ランニング18:至イルキハ王都

 直線距離で寄り道しなければ、一日ちょっとで着くことも出来たでしょうけど、道中で細々とした雑用を片付けていく必要があったので、あっちへふらふら、こっちへふらふらという道程になりました。


 キゥオラに侵入して敗走した兵士たちを追跡回収しつつ、先ずはイルキハ領内に築かれた侵攻拠点を潰しました。後詰の兵力が集められてもおかしくなかったし、百から二百くらいの兵士がいて、その内の一から二割くらいは敗残兵の皆さんだったみたいです。


 問答無用で空から何かを落として叩き潰したかって?

 いえいえ、そんな勿体無い事はしませんよ?

 流石に地面の染みになってるような死体はアンデッドとして利用できないみたいだし。

 捕虜にした元指揮官な貴族さんたちに降伏を呼びかけてもらった?


 うん、様式的にその手順は一応踏んでみたけど、到着してる敗残兵からおおよその状況を聞いてたとしても、砦を明け渡すような判断をすぐには出来ないだろうし、彼らの国許に判断問い合わせてもらって回答待つなんて悠長な余裕は無かったしで。


 じゃあどうしたかというと、ポーラが新たに覚えた闇魔法の一つ、魔毒。

 使い方は二種類あって、影の中から直接触れて即効性の毒状態にするのと、範囲効果で複数の相手を同時に毒状態にするの。前者の方が致死性は高いのだけど、砦みたいな施設に分散した百人単位の敵一人ずつを毒状態にしていくの手間も時間もかかるしね。

 後者の方は、術者を中心にした範囲内が対象になるから、じっくり相手を弱らせていく事になるそうな。

 で、凶悪なのが、ただの「毒」状態ではなく、「魔毒」状態になる事。普通の毒消しポーションとかで症状を一時的に和らげたりは出来るけど、ポーションの効果が切れれば再び魔毒の効果が持続し始めるんだって。

 光魔法の浄化が対抗手段になるらしいんだけど、その場合でも、術者同士の力量とか注ぎ込んだ魔力量勝負になって、黒髪黒目の忌み子でもあるポーラがそれなりの魔力を注ぎ込めば・・・。


 ごはっ、とか吐血して顔色を紫色にしながら倒れ込む兵士さん達が続出。

 この砦は特段魔法的な防御手段が講じられてないのをポーラ達は予め確認してあったので、

「ここは任せて。イルキハ王都前に試しておきたいから」

 とポーラの魔毒の独壇場になりました。


 自分の傍にいたリーディアはもちろん良い顔をしてなかったけど、小一時間もしない内に砦の門が開かれて、砦中央の中庭に跪いた兵士達が勢揃いしていて、その真ん中でポーラがこれ以上ないドヤ顔をしていました。


 国境沿いの砦を潰した後は、イルキハ王都攻略の為の素材を収集しておく為に、岩山に寄り道したら、ワイバーンの群れに遭遇してしまって、自分はともかく、列車ごっこで連結?されてる後ろの人達が阿鼻叫喚の騒ぎになってしまって。


 なんとか墜落事故を起こさずに着地して、リーディアに結界を張って保護してもらい、自分とポーラで再び上空へ。

 まあ、視界に収められてるなら影渡りできる訳で、呪いの短剣による出血と魔毒のコンボで、ワイバーンは次々に地表へと落下していきました。

 ぼく?ちょろちょろと空中を動いて標的となり、ワイバーンの突進や攻撃は避けつつ、ポーラに攻撃の機会を提供してましたよ。


 ワイバーン十頭も眷属に加え、そのリーダーぽい個体だけ名付けして、イルキハ王都近郊の森で一晩を明かし、その間ポーラの眷属に王都や王城の守りの固さを確かめてもらいました。


 その夜の、就寝前の作戦会議。

「大門は南と東と北西の三ヶ所。そのどちらも影潜りや影渡りでも侵入は無理そう。ただし、王都全体を包む外壁には魔法防御が緩んでるところがあって、王都内への侵入は可能。王城はキゥオラに比べれば小ぶりだけど、一通りの魔法防御は備わってて、影潜りでも影渡りでも侵入は出来なさそうね」

「つまり、ぼくの出番て事だね」

「降伏勧告の書状は?」

 ウルリアがポーラに尋ねました。ウルリア達も文面の監修に加わってました。

「城内には侵入できなかったから、城門に打ち付けておいたわ。門番の兵やその上官がとんでもない愚か者でもない限り、一番上にまで話は伝わる筈だけどね。明日の朝、イルキハ王都がどうなってるか次第ね」


