第30話『あの日見た虹 黄』

【黄色、ユキちゃム】

 お酒を飲むと、心の痛みを忘れられる。でもそれは一瞬のことで、後でもっと強い痛みになって、更に自己嫌悪がプラスされることが分かった。

 昨日は飲み過ぎちゃった。朝なんて顔が浮腫んでて最悪。今日は私だけ呼び出し。怒られるのかな。 「昨日言おう言おうと思っていたんだが……」

 来た。やっぱり。

「ソロデビューが決まった。しかもデビュー曲は映画の主題歌だ」

「本当ですか?」

 やったあ!よーし頑張るぞ!


「映画『あの夏の向日葵と彼氏と私』をご覧いただき誠にありがとうございます。では出演のみなさんから一言ずつお願いします。主演の永橋あゆみさんからどうぞ」

「はい、今回は7年前と7年後の演じ分けが非常に難しかったです。特にダイエットがとても辛かったです。ヒロインの心から現れる細かい描写にもこだわって演じましたので、良かったらぜひ二度三度足を運んで見て欲しいです。本日はありがとうございました」

「では共演の里見健登さんお願いします」

「はい、タイトル通り向日葵畑のシーンがいっばいあるんですけど、なかなかピーカンになってくれなくて。撮影出来ない日は、あゆみちゃんやスタッフさんと水鉄砲で遊んだり、花火をしたり、とにかく楽しい現場でした。その分映画もとてもね、良いものになりました。こんな恋してみたいですね。本日はありがとうございました」

「では最後に主題歌を担当された折原有希さんお願いします」

「はい、私は完成した作品をプレミアショーで初めて観たんですけど、本当に切なくて何度も泣いちゃいました。特にラストの私の歌のイントロが始まるところで、もう涙腺が崩壊してしまってブワーッて。こんな素敵な作品に関われて本当に良かったです」

「はい、ありがとうございました」


「おつかれさまです」

「おつかれさまです。この後はFMトーキョーでラジオ番組のゲスト出演、その後ニジドリに合流して『ドリームプラネット』の初披露です。食事は申し訳ないですけど移動中の車内でとっていただきます。何かご希望はありますか?」

「普通のお弁当とお茶で大丈夫です。私好き嫌いありませんから」

 この人はマネージャー代わりについてくれている入江美咲さん。普通のOLをしていたみたいなんだけど、「アイドルに関わる仕事がしたい」と突然思い立ってベリージャムに転職したみたい。私の3つ上とのこと。

 普段は私一人で移動なんだけど、今日みたいに分単位でお仕事が入っていたり、他のメンバーの現場に社長や真紀先生他が全員出払っているときは、入江さんがついてくれる。なんか、ザ・芸能人って感じ。

「入江さん自身はアイドルになろうと思わなかったんですか?」

「ええ?そんな大それたこと考えませんよ」

「入江さん綺麗だし、スタイルいいし、運動神経も私なんかよりあると思いますよ」

「いえ、私地味子なんで無理ですよ」

「私だってただのアイドルオタクからのスタートですよ。アイドルってみんなに愛されてる内に徐々に輝きを増していくんだと思いますよ」

「私はみんなじゃなくて、一人だけ私を見てくれる人がいれば充分ですよ。誰かいい人いないかなあ」

「ドリーマーから『あのかわいい子誰?新メンバー候補?』とか『入江さんとチェキ撮るにはどうしたらいいの?』ってよく聞かれますよ」

「え?本当ですか?」

 数年後、入江さんはお家の事情でベリージャムを辞めてしまった。最後の日に社長の計らいで『限定10枚入江さんチェキ券』が販売された。カカシたちから花束を渡された入江さんはちょっぴり涙ぐんでいた。


コンコン……

「はーいどうぞー」

 高梨社長だった。

 春のツアー、限定ユニット。そして……。

「澪が30歳になる。契約通り澪はそこで卒業だ」

 えっ?ってことは……?

「代わりのメンバーを入れようかと考えたが、俺には澪以外のメンバーがいるニジドリがイメージできなかった。この七人じゃなきゃダメなんだ。さんざん考えた末の結論だ。虹色ドリーミングは『解散』する」

 みんな感情を押し殺すように黙っている。

 ふいにカレンが手を挙げた。

「……すみません。提案があります」

あ!カレン!


