ランニング14:ドロヌーブとフーゴー

 夕食後、一息ついてから、先ずはドロヌーブから名付けしようとなった時、気になってた事を訊いてみました。


「ドロヌーブは、片腕のままにするの?」


 ポーラはいたずらっぽく微笑んで、口元に指を立てました。つまりは後のお楽しみって事かな?


「じゃあ、盗賊団のボスも続けて名付けまでするの?」

「それは、ドロヌーブの名付けを終えて、一通りの話を聞いてからにしようかと」

「わかった。けど、無理はしないようにね」

「もちろん」


 今回は生前の名前をそのまま使うという事で、新たな名前を考えたりぱくったりする必要はありませんでした。

 心配だったポーラの魔力切れについては、彼女の魔力自体がかなり増えているようで、ドロヌーブが、よりたくましい姿とごつくなった大斧を構えた姿で現れても、倒れ込みはしませんでした。

 ベッドの隣に座っていたぼくに寄りかかってはきたけど。

 ポーラはその姿勢のまま、ドロヌーブに問いかけました。


「ドロヌーブ、私が誰かわかりますか?」

「はっ!キゥオラ王国第二王女ポーラ姫様であります」


 やはり、名付けまですると存在の格が上がって、知性も普通に会話できるくらいに上がるみたいです。


「ここアミアン一族の治める鉱山都市地域が盗賊の集団ごときに攻め落とされそうになっていたのは、どういった理由があったのですか?」


 ドロヌーブは、悔しそうな表情で語ってくれました。

 曰く、自分たちが到着する十日くらい前には、領地内で噂が流れ始めていたらしいです。王都でクーデターが起こり、イルキハの王女と結ばれたキゥオラ第3王子タミルが王座に就いたと。

 曰く、イルキハと係争地になっていた鉱脈も含めてイルキハに譲渡され、その決定に従わないであろうアミアンの一族は処分されるだろうとも、まことしやかに。


 その噂を裏付けるかのように、アミアン一族の領地内の村や町が盗賊団の襲撃を受け、領都の兵士達を分散して派遣せざるを得ない状況となり、手薄になった本拠地に奇襲を受け、ドロヌーブが討ち死にして、あわや領都が盗賊団に占拠される事態に陥っていたようでした。


 一通りの説明を聞き終えたポーラはさらに問いかけました。


「それでは、誰が盗賊団の黒幕かはわかっていないのですね?」

「はい。姫様からの説明によれば、イルキハと結んだタミル王子が新たな王になったそうですから、やはりイルキハが怪しいとは思われるものの、証拠は掴めておりませぬ」

「じゃあ、やはりあの頭領も眷属にして、必要であれば名付けまでしないとだめそうですね。あまり頭は良く無さそうに見えましたし」

「ポーラ、それでも立て続けに名付けをするのは無理がありそうに見えるよ」


 そう注意すると、ポーラはうれしそうにその頭をぐりぐりとぼくの肩にこすりつけてから言いました。


「それもそうですね。という訳で、ドロヌーブ。あなたなら、ここが誰に監視されてそうか、どう監視されているかも含めて知っているでしょう?」

「はっ!」

「ここまでは説明の二度手間を防ぐ為に覗き見を許しましたが、ここから先は許しません。そう告げてきなさい」

「かしこまりました」


 ドロヌーブの姿が消えてすぐに、壁裏や天井の方から騒音や悲鳴が聞こえてきたけど、また静かになりました。

 ポーラはマッキーを影から呼び出して命じました。


「この部屋に、私と眷属とカケル以外は立ち入れないよう、妨害や干渉も受けぬように結界を張っておきなさい」

「・・・かしこまりました」


 マッキーは慇懃に頭を下げてみせると、部屋の隅々に行って床や壁や天井に書いてすぐに見えなくなる文字や記号を書き込んでいって、一連の作業が終わるとポーラの前でまた一礼して影に沈んで姿を消しました。


