第29話『あの日見た虹 水』

【水色、ミオタン】


『天野澪@ニジドリ水色リーダー、コラム連載中読んでね

今年の目標は本を読むことです。っていっても何から読んでいいか分からないから、おすすめがあったら教えてね』


 有名な週刊誌で、毎週1ページのコラムを連載することになった。嬉しいけれど、私が好きなものってネトフリの韓流ドラマとインド映画ぐらいだから、ネタを集めるのに本を読んだり、色んなことを体験しようと思った。

「以上、私たち虹色ドリーミングでした、ありがとうございました」

 さあ、今日のチェキ会もたくさん並んでくれるといいな。ミオタンメンはお話が面白いからとても刺激になる。

 今日も鍵開けはあの人。みんなライブ後にゆっくりドリンクを飲んでから列に並ぶんだけど、あの人やカカシはライブ前に飲んでるって前に言ってた。お気に入りはレッドブルウオッカらしい。すごく高まるらしいけど、私はまだ飲んだことがない。

「ニジドリ、チェキ会始めます、よろしくお願いします」

 ドリーマーだけじゃなく、他所のファンもみんな拍手してくれる。これアイドルライブのマナー。

 あ。ニジドリ券三枚持ってる。同時?いや一枚だからループか。

 あの人はポーズをいつも私に任せる。今日はハートにしようかな?以前に、他の人とハートをやってたら「嫉妬する」ってかわいいことを言ってた。

「ハートでいい?」

「うん、じゃあ大きいハートにしよう」

 指ハートが小さいハート、あと普通のハートと、大きいハートがある。4人だともっと大きなハートもできるけど。二人でウルトラマンの光線のようなポーズをして、下は角度、上は丸みをつけたら、ほら大きいハートに囲まれた二人の出来上がり。

「今日はね、三つ編みを巻いてみたの、どう?」 「うん、スターウォーズのレイア姫みたいでかわいい」

「レイアヒメ?この髪型好き?」

 私は会話の中でできるだけ「好き」って言ってもらいたいタイプ。だって言われたら嬉しいんだもん。でも時々やり過ぎて『好き好き合戦』になることもあるけど。

「うん、好き」

 やった。たまに『すち』とか『すこ』とかで誤魔化すけど、今日は無事に『好き』ちょうだいしました。

「これおすすめの本。付箋が貼ってあるから番号順に読んでみて」

「うん、ありがと」

「あと……『たぶん』『しばらく』会いに来られないと思う」

「えっ……どのくらい?」

 ピピピピ……

「詳しくは本読んでみて、今日はあと二回ループするから」

「ミオタンお渡しでーす」

「うん」

 しばらくってどれくらいなんだろう。二日に一回とか三日に一回だったらやだな。今までほぼ毎日会ってたのに。

 二周目のチェキは、実際には手を繋げないから、手を繋いでいるように見える感じで、デート風のポーズ。

「今日イチ盛れたかも」

「うん、盛れてなくてもかわいいけどね」

「イーグル、しばらくってどれくらい?」

「んー、もしかしたら一年とか二年とかかなぁ」

 えーーーー?そんなぁぴえん。

 三周目はハグする手前のポーズ。たまにやるんだけど、見つめあっちゃうとちょっと照れちゃう。実は前のバレンタインデーのポッキーあーんチェキの時に、あの人の唇にちょっとだけ触れてみたことがある。

「じゃあね」

「うん」

「またね」

「うん」

 ピピピピ……

「ミオタンお渡しでーす」

「好き」

 珍しくあの人の方から言ってくれた。

「うん、私も好き」

 こっそりハイタッチしてお別れ。元気でいてね。必ず帰ってきてね。言い足りない言葉を手のひらにのせる。


 帰宅してメイクを落として部屋着に着替えたら、いつもはドラマを観るんだけど、今日はあの人がくれた本を読もう。袋に入っていた文庫本は全部で五冊。番号順って言ってたから1番から。 ……………………。

 なるほど。女の子が行方不明になって、次々と事件が起きるお話。ミステリー?この作家さんの文章って読みやすくて、スラスラ頭に入ってくる。

 あっ!私と同じ名前の子が出てきた。

 結局三日かかって読み終わった。意外な展開で面白かった。

 次は2番。2番から4番は似たようなタイトルだから、シリーズ物かな?1番と同じ作家さん。あの人がお気に入りの作家さんなのかな?