 ウルリアはそれ以上は口を挟めず、引き下がったけど、リーディアが、ポーラにではなく、ぼくに対して言いました。


「カケル。あなたは、イルキハの陰謀や侵攻に関わってはいない、無辜の民を犠牲にしませんよね?」

「そうしようとは務めるだろうけど、絶対じゃないよ」

「では、せめて、一撃を加える前に、警告を発しては頂けませんか?」

「それで警戒レベルが上がって、こっちの誰かが死んだり、やり直しになるの面倒臭いんだけど」

「お願いします、カケル」


 リーディアが頭を下げたまま、その姿勢を維持したので、どこまで頑張れるんだろ?とかつい悪戯心が沸き起こってしまいました。


「何かご褒美が欲しいかな〜」

「カケル!?」

「あなたが望むのであれば、この身は如何様にでも。ただし、契りを交わすのであれば、それなりの責任を取って下さいまし」

「冗談だよ」

「私は本気ですが?」


 リーディアが着てるのはちょっと豪勢なシスター服で、白地の布に金糸で刺繍がされてて、首元まできっちりボタンで留められてて肌がほとんど見えない衣装なんだけど、首元からボタンを外していったので、三つ目くらいで止めました。


「あまり年頃の男の子を揶揄わないでね。止められなくなるから」

「止める必要など無いと申しておりますのに」


 リーディアが、それなりにある胸をたくし上げるように両腕をその下に組んで、ぎゅっと持ち上げると、柔らかそうな谷間もさらにその魅力をアピールしてきました。

 ぼくはなけなしの自制心を最大限に発揮して視線を逸らし、話し合いが行われていた天幕から外に出て、超加速で上空にまで駆け上がりました。


 あのふよふよふわふわしてる何かから逃げるのも目的の一つだったけど、それだけではありませんでした。


「人を殺す事に関して、何も思わなくなってるの、やばいのかなぁ」


 今更ではあるんだけどね。

 自分が殺すのでも、ポーラが殺したり、誰かを隷属させたりアンデッドの眷属としたりするのにも、慣れっこになってしまってるんだよね。自分が殺される事でさえ。

 幸い、ポーラとはっきりと合流してからやり直しは発生してないとし、彼女が殺されてリスタートになった事もまだ無いのだけれど、いずれ慣れてしまうんでしょうか? 慣れてしまっても良いものなんでしょうか。(元の世界の両親や学校の先生やお役人さんとかに訊けばみんなNOと言うでしょうね)


 そんな当たり前のことを考えずにここまで来て、またぼくは数十人だか数百人以上を殺そうとしています。イルキハという国そのものの根幹を崩してしまえば、桁が違ってきてもおかしくありません。死ななかったとしても人生の道程を狂わされる人は、ほぼ国民全員になるでしょうし。


「どうしよっかなぁ。神様にも止められて無いしなぁ・・・」


 そこで、第三チェックポイントのゴールがどんな内容だったか思い出しました。


「十日の間に、黒幕を突き止めてその本拠地に到達する事だったかな。あの時はポーヴェを襲ってた盗賊団の黒幕って意味だったから、イルキハがゴールで良い筈」


 うん。決めました。

 ゲームとかでもセーブ可能なら、重要な分岐ポイントの前にはセーブしてから!

 ・・・リーディアは半分以上自分を揶揄ってるだけだろうし、残り半分くらいも、ぼくを好きなんじゃなくて、自分の体を差し出してでも、とんでもない破壊をもたらせる自分に枷をつけて、可能ならポーラを牽制したいんだろうけど。

 女性経験は皆無でも、いろんな物語を読む機会と時間はあったからね!

 まあ、だからこそ、リーディアの態度にいらついてるポーラにどう接するのが正解なのか、わからなくなってきてるんだけど。


「ポーラの事は嫌いじゃないし、好意を抱いてもらってるんだろうけど、恋してるかっていうと違う感じもするし。

 やっぱセーブして後回しにするしかないね!」


 ギャルゲーとかでも、会話選択肢でエンディングがまるで違ってしまうって聞いてるし。やったことはないけど!


