悪役令嬢は楽しいな

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第1話

 その時、私たちはまだ10歳だった。


「あ、あなたたち! 大勢で一人を取り囲んで、そんな言い方はないと思うわ! 卑怯です」




「うわ、この女怖えぇー。物語に出てくるイジワルな女みたい」

「俺知ってる。こういう女のこと、悪役令嬢っていうんだぜ」

「本当ね。髪型とかそっくり。悪役令嬢だー」





 その日から、私は悪役令嬢と呼ばれるようになってしまった。




*****



 私はカラント王国のアーノン侯爵家の娘、エディット・アーノン。

 我が国の第一王子、ユリウス様の婚約者候補として、9歳の頃から王宮に出入りしている。

 王子の婚約者として相応しいマナーや教養を身につけるためだ。

 

 でも実は私は、王子妃になんてなりたくない。

 子どもの頃から緊張してしまう性質で、大勢の人の前や、大事な時、どうしても失敗してしまうからだ。

 


「お父様。私は王子妃になんて、なりたくありません。王妃様のように大勢の前で挨拶をしたり、外国の大切なお客様をもてなしたりなんて、とてもできませんから」

「こらこら、今からそんなことを言うんじゃない。……と、言いたいところが。実はお前は婚約者候補の本命じゃない」

「えっ。本当ですか」

「ああ。実はね、ユリウス王子がどうしても結婚相手にと希望されている伯爵令嬢が既にいるんだ。だけどそのご令嬢の家は、それほど力のない家なんだ。もしもそのご令嬢一人だけ、王宮の婚約者候補教育に呼ばれるようになったら、きっとあの手この手で潰してくる者がでてくるだろう。そこで王家から内密に、ウチがそのご令嬢の後ろ盾になるようにと頼まれているんだ」

「まあ、そうなのですね」

「ああ。私もそのご令嬢と会ったことがあるけれど、とても聡明で可愛らしい子だった。きっといつか、この国の素晴らしい王妃となるだろうもしもこの話を受けたら、お前が婚約者候補の本命だと思われて、風当たりは強くなるだろう。ただ王家から見返りは十分用意すると言われているし、お前にとっても将来の王妃と親睦を深められることは有利になるだろう。どうする? お前が自分で決めていい」




