第1話 新兵(ベイビィ)④






 自機が無事戦艦に収容された。整備用のハンガーに移動して固定をする。


 良かった。戦闘の次に緊張するのが、この着艦なんだよね。


 DMTの操縦室のハッチを開くよう操作し、エンジンをアイドル状態にする。


 甲高いモーターの駆動音と共に、操縦席のハッチが上下に割れていく。幾重にも折り重なった特殊装甲が、解かれて展開していくんだ。



 ――その向こう、艦内の整備エリアの連絡橋に大勢のシルエットが見えた。6、7人いる?

 この戦艦に同乗する、例の女の子たちだ。みんな、それぞれの学校の制服を着ていた。


 何のために? は愚問か。みんな、初陣を飾った僕を出迎えに来てくれたんだよ。


 僕の予想は自意識過剰とかじゃあなかった。操縦席に僕の姿をみとめると、女子たちは誰ともなくパチ‥‥パチパチと拍手をしだしてくれて。



 自分の初陣にしては大げさだと、素直に感じた。


 改めて言うけど、この戦艦「ウルツサハリ=オッチギン」は、僕以外は全員女子。たった16人の中学2年生で運航されている。その内の7人が、わざわざDMTデッキまで「お迎え」に来てくれている。


 コックピットハッチはもうすぐ開き終わる。連絡橋の女子たちはまだ拍手をしてくれていた。


 僕はシートベルトを外しながら考える。「いやあ、まいったなあ」と口もとが緩むのを慌てて噛み殺して。


 だってさ。


 ただでさえ男子ひとり女子15人、艦内は女子校みたいな雰囲気なんだ。あんまり調子に乗った行動はしない方がいいよね。「イキってる」とか思われたくないし。


 でも、みんなそれぞれ艦内の持ち場があるのに、7人も集まってくれてるし。――そうだなあ。右手で応えながら寡黙に通りすぎる。‥‥うん。これでいこう。正直気恥かしいしね。


 そういえば麻妃が、「みんなで応援してた」とか言ってたなあ。後半の戦いが若干グダグダだったし、そんなに褒められてもハズいので足早に立ち去ろう。


 なんて考えて目線を足もとに落しながら、タラップに軽快に駆けあがった。


 ‥‥‥‥つもりだった。




「ふしゅう」

 変な息が口から洩れて。




「待って! 咲見さん!」



 艦長の子が叫んでいた。刹那。



 ズダン!! 両目から雷が出たみたいになった。気がつくと、僕の顔前には、鉄製の床があった。




 居並ぶ女子の目の前で、僕は――ハデにコケていた。

 うわ!? うわ!! カッコ悪! ‥‥最悪だ!





「痛ってて‥‥ぐぐ」


 走る痛みに声をあげてしまったけれど、慌てて奥歯で嚙み殺す。すでに死ぬほど恥ずかしいのに、この上痛がるとか出来ないよ。



 顎と体中を痛打していた。呻きながら目だけで周囲を窺うと、あの女子たちが駆け寄って来る。



 うう。やめて。痛いけどそっとしといて。

 この上女子に助けられたら、「恥ずかしい」に「情けない」上乗せレイズで黒歴史確定だ。




「大丈夫? 咲見さん?」


 いや、大丈夫だし。


「咲見さん? 立てる?」


 そうだ。サッと立ち上がって、せめてノーダメージだけでもアピールしよう!



「‥‥」



 倒れた格好から、慌てて体を起こそうとして。



「‥‥‥‥!」



 四肢に力を込めて。



「‥‥‥‥?」



 立とうとして。



「‥‥‥‥!?」



 あれ? 立とうとしてるんだけど。



「‥‥‥‥‥‥‥‥!!」



 僕は、自分の体の異変に気がついた。




 首から下が、全然。少しも。1ミリも。





 動かない。











 一体何が起こったのか‥‥‥‥え? 動かない? 何で?


 もしかして、一生とか?



 一瞬怖い想像をして、心の底から震えあがった所で、艦長の子が声をかけてきた。


「咲見さん。落ち着いてね。大丈夫。大丈夫だからね」



「!?!?」


 一瞬その「大丈夫だから」って言葉に食いつこうとしたら、まわりの女の子たちによって仰向けに体位変換された。戦艦の中、DMT整備デッキの天井照明が眩しい。


 と同時に、展開した愛機のハッチをずるずる動く黒い影も視界に入る。


「あ? ‥‥あれ」


 お笑い芸人のコントみたいに、バサッと上から降ってきたのは。


 戦闘中についた汚泥だった。


「「きゃあああああ!!」」


 一斉に僕から女の子たちが逃げ出す。



「‥‥‥‥手順マニュアル守れよ。新兵ベイビィ


 呆れ顔の整備班長に怒られた。帰投した時に機体洗浄を忘れたんだ。森林地帯。Botとの戦い。機体に付着していた泥が、コックピットハッチを開けたことで落ちてきたんだよ。今ごろ。

 ちょうど操縦席を出たトコで倒れたから、ひさし状に開いたハッチのヤツが‥‥‥‥ね。


 初陣に勝っての油断とはいえ、このタイミングか‥‥‥‥!

 頭から胸まで。動画だったら3方向から3回「ぎゃ~」って映像流すヤツだ。


 動けない僕は当然逃げることなんてできず、すべてを受け切り泥まみれになり。

 逆に駆けよってくれてた女子は逃げ散ってしまった。



 ちょっと調子に乗ってからの、地獄。



 最悪‥‥‥‥だ。



 いや、別に。いいよ。今まで特別モテたこともなかったし。



 僕の人生、‥‥‥‥こんなもんかな。‥‥‥‥ははは。









「‥‥すみません。‥‥空けてください。どうか」


 操縦席から出てすぐのところで泥まみれの僕。連絡橋まで引いてしまった女子たち。


 その女子たちの後ろから、遅れて誰かがやってくる気配が。ちなみに泥で目が開かない。


「じゃあ、AEDは不要でしたね。いえ、一応備えてたので。‥‥あ、道を」







「咲美さん。あら‥‥‥‥泥だらけよ?」



 うっすら開く視界を、もう少しがんばって開けてみる。



 女子の間から分け出てきて、大の字に寝る僕の視界に入ってきたのは、裾の短い白いジャケット風の白衣。


 そしてその隙間から見える、胸元の水色リボンが特徴的な紺色と白の夏用セーラー服。同じ紺色のプリーツスカートは膝上の長さで、そこから白い脚が露わになってた。


 仰向けに倒れたこの角度からだと、目のやり場に困る。





「あなたを担当する準々医師の、逢初愛依あいぞめえいです」



 これが、彼女との出逢いだった。僕にとっての。事実上の。



「失礼します。‥‥‥‥あの」


 医療道具と思われるバックを置いた彼女は、艶やかな黒髪と透き通るような白い肌、整った顔立ちに実に大きな黒瞳をしていて。





 ここで、彼女は予想外すぎる行動をとる。




 傍らに正座したと思ったら。




 泥だらけの僕をぎゅっと抱きしめ、耳元でそっとささやいたんだ。



「‥‥大丈夫‥‥安心して。わたしが何とかするよ。‥‥あなたはみんなのためにがんばってくれたんだから、それに報いなきゃ、ね?」








「‥‥咲見さん。‥‥みんなのために戦ってくれて」


「‥‥本当に、ありがとう」





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