 ツアーのチケットは全会場即完だった。

 長かったツアーも今日が最終日。

 Zepp東京のステージに立つ最初の、そして最後の機会。

「折原『ユキ』です」

「平『月』ゆりです」

「安達杏『花』です」

「私たちツアー限定ユニット、『雪月花』です」

「聴いてください『桜花舞い散る月の夜に』」

≪桜花舞い散る月の夜 忍び寄る影 静かに揺れる

風に乗せた想い届けたい 君の心にそっと触れたい さあ咲き誇れさあ狂い咲け 未来へ続く道を行こう 夢幻の世界で踊り明かそう 桜花舞い散る月の夜に≫

 パチパチパチパチ……暗転。私たちは楽屋でニジドリ衣装に着替える。入れ替わりに残りの4人のコントコーナーが始まる。

「ではラストはこの方です、どうぞー」

≪デッデンテンテン愛しさとせつなさと糸井重里ージャカジャン≫

「ありがとうございましたーではCMです」

「これ一個でかんたんキレイ!ブルーレット小椋佳!」

「人形は顔が命、お内裏様とお雛様ー二人並んでスガシカオー」

「いいかげんにしろ!怒られるぞ!」

「どうもありがとうございましたー」

 また暗転。七人整列。後ろのスクリーンに映像が流れる。これはツアーファイナルの今日だけの演出。

『通運会館の踊り場で申し訳なさそうにフライヤーを配る私たち』

『渋谷グラッドでのデビューライブ、揃っていないダンスで歌う夢のレール』

『新宿ジーコにて、日曜のトッパーで誰もいない客席に向かって歌うレレレレインボー』

『まだ生誕祭ができるほどお客さんを呼べなくて、楽屋で小さなケーキを囲んでお祝いする私たち』

『秋葉原虹色カフェオープンで、20人くらいのお客さんの前で歌うドルビーサラウンド』

『シネマ倶楽部のステージの階段から登場しようとして、間に合わずに階段で歌うホワッツアップトウキョウ』

『みんなでパラパラを踊るThe遊路美糸』

『初めてのワンマンで100人集まった四谷トータスで歌うファイナルアタック-ととめの一撃』

『巻いてある掛け軸の紐を引くと、メジャーデビュー決定と書かれていたシーン』

『私の生誕祭で、リフトされたユキちゃむズにマイクを向ける私』

『絶対ドレスは嫌だと言い張って、青のパンツスーツで迎えたアオイ様生誕祭』

『キョウカちゃん生誕祭でたくさんの風船の中、メンバーとドリーマーが一斉にジャンプするシーン』 『O-EASTで全員の拳が挙がるシーン、泣きながら抱き合って喜ぶ私たち』

『大勢の人が見守るTIFのステージで、これ以上ないくらい上体をそらして叫ぶアオイ様』

『1000本の薔薇を持ちきれなくなっているカレンの生誕祭』

『特注の流れ星があしらわれたドレスで、珍しい水色の薔薇の花束を抱えているミオタン生誕祭』

『自分でアンコールをするリナチーを見て爆笑する私たち』

『ダイバーシティオブセブン初披露で、みんなでタオルを回すユリポン生誕祭』

『ダイバーシティのステージでポーズをキメる私たち』

『ベースをやれって言われて驚くアオイ様』

『ドリームプラネットで三回転ターンをキメるキョウカちゃん』

『真夏のアルタイル初披露でなぜか突然泣き出したミオタン』

『さいたまスーパーアリーナで歌うHYPER BOUNDARY』

『ツアー中好評だったミオタン、アオイ様、カレンとリナチーのコント』

『横浜で歌う桜花舞い散る月の夜に』

 そしてタイプライターで打ち出されるように一文字ずつ表示される数字。

 2、0…………。

『20XX.11.04』

 会場は水を打ったように静まりかえっている。これから起きることを予感した人、前から覚悟をしていた人、みんな耳を澄ましている。鼻をすする音も聴こえる。

「20XX年11月4日。私たち虹色ドリーミングは……」

『7人全員卒業します』

 …………。

「最初は『解散』という話でした」

「でも、今観てもらったように私たちが作り上げてきたものを、全てなくしてしまっていいのか」

「もしかしたら、いつか私以上に輝ける7人が集まった時、この続きを歩んでくれるかもしれない」

「その時のためにニジドリを残そう」

「だから全員『卒業』することにしました」

「この日行われる卒業ライブは配信などでも観られます。でもできれば……直接その目で見届けに来てください。会場は……」

『日本武道館です!』

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