 やっぱここは、レベル30になった時にもらえたサブスキルを試す好機でしょう。


シフト:自身の存在を別次元にシフトすることで壁などの障害物をすり抜けることが可能になる。

制限

・自身か、自身で直接触れている誰かにしか同じ効果を及ぼせない

・一回の発動につき一秒持続。持続したのと同じ分、再発動不可

・一日に、レベルと同じ回数発動可能(レベル30なら30回)。日付を跨ぐか、レベルアップか、死亡で全回復

・一時間使わないでおくと、一回分回復。一時間休む(停止状態を持続する)とその倍回復


 影潜りや影渡りでは王城に侵入できなかったと聞いてるけど、シフトならどうかな?


 先ずは、王都上空300mの高さからだんだんと下降しながら、尖塔とかが立ってない、おあえつらえ向きの通路?になりそうな空間とポジションを探していきます。

 その途中で小石を空から降らして、王都にも王城にも問題無く地面とかにまで到達する事も確認しました。


 お誂え向きな侵入経路と角度を確認したら、いよいよテストです。

 今の通常速度の上限は時速30km。加速すれば30x30で時速900km。超加速すればさらに倍の時速1800km!マッハ1から2の世界が見えてきてますね!

 まあ、空でさえ最大速度出すのは怖いし、列車ごっこ状態でやると集団自殺行為になりかねないので、音速超える様な真似は滅多にしません。

 ワイバーンの群れと遭遇した時にレベル27で、27x27x2=時速1458kmで、まあ音速(秒速340m=時速約1240km)越えしてた結果、ポーラの眷属に出来るワイバーンが少し減りました。レベルが25に上がった時に地面に棒で書いて計算してみて、ソニックブーム発生させられることは確認してあって、それを生き物の至近距離で発生させてみたらどうなるん?てのも確かめておきたかったので。まあぶつかっても相手が弾け飛ぶだけなので、接触事故の危険は、相手側にしか無い事は、神様によるユニークスキルの大きな恩恵ですね!生身で音速突破とか、元の世界では誰にも無理だったでしょうし。


 さて。

 今回はシフトの初の実運用試験なので、最大の半分くらいの速度、音速は超えない様に、城の上空を横切っていき、結界などにぶち当たらない事を確認していきました。

 シフトが一回につき一秒持続するので、その半分もあれば余裕で王城上空を横切れます。

 視野のマップに、次のチェックポイントになるのであろう、おそらくは女王となったイ・フィーのアイコンも表示されていて、シフト状態であれば問題無くその王城内部の位置まで到達できる事も確認済みです。


「まあ、最悪でも第二チェックポイントまで巻き戻るだけ!レッツゴー!」

「わしもおりますが」

「何かあった時の頼りにはしてるよ、マッキー!」


 ほぼ常時高速移動してるとはいえ、城の上空を何度も往復してれば見張りに見つかってもおかしくありません。という訳で、ポーラから姿隠しのマントを借りてきてました。

 でも、ぼくだと魔力の供給が出来なかったので、魔法的な警戒手段とかにも長けてるマッキーに肩の上に乗って同行してもらい、彼に姿隠しのマントに魔力を供給してもらいつつ、何かあった時の防御手段も用意してもらいました。


 もし二人してやられちゃっても、自分はその記憶を持ち越せるしね。


 そうして出来るだけの準備を重ねた上で、いざ本番。

 時速500kmの速さになるよう超加速を起動。半秒ほど遅れてシフトも起動。加減が難しかったけど、王城内に入るほぼ直後に超加速はオフ。目的の部屋の手前の壁は歩いて抜けて、いかにもな王様の、今は女王様の、寝室に入り込む事に成功しました。


 そしてシフトが切れた途端、バチバチボンッ!て何かが弾け燃え上がる音がして、マッキーが用意してくれてた身代わり人形が三つほど燃え上がっていたので、影の中に放り込んでおいてもらいました。


「誰っ!?」


 ベッドに寝てたのであろう女性起きて誰何してきました。


「キゥオラからの使者かな。死にたくなければ、明日の朝までに降伏して」

「は?何を寝言を!誰かある!侵入者ぞ!」


 寝室のドアの外にいたのであろう護衛の女性騎士が数名傾れ込んで来たので、


「警告はしたよ。置き土産を楽しんで」


 そう言い残して、シフトと超加速を起動。すぐに王都上空へと離脱出来ました。


「ありがとね、マッキー」

「闇魔法だけで侵入しようとしたら、あの程度では済まなかったかも知れませんな」

「保険が効いて何よりだよ」


 王都上空を駆けながら、王城で一番高い尖塔へと、山で切り出しておいた大木を投げつけ、それは枝葉を落としておいた事もありコントロール通りに突き刺さり、尖塔の最上階を突き抜けて崩壊させました。


「王城がだいぶ賑やかになってきたね。締めの大岩をよろしく」


 王城の正門の上空に留まり、マッキーに影の空間に収納されていた大岩、まあ何トンあるんだか分からないのを取り出してもらうと、自由落下し始めたので、正門に直撃するよう真下に向けて一瞬だけ最大限に超加速して蹴り付け、すぐにオフ。


 時速30x30x2km=1800km。マッハ1.4で何トンかの大きな岩が空から降ってくれば何が起きるか?


