ランニング10:ポーラの眷属

「眷属って?」

「闇属性の魔法でね。死体から、眷属を作れるの。アンデッドの」


 うん、ラノベでもそういうの良くあったね。

 そんな事を思い出したら、当然の疑問も浮かびました。


「でも、そんな強い魔法なら、どうして今まで」

「機会が無かっただけ。今まで、どうしても作らないといけない理由も無かったしね。王城で生活してた時は禁じられてもいたから」

「へえ、そうだったんだ」


 まあ、一国のお姫様がアンデッドの召使を抱えてるとか外聞が悪いのかなと思いつつ、ふと視線を向けてみたら、ポーラが携えてる短剣が、切先は鋭く、刃の形状はごつごつとげとげで色合いは濃い紫と、とても禍々しいものだと気付いてしまいました。

 ポーラは、ぼくの視線に気付いて説明してくれました。


「これね、呪いの短剣なの」

「えっ? 使って、大丈夫なの?」

「切られると血が止まらなくなるって呪いのだから、自分を間違って切りつけたりしない限りは」


 それ大丈夫なのかなぁと思わずにはいられなかったけど、ポーラはそれじゃ行ってくるわねと、影を渡ってどこかに行ってしまいました。


 木の下を見ると、さっきポーラが傷を負わせた何頭かは、倒れてぴくぴく痙攣してたり、傷口を必死に舐めて治そうとしてるのだろうけど血が止まらなくて顔を真っ赤に染めていました。

 群の仲間がやられて悲しんでたりするようなのも、悼むような吼え声を上げてるようなのも、動かなくなったのを鼻でつついたりして動かそうとしてるようなのもいて。

 インターネットの動画でしか見る事のなかった動物達の生き死にの姿に、思う事が無かった訳もありません。


 自分なんかが殺してしまって良かったのかな。

 いやこの狼達に関して言えばポーラが殺したんだろうけど、自分も共犯だし。

 でも、狙われなければ狙わなかったし、とか。


 そんな考えがぐるぐるしてる内に、ポーラがいつの間にか戻ってきました。


「お帰り」

「ただいま」

「その、うまく、いったの?」

「うん。もうすぐ来る」


 何が、どこから、という説明は無かったけど、必要ありませんでした。


 群の外側にいた一頭が、どこからか突然現れた狼数頭に襲いかかられ、あちこちを喰い千切られて、死にました。

 まだ無傷で、死んだ仲間や傷ついた仲間に寄り添っていた狼達は驚いてたけど、すぐに反撃の姿勢を整えて、少数の敵を多数で取り囲んで復讐しようとしました。


 けれども、倒れていた筈の仲間達に背後から奇襲を受けて狼は完全に混乱。仲間を食い千切った狼達は襲われても影に潜って反撃をかわし、また影から飛び出して敵の首を噛み切り、みるみる内に数的優位を覆していきました。奇襲を受けた狼達はばらばらに逃げ出していったけれど、奇襲した狼達に追われて、あちこちで悲鳴を上げながら、命を絶たれていきました。


「あれが、ポーラの眷属?」

「そうよ。ほぼ初めて作った眷属にしては、ちゃんと動いてくれたみたい」


 ほぼ、ってのが気になったけど、いったん後回しで。

 木の下には、仲間を狩った狼達が七頭。誇らしげに並んでいました。どれもだいたい血塗れで、どこかに傷を負ってるので、みんな一度死んだアンデッドなのだとわかりました。

 ポーラが褒めるようにうなずいてみせると、狼達は木の根本の影に消えていきました。


「えっと、影潜り?」

「そうよ。アンデッドになった彼らは、魔力を消費せずに、ずっと潜ったり、渡ったり、出入り可能になるの」

「それ、めちゃくちゃ強くない?」

「ええ。だからこそ、まともな眷属を持つ事は禁じられていたというか、持っていたら、両親や家族の誰かに私は早晩殺されていたでしょうね」

「・・・・どうして?」


 ポーラは、どうしてわからないの?、と問いかけるように首を傾げてみせてから、そういえばぼくが異世界から呼ばれた存在だと思い出した風に手を打ってから、説明してくれました。


「アンデッドの眷属は、闇属性の魔法をある程度使える者であれば、誰でも作れるの」

「なら、なおさら」

「普通の闇魔法の使い手の眷属は、影潜りや影渡りの能力を持たないの」


 間を取ってくれたので、考えてみて、すぐに思い当たるキーワードがありました。


「でも、忌み子なら、黒髪黒目の誰かなら、違うの?」

「そう。対抗手段はあるけど、ほぼどこにでも侵入し、潜み、死せる眷属を増やし、影から刺客を放てる存在。忌まれない筈が無いわね」


 そりゃあ、生まれたらすぐ殺されておかしくないかな、と納得できてしまいました。


「両親や兄や姉達や家臣達が私を殺さなかったのは、単なる情や良心からでは無くて。虐待して殺したり、餓死させたり、逆に隷属させ使い倒して殺したりすると、神罰が下ったりする事もあったから。ちゃんと周囲が愛情をもってというか、普通に接すれば、普通に人生を送り終わった黒髪黒目の者達も存在したの。私が生きていられたのは、そういった悲惨な前例のおかげね」