 そこで私は、このお話を受けることにした。

 本来なら家格的に、私がユリウス王子の婚約者にならなければいけないだろうと思っていた。もしもそれを避けられたとしても、他の政略結婚は避けられない。

 だけどそのご令嬢の目くらましになることで、王家から今後手厚く守られて、嫁ぎ先も自由に決めていいというのだ。

 それは私にとっても、とてもいい話だったから。




 ユリウス王子が選んだという伯爵令嬢は、ベアトリス・ガルトナーといって、聞いていた通り、とても利発で可愛い子だった。

 なんというか、普通の女の子みたいにフワフワとしていなくて、背が高くてピシりと線が通っているような、美しくしなやかな姿勢。

 キリっとした眉に、意志の強そうな瞳。

 話題は豊富で、知識は深くて、そしてとても分かりやすく話してくれる。

 私たちは、あっという間に仲良くなれた。



 予想していた通り、婚約者候補だと思われている私に対して嫌味を言ってきたり、絡んでくる人たちもいた。

 アーノン家はユリウス王子のお母様――今の王妃様の派閥だ。

 そして前王弟の派閥とは対立している。

 前王弟派閥の人たちは、次の政権を狙って、ユリウス王子の婚約者に、自分たちの派閥の娘を据えたがっているのだ。


 ベアトリスの家はどこにも属さない中立派で、今まで政治や権力争いに、ほとんど関わってこなかった。

 狙い通り、ベアトリスのことは皆、頭が良くてしっかりしているから私の補佐役として王宮に通っていると思われていた。




 ある日のお茶会で、私はベアトリスと一緒にピアノの披露をすることになっていた。

 そしていつものように緊張で震える私を落ち着かせるため、ベアトリスが建物の影に連れだしてくれた。



 そのことで私の運命は、大きく変わることになる。



 人気のない建物の裏で、いじめっ子たちが誰かを取り囲んでいた。

 その日はいじめっ子がお茶会の会場にいないので、安心していたというのに。裏で他の子をイジメていただなんて、呆れてしまう。


 いじめっ子たちの中には侯爵令息がいるので、大人でもおいそれと注意できない。そのためか、彼らは段々調子に乗って、エスカレートしていっている気がする。



 その日絡まれて虐められていたのは、小柄な少年だった。

 少年と判断したのは男の子の服装をしていたからというだけで、細くて目が大きくて、髪も長くて可憐で、誰がどう見ても女の子のようだったけれど。



「おいお前! なんでお前なんかがこのお茶会に参加しているんだ。目障りだ」

「そうだそうだ! 男のくせにそんなヒョロヒョロで恥ずかしくないのか? そんな腕じゃ、剣も持てないだろう」


 私も普段、この子達によく絡まれるけれど、さすがに手を出されたことはない。

 だけどその時は、虐める相手が男の子なせいか、彼らは時折手で体を押したりしていた。


 ――怖い。



 さすがに侯爵令嬢の私が、同じように押されることはいない……と、信じたいけれど、怖かった。



「恥ずかしくないよ。僕は剣を振り回すよりも、絵を描く方が好きなんだ。剣なんて振り回したら、腕が痛んで、その日筆が持てなくなるかもしれない」

「なんだと! たかが子爵家の分際で、俺に逆らうのか!」

「そうだそうだ! 生意気だぞ!」



 ――あ、この子強い。すごい。



 だけど私よりも小柄な男の子は、しっかりと自分の言葉で、いじめっ子たちに言い返していた。

 侯爵令息に言い返している子を、私はこの時初めてみた。


 ――強い。すごい。格好いい!



「エディット。大人を呼んできましょう」


 ベアトリスが、冷静にそう提案してくれる。

 だけど私は、その時にはもう男の子にもらった勇気を胸に、いじめっ子たちの元へと歩き出していた。




「あ、あなたたち! 大勢で一人を取り囲んで、そんな言い方はないと思うわ! 卑怯です」




「うわ、この女怖えぇー。物語に出てくるイジワルな女みたい」

「俺知ってる。こういう女のこと、悪役令嬢っていうんだぜ」

「本当ね。髪型とかそっくり。悪役令嬢だー」




「悪役令嬢……」



 それは今流行っている恋愛小説に出てくる、エリザベスという名前の侯爵令嬢の呼び名だった。

 エリザベスは主人公のライバルで、いつも対抗して、邪魔をしてくる悪役だ。

 多くの人が、その小説を読んで、エリザベスの行動に対して怒っていた。


 だけど私は、そのエリザベスがキライではなかった。

 だってよく読んでみたら、彼女は裏で悪口を言ったりすることが一切ない。

 いつも真っ向から主人公に勝負を挑んでいたから。

 そして曲がったことが大嫌いで、いじめっ子を注意しさえするのだ。


 ――例え誰から、どんなに批判されようとも。



 エリザベスのように、他人の目を気にせず、批判も気にせず、自由に生きて、思っていたことを言えたらどんなに良いだろうと思っていた。

 憧れてさえいた。


 ――私がエリザベスみたいってこと?



 その時何故か急に、体の震えが止まった。

 エリザベスならこんな時、震えたりなんてしない。

 背筋を伸ばして、堂々と、こう言うだろう。



「お黙りなさい! 私を誰だと思っているの! 侯爵令嬢よ!」




「…………え。ちょっと……エディット」



 隣でベアトリスが驚いているのが、面白い。


 そうよ、私は侯爵令嬢なの。文句ある?

 私を虐めたら、同じ侯爵家の令息のパスカルはともかく、他の子の家なんて、吹き飛ぶわよ??

 なぜ私に嫌味を言う事なんてできるのかしら。おかしいんじゃないの?