 王城の正門もその前の跳ね橋とかも残らず崩壊してクレーターに飲み込まれ、続いて起きた衝撃波で付近の城壁などが見張りの兵士達諸共吹き飛ばされていきました。


 どっごおおおおおおおんっ!、という大音響が遅れて響きました。きっと王都中に響いて、眠っていた人達も残らず叩き起こされたでしょう。


 大騒ぎになってきたイルキハ王都を後にして、ぼくとマッキーはポーラやリーディア達を待たせてるキャンプ地まで戻って、首尾を簡単に伝えた後は翌朝までぐっすりと眠りました。



ーーーーーー

(ポーラ視点)


カケルが眠りについた後。


 私は、リーディアに話を聞いて欲しいと声をかけられた。

 彼女の勝手な動きを封じる為にも同じ天幕を使い、簡易寝台は隣同士。仕切り布で間を分けてるだけだから、話しかけられたら拒みようも無いのだけど。


「で、何の話?大体想像はつくけど」

「はい。少なくとも、今なら会談が断られる筈も無く、イ・フィー姉様も真摯に話を聞いて下さる筈です」

「話は聞いてもらえるかもね。でも、その後は?」

 

 リーディアは、本当なら、カケルが警告を与える前に、自分からイ・フィーに直接面会して話をさせて欲しいと懇願してきていた。カケルと私で相談して、断ることに決めたのだけど。

 自分より少し年上のこの女の子というか、女性は、同性の私から見ても、理想の外見を持っている。カケルでなくとも惹かれて当たり前。私への当てつけや、イルキハへの温情を買うために貞操までも差し出そうとしているのは、さすが王家の血筋の者という覚悟の決め方だった。

 今でさえ、悔しそうに唇を噛みながら、私に返す言葉を必死に考えているはずだ。

 少しでも、イルキハ王家の判断に関わっていない兵や民の犠牲を減らす為に。


「姉に、ミル・キハの関与を認めさせ、キゥオラへの干渉を諦めさせます」

「それは彼女に政治的に死ねと言ってるのと同じなことくらいは、自覚しているのかしら?」

「・・・物理的に潰されて殺されたり、殺された後もアンデッドとして誰かに絶対服従を誓わされる将来よりはマシなのでは」

「そうかもね。だとしても、キゥオラという母国で国と両親を裏切り、兄とその嫁を殺し、クーデターを成功させてみせた夫を見殺しにして、最大の後ろ盾のミル・キハに背けというのは、彼女個人の裏切りで済まない。最悪、少なからぬイルキハの民に苦難の道を強いる選択肢よ」

「わかっています」

「いいえ。あなたは便利にカケルを使い倒そうとしている」

「それはあなたとて同じでは?王都からアミアンの地へとあなたを運び、領都の危機を救い、イルキハ軍を撃退し、キゥオラで起きた政変をひっくり返そうとされている。どれも、カケル無しで成し得なかった事ではありませんか?」

「そうね。否定しないわ。それでも、私はカケルに汚れ仕事を押し付けて任せきりにしない。私の手がどれだけ人の血や苦しみや死に塗れようと、それが彼の手助けになるのなら、私は躊躇わない」

「私は・・・」

「カケルは優しいから。あなたの貞操なんかを差し出さなくても、なるべく穏便に事を済ませようとするだろうし、必要であればミル・キハとも、それ以上に大きな国とでも渡り合ってしまうかも知れないわ。

 それで、あなたは彼の為に何を差し出せるの?あなたのささやかな良心を満足させる為に、彼に百や千や万の単位で、彼なりの最小の犠牲、人殺しをさせておいて」

「・・・イ・フィー姉様を王座から降ろし、キゥオラのタミル様との婚姻関係を解消させ、ミル・キハからの要求も断ります。私が新たな女王として立ち、カケル殿を」

「それはどこまでもあなたとイルキハにとって都合の良い未来でしかないでしょう?カケルにそんな貧乏くじを押し付けないで」


 体の前で組み合わされた手が強く握り合わされて、爪先が当たってる皮膚からは血が薄らと滲んで。

 でも、辛そうに悩む彼女をまだもう少し、追い詰める必要がありそうで。


「あなたは、今回の政変劇にも侵攻の判断にも関わっていなかった。その点は差し引いて考えてあげたとしても、キゥオラの善意で提案されたタミル兄様の婿入りと援助の話を蹴って、これまでの大恩を仇で返したのはイルキハ。アミアン一族の所領と鉱山を奪おうと兵力を差し向けたのもイルキハ。