 それから、一、二時間ほど、ポーラがうたた寝したり、うっすらと起きたりするのを繰り返した頃、ドロヌーブが戻ってきました。


「お待たせしました、姫様。我が遺族等に、とくと言い聞かせて参りましたので、これ以上はご心配召される必要はございません」

「・・・そう、ご苦労様」


 ポーラは大きな欠伸あくびを何度か繰り返し、目元をごしごしとこすった後、床に手をつくと、影から盗賊団の首領の死体を取り出しました。


「さてと。魔力的には、こいつはあまり強化しなくてもいいかなと思うんだけど、ドロヌーブとカケルはどう思う?」

「私めから回答させて頂きますと、こやつはなかなかの強者にございました。頭脳は他にいたとしても、これからも眷属を増やし、集団をとりまとめる者が必要になるのであれば、一手間をかける価値はあるかと愚考いたしまする」

「ふむ。貴重な意見をありがとう。カケルはどう思う?」

「ドロヌーブは歴戦の戦士で、その本拠地で対決して打ち倒すくらいの強者なら、今後助けてもらえる場面は少なくないかも。自分やポーラはまだ子供って感じでなめられちゃう場面でも、この人が後ろに立ってたらそうはいかないでしょ」

「なるほど。ポーやドロヌーブを出す訳にはいかない場面もあるでしょうしね。町中とか、この男なら押し出しも強いだろうし」


 ポーラはひとまず眷属化をして、名前を聞き出しました。

 フーゴーと名前を聞き出した後は、魔石をいくつかその胸元に当てて名付けまでを行い、頭をふらつかせながらも対話を始めました。


「フーゴー。あなたはこの先その存在が塵芥の先の無に帰するまで、私に仕え続けなさい」

「わ、わかっただ」

「それじゃあ、質問よ。誰があなた達に、このアミアンの地を襲うように持ちかけたの?」

「おで達、ミル・キハとイルキハの国境辺りで稼いでただ。でも、こっちでもっと大きく儲けないかって持ちかけてきた奴がいで、その話に乗っただ」

「それが、どこの誰かはわかる?」

「おで、難しい話は、ぜーんぶポワゾの奴に任せてただ。ポワゾなら、全部知ってる筈だや」


 うん。やはりこの男は全身脳筋というか、司令塔は別にいた事は確認できました。ポーラも、そんな事だろうと予測していたのか、落ち込んだ様子は見せなかったし。


「それで、そのポワゾはどこにいるの?」

「このヤマを仕掛ける時に用意したアジトにいるだ。失敗した時はそこにばらばらに逃げ込む筈だっただ」

「そう。アジトがどこかは覚えている?」

「もちろんだがや」

「ちなみに、あなた達がアジトに戻らなかったら、ポワゾ達は逃げちゃうんじゃないの?」

「そう決まってだような気もするだな」


 はあ、とポーラはため息をついてから、ぼくを上目遣いで見つめて頼みごとをしてきました。まるで可愛くおねだりするように。


「カケル。申し訳ないのだけど、彼の手下達もまとめて連れて、アジトを抑えに行ってくれないかしら?もしかしたら、もうそのポワゾってのも逃げ出してしまっているかもだけど」

「そうだとしても、マップに表示さえされてれば追いつけると思うよ。というか、彼の手下達の眷属化はもう終わってるんだ?」

「どうせ済ませないといけなかったしね。魔力回復薬は、ここには相当数常備されてるとも分かってたし」


 フーゴーの知性に全幅の信頼はおけないのは大前提として、こちらには狼のうち三頭とマッキーまでつけてもらう事になり、フーゴーとその手下達と一緒に、ぼくの影の中に潜んで移動する事になりました。


 領都の門は当然閉じている時間なので、部屋のベランダから夜空へと駆け上がり、フーゴー達が示した東北東の方へと出発。


 時速20キロで一時間も走らない内に、マップ上にぽつぽつと赤い存在が表示されてきたので、そういうのは街道沿いの木の梢の上にいるのなら上空から地面へと蹴落とし、森の中に潜んでたなら狼さんに足にそれなりのケガを負わせてもらって、やがて急造の山城っぽいものが森の奥深く、山の斜面に建てられているのを見つけました。


「フーゴー、あれでいいのかな?」

 影に向かって問いかけると、そうだや、と答えが返ってきました。


 山城の中には、まだ三十人くらいいるのが、マップ上のアイコンから分かりました。


「さてと。全員殺すだけなら、ポーや狼さん達にお任せでもいいかもだけど」

「おで達に、やらせて」


 フーゴの声と部下の意志が影の中から伝わってきたので、素直に手伝ってもらう事にしました。穏便?に死体になってもらうにせよ、フーゴー達の方が油断してもらえそうだしね。