 不思議な自信が湧いてくる。

 気分は完全に、悪役令嬢エリザベスだった。



「私の目の前で、弱い者いじめなどしないでちょうだい。目障りなの。お父様に言いつけるわよ」



「はあ? なに言って……」

「い、いじめなんか……」

「おい、もう行こうぜ。なんかこえーし」




 いじめっ子たちは、絵に描いたような捨て台詞を吐いて、逃げて行った。


 ――あ。こんなに簡単なことだったんだ。


 気分はすっきり、爽やかだ。



「……エディット?」



 私は何を怖がっていたんだろう。

 なぜあんな子達や、嫌味を言ってくる人たちの評判なんて気にしていたんだろう。

 どうせこちらが大人しくして、礼節を守っていても、嫌味を言われるんだもの。

 言い返したって、バチは当たらないわ。

 それどころか、言い返せて気分が良いんだから、こっちのほうが断然お得……



「おーい」


 そう考えていた時、ベアトリスが私の顔を覗き込んできた。

 その瞬間、急に我に返る。


「……ああああ! どうしましょうベアトリス。やってしまったわ。私のこと、嫌いにならない?」

「え、ええ。すごいじゃない、エディット。嫌いになんて、なるわけがないわ。今までよりも、あなたのこと好きになったくらいよ」



 突然豹変した私に、おかしいと思っているだろうに、ベアトリスはそう言って笑ってくれた。


「ありがとう。悪役令嬢エリザベスのセリフを思い出して、こんな感じだったかなと思って真似したら、スラスラと言いたいことが言えたの。……ちょっと、言い過ぎたかしら」

「あのくらい、あいつらのいつも言っていたことに比べたら大したことないわ」

「そうね。でも怖かったー。見て、今更手が震えてきた」

「まあ、本当」



 ――大丈夫。私が言いたいことを言っても、私が本当に大切な人は、離れてなんかいかない。言いたいことを言ってもいいんだ。



 小説の中のエリザベスが、そう私に教えてくれた。

 そういえば、悪役令嬢エリザベスにも、親友がいた。しかも伯爵令嬢の。


 思わず顔が笑ってしまう。



 その時だった。




「あの、ありがとうございました」



 まだベアトリス以外にも人がいたことを、すっかり忘れていた。

 先ほどまでパスカルたちいじめっ子に囲まれていた、小柄な男の子だ。





「どういたしまして。大したことはできませんでしたが」

「いいえ、とんでもないです。あなたのような素敵な女性に庇われるなんて、僕は自分が情けないです。でも彼らを追い払った時のあなたは、とても美しかった。お名前をうかがってもよろしいでしょうか」


 妖精のように儚いと思っていた少年は、意外なことにハキハキと受け答えをして、とても意志が強そうだった。

 そういえば、いじめっ子たちにも、自分でなにか言い返していた。

 先ほども感じたけれど、本当に強い。



「えっと……あの……私はエディット。エディット・アーノンと申します」


 なぜか少年が、大きな瞳でジーっと見つめてくるので、緊張してしまう。

 頬が赤くなっているのが、自分でも分かる。

 


「エディット・アーノン嬢ですね。僕はシャルル・メニッヒと申します。メニッヒ子爵家の次男です。絵を描くのが得意で、それをユリウス王子に気に入っていただけて、本日お茶会に招いていただきました。これから王宮で、ユリウス王子と一緒に勉強をさせていただくことになっております。エディット様……また、お会いできますか?」

「え、ええ。ユリウス王子のご友人方とは、月に何度かお会いする機会がありますので」

「これから僕は、あなたにお会いできるのを楽しみに生きていきます」

「そ、そんな……」



 妖精のように美しい少年がそう言って、いつまでも視線を外してくれないので、しびれをきらしたベアトリスが促してくれるまで、私たちは見つめ合う羽目になってしまった。


*****


「オーッホッホ。私はこの服が着たいから着ているの。流行なんて関係ないわ。あなたにはご自分の好みという物がないのかしら?」



 私のお気に入りのドレスに、流行遅れだと、こちらに聞こえる声で話している令嬢たちを見て、高笑いをする。

 このドレスは姉が着ていたもので、とても趣味が良くて、自分が着られるようになる日を楽しみにしていたものだ。


 3年前の流行り? もう誰も着ていない? そんなことどうでもいいの。私はこのドレスが着たいのよ!



