ランニング23:第五チェックポイント通過とその翌日
「今日もお疲れ様。眠りについたところで悪いかなとも思ったけど、ちょうど良い区切り目にもなりそうだったからね」
「いえ。ガルソナの侵入を排除するっていうなら、確かに一区切り入っていてもおかしくは無かったですし」
「それで、モテモテじゃないか?」
「別に、ハーレム願望とか無かった筈、なんですけどね」
「でも、どの子も、別に嫌ってはいないだろう?むしろ好意を抱いてるだろうに」
「そりゃあ、神様に隠し事なんて出来ないから認めますけど。今すぐどうこうっていうのは、なんか、違うような気がしてて」
「怖がってるのかい?」
「そうかも知れないのかな。例えばですけど、ぼくがユニークスキルを取り上げられて、本当にただの黒髪黒目なだけの誰かになったら、今までにしてきたことの感謝はされるでしょうけど、何らかのお礼をされてお仕舞いになるような気がしてて」
「心配しないでも、取り上げたりはしないよ」
「なんていうか、物の例えとして、そんな感じなんじゃ無いかなと」
「ポーラはそれでも君に寄り添い続けてくれそうだけどねぇ」
「そうかもですね」
「あとさ、何かが出来るからその人と一緒になるとか、別に普通だからね。もちろんそれだけじゃない色恋感情なども混じるだろうけど、ちゃんと働いて、お金を稼いで、家族を養ってくれるからとか、それは感情とは別の努力義務みたいな物じゃ無いのかな」
「まあ、ぼくの場合は、それがものすごく特殊なんですけどね」
「それはそうだろうけど。
でね、ここに君を呼んだのは、君が聞いておいた方が良いかも知れない話を、イドルとポーラがしているからなんだ。聞いておきたければ、彼女たちに絶対に気付かれないように、聞けるようにするけど、どうする?」
「止めておきます。どうしても必要な事は直接聞いたり、彼女たちが自分に話したい時に伝えてくるでしょうから」
「それも、君の前世のラノベ知識とかからかい?」
「まあ、現実世界の話じゃ無いにしろ、自分なら、そうしてもらった方が嬉しいから、ですかね。だってポーラとか、ぼくのこと覗き放題じゃ無いですか。これで心の中とか覗かれたり、本当の意味で隠し事が出来ないようにされたら、流石に今までと同じように接するのは難しいでしょうし」
「そんな内容に近いことをイドルからポーラに諭してたりはするよ」
「それはそれで助かります」
「彼女が本当の意味で禁忌の一線を踏み越えようとしたら、私が止めるから安心してていいよ」
「あ、あはははは。それは、はい、助かります」
うん。神様以上のストッパーなんていないだろうしね。
「じゃあ、次のチェックポイントについて伝えておくよ」
「はい、お願いします」
「この国境沿いの都市から東へずっと進んで行くと、大河の河口付近にある大きな港湾都市がある。そこはガルソナにとって経済と貿易の生命線と言って良い街だ。
そこに行って、これからどうするのが最善なのか考えると良い」
「分かりました。知らずにそこを訪れて、瓦礫の山にするようなことが避けられて良かったです」
「君なら、問答無用でそんなことはしないと知っているけど、一応の保険としてね。じゃあ、お休み」
「情報ありがとうございました。お休みなさいです」
そうして寝て起きた翌朝。ふかふかのベッドが気持ち良くて二度寝したけど許されて、朝日が窓から差し込んできていて、そろそろ起きないといけないかなと思ったら、本物のメイドさんが失礼しますとノックしてきて、急いでベッドから出て服を着てドアの鍵を開けました。
「おはようございます、カケル様。朝食はいかがなさいますか?」
「えっと、お任せで構わないんですけど」
「ポーラ姫様とイドル姫様のお二人からご一緒しないかとお誘いを頂いておりますが」
「うん。それで良いよ。案内してもらえるかな?」
「はい、ではそのようにお二方にお伝えしておきますが、あちらも身支度にそれなりに時間がかかりますので、カケル様もお
「えーと、整えないとまずいレベルに見える?」
「キゥオラやマーシナにとって大恩のあるお方に申し上げるのは心苦しいのですが、いささか髪などが伸びすぎておりますので、さっと湯浴みをされた後、散髪させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええと、二人を待たせ過ぎないのであれば、お願いできるかな?」
「かしこまりました。それではご案内致します」
できるメイドさんぽく、ポーラやイドル姫への伝言は配下の誰かに指示して、浴室というのもこじんまりとしたところで、シャワーと呼べるようなものはなかったけど、適温のお湯が貯められてる小さな湯船ぽい物と石鹸やシャンプーぽい物と、乾いたタオルが用意されてて、それぞれの使い方とかを説明してもらいました。
「本来なら付き添いでお世話もするのですが、ポーラ姫様より出過ぎた真似をするなときつく言いつけられておりますので、申し訳ございません」
うん。朝からムフフなサービスなんてこれっぽっちも期待してなかったよ。嘘だけど。ほんのちょっぴりくらいはね。ぼくも年頃の男の子だもの!