 名付けされていない眷属はろくに会話できないのも混じるので、戦いに負けて逃げ帰ってきた風を装ってもらう為に、互いに寄りかかったり、ちょっとした傷を新たにこしらえてもらったり、なんちゃって担架に乗せたり他の誰かに背負ってもらったり、まあそんな下準備を終えてから、山城の正門前までぞろぞろと歩いていって、フーゴーに呼びかけてもらいました。


「おおい、戻ってきたどー!門を開けーっ!」


 まあ、フーゴーは名付けしてもらった事もあって、見かけも言動も、おそらく生前のままに見えました。いくぶん、生前よりたくましくなっていたとしても、夜闇の中なら誤差の範囲内に収まるだろうし。


 門の上の見張り達は当然大騒ぎになって、その騒ぎは城内の方々へと伝わっていったみたいだけど、門はすぐに開かれませんでした。

 なんでだろうといぶかる内に、フーゴー達が何度か呼びかけていると、やがて一人の女性が門の上に現れました。

 たぶん、これがポワゾなのだろうと見当がつきました。その見かけは・・・、うんまあ、大人のお姉さん。めりはりボディーが思春期の少年には大変目に毒な感じの。


「フーゴー!あんた負けたのかいっ!?」

「アミアンの頭領には勝っただ!だけんど、よそもんに乱入されて、そいつらに負けちまっただ!」

「はぁ~? あんたら、それは本当なのかい?」


 ポワゾがフーゴの背後にいる手下達に問いかけると、そいつらは一斉に首を縦に振りました。


「はあ、負けちまったもんは仕方ないか。ところで、アミアンところの兵隊とやりあった割には、ずいぶんと生還者が多いし、深手を負ってる奴は少なそうじゃないか?」

「そ、それは・・・」

「それは、なんだってんだい?」

「単に運が良かっただ!」


 フーゴーって、元からこんな性格キャラだったんだろーなと、痛いほど伝わってきました。

 まあ、事前に細かく詰めてても、理解しきれずぼろを出してたかもだけど。


 なんか、ポワゾが疑いの眼差しで見てきたので、頃合いかなとフーゴーの背中にほぼぴったりと張り付いて告げました。


「これ以上やり取り続ければ続けただけドつぼにはまりそうだから、フーゴーを門に向かって押すね。その後は適当に暴れて」

「わ、分かっただ!」

「分かったって、何が?」


 フーゴーに内緒話は無理だったね。仕方ないね。人には向き不向きがあるしね。


 というわけで、フーゴーには少し前傾姿勢で屈んでもらって、その巨大なお尻に両手を当てて、山城の門に向かって、上限速度に超加速を起動して直後に終わらせました。


 どごおおおおんっ!と派手な音がして、山城の門は木っ端微塵に宙を舞い、ついでのようにその上にいたポワゾ達の姿も宙に舞ってました。


 なんとなく。

 ほんとーに、ただなんとなくだけど、フーゴーはポワゾに死んで欲しくはないのかなと想像しました。マッキーがその息子夫婦や孫の死を望まなかったように。


 フーゴーは門の奥の山城の建物にも正面からぶち当たってそちらで騒動を起こしてて戻ってこれそうな気配も無かったので、仕方なく、そう、どうしようもなく仕方なく、ぼくは宙へと駆け上がって、地面に叩きつけられて大けがしそうなコースを辿っていたポワゾをキャッチして、大怪我はしない程度には乱暴に地面に転がして、ぼくにつけられていた狼の三頭の内二頭に彼女を見ておいてもらうよう頼んでおきました。


 山城内には、フーゴーとその手下がなだれ込んでいたし、あちこちでほぼ全員が制圧されていってたけど、一部は隠し通路などから外に脱出していたので、ぼくは彼らの後を追って体当たりとかで無力化して、狼さん達に山城内への運搬を頼んでおきました。

 ちなみに、チェックポイントまでの道中で、狼さん達もさらなる強化と名付けを済まされていました。名前は、自分のラノベ知識から、ギリシア文字的に、アルファ、ベータ、シータ、ガンマ、ゼータ、イプシロン。

 デルタが抜けてるとか順番が違うとか異論は認めるけど、単に好みと記憶だけの問題なのでスルーしてね。

 ぼくに一番ついてもらうことの多いのがイプシロンで、彼?にだけわかりやすく識別できるよう青布を首に巻いてもらってます。ポーラはそんなことしなくても、全部の眷属個体を識別できるみたいだけど。