 と、悪役令嬢エリザベスなら言うと思う。きっと。



 --だけどオーッホッホは、さすがに言い過ぎたかしら。



「と……とんでもございません。まさかエディット様のことでは……」

「あら、では誰のことかしら? 私の他に、誰が3年前のドレスを着ていると言うの?」

「それは……あ、違います! 勘違いです! 私そんなこと言っておりません。エディット様の聞き間違いですわ」

「私が聞き間違えたというの?」

「は、はい」

「私のほうが、間違えていると、言いたいのね? それでいいのね」

「そ、それは……」




「私にも聞こえましたわ。『3年前の流行遅れのドレスなんて着て、みっともない』って。私も聞き間違えたのかしら」


 すかさずベアトリスが追撃してくれる。

 嫌味を言ってきた相手は子爵家の令嬢だ。

 本来なら侯爵令嬢と伯爵令嬢が聞き間違えただなんて、口が裂けても言えない立場のはず。


「も……申し訳ございませんでした!!」



 子爵令嬢はそう言うと、走って逃げて行ってしまった。



「……ベアトリス。なんだか私、本当に悪役令嬢になった気分だわ。ただ言い返しているだけなのに」

「ふふふ。だとしたら私は、『取り巻き』ですね」


 なんだかベアトリスは、ちょっと楽しそうだった。





 いじめっ子たちは、すぐに正面から私に嫌味を言ってこなくなった。

 だけど裏では、私のことを「悪役令嬢のいじめっ子」、ベアトリスのことを「取り巻き」と呼んで、バカにしていることを知っている。


 だけどそれがなんだというのだろう。



「でも……ねえ、エディット。裏で悪役令嬢だなんて言われて、本当に良いの? 無理していない?」



 ベアトリスに聞かれて、自分の胸に問いかけてみる。

 以前の何も言えずに俯いていた私と、言いたいことを言って批判される私、どっちがいい?


「裏でなんて言われても良い。どうせ私が言い返さなくても、以前から悪い噂は流されていたわ。それよりも、自分が言いたいことをハッキリと言えるようになったのだもの。私、気に入っているのよ、悪役令嬢である自分のことを」

「……そうね。実は私も、そんなエディットのことが結構好き。私も取り巻きで結構よ!」

「ありがとう、ベアトリス」


*****


 そんなこんなで、5年の月日が経っていた。

 相変わらず私は悪役令嬢と呼ばれていたけれど、家族やユリウス王子やそのご友人たち。そして親友のベアトリスなんかは、全く気にすることなく付き合ってくれた。



 あの運命の日に出会った少年、シャルルもだ。


 シャルルの絵は素晴らしくて、まだ15歳なのに天才画家と呼ばれていた。

 正式に彼に絵を依頼する貴族も、後を絶たないほどだ。


 そんな彼の作品が、なぜか私の部屋に溢れている。

 ほとんどが、私を描いてくれたもの。


 彼の描いてくれた私は、いつも幸せそうに笑って、輝いている。

 ベアトリスと一緒に笑い合っているものもあれば、悪役令嬢エリザベスみたいに、自信ありげに微笑んでいるもの、そして時折、以前のように気弱そうな表情をしているものもあった。

 彼の描いてくれた私は、自分で言うのもなんだけど、とても美しく見えた。



 ――こういう絵って、実物よりもちょっとだけ、綺麗に描くと聞くから、そのせいね、きっと。


 私は、私の絵だけじゃなくて、シャルルの絵も欲しいななんて、いつの間にか考えるようになっていた。



*****



 そんなある日のこと。


「あ、そうだ。エディット、君を婚約者候補から外すことにするよ。今まで長い間ご苦労様。ありがとう」


 本当に突然、ユリウス様にそう言われた。何の前触れもなく。

 隣にいるベアトリスを見る。

 彼女も何も知らないみたいで、ビックリしている。


 長年一緒にいれば、嫌でも分かる。ベアトリスはユリウス王子が好きだ。

 だけど私が結婚相手の本命だと思っていて、いつも何歩かひいている。

 

 ――ついに動かれるのですね。ユリウス様。


 ベアトリスが婚約者となってもガルトナー伯爵家を守れるだけの手回しが、もう済んだのだろう。


「もったいないお言葉です」

「急になにを言っているのですか、ユリウス王子! 一体どうして」


 突然のことに、ベアトリスが珍しく目を白黒させている。


「なぜですかユリウス王子。なぜエディットが……そんな。なにか悪いところでもありましたか」

「まさか。エディットに悪いところなんてあるわけがない。これまでとてもお世話になったと感謝している。……他に俺の婚約者になって欲しい女性がいるんだ。だからエディットをこれ以上、婚約者候補として縛り付けておくことはできない」