まあ、一人にされてからさっさと体と髪を洗い流して、タオルで乾かして、着衣して戻ると、別の小部屋に連れて行かれて、鏡の前に座らされて、散髪してもらいました。だいぶさっぱりした感じです。
元から伸びてたのが、一ヶ月近くまた伸び放題になってたからね。
それからまた別室に連れて行かれて、ポーラとイドルと合流。メイドさんの手際に細かい注文が付けられたりはしたけど、それはまた後でという事にしてもらいました。
概ね好評価だったし、作り立ての朝食が並べられていたし、お腹も減ってたからね。
何種類もの野菜や果物が混ぜられた新鮮なサラダと、柔らかなパンと牛乳や果汁とか、あとは焼いたハムやソーセージなどもお好みで追加してもらえて、大満足な朝食でした。
食器などを下げてもらい、食後のお茶も準備してもらったら、給仕のメイドさん達には退出してもらいました。
チェックポイントでの神様との会話とか、あまり誰にでも話しても良い内容でも無いからね。それともちろん、イドルとポーラの会話を盗み聞きするかどうか選択肢を与えられたけど断った件についても触れませんでした。聞かなかった証明も出来ないし。
「ガルソナ最大の港町ラグランデですか。確かに国の要所ですね」
「でも破壊しろとか奪取しろとかじゃなくて、今後の行動をそこで探れってのが、気にかかるわね」
「ガルソナは、西岸諸国でも一番若い国です。ラグランデは元々そこにあった別の国の王都でしたが、カローザの支援を受けた騎士ガルソナとその騎士団がラグランデを急襲して陥落せしめ、その国を滅ぼした事で、騎士侯国として成立させられました。
ガルソナの首都は、カローザ寄りの大河沿岸の地にありますが、経済の中心はむしろラグランデのままと聞いています」
そんな背景知識とかを仕入れたら、後はどう潜入するかですが、ポーラから提案がありました。
「昨晩から今朝くらいまでに、眷属達に国境線付近を偵察させたり警戒させておいたから、あちこちで騒ぎを起こしておく事も出来るけど、どうする?」
「ん〜、すぐにでも攻め入ってきそうなのは潰しておいても良いだろうけど、それ以外は様子見しておきたいかも」
「どうしてそう考えたの?」
「昨日みたく、即座に潰しておいた方が良ければ、神様はきっとそう提案してくれたと思うんだ。でも、ラグランデに行って、様子を見て確かめてから、今後の指針を決めるようアドバイスをもらえたのなら、その方が良いかな、って」
「私はカケル様に賛成です。昨日の惨敗の速報はいずれ方々から届いてくるでしょうけど、それまではほぼ平常な姿のラグランデを見れる筈ですから」
「下手に突き過ぎると、相手の警戒レベルを引き上げちゃうだろうしね」
「むうー、そしたら仕方ないか。警戒はさせておくね」
「マーシナも急襲を受けてあちこちで混乱から立ち直ろうとしているところだから、国境の警備を固めてもらえるだけでも非常に助かるわ」
「じゃあ、そっちはそんな感じだとしてさ。ラグランデ、そのままの姿で三人して門から入ろうとしたら、きっと大騒ぎになると思うんだけど、どうかな?」
「まあ、私とカケルは黒髪黒目だし、イドル姉の美貌はラグランデくらいまで有名かも知れないし、そうでなくとも普通にナンパされたり絡まれたりするだけで面倒だしね」
「では門をくぐらずに、上空から?」
「うん。ショートワープなら、例え結界の類が張られてても気付かれないだろうしね」
「後は、三人とも平凡なフード付きローブとかで全身覆っておけば大丈夫かな?」
「イドル姉は、顔を仮面で隠しておいた方が良いかもね。誰かに覗き見られたら、たぶん騒ぎになるし」
「・・・まあ、せっかくのお忍びデートが出来そうですし、元学友に、この家にあるのを頂けないか訊いてきますわ」
仮面舞踏会とかで使うらしいマスクというか目元の辺りしか隠さないのはアイマスクって言うんだっけ?
