第2話 愚者 【2024年9月7日 土曜日】




「おい! 本当にこっちであってんだろうな?」


布施ふせくわえタバコの導火線が迫る勢いに任せ、友人の倉田くらたの顔を見ることもなく声を張り上げる。


「間違いないよ! ここは一本道だし! 山のふもとの分かれ道以外迷いようがないって……」


真っ暗な森中。時刻は二十二時を回ったところだ。

 

負けじと声量を絞り出すも、語尾に力が入らない。


 

二十代の男女ペア四人が赤のオープンカーに乗って低山を時速二十キロで登っている。

タイヤが枝葉や隆起した木の根を踏みつけ小刻みに左右に揺れる。


「スゴいね、近場でこんなスポットあったなんて知らなかった。メッチャ雰囲気出てて怖すぎ」

布施ふせの隣に座っているのは倉田くらたの彼女、美嘉みかは思ったことをすぐに口に出す癖があった。

 

「本当にこんな低い山にアレがいるの?」


運転席の後ろに布施ふせの彼女、梓由貴あずさゆきが心配そうに声をかける。


うわさじゃ頂上付近にバカでけぇ木が立っているんだってよ。でもそれを拝みにこの山へ立ち入ったら無事に引き返せねぇってシナリオらしい。みんなそこで行方不明になって墓場みてぇになっているらしいぜ」


「そんなの心霊スポットにもならないじゃない。たかが目当ては大きな木一本であって幽霊じゃないんでしょ?」


由貴ゆきは疑心暗鬼になっている。


数々の心霊スポットをこの四人で巡っては夏のりょうを楽しんでいた。


今回はその一環で最近人気YouTuberのソレさんが話題に出したところ、すぐさまトレンド入りしたのが今回のスポットとなった経緯がある。


インフルエンサーの一声にはネット民を巻き込む大きな力があり、布施ふせはいとも簡単に魅了された。


闇バイトで同僚の倉田くらたを今回の場所に誘ったところ、彼女も行きたいっていう始末。


布施ふせは彼女の由貴ゆきを誘うことでいつもの四人で今回のイベントを企画したのだった。

 

彼の本心はどこにあるのだろうか。

恐怖を克服した先の愉悦ゆえつか。

それとも己の欲望を満たすための悪戯いたずらか。


「わっかんない。ただ運がいいのはこの辺まだ電波が届く範囲内だからさ、見る者聞く者色んな情報を残してくれるんだよ。ま、ありがたいのは山々なんだけど、うーわ、大分気味悪くなってきたなぁ……」


「なんだよ。ビビってんのか? 倉田くらたぁ……今日はダブルデートなんだからしっかりしろよ。いいとこ見せるんだろ?」



運転席の布施ふせがタバコをくわえながら助手席の美嘉みか可憐かれんな横顔を一瞥いちべつする。


目が合うと少し口角を吊り上げてから再び前面に視線を据え置く。


肋骨内部の臓腑ぞうふにしっかり毒素を注入してから闇色に溶け込むような紫煙しえんを吐いた。


手元の落ちそうな灰色を慣れた手つきでトントンしてからバックミラーで倉田くらたの顔を確認する。


ゆがんだ顔面が視界に入るや否やタバコの煙が逆流するようにせた。


「お、お前に言われなくても分かってるよ。さっきから横ばかり見てよ、ちゃんと前見て運転しろよな」


「一本道だしさぁ、同じ景色だから飽きてんだよ。なんなら運転変わるか? 気ぃまぎれて怖さもなくなるぜ。ははは」


適当に返してから助手席に目線を肢体したいめるようにわせる。

 

なんで、こんなビビりな倉田くらた美嘉みかみたいな美少女がついてんだ? 

ホント不釣り合い。マジで腹立たしいわ。

ま、今回の肝試しイベントでマウント取ってちょっと口説き落とせば楽勝っしょ。


そんなよこしまな思念をもてあそぶように右足でじりっと加速させた。


ギアをセカンドからサードに入れる。


美嘉みか布施ふせの左手のさばきの流れを見ている。


彼は視界の左側からそれを感じ取っていた。


そして美嘉みかは熱い眼差しを注ぐようになまめかしい口を開いた。


「やっぱりマニュアル車ってカッコいいね。オートマとは全然違う」


「フッ――めるトコ、そこ? まぁ、いいや。噂のバリケード突破すんぜ。みんな、しっかり捕まってろよ」


「えっ、布施ふせちゃん、本当に大丈夫なの? 前方、金網バッチリ張ってるよ。これ突破すんの?」


「こんなのスピードに任せりゃかすり傷だって。見てろよ」


布施ふせ倉田くらたの彼女を尻目に見栄を張りつつ、アクセルを強く踏み込んだ。


ヴォン!!