 内容は剣道少女が出てくるアオハル物。この主人公二人ってアオイ様と有希ちゃんって感じ。こうやってイメージすると楽しい。あっ!ちょっとだけど、また私と同じ名前の子が出てきた。

 面白くて一気読みしちゃった。これは続きが楽しみ。

 なるほど。タイトル通り次の学年になって……あっ!私も同じ学校に入ってたくさんしゃべってる。新しいライバルの美少女はカレンのイメージ。有希ちゃんとカレンの夜の決闘シーンが意外だった。  次は私が反抗期?どうしちゃったの私。あっ!そうか。そういうことだったんだ。えらいぞ私。がんばれ私。そして全国大会のアオイ様と有希ちゃんの決戦。アオイ様とカレンの決戦。そうか、本を読むって自分の頭の中にドラマや映画を作って観るのと同じ感じなんだ。そうすると文章に書かれてない人物の表情とか気持ちも伝わってくるし、台詞をしゃべっている声も聴こえてくる感じ。これが本を読む楽しさなんだ。

 5番は有名な作家さん。主人公は男の人。ちょっと難しい表現とかおしゃれな台詞が出てくる。この男の人の半生記みたいな感じなのかな。

 あっ!この女の人の台詞。あの人が言ったのといっしょ。『たぶん』と『しばらく』。二人はどうなるの?


 そうか。分かった。

 あの人は私にまず本を読む練習をさせたんだ。登場人物に感情移入しやすいように、私と同じ名前の子が出てくる読みやすい本を選んで、物語を映像でとらえられる練習をさせたんだ。

 あの人が本当に言いたかったことが書かれているのは最後のこの本。主人公の男の人が私で、ヒロインの女の人があの人。私がお店で、あの人がお客さん。私はあの人に対して来店を強要できないし、あの人が来るのを待つしかない。そんな関係でも二人は心の中では強く求め合っている。私も。私もこの主人公と同じ。そしてあの人も全てを捨ててもいいくらい思ってくれている。

 あの人が行ったのが国境の南だとしたら、あの人は必ず戻ってくる。

 でももし太陽の西だったら。

  いつもの年より暑い夏が長く続いた分、冬の寒さは辛かった。きっとこの寒さは気温のせいだけじゃないと思う。そして辛い冬が明けたある日。

「澪。今日事務所にこれが届いたぞ」

 高梨社長が持ってきたそれは。

「そういえば今日七夕だ」

「いやまて、澪。今日は3月14日だぞ」

「やったぁ。今年も無事七夕キター!ミオタンもちろん分けてくれるんだよね?」

 社長は首を傾げた。

 これが来るということはあの人はどこかで生きてる。あの人が行ったのは国境の南。絶対帰ってくる。

「あ、澪。コラムを読んだラジオ局のプロデューサーから番組のオファーが来てるぞ、日曜夜10時からの30分番組レギュラー。受けるか?」

「はい、やります。やらせてください」


『天野澪のスカイラブ♡ラジオ』

「はい、みなさんこんばんわ。ニジドリリーダーむちむちぽんこつマイペース水色担当の天野澪です」「ニチブン放送のアナウンサー、ミオさんのお目付け役井上久実です」

「久実ちゃん今週もよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「それではさっそくこのコーナーから」

『ミオタンへの挑戦状!』

「はい、みなさんから送っていただいた早口言葉に私が挑戦するコーナーです。では行きましょう!まずリナックスさんからの挑戦状。宇宙戦艦ヤマトとガンダムのキャラクターだそうです」

(ってこれリナチーじゃん。えーと)

「いきます。スターシャサーシャシャアしょうシャ!言えた」

「いえ、ミオさんアウト!しょうしゃになってました」

 あれ?言えたと思ったのに。

「次いきます、たらこくちびるさんからの挑戦状」

(えーと、カエルプクプクミプクプク合わせてプクプク厶プクプクか)

「カエルプクプクミクプクプ合わせてプクプクミクプププ!」

「アウトー!」

「最後はホタテ貝柱さんからの挑戦状」

(七生麦七生米七生卵!?これは難しいぞ)

「ななななぬぎ、ななななもげ、ななななたなご!これは言えないよー」

「言えますよ。なななまむぎなななまごめなななまたまご!ほら」

「さすがはアナウンサー。ではここで一曲。私が作詞した曲です。虹色ドリーミングで『真夏のアルタイル』」

≪あなたに会いたくて 私は夜空を見上げてる 私はこと座 あなたはわし座 二人の距離は遠すぎて メールをしたって返事は29年後 でも一年一度 銀河を超える奇跡 あなたはアルタイル わたしのアルタイル カササギの橋を渡ってゆこう あなたはアルタイル わたしのアルタイル あの空でもいちど会おうね≫