ポーラはキリッとしたの、イドルは醜女というか元の世界の叫びのタイトルの有名絵画みたいので。イドルの美貌を隠すのは勿体無いけど、トラブルを避けるには仕方ないよね。
自分?自分のは、能面みたいな無表情のにしてみました。なんか面白そうだったので。
他にも諸々補給したり、イドルは王都にいる両親に宛てて書いた手紙を元学友の親御さんに託してたり、そんな準備が済んだら、邸宅の庭から出発です。
庭で見送ってくれた貴族一家や召使いの皆さんのポカーンとした表情が面白かったです。
国境近くの都市でもあったので、駆け出して30分もせずガルソナ側の国境の街を遠目に臨み、さらに30分ほど駆けたら、海に注ぎ込む大河の河口と、その傍に位置する港湾都市ラグランデの姿が見えました。
都市自体も非常に大きくて広いのですが、港町と言えば船です!
「船が、たくさんいるね」
「ここには大河沿いの各国からだけでなく、海を通じてマーシナや他の国からも交易船がやってきますからね」
大きめ中くらい小さめの、合わせて百隻くらいもいるでしょうか。船着場が満杯で、沖合に停泊してるのを合わせるとさらに三割ほども増えそうです。
「なんか、船着場とか荷下ろし場?みたいなところはだいぶ賑やかみたいだね」
「賑やかというか、殴り合いの喧嘩でもしてそうにも見えるわ。遠くて良く見えないけど」
「では、もう少し落ち着いた辺りに降りて、情報収集しつつ、そちらに向かってみた方がよさそうですね」
という訳で、560mの上空から下降しながら、人がいなさそうな路地を選んでショートワープを起動。無事に着地しました。
さて。
裏通りから、表通りへと向かいます。
人が多いです。とっても!
異世界転生ものの定番だと、そうは言っても現代の東京とかに比べれば!ってのがお約束フレーズでしょうけど、自分はそういう都会を一度も訪れることなく終わったので。
キゥオラの王都は夜だったし非常事態真っ只中という事でノーカウント。アミアンの領都はイルキハの王都よりははっきりと狭かったし、昨日訪れた都市とか空から見下ろしてきた街とかを含めても、ラグランデは群を抜いて大きくて。
お店の数も多くて、人通りもとても多いのですが、すぐに、あることに気がつきました。
「物乞いとか、浮浪者みたいのが多い?」
「それに、キゥオラ王都と比べても、特に食糧品の物価が高い気がする」
「さっき通ってきた裏道とかにも、動けなくなってる人達があちこちにいたわ」
三人でこそこそと話しながら進みました。
謎肉を屋台で買い食いとか、異世界物テンプレ行動として嗜んでおきたかったのですが、二人から止めておきなさいと止められてしまいました。ぐすん。
「ちゃんとしてそうなお店で食事して、そこで少し情報収集をしましょう」
まあ、イドルよりはポーラの方がまだしも街歩きとかをした経験はあるようで、ちゃんとした身なりの商人とかが屯してる食堂を見つけて、そこで三人分のお茶と軽食を頼みました。
三人ともフード付きローブで体と頭部を覆い、怪しげな仮面やマスクで顔を隠してれば怪しさ満点でしたが、ポーラが咄嗟に握らせた銀貨か何かの威力が通じて、ちゃんと注文を取ってくれました。
「キゥオラ王都の食堂とかの値段より、1.5倍から2倍くらいは高いかも」
「マーシナの方と比べたら、3倍以上は違うかも知れませんね」
ポーラとイドルの二人の小声の会話も聞こえてきましたが、今は周囲の商人らしきおじさん達の会話の方が良く聞こえてきました。
「また値上げしないといかんか」
「売る物が確保できてるだけマシだ。今はどこも品物が手に入らん。特に農作物関係が死に体だ」
「東岸の方から買い付けに来てる連中も必死だからな。値段はまだまだ吊り上げられていくぞ」
「マーシナに大量の略奪兵を送ったってのマジな話なんだよな?」
「カローザがミル・キハとおっ始めようとしてるって噂も確からしいし、ガルソナは下請けだからなぁ。やれと言われれば断れんだろ」
「これでもうガルソナも後戻りは出来ない。キゥオラの政変に加担し、イドル姫を攫った時点でカローザはマーシナを決定的な敵にしちまったが、ガルソナも道連れだな」
「だがよ。マーシナでの略奪がうまくいきゃあ、国土も増える。農地も増える。差し当たっての食糧も手に入る。良い事ずくめじゃねぇか?」