 ――これで私の役目はお終い。


 楽しかった。この5年間、ベアトリスという無二の親友と一緒にいて、気弱な自分がどんどん変わって。

 今では悪役令嬢エリザベスの真似をしているのか、これが本当の私なのか、自分でも分からないくらいになっている。


 以前の私よりも、今の私のほうが、好き。


 ――でもこれから、どうしよう。



 急に自由になった私は、充実感でいっぱいだったけれど、ほんの少しだけ、心に小さな穴が空いたのだった。


*****


「悪役令嬢の奴、ついにユリウス王子の婚約者候補を外されたんだってな」

「無理もない。あんなに評判の悪い女、ユリウス王子に相応しくないからな。必死に周囲の女をイジメてユリウス王子の婚約者候補にしがみついていたっていうのに、無様だな」

「言えてる」



 この感じ、久しぶりだ。

 ここ何年かは、私に対して聞こえるように嫌味を言ってくる人はいなくなっていたから。

 声の方向を見てみると、そこにいたのは予想通り、パスカル・ギレム侯爵令息を中心とした、いじめっ子軍団だった。


 ――もう15歳になるというのに。この人たちは変わらないのね。


 きっと私がユリウス様の婚約者候補を外れたことを知って、気持ち的にも立場的にも落ち込んでいると思ったのだろう。

 実際には私が結婚相手の本命でないことは5年以上前――婚約者候補として王宮に通う前から分かっていたことだし、うちの家は私が婚約者候補とから外れて弱るどころか、手厚い庇護が約束されている。



「ユリウス王子が優しいからって調子に乗ってさ。俺の妹なんて、どれだけあの女にイジメられたことか」

「パスカル! いくらなんでも酷すぎます! 大体エディットが悪役令嬢と言われているのだって、あなたが言い始めたことでしょう!?」

「うるせーな! 取り巻きは黙ってろ」


 ベアトリスが私のことを庇ってくれているのを、バカにするパスカル。


 ――あなたが「取り巻き」と言っているその女性、将来の王妃さまなんですけど。


 どうやら、久しぶりに悪役令嬢エリザベスの出番みたいだ。

 実は最近、言い返す機会がほとんどなくって、寂しく思っていたくらいだから、少しワクワクする。



「お前に決闘を申し込む」



 さあ、言い返すぞと思ったその時、意外な人物が横入りしてきた。


「シャルル……?」


 侯爵家同士の言い争いに、普通は誰も入ってなんてこようとしない。

 とばっちりが恐いから。

 例え私に味方して、私が勝ったとしても、パスカルに恨まれたくはないだろう。

 それが普通だ。

 

 さすがにパスカルも、いつもユリウス様がいない時を狙って絡んでくる。

だから他に助けてくれる人なんて、ベアトリスがたまに宥める以外誰もいないはずで……だけど悪役令嬢エリザベスは強いから、誰も助けてくれなくても全然平気だった。

一人で言い返せるから。


 そのはずだったのに。




「はあ!? お前、シャルル? 今時決闘ってなんだよ。大体決闘って、何するんだ。お前、剣なんて持ったこともないだろう」

「剣でいい」



 ――強い。すごい。格好いい!



 子どもの時に感じたときめきの、何十倍ものドキドキで、胸が痛い。

 自分の心臓の音がうるさいくらいだ。



 成長して背が伸びたシャルルは、顔は相変わらず妖精のように美しかったけれど、体格は逞しく成長していた。

 もう誰も、少女と間違うこともないだろう。




「いいだろうシャルル。決闘を許可する。ただし、昔行われていたような生死を賭けた決闘は禁止だ。刃を潰した剣を使用して、胸当てを付けること。急所への攻撃はナシ。胸当てに攻撃を当てるか、相手が剣を取り落とすか、降参をした場合に勝ちとする」

「ユリウス様!?」



 突然のユリウス様の登場に、パスカルも動揺している。

 きっとユリウス様がいない時を見計らって絡んできたはずなので、驚いているのだろう。



 

「はっ。何考えてんのか分かんないけど、こんなヒョロヒョロの女男に負けるわけないだろう。決闘を受けてやるよ。その代わり、俺が勝ったらお前は俺の子分だ。うちで小姓として働いてもらう!」

「いいだろう。ただし僕が勝ったら、お前にはエディット嬢に、正式に謝罪をしてもらう!」



 ドキドキして、胸が高鳴って、夢見心地だったけれど、パスカルのそのセリフに、急に我に返る。

 シャルルが私のことを庇ってくれるのは嬉しい。心の底から本当に嬉しいけれど、剣を持ったことすらないようなシャルルは、それほど剣技が得意そうでないパスカルにだって勝てないだろう。