「さて次のコーナーです」

『いやいやいやいやまてまてまてまて田んぼの様子が(パン)おかしい!』

「はい、武士は食わねどつまようじ。間違えて覚えていたことや、うっかり間違えちゃったことを教えてもらうコーナーです」

「いやいやいやまてまてまて、誰がつまようじですか」

「ぶし」

「どういうことですか?」

「武士は食べるのをガマンしてつまようじでシーシーしてるの」

「それ高楊枝ですね」

 もう!毎回台本に仕込まれてるのなんとかして。

「さてそれではいきます。まずはイエスマンさんから。『僕はずっとレミオロメンをレミオメロンだと思ってました。メロンは分かるけどレミオってなんだろうってずっと思ってました』」

「分からなくもないですね」

「私はちょっと前までロミオメロンだと思ってた。ロミオの食卓に銀の食器にのったメロンがある風景を想像してた」

「あの時代にメロンはヨーロッパの食卓にのぼったんでしょうかね」

「どうだろう。次はマンゴスチンさんから。『僕がよく間違えてしまうのは、カップ焼きそばを作る手順です。お湯を入れる前にソースを入れてしまって、薄味の焼きそばができ上がります』」

「ああ、私も一度だけやったことがあります」

「私はしょっちゅうなので対策法を伝授します。湯切りをした後、追いウスターソースをすればOKです」

「それベスト解決法ですね」

「あと湯切り失敗とか、湯切り中にシンクがべコンって鳴るのがありがち」

「ああ、失敗すると悲しいですよね」

「最後です。サーカステントさんから。『朝起きて歯を磨くときに、歯ブラシに洗顔フォームを付けてしまうことがよくあります。スクラブ入りだと、口の中がジャリってします』」

「寝ぼけてやっちゃいますよね」

「うん、やろうと思ってたことと別のことをしてて、『あれっ?』ってなるよね。各コーナーへの応募は番組公式SNSへのリプに、コーナー名のハッシュタグをつけてくださいね。ではここでサーカステントさんからのリクエスト、GLAYで『ここではないどこかへ』です」

 カフをオフにする。

「ミオさん。今日終わったら一杯付き合ってくれません?」

「いいよ。この前行った日本酒が美味しい、個室のお店がいいな」

「予約しておきますね」

 曲とCMが終わる。カフをオンに切り替える。

「GLAYといえば、この当時のライブに一晩で20万人の観客を集めたのが日本記録なんですよね」

「20万人!?スゴーい!ちょっとした都市の人口くらいだよね」

「フジロックが三日間で累計12万人ですから、それの二倍近いです」

「そんな景色見てみたいなあ。さて番組の最後は『ミオタン一言お悩み相談室』です」

「はい今日は『私は好きな人がいます。どうしたらかわいくなって好かれますか?』です」

「いっぱい笑ってください。笑顔は普段より何倍もかわいいです。ではまた来週。おやすミオタン!」

 オッケー。今週も無事に終了。


 お店は日曜の夜にしては混んでいた。久実ちゃんが予約してくれていたので、私たちは個室へ。

「えーと、今日は……八海山の純米大吟醸。あとこれと、これください」

 程なくお料理とお酒が運ばれてきた。

「お疲れ様ー、かんぱーい。それで?久実ちゃん何か相談事があるんでしょ?」

「そうなんですよ。実は彼氏と最近すれ違ってばかりで……」

 か↑れしじゃなくてか→れし。

「私も彼氏のことが好きなのか分からなくなってきちゃって。もちろん彼氏の気持ちも分からないし。このまま自然消滅しちゃいそうで」

 女の子の相談事の多くは、本人の中で答えが決まっていていることが多い。それに共感して背中を押してあげればいいだけ。

「久実ちゃんは自分の気持ち分かってるはずだよ。私に相談するくらいなんだから。よーく考えてみて。彼氏さんとのことどう思ってる?」

「んー……やっぱり好きです。別れたくないです」

「だよね。だとしたらしなきゃいけないことは一つ。なんとか時間を作って、自分の今の気持ちを伝えて、彼氏さんの気持ちを確かめるの。もし彼氏さんの気持ちが冷めてしまっていたらまた一から始めたらいいと思う。でもたぶん彼氏さんもどうしたらいいか困ってると思うよ」