 それはさておき。

 初手、門全壊させて内部に突入。留守番達のリーダーだったポワゾも制圧したことで、たいした手間も無く山城はこちらの支配下に落ちました。30分もかかってなかったかな。


 留守番役達が全員縛られて転がされた状態でも、ポワゾさんはフーゴーに対して辛辣でした。


「このうすらとんかち!敵わないなら敵わないで死ぬ前に逃げ出せってあれほど言っておいたじゃないか!それがなんだい、手下ともども殺されて、アンデッドにされた挙句誰かの支配下に置かれてるなんて笑えないねぇ。ああ、全く笑えないよ!」


 フーゴーは、体格ではともかく、口喧嘩ではポワゾに全く敵いそうになかったので、自分が出張ることにしました。フーゴーの手下達にも期待できなかったから。


「ええと、フーゴーさんはドロヌーブさんを倒してすぐに邪魔が入って、砦の三階から外へと叩き出されたんです。その後は逃げだそうとしてたから、少なくともあなたの言いつけは守ろうとしていたよ」

「あんたは誰なんだい?」

「フーゴーを砦の外へと吹っ飛ばし、ここでまたフーゴーを使ってここの門を吹き飛ばした誰か?」

「そんな法螺話を信じろと?」

「ついさっき、あなたを助けたのもぼくだったんだけどな。まあいいや。話すよりもやってみた方が信じてもらえるよね」


 という訳で、ポワゾが縛られたロープの端を持って、空へと駆け上がりました。

 体格からすれば、ぼくよりもポワゾの方が大きくて重いだろうけど、自分が走ってる限り関係ありません。

 夜ということもあって、あまり高く上っても下から見えないのは意味無いので、50メートルくらいの高さで、縄から手を放してあげました。


「ちょっと!あんた、何してやがん、だあぁぁぁっ!?」


 ほんの少し間を置いてから、上から追いかけ、落下途中のポワゾを追い抜き、地表近くで縄の端を握って停止すると、ポワゾの体は地面すれすれで止まりました。


「まだやる?」


 縛られた縄が食い込んで呻き声を上げていたポワゾが首をふるふると左右に振ってくれたので、紐の端を放して地面に落としてあげました。ポワゾが折れてくれたおかげで、他の連中もあきらめてくれたみたいです。


「詳しい取り調べは、明日の朝になってからだけど、アミアン一族の領地を盗賊団に襲わせたのは誰なのか、教えてもらえるかな?」


 ポワゾは、若干恨みがましい目付きで睨んで来たけど、割り切ったように一つため息を挟んだ後は、サバサバした口調で答えてくれました。


「あたしらも確証までは掴んでないけど、イルキハ王国のお貴族様ってのは間違いないみたいだね」

「確証はないけど間違いないっていうのはどうして?」

「キゥオラの鉱山都市を襲わせるんだ。イルキハと鉱脈について揉めてるところをね。あたし達に流させた噂だって、そうなることを予め分かってたんだろ?」

「まあ、それはそうかもね。でもそうだとすると、使い捨てにされることは心配しなかったの?」

「筋書きはわかっちゃいたさ。王都の混乱に乗じてアミアンの地を荒らした盗賊団を、イルキハの兵が蹴散らしてそのままなし崩しで居座って鉱山地帯を占拠するってね。だから、あたしらの仕事は荒らすところまで。依頼報酬の残り半分くらいは、領都を略奪してがっぽり儲けるつもりだったんだけどねぇ」

「まあ、それはあきらめてね。ということで、ここはフーゴー達、誰も逃げ出さないように見張っててね。ゼータとシータもよろしく」

「わかっただ。でも、カケルはどこ行くだ?」

「領都に独自の間者くらいは潜ませてたなら、フーゴー達の襲撃が半ば成功半ば失敗に終わった情報は掴んでるでしょ。

 だとするなら、結果がどちらに倒れても良いように伏せておいた兵はもう動かしてても不思議は無いかな、と」


 というわけで、イルキハから向かってくる兵は、何かあればこの盗賊団を始末するつもりもあるだろうから、ここからそう離れたところにはいなさそう?


 そんなアテを心の中でつけて、ぼくは夜空へと駆け上がったのでした。

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