「お控えなさいシャルル。ワタクシは守られるほど弱くなくてよ。あのような発言、相手にするまでもな……」

「エディット。大丈夫だから」



 慌てて決闘なんて止めようとする私を、シャルルが制する。


「エディット。あなたに初めて会った日のことは忘れない。あなたは自分が震えながらも、気高く、美しく、僕を助けてくれた。……今度は僕に、あなたを守らせて欲しい」


 そう言うシャルルから、私は目を離すことができなかった。




*****




 シャキーン!!



 王宮の使っていない中庭に、関係者だけで移動して始まった決闘の決着は、すぐについた。

 ほんの数回打ち合っただけで、剣が弾かれて飛んでいったのだ。

 誰もいない無人の地面に、剣が転がる。


 パスカルの剣が。



「はあ!? なんだよこれ! ズルだろ、無効だ。なんか剣に細工がしてあるのか!? そうじゃなきゃおかしいだろ! こんなこと。普段から絵しか描いていないヤツがなんで……」


 起きた現実が信じられないのか、パスカルが、決闘の無効を申し立てている。


「いいよ、無効でも。剣を取り換えてまたやろう。なんなら僕の剣は、お前が選んでも良い」


 シャルルはあっさりと、再試合を認めた。


「なっ」

「ほら、早く拾えよ。次の試合をやろう」

「ふ、ふざけんな! こんなズルする奴と、また試合なんてできるわけがないだろう!」

「待てパスカル。ここで去るなら、負けを認めているということになる。いいのか」

「ふん! 別に負けでもいいさ! こんなくだらない勝負やってられないからな!!」


 パスカルは捨て台詞を吐いて、去って行った。


 ――なにが起きたの?


 いったいどんな手品を使ったのだろう。見ていたけれど、全然分からなかった。

 どうしてシャルルが、パスカルに勝つことができたのか。

 だけど理由なんてどうでもよかった。



 勝負に勝ったシャルルが、歩いてくる。私の元へ、迷うことなく、真っ直ぐに。

 もう他の事なんて、目に入らない。

 全神経がシャルルに集中してしまう。



「エディット・アーノン様。ずっと貴女の事が好きでした。私と結婚していただけませんか」

「喜んで」



 気が付いたら、そう答えていた。



 こんな時、エリザベスならなんと答えるだろう?

 ふと頭にそんな疑問が浮かんだけれど、なぜかエリザベスはなにもしゃべってくれない。


 胸がいっぱいで、涙が溢れて。

 ただそのままの私が、シャルルの瞳を見つめながら、頷くことしかできなかった。


*****


「ベアトリス! 久しぶり」

「会いたかったわエディット」



 毎日のように王宮で会っていた日々から一転、ベアトリスとは手紙でやり取りをして、週に一度会えるかどうかになっていた。

 今日も一週間ぶりに会ったけど、話したいことが山ほどたまっていた。



「ベアトリス。王妃教育のほうは順調かしら」

「ええ。目の回るような忙しさよ」

「……そうなの。私と会っていて、時間作るの大丈夫?」

「もちろん。エディットとお話しないと、私はストレスで死んでしまうわ」

「まあ! 実は私もなの」



 先日ベアトリスは、ユリウス王子と正式に婚約を発表した。

 今は発表直後で、各所に挨拶周りをしたり忙しいはずなのに、そんなことをおくびにも出さずに、笑顔で私とお茶をしてくれる。


「ねえ、エディット。あなた最近あまり、『悪役令嬢エリザベス』やらなくなったわね。でも、そのままのエディットだけど、強くなったわね」

「そうなの。なぜかエリザベスの真似をしようと思っても、何も思い浮かばないようになってしまって」

「うん。エディットにはもう、そんなの必要ないのかも。……でも私、『悪役令嬢の取り巻き』でいることが気に入っていたから、ちょっと残念かもしれないわ」



 ベアトリスが悪戯っぽくそう言ってくる。

 将来の王妃様が、私の取り巻きだなんて、そんなこととんでもない。だけど……。



「いつかあなたが王妃様になったら、誰かに自慢しようかしら。『王妃様は、私の取り巻きだったのよ』って」

「まあ、それいいわね!」





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