「そっか」


 気が利いたような言葉は何も思いつきませんでした。

 彼女がどれだけ恐ろしい事が出来る存在だとしても、今はただ、追い回され、殺されかけて、やつれ、疲れ果てて、自虐的になっている、黒髪黒目の、少しかわいいだけの女の子でした。


「いろいろあったんだし、今日はもう休もうか?」

「・・・うんっ」


 そうして幹と自分の体を固定して、自分は幹に背を預け、ポーラはぼくに背を預ける形で、ロープで縛って、いろいろあり過ぎた初日を、ぼくたちは終えたのでした。

 ポーラの体が柔らかくて、温かくて、その髪が鼻先にかかって良い匂いがして、彼女の体の前に回したぼくの腕と手に彼女のも重ねられて、まあずっとドキドキが止まらなかった訳で、眠りにつくまでしばらくかかりました。


 翌朝。

 木の上で眠るなんて初めての体験だったけど、精神的な疲れはあったのか、ぐっすりと眠れて、すっきりと起きれました。

 森の中の梢の上で目覚めるとか、前世だと夢でしかなかったキャンプ体験ていうか、夢が一つ叶ってしまいました。

 異世界でだけど。

 

 頬を撫でるさわやかな風を楽しんでいると、ポーラが身じろぎして、寝ぼけた眼差しでこちらを振り返ったので、挨拶しました。


「おはよう。良く眠れた?」

「・・・・うん。カケルのおかげ」

「そうなの?」

「ええ。ここから降りて、朝食にしましょ」


 ロープをほどき、城壁を降りた時の様に、垂直な木の幹をゆっくりと歩いて降りれました。重力とかに全面的に喧嘩売ってるよね、自分のユニークスキルって、と思わないでもなかったけど、神様からもらったものだし仕方ないね。


 ポーラはアイテムボックスから、敷物や、お皿やコップ、パンや牛乳なんかを取り出して、ピクニックの食事の準備をあっというまに整えてくれました。

 パンと牛乳というあっさりとした朝食を美味しくいただいてから、今日の予定を話し合いました。


「次のチェックポイントまではまだまだあるから、地道に走り続けてレベルも上げていかないとね」

「それは継続してもらうとして、私も眷属を増やしたり強化したりしていこうと思うの」

「動物や魔物を、ポーラや眷属が狩っていくって事?」

「ええ。レベルが上がれば、それだけ魔法も眷属も強めていけるし、道中もより安全に出来るから」

「安全になるのは良い事だけど、無理はしないでね」

「もちろんよ。死んでもやり直せると分かってても、死にたくはないもの」


 という事で、片付けとかを済ませてから、出発しました。


 ハイキング日和びよりと言ってよい森の空気の中を、少し早足くらいのペースで着実に進んでいくと、緑色の肌をした小人というか、自分の胸くらいまでしか背丈の無い魔物、ぱっと見ですぐゴブリンと分かる三匹に出くわしました。


「あれも眷属にするの?」

「いいえ、眷属にするには弱すぎるから、餌にするわ」


 餌って、アンデッドになっても食事するのかなと思ったら、するらしいです。自分たちを見つけて向かってきたゴブリン達の足下の影から次々に狼達が出現。

 ゴブリン達の足を真っ先に食いちぎったと思ったら、後はもうピラニアの群に襲われる何かという感じでした。

 狼達は先を競うようにゴブリンの体を引き裂き、その胸元辺りに埋まってる何かを心臓ごと飲み込んだ、っぽく見えました。


「もしかして、魔石?」

「そうよ。ゴブリンの魔石だと、微々たる効果だけど、その分出会いやすくて、狩りやすくもあるし」


 死体は放置で、駆け続け、自分のレベルは5に上がり、時々出会うゴブリン達を狼達が狩る時にただ眺めてるだけなのももったいないので、昨晩ポーラが作ってくれた蔓草の長紐を使って何かできないか試してみることにしました。

 走って近づいて長紐を絡めるのだと攻撃を受けそうなので却下。どうにか近づかないで使えないかと考えてみて、片方の端に石を結びつけて、石を投げつけて当たれば効果を及ぼせる事とかを確認できました。


