第3話 幻覚
フェンスを破ってから
寝不足が祟ったのか、眼精疲労が蓄積しているものだと思い込んでいた。
夜の山道は特に目が疲弊する。
とにかく視界が悪いのだ。
左右から首の骨が折れたようにしな垂れ落ちる枝葉がフロントガラスを
ファサファサ……カサカサ……ジャサジャサ……
風通しの悪い樹木があるのか、赤や黄に変色して
先程より速度を落として慎重な運転に移っていることに本人は気づいていなかった。
無意識の時間は疲労とともに増殖し、右足の感覚に
少し開けた湿地帯に入った。
周りには物々しい
太い木の枝からぶら下がっているのは何だろう。
黒いようで赤い
でも繭にしては大きすぎる……
成人一人丸ごと収まる程の大きさだ。
繭の内部には何がいるのだろう……
空間を震わせながら四人の心拍リズムに近づいてくる気味悪さ。
時折しゅうしゅう……と湯気のような気体を吐き出している。
車のライトは
ふと、ライトの先――緑色の巨大な胃袋のような植物が
その巨大な
軟体の手足のようにそれらはよくしなり、叩きつける
その気になれば今この瞬間にも……
「マ、マジかよ……うぅ、ヤバいだろ、これ……」
「食虫植物のウツボカズラを巨大化させた感じね……」
後部座席から
しかし、
「でも、この大きさって……食虫植物というより
「やめて! それ以上言わないで!」
反射的に両耳を押さえ、弾かれたように
「地球上でそんなこと、あり得ないんだから!」
その後に夜の静けさよりも更に深い沈黙が流れる。
そこへ胃もたれするような甘ったるい欲望の香りが垂れ込めてきた。
先程の植物が満たす消化液から発せられているのだろう。
「うぇっ……気色悪っ」
「大丈夫?
エンジン音が漆黒の聴覚に
減速していき、徐行して停車する。
「悪ぃ、ちょっと休んでもいいか……」
「うん。その方がいいよ」
「みんな、ごめんな……」
弱音に変わっていく
それに
「みんな、大丈夫だから」
「そ、そうだよ。
運転代わろうか、と言いたかったが、この車がマニュアル車であることを思い出し、
別にカッコいい車なんかじゃなくたっていい。
みんなを引っ張ってくれるいつもの
フロントのライトは付いたまま前方のヌメヌメした木々の
先程の軟体の胃袋が木々の間をデュポッ……デュポッと液を揺らしながら滑り移っているように見える。
触手の長さが先程よりも明らかに伸びているような気がする。
反射した幹から覗く
人を頭部から丸呑み出来る大きさの口に見える。
光の届かない影と同居し、不気味な目玉を
小さな解除音が闇中を
少しでもリラックスしたい
呼吸が浅くなる。
心細いライトが照らす暗闇の中で、透明な深呼吸をしようにも、漠然とした不安感に肺を
しかし、冷静さを取り戻そうとした彼の精神は更に追い討ちをかけられていく。
刹那――
車のライトが突如消灯した。
車内の計器類もカーナビもすべて虚無に
四人は完全な闇に支配された。
――突然‼︎
「うわあああああ――ッ‼︎」
一瞬何が起きたのか分からなかった。
「
何も見えない。
目をどんなに
視界が完全に
ゴジュル……ゴジュル……ゴッポェ……
まず襲いかかったのは赤い嗅覚だった。
その予感はある不吉を呼び寄せる。
まさか……そんな……
「
恐怖を払おうとする精神が声量を
ぶぐろろぐぶろろろぐろぐぶぶぐろぐぶろぐぐぐろぐろ……
助手席の
完全なる闇の視野の前では、人間のすべての行動は無に帰するのか。
前後に回しては戻すを繰り返している。
「つかねぇ! 車内の明かりも! カーナビも……何でだよ!」
「えぇっ⁉︎ エンジン切っていないのにどうして?」
「わっかんねぇ! マジでどうなってんだこの車!
――‼︎
ライトがついた。
目の前をさも当然のように照らし始める。
何事もなかったような数秒間……しかし、何かがおかしい。
車の前に
頭から何やら透明な液体が
その頭上には先の胃袋の口がバクバクと大小の円を繰り返して酸っぱさを訴えかけてくる。
「お、おい……
振り返った
後部座席に
いつの間にあんなところへ?
「俺さ、死ぬかと思ったよ。さっきの液体、結構飲まされちゃったから……」
「はっ!?」
不可解な言語に思考が凍り付く。
コイツ……本当にさっきまで後ろに座っていた
胃袋野郎の消化液を頭からどっぷり
でも、何かが、さっきとは違う……
「みんなどうして、ボクを助けてくれないの?」
声が出ない……
目を閉じたくても、
「ちなみにさ、ウツボカズラの消化液って飲めるんだよ? 知ってる? でも飲んだ後ってひどくお腹が
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