第1話 新兵(ベイビィ)②




 その人型兵器は、肩高15メートルの機体をゆっくりと起こすと、頭部カメラがBotを視認する。


 僕は操縦席の全周囲、壁一面のモニターを見ながら、敵を中央に据えて槍を構えた。


 愛機は黒鉄色の骨格に白銀の装甲、左手は巨大な四角盾と、右手には自身の身長の2倍はあろうかという長さの、長柄の槍を装備している。



 中型クラスの人型戦闘兵器

 DeaMETERディアメーテルだ。



 バババッ!!


 Botが3条のビームを発射した。白銀の巨人は避けるでもなくそれを肩で受け止める。命中したビームは装甲の表面で弾かれて、光の粒子が巻き上がった。



「みんな! 大丈夫?」


 僕はビームのダメージがないこと――シールドバリアの機能を確認しつつ、クルーザーに声をかける。


 見上げるほどの白銀の巨体の、その大きな、壁面のような背中で敵から庇う。


 ――と、僕のインカムから一斉に黄色い声が溢れてきた!



「あ、あのう、あ、ありがどうござ‥‥」

「ナイスフォロー! 暖斗さん助かったよぉぉ」

「ちょっと、ちなみさん。いちこのセリフに食い気味に来ないでよ!? ほら、いちこ。ちゃんと咲見さんにお礼言いなよ?」

「え~。ちなみが悪いのぉ? 詩女うためちゃぁん」

「いいから折越さん、運転」

「そう。まずは安全圏まで行くっス。ここじゃあ咲見さんが戦えないっス」




 目の前のBotを牽制しながら、5人の女子たちのそんな声を耳だけで聞いて。



 クルーザーがこの場から十分に離れて行くのを確認して、僕はあらためて槍を構える。Botは「3機現れた」と聞いていたけど。今視認できるのは目の前の1機だけだよ。




「暖斗くん、他に2機いるけどまだ距離がある。合流される前にコイツを叩こうゼ☆」


 あの5人とは違う鼻にかかった声。灰色の3 メートルほどの球体、麻妃マッキが操るドローンが、僕のDMTの右側にフワフワと降りてきた。


 これが僕のDMTをサポートするドローン。球形なのはBotとちょっと似ているけど。



 麻妃のサポートドローンは、DMTのまわりをつかず離れず浮遊する。



「う~ん。侵入角度は100点満点。AI最善手だよ。上手くクルーザーを逃がせたゼ☆」

 麻妃は少し呑気な口調で言った。



「じゃあ、暖斗くんの初陣ということで。シミュ通りにやってみようか?」

「うん」


「重力子エンジンは異常ない?」


「OK。正常出力だよ」


「よっし。じゃあ、回転槍サリッサ刃部じんぶ回転を始めるよ? シールド残量はアナウンスするから」


「わかった」



 ゴリゴリゴリ‥‥‥‥ガリガリガリガリ‥‥‥‥


 僕の答える声と共に、回転槍サリッサの回転が始まった。「サリッサ」というのはDMTが持つ長柄の槍の名称だ。長い柄の槍で、その先端に半透明の三角錐、先が尖ったドリル――刃部じんぶを持つ。複雑な多面体の角に刃が付いていて、そのドリルを回転させながら、戦闘は行われる。


 Botがビームを撃ってきたけど、上手く躱した。

 その間に、サリッサの切っ先はスピードを上げていく。


麻妃マッキ。まだ?」

「もうちょい。もうちょい回避してて」


 さらにビームを掻いくぐる。そんなやり取りの間にサリッサの刃部はその回転を増して。


 ゴリゴリ‥‥ガリガリガリ!


 周囲に独特のモーター音が低く響き渡る。


「よしキタ。暖斗くん、シールドバリア残量十分。サリッサ刃部の回転数が規定値を超えた。OKだゼ!」



 僕はドリル状の刃先を水平に構え、敵を見据えて深呼吸する。


「了解。‥‥‥‥突撃アサルト!」


 スロットルを強く踏み込む。DMTが地面を蹴って突進して周囲の景色が風に溶けていく。


 ガギィン!!


 画面の敵機が一瞬で大きくなる。繰り出した槍がビームをかすめ、敵の装甲のいくつかある溝、スリットの暗がりのひとつを捉えた。

 操縦席の視界が一瞬爆炎で塞がり、それが晴れると、大きく装甲を削られたBotが目に入ってきた。切削粉塵が白い煙となってたなびいていた。


 僕は操縦桿を握り込み、そのままドリル状の槍先に力を込めていく。


「おお! 暖斗くん、芯を食ってる。いい感じ!」


 敵機からバチバチと火花が飛び出てきた。回転する刃が複合樹脂の装甲を研削して、さらに内部骨格に届いた証だ。金属を削る火花が、まるで噴き出る血潮みたいに四方に飛び散っていった。



「うおおお!!」


 さらにもう一段、槍を突き込む!


 内部を大きく穿たれたBotは力なく地に落ちて、装甲の合間、黒色のスリットから漏れていた光も消えた。




 1機撃破だ。敵の残骸からサリッサを引き抜く。と同時に、麻妃の声がした。


「2機来てるよ! 5時の方向!」


「了解!!」


 振りかぶったら間に合わない! 咄嗟に引き抜いたサリッサを水平に薙いだ。右後ろの方向だ。



 赤紫の槍先が一閃!! 


 背後から近づいていたBotはその槍先に打ちのめされ、岩壁に激突する。




 Botというのは、AI搭載の移動兵器、「考えて動ける地雷」だよ。あらかじめ入力された行動パターンに沿って動く。全長6メートルという大きさから見て、これは小型のタイプ。


 先の大戦で、僕らがいるこの島には大量に敷設されてしまっている。

 そして、普通に戦えば、この中型クラスのDMTに敗ける要素はないんだけど――。




「3機目は7時。距離とってるよ。砲撃注意」



 麻妃マッキが的確に情報をくれる。幼馴染なんで呼吸は合うし、何より気を使わなくっていい。


 3機現れたBotの内、最後の1機は僕に近接せず、一定の間合いでフワフワと浮いたままだった。1機目が予想外に早く落とされたので、敵搭載のAIが消極的な選択をしたのかもしれない。



 やっぱりだ! 3機目は麻妃の予想通りビームを放ってきた。僕は左右に機動して光弾を躱していく。何発かは盾や本体に命中したけれど、「シールドバリア」という装甲の表面を覆う対光学防御兵器で、表面で弾かれて光の粒子に変わった。



 砲撃を避けながら上手く3機目のBotに近づいて、回転槍の一撃を入れる。



 バギン!!


 装甲の隙間にあるスリット――Botの急所に槍を打ちこむと、内部機器を四散させながら黒煙が上がった。




「ビームによる装甲損傷なしだよ。うん、これはイケそうだね。さすが暖斗はるとくんだ」


 麻妃マッキの弾んだ声が、耳のインカムから入ってくる。


「バリアがちゃんと機能してて良かった」


 僕もほっとした口調で答えた。



 あ~。良かった。こっそり胸をなでおろす。


 戦艦に乗る16人のメンバー。その中で男性、そしてパイロットは僕ひとりしかいないんだよ。何でか知らないけど。

 だから、僕が負けるわけにはいかないんだ。


 母艦を。女子のみんなを守るために。



 って密かに決意を新たにしたところで、通信用のインカムから声が入ってきた。

 麻妃マッキの声だ。



「なんかさあ、母艦の方で盛り上がってるゼ☆ 『#暖斗くんカッコイイ』とかで」





 うえっ!?





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