第2話 医務室Ⅰ①






 何とか敵機は撃破したものの、操縦席を出るなり首から下が動かなくなってしまった。 医務室に運ばれて、主治医の逢初愛依あいぞめえいさんに「それは治るから大丈夫」とは言われたんだけど‥‥‥‥。


 その治る方法が――。





「さあ、咲見さきみさん。このほ乳瓶でミルクを飲みましょう」


 意を決した逢初さんが、真顔でそう言ってきた。顏が近い。病院の人って、みんなこうなのか?


「いや‥‥ちょっと‥‥‥‥それは‥‥‥」


 僕は戸惑う。当然だ。


「咲見さんだって、昔はこれを飲んで育ったんだから、もう一度赤ちゃんに戻ったと思えば。ね? どうですか?」


 どうですか? じゃないよ!!


「それがイヤなんだってば!! 逢初さん、何か他の方法は無いの? コップじゃダメ?」


 ‥‥逢初さんは少し困った顏をした。


「う~ん。説得失敗ね。そうだよね。イヤだよね。う~ん」




 彼女は思案顔で、小首をかしげる。


「やっぱり抵抗あるよね? 『キモイ』とか『ヘンタイ』とか、言って冷やかしてくる人はいるもんね」


「そうだよ! 絶対言われるよ!」


「でも、準々医師のわたしからお願いしてることだし、これはれっきとした医療行為、今はこれしか方法がないの‥‥」


 彼女は、僕の顔をのぞき込んできた。逢初さんの瞳が、きらりと光った。


「咲見さん、て、目がキレイ。透き通ってる感じ」


「おだててもダメだよ?」


「画的に大丈夫ってことよ。咲見さんは、少年ぽいっていうか、‥‥あどけない?」


「ミルクが似合うガキ‥‥‥‥ってこと?」


「あ~、ごめんなさい。でも、あの、ミルク飲んでもセーフなルックスですよ、って意味で、あの‥‥‥‥」


「そんなんセーフって言われてもさ。‥‥逢初さんこそ、イヤじゃないの? こんなことしなくちゃならないなんて」


 彼女は髪をさわりだす。


「それは、‥‥わたしだって抵抗はあるよ? でも、医者になったら患者さんのハダカ見たり触れたりするから、このくらいは何でもないかな。『医療人』としてはですね」


「ふ~ん。『医療人』か。――って待った!! 今、説得されてる!?」




 逢初さんは肩を揺らして、ちょっと残念そうだった。つるんとした黒髪とセーラーの胸のリボンが揺れた。


「ああ~、またもや説得失敗? う~ん。じゃあもう、EBMで行きますよ? 咲見さん」


「E‥‥何?」


「さっき省略していた部分を、イチから説明します。インフォームドコンセントです」


 満面の笑みで、距離を詰める。



「インフォ‥‥? なんか難しい用語攻撃キタ」


「つまり、わたしがキチンと丁寧に説明して、咲見くんがしっかりと理解と同意をして、その上で治療を進めていくってことですよ」


 逢初さんはベッドの背板を45度まで起こし、コップを持ってくる。


「じゃあ試しに、コップで水を飲んでみて――あ、タオルを。念のためね」


 彼女が、僕の首まわりに布をひいてくれた。柔らかなタオル地の感触が心地いい。


 その後、水の入ったコップに口をつけてみる。



「うぶっ! ゲホッ ゲホッ」


 僕はむせ返っていた。含んだ水も、少し口もとから外にこぼしてしまったようだ。


「ごめん。大丈夫?」


 のぞきこむように顔を近づけて、口もとと首を、布で丁寧にふき取ってくれた。


「ね。さっき『話はできるみたい』って言いましだけど、実は、飲んだり食べたりはうまくできないはずなの。摂食せっしょく嚥下えんげ障害なのよ。パクパクとゴックンができないの」


「言われても実感ないなあ」


「軽く見ちゃダメですよ? これがうまくいかないと、誤嚥性ごえんせい肺炎になったりするんだから」


「は‥‥肺炎!? ‥‥‥‥‥‥??」


 驚くと同時に、彼女の言動に疑問が浮かんだ。



「‥‥‥‥ていうか、難しい言葉がどんどん出てくるんだけど。逢初さんは医者なの?」


 さっき確か「準々医師」って? その質問に、彼女は居ずまいを正して答える。



「‥‥うん。あの、一応医者志望で。この戦艦の募集も、『船医枠』で選ばれてます。ただ、まだ、『若人わこうどチャレンジ試験』に受かっただけだから、お医者さんの卵の、さらにその前の段階です」



 彼女はさらっと、謙遜する感じで言ったけど、これって! 驚愕の事実だ。



「‥‥ちょっと待って。『若人わこうどチャレンジ試験』って、高三とかでやるヤツでしょ? 中学生が――受けれるの?」


「受けることはできますよ? 例えば小学生でも。だけど、医科部門で受かった中学生は、全国で10人くらいみたい。わたし以外みんな三年生だって」


 僕は絶句した。「若人チャレンジ試験」(通称 わチャ験)というのは、慢性的に人材不足の僕らの国が、若い人たちにもどんどん働いてもらおう! って考えて実施している試験だ。

 高校生くらいから頭の良い人は試験を受けて、例えばこの娘のように医学部に行きたければ、将来の進学に有利になる。チャレンジ試験の結果の10分の1の点数が、本番の医学部受験の時に加点されたりとか。


 でもこの制度のおかげで、将来設計や目標を立てる子供が激増して、大学四年になってから、「就職どうしよう? 将来やりたいこと?」とか、いわゆる自宅警備の人とかはすごく減ったらしい。


「せっかくこの戦艦に乗れたし、わたし、頑張ろうと思うの。この体験乗艦に選ばれると、内申すっごく良くなるもんね。‥‥実はもう、医師国家試験用の勉強も始めてて‥‥。その知識とかが、医師もどき、として評価されたから、何とか『医者枠』に選ばれたみたい」


 まだ続きがある! 特に成績優秀だとさっき言ったみたいに疑似免許、医師の国家資格をくれるんだよ。確か「準医師」とか「準々医師」とか。


 ――――いや、普通に凄すぎる。君は内申とか気にしなくても、帝国大の医学部を首席で受かりそうだ‥‥。


 逢初さんってそんなに頭良いんだ。同じクラスでも知らなかった。うらやましいなあ。


 そしてここに。


 人類史上初! 現役中学生にして現役の女医、という「属性のウニいくら丼キャラ」が爆誕した。


「中学生が女医のマネゴト」でも「女医がJCコスプレ」でもないからね‥‥!




 ***




「さっきから気になってたんだけど、僕になんか丁寧な言葉使ってるでしょう?」


「ハイ。それは。咲見さんとはほぼ初対面だし、今は、医療提供者と患者様の関係だし」


「う~ん。いいよ。そんなにかしこまらなくても。麻妃マッキみたいにさ、もっとフランクなしゃべりで行こうよ。この艦の中だけでもさ」


「ホント? 麻妃ちゃんみたいでいいんですか?」


「麻妃とは知り合いだよね」


「うん。じゃあ、咲見さんオッケー貰えたから、もう丁寧語はやめるね。ありがと。咲見くん」


 彼女はにっこりと笑った。



 彼女の笑顔を見ながら、ふと頭に浮かんだありきたりな質問をしてみた。


 本当に、よくある質問。





「逢初さんは、なんで医者になりたいの?」





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