09 聖女イヴラクシア


 聖堂の片付けには数週間を要した。その間、ベルクトとジラーニィは聖堂の宿舎で寝泊まりしながら、イヴラクシアたちの復興作業を手伝った。


 キーランを始めとする教皇の信奉者たちとの軋轢もあったが、教皇本人が正気を取り戻したおかげで、さほど大きな揉め事にはならずにすんだ。懲罰室に捕えられた際に奪われた荷物もすっかりそのまま返ってきた。


 〈ボーグ〉の市民たちは一夜にして聖堂が破壊された理由を知りたがった。だが教皇が獣に堕ちたなどと知れ渡れば、〈拝光教はいこうきょう〉の威信に関わり、元孤児である僧侶たちの進退にも差し障る。


 イヴラクシアは一計を案じた。聖堂の地下に危険な獣が封じられていた事にしたのだ。


 筋書きはこうだ。日に日に力を増す獣を抑えるために教皇は市民から資金を徴収していた。市民を不安にさせないために、教皇は事態を僧侶にさえ知らせなかった。教皇は〈輝くもの〉を買い集めて獣を抑え込んでいたが、とうとう封印は破られ、聖堂は破壊された。


 市民にそう説明するイヴラクシアの短くなった金髪が、話に信憑性と箔をつけたらしい。聖女様の献身により〈ボーグ〉は救われた。聖女様ばんざい、教皇様ばんざい、重税に文句を言って申し訳ない、罪滅ぼしに復興のお手伝いをします……


 とまあ〈拝光教〉は今回の事件で結果的に更なる信仰を獲得した。まったくイヴラクシアは上手くやったものだ。


 そんなわけで世は並べて事もなし。

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