ランニング6:王都脱出

 脱出前の最後の一押しを仕掛ける前に、先ず確認したのは、どれくらいの距離で大門は魔法を無効化するかでした。

 大門の篝火から離れた暗がりから、ポーラに小さな闇の玉を放ってもらって確かめました。


「だいたい10メートルくらい?」

「スリープで眠らせたり、指定した空間を闇で覆って視界を奪ったりするにしても、門から最低でもそれくらい離れてもらわないと」

「でも、門の上にも下にもたくさんいるよね?全部は無理じゃない?」

「無理ね。まあ門の上は守備の都合で魔法は使えるけど、そこに辿り着くまでに一方的に狙われる事になるわね」


 スリープで一度に眠らせられるのはだいたい5人。闇の空間もだいたい直径5メートルくらいがせいぜいだから、門の上の城壁から弓を射かけられたりするだけで危ないそうです。

 幸い門は閉じられていないものの、マーシナの兵だけで五十人以上。キゥオラの兵も城門上や大門のすぐ側に控えてて、彼らだけでも二十人から三十人はいました。


「自分たちだけで正面突破は厳しいね」

「西の大門にも同じくらいいるかな。北はもっといたし、東にはさらにたくさんいそう」

「大門以外にも、門はあるんだよね?」

「東西南北の大門それぞれの中間位置に、小門があるわ」

「じゃあ、狙い目は南西のかな」


 ちょっと引き返して、南西の小門をこっそり裏路地からのぞき込んでみると、兵士は門の前と上の城壁に併せて十人くらいしかいなかったけど、門は閉じられていて、キゥオラの兵しかいないように見えました。


「あの門て、誰かが押して開けられるような物?」

「無理ね。かんぬきも大人の兵士が四人がかりくらいでないと外せないような代物だし、門扉の両側にあるレバーを同時に操作しないと開かないようになってる筈」


 確かにそのレバーも見えたけど、どちら側のにも兵士がついていたし、自分やポーラに操作できるような重さの物には見えませんでした。


 ちなみに小門の魔法打ち消し機能は、門のすぐ傍、通り抜ける前後くらいしか無いらしいです。兵士が近くに居すぎて試せませんでしたが。


 また少し引き返して、ポーラと相談です。


「大門も厳しそうだけど、小門も充分難しそうじゃない?」

「大門をどうにか押し通る。小門をどうにか開いて通り抜ける。それ以外の場所から脱出する方法を探る、くらいが選択肢かな」

「それ以外の場所から出れるの?」

「城壁の上に登る為の階段が一定間隔であるのよ。だけど、城壁は10メートルくらいの高さがあるし、大門以外の場所は水堀に橋が架けられてないし、小門にある跳ね橋は上げられてて下ろさないと渡れない、と思う」

「そしたらたぶん、大門を通り抜けようとして騒ぎを起こすよりは、城壁の上に上がってから大門の向こう側の橋に降りて、駆け抜ける方がだいぶ成功率は高いと思う」

「城壁の上なら、防御戦の時に魔法が使えないとお話にならないから、私も役に立てると思う。門と違って階段には、魔法を打ち消す機能は持たされてない筈だし」


 という事で早速移動。その合間に、もしうまくいかなくてリスタートになった時の為の、ポーラとごく身近な人しか知らない秘密の質問と答えみたいのも聞いておきました。転ばぬ先の杖というか、転んだ先の杖を準備しておく感じ。


 南西小門から一番近い階段には、階段の登り口に二人、上に一人しか兵士の姿が見えませんでした。いちおう、全員キゥオラの兵士の装備をしてました。


「下の二人は一度に眠らせられる?」

「出来るけど、上の一人が気付いたらどうするの?それに、城壁の上からはどうやって下まで降りるつもりなの?」

「降りてる途中に攻撃とかされなければ、たぶん大丈夫だと思う」


 加速とその後の減速の仕組みを説明したら、それなら何とかと納得してもらえました。出来るだけ、城壁の上の弓兵は排除したいけど、上で騒ぎを起こし過ぎると、下から外に先行されて詰んでしまうかも知れないから。


 という訳で、魔法の射程ぎりぎりから、ポーラがスリープの呪文をぶつぶつと唱えました。闇よ、xxを深き眠りに誘え、みたいな感じの。

 しっかりと立って辺りを警戒していた兵士達は、その場に崩れ落ちて、寝息を立て始めました。

 上にいる弓兵は気付かなかったので、自分も隠れてた場所から駆け出て、階段をなるべく急いで、なるべく静かに登ったけれど、登り切る辺りで、こちらを振り向いた弓兵と目が合ってしまいました。