「なるほど。一言お悩み相談室でも思ってましたけど、ミオさん恋愛の達人ですね。今好きな人いるんですか?」

「うん、いるよ」

「えっ、相手は?」

「好きって言ってくれてる。今はちょっと遠くにいるけど」

 久実ちゃんは個室なのに、小声になった。

「それってマズくないですか?アイドルって恋愛禁止なんですよね?」

「それは違うよ。私も前はそう思ってたけど、間違いだって気づいた」

「えっ?どういうことですか?」

「久実ちゃん、アイドルに必要な才能ってなんだと思う?」

「かわいいとか歌が上手いとかダンスが上手いとかですか?」

「かわいいだけならモデルになればいい、歌が上手いなら歌手に、ダンスが上手いならダンサーになればいい。しかも私みたいに歌やダンスが下手な子でもアイドルは続けられてるよ」

「えー、そしたらなんだろう?演技力?」

「演技力があるなら女優になるべきだよね」

「愛嬌とかファンサ、コミュ力ですかね」

「惜しい。アイドルはね、ファンに愛されて、そのファンを愛し返さなければならないの。愛されて愛し返す、つまり両想い。これって恋愛関係って言えるんじゃない?」

「そうですね、確かに」

「アイドルに必要なのは恋愛する才能なの。稀にかわいいだけでアイドルになれちゃう子もいるけど、ファンは愛されていないと思ったら離れていっちゃう。恋愛できないアイドルは長続きしないの。よく恋愛すると女の子はかわいくなるっていうでしょ?ファンみんなと恋愛できるアイドルはどんどんかわいくなっていって光り輝くの。だから周りと区別がつかないなんてこともない。」

「あれ?そうしたら恋愛でクビになった子はどうなんですか?」

「うん、その子ももしかしたら才能があったかもしれないけど、その子はアイドルとして一番やってはいけないことをやってしまったの」

「何ですか?」

「それは、恋する気持ちに差があることを知られてしまうこと。他の人より愛されていないと知ったファンとの恋愛は成立しなくなっていくの。そうなったらそのアイドルはおしまい。『別れました』『反省していますもうしません』って言って丸坊主にしてもダメ。ファンはもう恋してないんだから。そうなったら許される方法は二つだけ。最初から恋愛オーケーのグループに入るか、卒業してアイドルを辞めるか。ニジドリは恋愛禁止だから、私は『本当はこの人が一番好き』って気持ちを他人に絶対悟られないようにしてる。周りにも自分の心にも嘘をついて、かろうじて生き残ってる。きっともうじき限界が来ると思う」

「アイドルの世界って壮絶なんですね。かわいい子が集まって歌って踊ってればいいんだと思ってました。白鳥といっしょなんですね」

「うん、アイドルの場合白鳥より原子力発電所かな。輝きを作り出すために頑張って、心の中では普通では耐えられないようなとんでもないことが起きてる。その点ニジドリの有希ちゃんって子のように太陽みたく光り輝いている子は、努力しなくても光り輝くの」

「そんな世界で今まで続けてこられたミオさんはスゴいですよ。アイドルの達人です」

「そうかな」

「そうですよ。仮にミオさんが原子力だとしても、原子力ってコントロールするのにものすごい技術が必要なんですよ。コントロールしきれなくて暴走させちゃう子もいる中で、ミオさんはちゃんとコントロール出来てるじゃないですか。スゴいです。尊敬しちゃいます。すみません。私の悩みなんてヘナチョコでした。ミオさんこれからも頑張ってくださいね。応援してます」

「うん、ありがとう」

 原子炉には耐用年数があって、アイドルには寿命がある。

 それは自分で気付くんじゃなくて、他人に教えられて分かるの。

 さいたまスーパーアリーナでの新曲披露の日。

 20万人はいかないけれど、何万人もいる。まさに夢の舞台。

 遠くの人たちは豆粒より小さくて全然見えない。ステージそば、最前の人ぐらいしか……あ!ああ!最前にあの人がいる。指ハートしてる。「ただいま」って言ってる。帰ってきてくれた。良かった。すっごく嬉しい嬉しい。

「おい、澪聞いてるのか」

「えっ?あっ、すみません」

「春にツアーだって」

「そして次の秋に、澪が30歳になる。契約通り澪はそこで卒業だ」

 そうだ。そういう契約だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る