「うまくいかなかったら?マーシナは平和を好む国だが、戦えない訳じゃない。ここ数十年は大きな戦も経験してこなかった分、兵の数も多いし、飢えてもいない」
「だからよ、東岸諸国で暴れてた傭兵団とかを片っ端からぶち込んでったんだろ?平和ボケして戦った事の無い兵士なんざ相手にならねぇだろ」
などなど。
いつの間にか、小魚を揚げたスナックみたいな料理と、水を入れたコップがテーブルに並べられてましたが、三人とも手をつけられてませんでした。
二人に合図して、小魚を摘みながらテーブルの真ん中に顔を寄せ合って、内緒話をしました。
「たぶん、ここでは詳しい話はしない方が良いと思う」
「そうね」
「昨日、あちらで何が起きたのか、まだ伝わってきて無いみたいだし」
「一人残らず、アレしちゃったからね。だから、とりあえず、ポーラ、頼めるかな?」
「何を?」
「たぶん船着場とかにも、ぼく達は近づかない方がいいと思う。古着屋で適当なマントやローブとかをたくさん買って、眷属達に着せて情報を集めさせて」
「わかったわ。私も見つからないようにやってみるけど、そしたら二人は?」
「ちょっと反対側を見てきてみるよ」
「了解」
小魚のフライも、果汁水もそこそこ美味しかったです。
ポーラがまた支払いをして店から出て、合流場所と時間だけ大体決めたら、行動開始。
人目につかない場所へと移動した瞬間に高度560mの上空へショートワープ。ポーラはそこから街中へと影渡りで戻っていきました。そう、ポーラも、見える範囲の距離にある影には渡れるようになってました。一度に渡れるのは数km程度が限界と聞いてますが。
そこからひさしぶりに透明マントを取り出してイドルと並んで肩にかけて、って、おおう!腕が、腕が柔らかな何かに包まれてぇぇええ!
と動揺して固まり、空から落下し始めてしまったので、慌てて時速56x2の112kmの加速を久々に使って、大河の東岸地域の方へと移動開始しました。
「あの、イドル・・・?腕が幸せなのは確かなんだけど、手を握るくらいで勘弁してもらえませんか?」
「んー、だめですね。却下です」
そして腕が谷間により深く・・・。
ってまた停止しかけたので、慌てて再起動。
「ちょっと、平常心を保つのが大変なので、どうか」
「もうしばらくは、このままでお願い。ガルソナをどうするか決めて対応したら、私はたぶん国許に帰らなくてはいけないから。そこであなたを両親に紹介して、将来の約束も押し通した後は、あなたと最短でも一年くらいは離れ離れの生活になってしまいます」
「もし何だったら、ぼくから会いに行けるけど?」
「まあ嬉しい。約束ですよ?ただ、気持ちとして会いに来て下さるのは嬉しいのは確かなのですが、婚約者を喪った喪に服している期間ですからね。そう頻繁に、というのも世間体が悪いかも知れません。まぁ、月に一度くらいなら、たぶん、なんとか、ギリギリ?」
「今よりもっとレベルが上がっていけば、もっと遠くまでずっと早く到達できるようになるだろうから、イドルに都合が悪くならない程度には行けると思うよ」
「お気持ちはありがたく思います。本当に。
だけど、東岸諸国というか地域の食糧事情は、思っていたよりも切迫しているようなので、カケル様への負担がもっと増えてしまっていく恐れもあります」
「それでも、たぶん何とかするよ。軍隊とか城とかを潰すだけなら、すぐにだって出来るからね」
「あなたは、本当に頼もしいお方ですよ。たぶん、この世界中で、誰よりも」
イドルはまた腕をギュッと抱きしめてくれました。
うん、数々のラノベの主人公たちは正しかったです。
男なんて、ほんと単純な生き物なんだと。
まあそんないちゃいちゃタイムは、加速状態で数分走るだけで一旦終わりました。東岸地域の方の大きめの港町が見えてきたので、加速状態を解いて、高度100mくらいまで降下して、街中の様子を見ていきました。
「やっぱり、浮浪者とか物乞いとかが多い?」
「あちこちで喧嘩したり、泥棒騒ぎみたいのも頻繁に起きてるみたいですね」
こっちにも船は多く泊まってましたが、たぶん三十隻前後くらい。それも各種の大きさのを合わせた数です。
その都市や周辺に特に軍隊が集結してそうにない事を確認したら、そこから出ている太めの道を辿る形で、村や町や畑の様子なんかを見て回っていきました。