 しかも、その向こう側には、座り込んで休んでいたらしい別の弓兵の姿も見えました。


 登ってる途中で見つかったら相手を闇に包んでもらう段取りだったけれど、もう間に合いません。

 自分はいちかばちか加速して、弓矢を構えた相手を両手で突き飛ばしました。

 幸い、相手が急いでつがえて放った矢は背後へとは外れていき、突き飛ばされた相手は城壁の向こう側のお堀へと落ちていき、水しぶきを上げました。


「な、何奴だ!?」

 休憩してたらしい弓兵は立ち上がりながら弓矢を構えようとしましたけど、焦ってるせいか手間取りました。


 レベル3で、通常移動なら時速3km。

 その三倍に加速可能だから、時速9km。

 自分はその弓兵の傍らにまで踏み込むと、その体を突き上げるように体当たりして、加速を切りました。

 勢いのついた弓兵の体はお堀へと落ちていって次の水しぶきを作ったけど、自分の体は減速したおかげもあってか、城壁の内側に留まってくれました。

 安堵してる内に、ポーラも階段を上がってきました。


「うまくいったみたいね」

「併せて十秒も加速してなかったから、すぐに南の大門の方に移動できるよ」

「うーん、一回、西の大門の様子も見ておかない?南よりも人数が少なければ狙い目だし」

「どのみち、片方試してうまくいかなければ、もう片方を試すだろうから、いいよ。西の大門の方も見ておこうか」


 堀に落ちた兵士達は騒いでて、聞きつけられるほど近くに別の兵士の姿は見えなかったけど、長居は無用と移動を開始しました。


 ポーラの姿隠しの魔法のマントは、魔力を注いでる間しか発動しないらしいので、節約の為に、西大門が見えてきてから、必要な時だけ発動してもらう事にしました。

 見回りの兵士が近付いてきた時とかね。他の魔法を同時には使えないのが痛いけど、二人で並んで肩にかけても機能してくれるので、大変助かってます。過信はできないけど。


 西の大門の上の城壁には、弓兵だけで十人、他にも五人いて、うち一人が指揮官ぽかったです。具体的には、羽根飾りが兜についてました。赤い鎧ではないけど、茶色いマントでもなくて、青銀色で装飾とかも凝ってるんだけど、武器や佇まいからしても、只者には見えませんでした。


 また少し引き返して、ポーラと小声で相談しました。

「門の下にいる兵士も含めて、人数は南の大門よりもだいぶ少なかったわね」

「ただ、イルキハの兵士が少しと、あの目立つ指揮官を含めて、なんか雰囲気と装備が違う兵士が警備してなかった?」

「たぶん、イルキハに雇われた傭兵ね。どうする?私はこっちの方がうまくいきそうな気がするけど」

「ポーラがいいならこっちを先に試してみようか」

「いいわ。それで、どう仕掛ける?」

「大門の上にいる兵士達全部、一度に眠らせられる?」

「何度かに分けてなら。たぶん、二、三回はかかるかな。あの羽根付きのは眠らないかも」

「そしたら、手前の集団だけ眠らせて、続けて、あの羽根付きを中心になるべく広く闇に包んでもらえる?」

「やってみるけど、その後は?」

「その闇の中に二人して突っ込んで、城壁を橋へと駆け下りるから、姿隠しのマントに魔力を流して」

「わかったわ」


 ちなみに、お姫様抱っこでいくか、背負っていくかでちょっとした議論があったけど、垂直に駆け下りる時に腕から落としてしまうと洒落にならないので、背負っていく事になりました。走ってれば重さは感じないからね。


 ちょっとでも安全にする為に、眠りの魔法を発動するのは、指揮官ぽい羽根付きが、自分達がいるのと反対を向いた瞬間を狙ってもらいました。

 そうして、手前にいた弓兵四人と普通の兵士二人が崩れ落ちて、ポーラが闇の空間の呪文を唱え始めると同時に、自分も駆けだしました。


 眠りに落ちた兵士に気付いた他の兵士が警戒の叫び声を上げて、指揮官ぽいのがこちらを振り向くのと同時に、大門の上の城壁全体を闇が覆いました。

 自分は、行動開始前に、ポーラに夜目が効くようになる魔法をかけてもらってたので、何の問題もありません。

 最大加速して弓兵がいた辺りを突き進み、何人かを体当たりで弾き飛ばしたら、加速した状態のまま城壁の上に足をかけて、大門の外側でおぼろげに見える篝火に向けて駆け下りました。


 マンガやアニメだと出来る事なのだから、神様からもらったユニークスキルなら余裕で出来るかなって賭けは当たりました。

 約10mの高さの中程で加速を切って、強制減速しても、自由落下にはならず、レベル3なら、通常時速3kmの早さが1/3の時速1kmの速度で壁を歩き終えて、橋へと着地。


 大門の外側にいた兵士が城壁の上の騒ぎに気を取られて、垂直に降りてきた自分とお姫様の姿を見てもあっけに取られてる内に減速時間も終わってくれました。


「お、おい!お前等、いったいどこの連中だ!?」

 とか声をかけられた時には既に、再度の最大加速をかけました。


 時速9kmは、元の世界ならそこまで早くもないだろうけど、鎧を着込んでる兵士達が相手なら話は別です。

 城壁の上から弓矢を射かけられる事もなく、30秒ちょっとくらいで橋を渡り終えた後は、ポーラと打ち合わせてた通り、西の方へと最大加速の限度時間まで走り続けている途中で、夜闇とも違う最初の真っ暗な空間に戻り、


「第一チェックポイント通過おめでとう!」


 という神様の声とファンファーレの響きに迎えられたのでした。


総走行距離:5.1km 

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