿も出来なくなることも承知してた筈だから、眷属にするなとは言わないけど、十分に気をつけてと伝えておいて。
後、こっちに来るなら自分が発ってからにしてもらって。ついさっきお別れしたばかりだし、ここを任されてるのはリーディア達で、何かある度にポーラが出張ってたら、その隙を突かれるかも知れないからね」
「承知しました。お伝えしてきます」
マッキーが影の中に姿を消してから、ざっとした状況だけをリーディア達に伝えました。食糧とか土地枯れの問題解決については今ここで話すようなことでも無いでしょう。ただでさえ狙われたばかりなのに、さらに危険度を増してしまうでしょうから。
「カケル、さっきのは、私が狙われたのでしょうか?」
「元々は、そうだったんだと思う。ぼくがこっちに立ち寄る事はポーラ達にも言ってなかった気紛れみたいなものだったし、リーディアの親族まで急遽集められることになって、好機だと思ったんだろうね。
ぼくが来るとなったら、それもほんの2時間前くらいに言われたら、みんなバタバタして慌ただしくなった隙を突かれた感じ?」
「申し訳ございません。せっかく、カケル様達からこのイルキハを任されたというのに」
「さっきもマッキーに言った通り、ここに誰がいて、どんな人物が来るのか、分かっている誰かの企てだと思う。ぼくはもう行かないといけないから、後はみんなで頑張ってね。ポーラとキゥオラも、イドルとマーシナも、出来るだけ力になってくれる筈だから、いい感じに頼って」
「かしこまりました」
リーディアはそう言って一礼すると、家族達を身振り手振りで遠ざけました。妹さんは残りたがってましたが、弟さん他に引っ張られて姿を消しました。
その後ろ姿を見送ったリーディアは、ぼくのすぐ目の前に立って言いました。
「つい先ほど、あなたをすぐに愛せそうにないと言いましたが」
「ええと、そういうの、吊り橋効果とかって言って、何とも思ってない相手とでも危険を一緒に体験すると特別な誰かだと思い込んだりしちゃうんだって」
「だからと言って、前王家の処刑を疎ましく思っていた勢力がいたのは承知していたのです。私たちとしてもイルキハの統治に際し十分気をつけて警戒していたつもりが、この有様です。
あなたが来てくださっていなかったら、最低でも私一人か、もしくは近しい家族の誰かが巻き添えになり、イルキハはさらに難しい立場に追いやられたでしょう。
だからこれは、一時の感情などではありません。あなたは私にとって恩人でもあり、それ以上の、大切なお方になったのです。
ですから、その、あなたが、危険な長旅に出られる前に、精一杯の感謝と、旅の安全を祈願した祝福を」
「気持ちは嬉しいけど、それやられると、影に潜んでもらっているポーラの眷属達が」
「ご心配には及びません」
何をするのかと思ったら、両腕をぼくの頭の後ろに回して抱き寄せ、体を密着させ、唇を重ねてきました。それも、いわゆるディープキスというもので・・・。
一分か、二分か、三分か。まあ分からなくなるくらいには長めなキスが終わると、蕩けた眼差しのリーディアは名残惜しそうに言いました。
「私が一番出遅れているのも、一番立場が弱い事も承知しています。それでも、私は、あなたの末席のままに甘んじていたくはありません」
「何番目とかは気にしないでね。ぼく自身が気にしてないんだし。それでみんなの仲がギスギスしちゃう方が嫌だから」
「分かっております。しかし、これからまだ何人増えるかも分からないのですから、こういった気概も必要なものなのだとお許し下さい」
「イドルもポーラもそんなことを言ってたけどね。ぼくはもう三人でも十分なのに」
「ふふっ、出立前に立ち寄って下さったこと、本当にありがとうございました。長旅、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「うん。ちょっと思ってたのとは違ったけど立ち寄った甲斐はあったしね。イドル達も無事でね。何かあったら他のみんなに相談してね」
「わかりました」
そうして背中を向けて歩き出そうとしたぼくの背中にリーディアが抱きついてきて、もう一度口付けを交わした後、ぼくは上空へと駆け上がり、今度こそ、長旅へと出発したのでした。
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