エンジンの猛り声。

計器類の激しい右振れ。

ギアをサードからトップへ。

一気に加速していく。


わずか一秒で倍以上の速度へと爆速する愚行ぐこう暴挙ぼうきょというほかない。


「これやばいって布施ふせちゃん! クルマ大破するぜ!」

「黙って見てろよ! このビビりがぁ!」

「キャアアアーッ!!!」


鼻先で笑いたくなるような立入禁止と描かれたA型看板。


左右へ勢いよく弾き飛ばす。

その後方に金網フェンス。

切れ目を狙っていく。


ガッシャアアアン!!!


激しい衝突音。

受ける鋭い振動と衝撃。


フロントグリルがドリルでえぐるように金属網を破っていた。

フェンス上方に螺旋状らせんじょうで規則正しく巻かれた有刺鉄線。


侵入者をこばむその鈍色にびいろのいばらは勢いに屈したのか、強引に引きちぎられてそれまでの秩序を喪失した。


こうがたい一方的な物理量に平伏へいふくし、フェンスはその一端が破壊され、走り去っていくテールランプをめ上げる。


大きく形を崩したフェンスの金属片は局所的に働いた力の反動を受け、鈍い音を垂れ流しながら正気を失ったようにかしいだ。


赤のスポーツカーはフロント部分を損傷したが、目立った破損はない。

ライトもボンネットも通常稼働している。


「なんだぁ? やわなバリケードだなぁ。普通にブチ破れたぞ」

「危ねぇだろ! 何かあったらどうすんだよ!」

 

倉田くらたは怒りをぶちける。

布施ふせは減速していくと、搭乗者の安否に配慮する。


「みんな、大丈夫か? ケガはないか?」

「もうやめて! 危険すぎるわよ。マジ迷惑!」

 

布施ふせの彼女、由貴ゆきは彼の無謀むぼう運転に機嫌を損ねている。

 

「すっごぉい! 映画のワンシーンみたい!」

「だろ!? この山のバリケードなんて楽勝だって」


布施ふせ美嘉みかは色めきだっている。

対する後部座席の倉田くらた由貴ゆきは仏頂面だ。


若気の至りで躍起になるのはわかるが、度を過ぎていないだろうか。


ある意味、強引にでも高揚感を引き立て、受ける恐怖感を減衰げんすいさせようという企みなのか?


そんな魂胆こんたん見透みえすく。


「みんな、悪りぃな。あのバリケードの金網……五メートル以上あって、てっぺんには有刺鉄線もあったんだ。みんなで登るのキツイから強引に破ったんよ。説明不足でごめん」


布施ふせは過去に友人からこのスポットをはばむ存在について情報として仕入れていたのだ。


重厚な有刺鉄線も含まれているため重機で破る方法もあるが、車での強行突破が布施ふせには一番手っ取り早かったし、扱いやすかった。


闇バイトで稼いだ軍資金を投入すればこの車の修理代など安いものだ。

最悪、同僚の倉田から前借して姿をくらませればいい。

 

「そうだったのか……てっきり布施ふせちゃん、カッコつけてぶっ飛ばしてやってたのかと思っちゃったよ」


――コイツ、バカだな。少し反省の色を見せたらこのザマか。甘ぇんだよ。もう心理戦は始まってんだぜ?


闇夜に染まる四つの丸いテールランプが愚者の其々それぞれとして露呈していくと、森全体は血が繁吹しぶくようにざわめき立つ。


それを尻目に見て嘲笑あざわらう、破壊されたバリケードの片割れ。

同調するようにかしいだフェンスにくくり付けられているいかにも古びた儼乎げんこたる木製プレート。


腐朽ふきゅうでひび割れた端々が生暖かい風に揺れて、鈍磨どんまとしていかめしい警告音を奏でている。

 

古の呪怨じゅおんのごとく刻み込まれている血文字。


そこにはこう書かれていた。



『危険! 立ち入るべからず。

 これより先、命の保証なし』


 















 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る