ベイビーアサルト ~撃墜王の僕と、女医見習いの君と、空飛ぶ戦艦の医務室~

いぬぅと※本作読んで作者への性癖認定禁止

第1話 新兵(ベイビィ)①





 中2男子にとって「こんなの死んでもイヤだ!」って罰ゲームは何だと思う?


 で、もしもだよ? 僕が仲間を守るために巨大人型兵器に乗って、敵機を全機撃破したとして。


 それで帰艦したら、その罰ゲームをやる羽目になった、とか?



 僕は、どうしたらいい?


 僕、咲見暖斗さきみはるとは今、こんな状況下にある。





「あの‥‥水、飲ませて貰っていいですか‥‥」


 医務室のベッドの上で、僕は弱々しくこう言った。僕の目の前には、ベッドに組みつけの小さなテーブルがあり、そこには水の入ったコップが置かれている。


「は~い。お水ね」


 するとバックヤードの死角から、白衣を着た女子が現れる。コートみたいな形だけど裾の短い、襟付きの白衣。


 彼女は僕の目の前のストローの刺さったコップを持ち上げると、笑顔のままそっと僕の口元に寄せた。



「上手に飲めるかな~?」


 僕は、顔と顎をできるだけ突き出して、ストローをくわえて。



 ――白衣の女の子の気配が近い。目線をコップに固定して、飲む事に集中する。餌をつつく鳥みたいな仕草で、ストローに首を伸ばす。


 僕の両手は動かない。重力に従って未だベッドの、白いシーツの上だ。


 下を向いていたから、彼女のジャケット型の白衣の隙間からのぞく、セーラー服と胸のリボンが見えてしまった。よく見慣れたリボン。――だって、僕と彼女は同じ中学の同じクラス、なのだから。



 おっと、飲む事に集中。でないとむせてしまうんだった。



「あ、飲み終わった?」


 そう言いながら、彼女は僕の口まわりを布でそっと拭いてくれた。柔らかくて何かいい匂いがするタオル。‥‥慌てて胸のリボンから目を逸らした。



「ありがとう」

「いえいえ」


 右耳のすぐ上あたりで声がして、僕はぞくっとする。

 きっと、僕が体をぐいっと傾けたら、僕の頭は彼女のほっぺた辺りに当たるんだろう。


 ――まあ。「動かすことができたのなら」‥‥‥‥なんだけどね。




 ***




 話は2時間前にさかのぼる。


 僕の相棒、岸尾麻妃きしおまきが操縦するドローンが森を飛び回り、木々の中腰を下ろす5人の人影を確認する。




 紘和60年7月29日(月) 午後14時11分。



 緑深い森と、なだらかな草原が広がっている。湿気を含んだ島風が吹いている。


 ドローンカメラからの映像がモニターに映し出される。僕は、肩高15メートルの巨大人型兵器、DMTディアメーテルの操縦席に深く腰掛けていた。



 モニターが映すその草原の一角、森と草原の境界に、人影が5つ。十代半ばくらいの女の子たちだ。みんなそれぞれ、その中学の制服姿だよ。彼女たちはみんな腰を落として、一心に足もと一面に広がる植物を採っては、傍らのカゴに入れていく。


 菜摘みだ。初夏の日差しはもう強い。手をかざして日陰を選びながら、せっせと手を動かしている。強い陽光が降り注いで、風が木々を揺する音と、小鳥のさえずり、それしか聞こえない、のどかな風景だった。


「暖斗くん。いつでも出れる準備を」

「わかってるって。麻妃マッキ


 僕が麻妃マッキと呼ぶのは同じ中学の同級生。そして幼馴染でもある岸尾麻妃きしおまきのこと。全長3メートルほどのドローンを遠隔操縦で操り、人型兵器である僕のDMTをサポートする役割だ。


 今は地上に降りた「菜摘班」の女の子たちに危険がないか、その頭上を周回していて。


 僕は万が一の時のために、母艦の発進口でスタンバイをしているんだ。





 ドォォォォォン!!




 遠方で大きな音がした。DMTの外部マイクも拾った、長く響く音だ。5人の女子はうさぎのように一斉に顔を上げて、不安げに顔を見合わせる。森のほう、木立の隙間から、音のした方角に土煙が立つのが見えた。


「逃げようよ!」


 ひとりがそう言った。マイクが不安げな声を拾う。


「Botが出たのかな」


 もう1人が続けて言った。



 彼女たちは一斉に森を離れ草原側へ走り出す。その先の緑の中に、全長10メートル程の白亜のクルーザーがあった。


「急いで」

「早く早く」


 5人が乗り込むとしばらくしてエンジンの起動音がした。滑らかな駆動の旋律と共に、クルーザーは空中に浮かびながら動き出す。


「暖斗くん!」

「了解。発進する」


 麻妃から降下ポイントの指示があり、戦艦側のオペレーターからも許可が出る。

 シグナル オールグリーン、ってやつだ。



 僕はそれの確認をして、発進口の、戦艦の分厚い装甲が外側に展開していくのをモニターで見る。


 その向こうには、美しい山野。青空と海と大地が見えた。


 人型兵器DMTは機体各所の浮遊装置フローターを起動する。機体の足が浮いて接地感が薄れるのと同時に、僕はその美しい山野に自機を躍らせていた。



 その間にも麻妃のドローンは逃げるクルーザーを追い続ける。

 快調に加速し、森の中を駆け抜けようとしたその刹那。

 

 クルーザーの後方の草木が弾け飛んだ。


 先ほどの音と煙の正体、「Bot」がその姿を現した。



 Bot、AIで自立思考する「考えながら動く地雷」だ。


 ――全長6メートルほどの球形、クリーム色の樹脂のような装甲、本体下部から十字四方に金属製の四角柱が伸びていて、その先端には浮遊装置が取り付けられている。その浮遊装置で木々の合間をフワフワと浮遊しながら、メインカメラで逃げるクルーザーを捉え、追いかけていく。



「やばいよ。追いつかれる」


 Botがクルーザーに迫る。その球体から金属製のアームを伸ばし、その先鋭な腕先をクルーザーに向けて伸ばしてくる。



「きゃあああ!」


 Botの腕がクルーザーに届こうかというその刹那、巨大な槍がBotの腕を払った。




 響き渡る轟音と飛び散る砂礫。





「させないよ。この子たちを守るのが、僕の任務なんだから!」


 その轟音の中心で、僕の駆る巨大人型兵器が、二者の間に割って入っていった。





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