ランニング8:初めての列車ごっこと戦闘

 幸い、走り始めてすぐ後ろに追っ手が迫ってるということはありませんでした。


「闇よ。我らはそのともがらなり。その尽きぬ深淵を示し賜え」


 ポーラが改めて夜目の呪文を唱えてくれて、昼間の様にとはいかないまでも、明るい月夜くらいに視界が開けました。

 ちらりと肩越しに振り返ると、ポーラは問題無く歩調を合わせてくれてました。

 さらにそのずっと背後、篝火を炊いてる王都の西大門の方からは、喧噪がかすかに聞こえてきていました。こちらを追ってきている兵士の姿が遠目に見えたけど、まだその中に騎馬は混じっていませんでした。


「だいじょうぶそう?」

「これくらいの早さなら」

「もうしばらくしたら、もうちょっと早くなるよ」

「疲れないし、足ももつれたりしないのなら、なるべく早く王都から遠ざかりましょう。早馬とか出されると厄介だし」

「そうだね。だから、道なりに行くか、道無き道を行くかが大きな分かれ目になりそう」


 王都内でもお世話になった自動マップには、自分たちの位置と、追っ手の兵士たちと、夜の草地や農地や森や道なんかが透過状態で示されていました。

 視野の中央の下の方には、第二チェックポイントの方角を示す矢印も表示されていましたが、あえてその方角から外れた方へと向かいました。


「最終的に向かう方角とは違う方にしばらく進んでいくよ」

「追っ手を撒く為ね」

「ちなみに、馬とかにも夜目の魔法ってかけられるの?」

「かけられるし、そういった魔法薬や魔道具もあるわ」

「じゃあ、夜闇に頼りきる訳にもいかなそうだね」

「森の中に入り込めば、馬は追って来られなくなると思うけど」

「森はまだもう少し先だね」


 また肩越しに背後を振り返ると、大門の方から駆けだしてきた騎馬の姿がいくつか見えました。

 それらの姿が自動マップにも反映されたのを確かめてから前に向き直り、ポーラに声を一声かけてから加速しました。


「レベルアップで加速回数時間とかがリセットされるから、今の三倍の早さで走るよ!」

「え、えっ!?」

「神様がうまいことしてくれる筈だから、心配しないで!」


 マジ頼みます!と内心で神頼みしたら、時速3kmを、時速9kmに加速。

 レベル4まで、残り1kmを切っているから、このまま森まではたどり着けそう。たどり着けるといいな・・・


 騎馬は徒歩で追ってきてる兵士の傍らを通過して、だんだん距離を詰めてきてたんだけど、その内の一頭がさらにぐんと加速してきました。

 1km以上離れてたのが、その一頭は他の馬の2倍から3倍の早さで接近してきました。


「やばい。このままだと森に着く前に追いつかれちゃうかも」

「魔法の射程距離まで近付いたら、邪魔できないか試してみるわ」

「お願い。でも、向こうも弓とか射ってくるかも知れないよね? どっちの方が射程長いの?」

「騎手の弓の腕次第でもあるけど、たぶん向こうね」


 走りつつ、自動マップで自分と先頭の騎馬の速さを比較すると、3倍くらいは違いそうでした。


「森の少し手前辺りで追いつかれそうだから、その前に仕掛けてみるよ」

「何をするつもり?」

「城壁の上で弓兵たちを突き飛ばした時と同じだよ」

「でも、馬の方がずっと大きくて重くて速いのよ?」


 えーと、質量とか衝撃とかの計算方式もあるんだろうけど、ぼくは知らない。そこら辺を勉強するような機会も無かったし!


「だいじょうぶ。ポーラと合流する前だけど、大の大人の兵士たちを何十人も押し倒したりもしたから、いけると思う」


 ポーラは疑わしくは思ったろうけど、とりあえず傍に置いてくれたみたいでツッコミはありませんでした。まあ、地球の物理学さんにはゴメンナサイ案件なんだけど、ここ異世界だし、神様のユニークスキルの力なんて、科学の範疇じゃないしね!ってことで。


 森まで300mを切り、残り200m辺りで、騎馬がこちらの100m以内に迫ってきました。


「ジグザグに走るよ!」


 意味は、異世界言語が自動翻訳してくれたようで、ポーラはちゃんとついてきてくれました。

 あちらとこちらの距離がさらに詰まって50mくらいになると、弓矢が飛んできました。外れてくれたけど、避けるように動いてなければ当たっていたかも。


 森への残り距離も、レベルアップまでの残り距離も、100mくらいになったけど、そこまでが遠く感じました。


 走りながら、ポーラに尋ねました。


「相手との距離が半分以下になったら、Uターンして、相手の横合いから近付くよ!その直前に、相手を妨害して気をそらしたりしてもらえると助かる!」

「やってみる!」


 相手との距離が20mくらいに縮まって、矢はだいぶ体の近くを通り過ぎるようになりました。絶対、夜目は効いてるよねこれって感じで、近づけば近づくほど当てられそうです。


 さらに半分くらいに縮まる直前に、右左右と順番にジグザグに進んでいたのを、左からぐるりと円形に折り返し、こちらに向かって直進してきていた騎馬の横合いを突こうとしました。


 ただ、騎馬も向きを変えられる訳で。

 真横からという理想型では無く、斜めにすれ違うような形になりました。

 互いの距離が5m。羽根付き兜を被った指揮官。西大門の城壁の上にいた奴だと分かりました。名前は知らないけど。


「闇よ、我が敵の足をからめ取り賜え!」


 暗い地面から影が馬の四つ足に纏わりついて、着地していた二本の足の動きを、ほんの一瞬でも留めてくれました。

 騎手がつがえて放った弓矢は、その時の馬の揺れで狙いがぶれたのか、自分の顔のすぐ傍を横切って、背後の地面へと突き刺さった音が聞こえてきました。


 騎馬とすれ違う一歩手前で、自分は右斜め前へと踏み出して体の正面を馬の方へとねじり、逆足を踏み出しつつ、馬の体を片手で、とん、と軽く押しました。


 自分に反動はありませんでした。

 兵士たち数十人を押し倒した時も、重みなんて感じなかったしね。


 闇の手に足を掴まれて一瞬態勢を崩しかけながらも持ち直して進んできた馬は、横腹に触れられた手を中心にくの字にたわんだかと思うと、ばきぼきばきっ!と尋常ではない音を立てながら真横に吹き飛んで地面に横倒しになりました。


 自分は立ち止まらずに、動かなくなった馬と騎手とを飛び越え(ここでも幸い、ポーラが躓いて転ぶことは無かったです)、再び森へと向かって、残りの騎馬たちにも追いつかれることなく、森の中へと到達しました。


 その途中で、レベルも4に上がっていました。



総走行距離:6.1km

次のチェックポイントまでの残り:183km

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る