姉の婚約者に求婚したら

月橋りら

プロローグ 

(今は何時かしら……私が死ぬまで、あとどれくらい……?)


凍えるように寒い牢の中でルシアはそう考えた。


そもそも、ここにいること自体、間違いなのだ。

それなのに、なぜ今まで気づかなかったのだろうかとルシアは疑問でしかない。


それでも、いつだって信じているーー自分の、元婚約者を。


コツ、コツ、コツ……


足音が響く。

寒いからか、随分と着込んできたその女は、他でもない、ルシアを陥れた張本人だった。


(こんな時間に、珍しい……)


消えてしまいそうな頭の片隅で、少しそんなことを考えた。


「っ、ふふ、ふふふ」


かの女は突然笑い出し、何が面白いのか、嫌味な笑みを浮かべてルシアを軽蔑するような目で見た。


「ああ、お似合いね。やっぱり、卑しいお前はこうでなくちゃ」

「……」


だんだん朧げになるその目で、ルシアは彼女をじっと見た。


「何よ、その生意気な目…!ああ、もしかして、恨んでるのかしら」


くすくすと笑い、それから顔をぐん、と近づけてくる。


「あんなに大好きだった小公爵様を取られてどんな気持ち?そして、罪を被せられたときは、どう思ったの?」


これに、素直に答えてはいけないと、ルシアはとうの昔に知ってしまう。

口を開けば「卑しい」、何かしようとすれば「汚い」、そうやって女は仮にも妹であるルシアを、虫けら、いやそれ以下のように扱った。


「…とうとう、明日ね、あんたが死ぬのは」


(ああ、明日なんだ……)


もう、何もかもがどうでも良くなったルシアは、ぼーっとどこかを見つめていた。

そしてそれに、女は「怖い」と嫌味たっぷりに言い放つ。


「最後に、何か言ってみなさい?」

「……だわ」

「え?」

「あんたなんか、地獄に堕ちてしまえばいいんだわ!」


バシン!!


その瞬間、扇子で思いっきり打たれた。ルシアの頬は赤くなり、寒さのせいでさらにひりひりする。


「ふざけないで、お前がそんなことを言う資格はないわ!!」

「っ……」

「いい?あんたはの!婚外子風情が私と張り合おうなんて、この身の程知らずがっ……!」


(もとより張り合おうなんて、思ったことないわ……)


ルシアは心の奥底で、そう叫ぶ。

だけど、もちろんそれは届かない。


「生意気ね。まあ、明日あんたは殺されるんだものーーせいせいするわ」


こんなことを言う女は、ルシアの義姉。ルシアの婚約者を奪い、さらに自演自作で自分に毒を盛ってルシアを罪人に陥れた。

さらに、小公爵のことが好きだとか言われていた皇女まで、殺そうとした、ことになっている。


ルシアは当時婚約者であった小公爵にずっと恋していたため、「恋は盲目」というように、周りが全く見えていなかった。

そして、その元婚約者が姉に想いを寄せていることすら、気づかずにーー。


あれから元婚約者は、一度も私に会いにきてはくれなかった。


義姉が去った後、ルシアはぼそっと呟いた。


「…やり直したい」



冷たい風。


断頭台には大勢の見物人が詰めかけ、ルシアの処刑を今か今かと見つめている。


「罪状を読み上げる!」


死刑執行人の一人が寒い中、声を響かせる。

本当に被害に遭ってしまった皇女様はいらっしゃらないが、皇帝はルシアを睨みつけている。


元婚約者は気まずそうに俯き、こちらを見ようとすらしない。

義姉は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


冷たい空気の中、最後に執行人は声を張り上げる。


「最後に、ルシア・フロンティア。何か言い残すことはあるか?」

「…早く、殺してください」


ルシアは疲れ果てていた。

もう全てがどうでも良くなって、そんな言葉を吐いた。

きっとそれは、史上この断頭台で死を遂げていった人たちの中で、誰よりも冷たく残酷に、そして全てを諦めたかのような発言だったことだろう。


皆があんぐりと口を開けて固まる中、ルシアだけは何も考えずに突っ立っていた。


できることなら、やり直したい。


それが彼女の、最後の望みだった。


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