 そうやってゴブリンを狩りながら進み続け、レベルは5に上がり、6まで残り半ばに届こうかという辺りで、前方に大きな熊がいるのを見つけました。

 向こうもほぼ同時にこちらを見つけたらしく、立ち上がって威嚇してきました。


「あれは、倒せると思う?」

「ええ。ぜひ倒して、眷属にしたいわね」


 立ち上がった熊の姿は、ゆうに3メートルよりも高くて、本当に倒せるのかと不安になったけど、


「追いつかれないよう、あの熊の周りをぐるぐると逃げ回って」

「熊って、確か足速いんじゃなかった?追いつかれない?」

「傷を負わせるので、心配は要らないわ。狼達にも襲いかからせて気を散らせるし」


 すでに遭遇した時の距離を半分に詰めてきた熊の足下や背後などから、狼達が時間差で襲いかかりました。

 熊の毛皮や脂肪などが天然の装甲になっているのか、あまり痛手を与えられてるようには見えなかったけど、熊をその場に釘付けにしてくれました。

 後ろ足で立ち、狼達を威嚇していた熊が突然大きく吼えました。何が起きたかと思えば、持ち上げた片足の裏に深々とあの呪いの短剣が突き刺されていました。


 ポーラはすぐにまた熊の足下の影に潜って反撃をかわして戻ってきました。

 ずっこい。

 闇魔法ずっこい。

 これは嫌われると確信出来ました。アンデッドの眷属云々が無くとも。


 刺された足裏が痛むのか、二本足ではなく四本足の姿勢に移ろうとした時、前足の片方の裏を、再びポーラが突き刺しました。というか、影から、にゅっと突き出された短剣の刃に自ら前足を振り下ろした感じ。


 あれはヒドい。痛そうだし。実際痛いんだろうけど、試したくもありません。


 熊はまた、ぼおおおぉっ!みたく大声で吼えて、自分の背後に戻ってきてたポーラに向かって、足裏の痛みも無視して追ってきました。


 うん。その心情は理解できるけど、これ戦いだから、追いつかれたくないのよね。


 その速度は、レベル5で加速した時の時速5x5の25kmよりも倍近くは速そうだったけど、自分はあえて歩くくらいの速さに落としながら、蔓草の先に結んだ石を投げつけてみました。

 石は自分の手のひらに収まるくらいの大きさで、なんの脅威も感じなかったのだろう熊は避けるそぶりを見せませんでした。

 蔓草を結んだ石は熊の顔にぽこんと当たり。

 その瞬間。

 熊の巨体は、まるで見えない壁にぶち当たったかのようにその場で硬直しました。

 多分、体内では想像もしたくない力学の反作用か何かがファンタジー的に起きているのかなと想像しました。


 そんなことを考えつつまた発進して加速した直後、ポーラは四つ足で走ってきた熊の影から飛び出して、短剣を熊の喉笛に突き刺しました。

 熊は無茶苦茶に暴れて、短剣をどうにかしようとしたけど、熊の手では抜ける訳も無くて、やがて全身が血塗れになり、死に至りました。


 しばらく様子を見てからポーラは近寄って短剣を抜き取り、熊の死体に触れて、何かをぶつぶつと唱えました。ポーラの体を包んだ闇のオーラ的な何かが熊の死体を包んでいくと、だんだんと死体の傷が消えていき、その体躯もひとまわり以上たくましくなりました。熊は、ぶるぶると体をふるわせて立ち上がり、それからポーラに向かって土下座する感じで平伏しました。


 ポーラは満足げにうなずいてたのだけど、魔力を使いすぎたのか、ふらついたので、両肩を抱いて支えました。


「だいじょうぶ?」

「ええ。大物だったので、だいぶ魔力を使ったけど、いざという時には乗って逃げる事もできるでしょうし」

「そしたら、もう列車ごっこはおしまい?」


 まあ、王都からの緊急脱出とか、夜の森で狼達に追われたりしなければ、普通の旅人達に見られて恥ずかしいだろうしね。


「いいえ。この子はもう普通の熊ではないし、眷属化した熊に乗って移動する黒髪黒目の者なんて噂を広めたくもないから、怪我や病気とかで走れなくなった時の保険くらいで。別行動する機会もいずれはあるだろうし」

「そっか。わかった。でも、恥ずかしくなったら、言ってね?」


 ポーラは、くすりと笑ってうなずいたけど、また列車ごっこのロープの内側に戻って、ぼくたちはまた走り始めました。ちなみに熊も狼もまた影に潜って姿は見えません。それでいてポーラと一緒に移動してるのですから、やっぱり闇魔法はずっこい、もとい便利ですね!


 しばらく走り続けてる内にレベルは6になったのだけど、ふと気になって尋ねてみました。


「眷属に名前はつけないの?」

「名付けはまた格別のリソースを消費するから、それなりの存在を眷属にするか育て上げられたらと考えているわ」

「格別のリソースって?」

「それなりの多さか質の魔石と、私の魔力とかね」

「・・・とかってのが、なんか怖いんですけど」

「大丈夫よ。無理をしない範疇に収めるから。ただ、あの熊を名付けるだけでも、何時間か動けなくなってしまうかも知れないくらいなの」


 そんなものなのかと思いつつ、走り続け、レベルも順調に上がっていって、10がそろそろ見え始めようかという頃に、ぼくたちはオークの村に遭遇したのでした。

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