 私は特に歴史や政治を詳しく学んでは来なかった方だと自覚してるけど、それでも、国の発祥から今に至るまで、イルキハが最も世話になってきたのは、ミル・キハではなくキゥオラだと断言できるわ。

 数々の裏切り行為と、生じた犠牲への賠償だけでも、どれほどの対価が求められるのでしょうね」

「イルキハの王族は全員斬首。クーデターや侵攻に関わった貴族は所領と資産没収の上、族滅。死罪にした後、あなたの眷属に加えるかどうかは、あなたのご判断に一任。その上で、イルキハ王国は消滅させ、キゥオラ王国の属領とされるのがよろしいでしょうか」

「あなたは?」

「ポーラ様のご判断に従います。この場で短剣で喉を突いて死ねというのであれば突きましょう。隷属の契約を結べと言われれば結びましょう。奴隷の身分に落ちろと言われれば落ちましょう」


 思いつきを口にしているのかも知れなくとも、冗談を口にしているようなふざけた雰囲気は無かった。

 まあ、私にしろカケルにしろ、政治にガッツリと絡んだり口を出したり地位や財産や権威を求めたがる方ではない。イルキハの戦後賠償や、政治体制を今後どうしていくのが最善なのか、私やカケルにとって一番面倒が少ないのか、この場で判断できないし、決められる訳も無い。

 クーデターが起きて逃げ出す以前から、私には政治的な立場も力も皆無だったのだから。今あるとしたら、それはカケルの従属物みたいな扱いになるだろう。


 はあ、と一つため息をついてから、リーディアの覚悟に答えた。


「あなたはアンデッドにしないし、隷属の契約でも縛らない。当面はね」

「どうしてです?」

「カケルがあなたを女性として望むかも知れないから。彼はね、とてもスレてないの。私に隷属してたりしたら、あなたが本当に心から彼を愛する事は無くなる。単に私がそれを許すかどうかだけの違いになってしまう。そんなの、彼は望まないでしょう?彼が望むのは、互いに愛し愛される関係だろうから」

「・・・・・」

「それに、イルキハという国を解体して属領とするかどうかも、私一人で決めるには大きくて重すぎるから。父様や母様がまだ生きてるなら、お二人を政権に戻して決めてもらいたいところね」

「では、外交的な取り決めが定まるまで、処罰などは下されないと?」

「イ・フィーは隷属化しておいてもいいかもね。生きてると何か小細工して制約を回避したり、闇魔法の契約を無効化してしまうかも知れないから、アンデッドにして私に縛り付けておいた方が無難かも」

「仮にも、あなたの兄上の花嫁でもあるお方ですよ?」

「それがどうしたの?別の兄とその花嫁を殺した二人に、何の情けをかけろというの?私自身も狙われたというのに?

 それに、長兄に嫁ぐ筈だったイドル姫はマーシナに返還されず、カローザに連れ去られたみたいだけど。

 ああ、そうだったわね。キゥオラが温情をかけようとしても、マーシナからすれば言語道断で許されない可能性もあったわね」


 リーディアはさらに顔色を悪くした。

 失念していただけなのだろうけど、それほど国運を賭けた行動に出て、うまく行ったように見えて、ほぼカケル一人に盤面を覆されてしまった。カケルに力を与えたのが唯一神様であるなら、正に神の御意志によって。

 

「という訳だから、今夜抜け出して王都や王城に向かわないように。私の眷属の一部はすでに潜入させて現地で見張らせてもいるけど、もし彼らにあなたが見つかったら強制的に連れ帰させるだけでなく、王都や王城で余計な犠牲がたくさん生まれると覚えておいてね」

「・・・わかりました」


 リーディアは頭を下げ、彼女と私の寝台の間にある仕切り布をカーテンの様に引くと、寝台に横になったようだ。


 さて、私もそろそろ寝よう。

 心中で眷属達に指示をいくつか出してから、私も眠りに落ちて行ったのだった。


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