それですぐに気付いたことがありました。
「東岸と西岸で、そんなに収穫時期が違う物なの?」
「いいえ。どちらも同じような品種を育てている筈ですから、収穫時期はまだもうしばらくは先の筈です。せめて、あと二週間ほどは最低でも」
「それだけ、待てる余裕が無かったのかも知れないね」
「・・・・・」
「それとさ。あちこちで畑の地面?を焼いてるように見えるのは何をしてるの?」
だいたい、ひと区画の10から15%近くの農地が、麦藁みたいので焼かれているようでした。
「あれが、食糧難の元凶です」
「ええと、植物がかかる病気みたいな何かなの?」
「はっきりした原因はわかっていません。麦だけがかかる訳ではなく、どんな農作物でも、肥料や水、雑草や虫などの類をどれだけ気をつけても、農地そのものが枯れていき、そこで育っていた農作物は全て食用にはなりません。その茎や根ごと、畑と共に燃やす事でしか対処できません」
「農業の事なんもわかってない素人意見でごめんなさいなんだけど、連作障害とかの類でも無いんだよね?」
「はい、一年から、最長で三年ほど十分に休養させていた土地でさえ、この病いというか呪いにかかってしまう事があります。どちらかと言えば、休養させておいた土地の方がかかってしまう確率は低いものの、他の農地が減れば減るほど、休めておける農地もまた減っていってしまう訳で」
「呪い、ねぇ。あのさ、突拍子も無い事を聞いていい?」
「どうぞ。カケルはこの世界とは異なる世界から呼ばれたのですから、常識が異なるのも当たり前の事です」
「予防線張ってくれてありがとね。で、聞きたかったのは、そんな呪いか病いだかを広めてしまえるような、魔王とか悪魔とか、そんな類の存在っているの?」
「魔王や悪魔、ですか?そのような存在は聞いた事がありません。説明して下さいますか?」
まあ、そんな訳で、元の世界のラノベアニメ漫画等の知識を伝えてみましたが、そんな存在はいない、が結論でした。
「ええと、じゃあ、死神とかは?」
「いません。死した者は基本的に唯一神の御許に戻るだけです。闇魔法で眷属にでもされたりとか、稀に死にきれず偶然からアンデッドになってしまうような特例を除けば」
「シングリッド唯神教だっけか。じゃあこの世界には、たった一人の神様しかいないの?」
「過去には、地域によって、様々な神々がいて、信仰されていたこともあったようですが」
アガラさんがなんか言ってたっけ。
神様の関心領域がどんどん狭まってきてるとか。もしかして、それが絡んでたりするのかな?
「その中には、農業とか恵みの神様とかいなかったのかな?地母神みたいのとか」
「さあ?遥か昔に、どこかの地域で信仰されていたのかも知れませんが、寡聞にして、私は聞いた事がありません」
「マーシナって確か、一大農業国だよね。そこのお姫様が知らないというなら、学者さん達とかでないと知らないかな」
「もしくは、宗教関係者とかですかね」
「じゃあ帰ったら、アガラさんとかにも聞いてみようか」
そうして、ポーラとの約束の時間と場所には遅れないくらいの速度で、きっちりレベル60以上には達するようペース配分して、なるべく東の方へと見て回りましたが、焼かれてるか焼かれていた跡が残っている畑の割合は、東に行けば行くほどに高かったです。
そうしてまた日暮前頃には西岸に戻り、マーシナとガルソナの国境線沿いにある森の一つにポーラの眷属達が築いてくれた野営地へと到着しました。
そこにはすでにポーラやアガラさんその他の面々も揃っていました。
「お帰りなさい。あちらはどうだった?」
「ただいま。思ってたよりも酷かったかな。ポーラの方はどうだった?」
「ラグランデも、というかガルソナもだけど、ドースデンがかなり切羽詰まってきてるみたいね・・・」
とりあえず、用意されていた暖かな食事をとり、一休みした後で、互いの情報を交換していきました。
「ラグランデの波止場というか船着場とかで騒ぎが起きてたでしょう?あれは、本来ならマーシナから略奪した穀物とかの第一陣が届いてないといけないのに、まだ届いていないから揉め事が起きてたみたい」
「あー。何というかそれは、ご愁傷様ですとしか」
