07 蜂起


 ベルクトとイヴラクシアは揃って懲罰室から脱出した。いくつかの備えをしたのち、地下からの階段を駆け上がると、脱走に気づいた僧侶たちが行く手を塞ごうと出口に集まっていた。


 彼らは短く刈り取られたイヴラクシアの金髪を見て、すぐに事態を察知した。


「獣と取引したのかイヴラクシア!」


「なんておぞましい事を!」


 フン、とベルクトが鼻を鳴らす。イヴラクシアは両者を制するように手を広げて歩み出た。


「教皇様は変わられてしまった。街の人々は貧しさに喘ぎ、私たちは恐怖で支配されている。私たちは子として父の行いをいさめなければ」


「なんと不敬な!」


 武装した僧侶の一人が棍で床を打ち鳴らす。ベルクトはその人物に見覚えがあった。応接間でベルクトを殴った教皇の近衛だ。


「忘れたかイヴラクシア、俺たちが路地裏で凍えていた時、街の連中は誰も助けてくれなかった!奴らは当然の報いを受けているだけだ」


「たった今私が教皇様に殺されそうになったのも当然の報いだと?」


「獣と取引するお前の卑しい心を、教皇様は慧眼でお見抜きになられたのだ!」


「それは結果論でしょうキーラン!貴方は何を見て話しているのです!」


「……いったい何を騒いでいる」


 立ち塞がる人垣の向こうから教皇の声が低く響いた。興奮していた僧侶達は水をうったように静まり返る。教皇は人混みを割って現れ、ベルクトとイヴラクシアをじろりと睨め付けた。


「なんと愚かで浅はかな」


 教皇が手を上げると、廊下の〈明かり虫〉や〈開かない窓〉から〈輝き〉の力が集まり、教皇の頭上で強大な光の塊となった。


「再び〈王〉のご慈悲の前にひざまずくがいい!」


 魔力が収束し、閃光として投射される。ベルクトはそれを真正面から受け止めた。しかし今度は意識を失うような重圧を受ける事は無く、変わらずその場に立ち続ける。


「なんだと!?」


 教皇が動揺を見せ、ベルクトはニタリと笑った。


「やはりな。を壊した甲斐があった」


「なにっ……」


「〈輝き〉を使った派手な演出は目眩しだ。お前はその魔術をあくまでも〈王〉の御業みわざとしたいんだからな。特に応接間の立派なシャンデリア。あれのせいで上から押さえつけられるイメージが刷り込まれる。まんまと騙されてたよ。だが実際のところお前の魔術はだ。聖堂の地下にたっぷりと溜め込んだ〈混沌〉の力を利用した、な」


 ベルクトはカツカツと足先で床を鳴らした。


「〈混沌〉の養分にするために俺とイヴラクシアを地下の懲罰室に放り込んだのは失敗だったな。イヴラクシアの〈輝き〉を使って、地下の〈混沌〉は祓わせて貰った」


「この……小賢しい獣め!ならば真に〈輝き〉の力だけでお前をねじ伏せよう!」


 教皇はくびすを返し、人垣の向こうに消えていった。イヴラクシアがハッとして叫ぶ。


「ベルクト様追ってください!ジラーニィ様が危ない!」


 ベルクトがそれに応えて駆け出そうとすると、キーランと呼ばれた僧侶が棍を構えて立ち塞がった。


「通さん!」


「行かせて、お願いキーラン……」


 イヴラクシアの嘆願を振り払うようにキーランは首を横に振った。


「お前の頼みでもきけない。俺はもうあんな惨めな思いをするのはまっぴらだ!教皇様の邪魔はするな!」


 キーランが叫ぶと同時に、一人のシスターがキーランに背後から飛びついた。ベルクトを応接間に案内した女性だった。


「私はもうこれ以上悪事に加担するのはいや!客が〈混沌〉に呑まれると分かっていて案内役なんてしたくない!」


「何をするっ、お前たち、やめろ!!」


 シスターの言葉に下級僧侶たちが同調し、武装した近衛らを取り押さえ始める。地下から続く廊下は騒然となった。


「行ってイヴ!聖なる子は祭壇にいるわ!」


「……ありがとう!ベルクト様こちらです!」


 先導するイヴラクシアに続いて、ベルクトも揉め合う人混みから抜け出した。


 祭壇に向かう途中、イヴラクシアはベルクトに謝罪した。


「キーランの頑なさも分かるんです。彼は貧しさを理由に実の親に売り飛ばされて、それから教皇様に拾われるまでずっと望まない仕事をさせられていましたから」


「なるほど。そうなると、〈拝光教〉の信者というよりも教皇の信者だな」


「そうですね。本物の信者は私を含めていないと思います。教皇様が教会をそんなふうに作り変えてしまった」


「宗教の私物化か。あぁ思い出した、だから嫌だったんだ〈拝光教〉を許すのは」


 ベルクトのその言葉に、イヴラクシアは片眉を跳ね上げた。


「その口ぶり、まるで〈拝光教〉の創設期に立ち会ったみたいですね。獣は長命だと聞きますが、ベルクト様ってどれくらい長生きされてるんですか?」


「……さぁ、忘れた。急ぐぞ、ジラーニィが心配だ」


 ベルクトは都合が悪くなった会話を一方的に切り上げ、先を急いだ。

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