「マーシナや私たちからすればそうなんだけどね。東岸地域から買い付けに来ていた商人達からすれば、彼らの地元や販売先で飢えて待っている人々が、って感じでね・・・」
はあ、とポーラは今までにないくらい重い溜息を吐きました。
「予め伝えておきますが、マーシナやキゥオラが抱えている農作物の貯蔵分を全て合わせたとしても、東岸諸国を統一したドースデンの需要を満たすには足りないだろうと、お父様も、キゥオラ王も仰られていました」
「だとするとさ。今はまだ略奪させた傭兵達からの買い付けみたいなやり方をしてたけど、それが完全に失敗したとなると、ドースデン本体が動き出してこない?」
「その恐れはあるわね。ガルソナやカローザを倒したとしても、それとは関係無く、飢えに突き動かされて」
「まあ今回入ってきたのはみんな倒しちゃったから、略奪部隊が全滅したのは数日の内に情報は広まっちゃうよね。たぶん、ラグランデから東岸にも西岸の地域にも。そしたら、今日はまだ見当たらなかったけど、本格的にドースデンも動き出すか」
「軍隊そのものをどうにかするのは、そう難しくは無いけど、それが食糧難に突き動かされてるって状態をどうにかしないと」
「だけど、東岸地域ではもう刈り取れるだけの作物は全て刈り取ってしまったようでした。それでも足りないからかき集めに来て、その略奪行為も失敗したとなると」
まあ、八方塞がりって言うんだっけ、こういうの?
こういう時は単純に考えるしか無いと、数々の主人公たちはぼくに教えてくれてました。
「あのさ、足りない食糧は、新たに育てるか、もしくはどこかから持ってくるしか無いよね?」
「東岸地域ではもう増産が絶望視されているのでしょう。西岸地域のマーシナでも取り組んでは来ましたが、成果は思わしくありません。土地枯れの減少分を埋めて一割分をさらにというくらいが今の限界です。
これから植えた農作物も、収穫出来るのは、早くて数ヶ月から半年ほど先になります。
東岸でも無理、西岸でも無理ということになると・・・」
「取り敢えずの当座を凌ぐには、別のどこかから探して運んでくるしか無いよね。それで何とか今年を凌いでもらってる間に、土地枯れ病?だかの原因を突き止めるか、解決する手段を見つけられれば、食糧不足も解消していけるんじゃない?」
二人とも呆れたとも違うけど、驚きだけとも違う表情で言いました。
「一つの村や町でさえ、一年分となればそれなりの量となります。それが小国でさえその数十倍、ドースデンの様な大国となれば、一体どれほどの量を運ばなければいけないのか、見当も付きません」
「それを、カケル一人でやろうっていうの?私の影収納はほとんど制限が外れてきてるから、やろうと思えば出来ちゃうかも知れないけど、それでも大変だと思うよ」
「それに先ず、一国を養うだけの食べ物を探すところから始めないといけません。例えそれがどうにか見つかったとして」
そこでぼくは小さく手を挙げて言いました。
「レベル60に上がって、新しく得たサブスキルが、サーチ。自分が必要と感じる存在がどこに在るのか、その方角と距離が分かるんだって」
ポーラが、またそんな出鱈目な、と呟き、イドルは、非常識にも程がありますが、そんなスキルがあれば私がどこに攫われる事があろうとすぐに助け出しに来てもらえますね、と手を叩いて喜んでいました。
うん、そりゃそんな事があれば、他の何を差し置いても助けに駆けつけるだろうけど、とぼくも呟いておきました。ポーラから腕をグニっとつねられて痛かったけど、まあたぶん必要経費ってやつです。きっと。
頬をぷぅっと膨らませたポーラも可愛かったです。つっつきたかったけど、我慢しておきました。そしたらまたつねられたけど。解せぬ。ってたぶんこういう時に使うんだよね?
という脳内戯言はさておき。説明を続けました。
「それでね。今から何をどうするにせよ、どこの国の軍隊も潰しておくことも出来るけど、それをしても根本的な解決にはならないから、当座の穴を埋められる何かを探し出しておく必要があるんじゃ無いかと思うんだ」
そう言った途端、また、神様のいる空間に移ったみたいで、周囲が真っ暗になって、ポーラとぼくと神様だけがそこに居ました。
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