第27話『あの日見た虹 緑』
【緑色 リナチー】
『マナ@リナチーズ
私リナちゃん推しで、将来はリナちゃんみたいなアイドルになりたいです。まだライブ行ったことないけど、いつか行ってリナちゃんとお話ししてみたいです』
すごく嬉しいな。マナちゃんは東京住みの小学生の女の子。お酒を提供しているライブハウスにはなかなか来られないと思うけど、会いたいなあ。会って抱きしめてあげたい。男のファンだと、私が怒られてファンは出禁になりかねないけど、女の子ならきっと大目に見てくれるはず。
今日は新曲『オンリーミー』の初披露。もちろん終了後はチェキ会。今日はユリポンに編み込みしてもらったから、いつもの五割増しくらいにかわいく盛れるかも。
「リナチー列はこちらになりまーす」
『飯田莉奈チェキ列最後尾』と書かれたボードが。リレーのように手渡されて列ぎどんどん長くなっていく。この光景もいつ見ても嬉しい。
さて鍵開けは、安定のココD。ココDはいつもツーショットじゃなく、ソロチェキを希望する。理由は分からない。おっとニジドリ券4枚同時出し。この場合はチェキを4枚撮って2分間トークできる。
「ツーショット1枚で、あとはトークでいいです」
「あれ?珍しいね、ポーズの希望ある?」
「ハートでお願い」
ココDが右手で作ったハートの半分と、私が左手で作ったもう半分を合わせる。
テーブルへ移動して、キッチンタイマーを2分にセット。しゃがんでサインやメッセージを書きながらトークする。最初の内はこれがなかなか難しかった。
「今日はどうしたの?」
「……実は俺、オタ卒することにした」
「えっ!」
どうして?口を突いて出そうになったけど、これは言っちゃいけない。
(やだ。やめないで)
言いたい。けどこれも言えない。
「……そうなんだ」
「今までのチェキやグッズはマナちゃんにあげることになってる。俺がとっておくのは今日のこの1枚だけ。今までありがとうね、楽しかった」
泣きそう。でも泣いちゃダメ。
「リナチーは俺の『人生最後の推し』だから」
ピピピピピピ……
タイマーが「お別れの時間が来ました」と知らせてくる。
「リナチーお渡しでーす」
「ココD。私こそありがとう。元気でね」
『今まで本当に本当にありがとう!大好き』ってかいたツーショットチェキを渡す。
「うん。じゃあね。リナチーこれからも頑張ってね」
次の人が来ていたけど、私はココDの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
(人生最後の推し。推しってなんだろう)
その後誰が来たとか、何の話をしたとかは全く覚えていない。
終了後、社長が打ち上げをやろうと言った。一人かミオタンを誘って飲もうと思っていたから、ちょうどいいや。
でも、なんかユキが大暴れなう。
「有希ってコンパでもこうなの?」
「有希は坊やだからさ」
あっ!杏花のその台詞。推し。そうだ。
「その台詞、私も好き」
「シャアって言うことがイチイチかっこいいよねぇ」
「『己の出自を呪え』とか『当たらなければどうということはない』とかね。私が一番好きなのは『見せてもらおうか、〇〇の性能とやらを』ってやつ。ユニコーンで聞いた時、『キター!シャアが帰ってきたー!』ってなった」
「わかりみしかない。私はシャアじゃないけど『俺のこの手が真っ赤に燃える、アイツを倒せ轟き叫ぶ』とか『俺が、俺たちがガンダムだ!』かなぉ」
「ああ、アツい系ね。それならグレンラガンとコードギアス観た方がいいよ」
「うん、わかった。観てみるぅ」
アニメ話のおかげで元気が出た。帰りの電車でスマホが震えた。
社長からのLINE。
『莉奈、高校の時ドラムやってたって本当か?今でも叩けるか?』
今でもたまに行くゲーセンで、ドラムマニアの最高難易度の曲をクリアできるから、腕は落ちていないはず。
『やってました。今でもできると思います』
『りょ』
ドラムか。そうだ。推し。忘れていた。
帰りにいつものコンビニに寄る。白い看板のこのコンビニだけ、お店に入るときにメロディーが鳴る。私はこれに「おかえりなさい、マイホーム」って歌詞を付けて脳内再生している。
明日は何もないし、もう少しだけ飲もうかな。ビール、チューハイ……んー炭酸って気分じゃないなあ。ワインにしようかな。どれがいいのか分からないので、無難なお値段のを買う。ワインといえばチーズかな。リナチーズだし。
「ただいまー」
「ワンッ!」
マルチーズの吉田さんに出迎えられてオタク帰宅。
トランクを開けて、洗濯できる物は洗濯カゴへ。そうでない衣装やブーツはファブリーズをして定位置へ。部屋着に着替えて、お化粧を落として準備完了。何ってアニメや動画を観る準備。
昨日の深夜アニメは起きてすぐに観たから、今日は実況プレイ動画でも観ようかな。いや、たまっているOVAを観よう。
「キャスバル兄さーん」
「アルテイシアー」
うん。やっぱりそうだ。
推し。他人におすすめしたくなるほど応援している人やもの。好きな人。憧れの人。
私の人生最初の推しはこの人だ。
『元王子様。復讐に燃える男。通常の3倍のスピードで動いて、ルウム戦役で伝説になった赤い彗星シャア・アズナブルことキャスバル・レム・ダイクン』
私には5歳年上の兄がいる。その兄がアニメとガンダムとゲームのオタク、つまりアニオタでガノタでゲーオタだったから、私も小さい頃からそれらに触れていた。最初は訳も分からず、ただロボットが戦ってるなあと思って観ていた。何歳か忘れたけれど、私は気付いた。
(こんなにかっこいいセリフを、恥ずかしげもなく言える男の人はこの人だけだ)
周りの女子はみんな男性アイドルに夢中だったけれど、私にとってはその中にシャアよりかっこいいと思える人はいなかった。終盤に突然現れたララァというライバルに嫉妬した。
「お兄ちゃん、これの続きは?」
「それ、Zガンダム」
ちょっとおじさんになっていたけれど、シャアのかっこよさは変わらなかった。私にとっては年齢はそれほど重要じゃないことが分かった。最終回まで観て
(シャアは脱出したはずだ、今回も絶対に生きてる)
そう思って、続きだと思われる作品を、兄に黙って借りて観ていると、兄が言った。
「それ、シャア出てこないぞ。シャアが出てくるのはこっち」
兄が持ってきたDVDを観て、シャアはロリコンだと分かった。でも
(これはマズい。いくらなんでもシャアは死んでしまったかもしれない。今回も何とか脱出していて。お願い、神様仏様富野様池田様)
「お兄ちゃん、これの続きは?」
「シャアが出てくるのはない。それで終わり」
「えっ……じゃあシャアは?」
「たぶん死んだと思う」
こうして私の初恋は終わった。
「お兄ちゃん。シャアみたいな人が出てくるアニメって他にないの?」
まあ、ないよな。
「あるよ、これ。ちょっと長いけど」
あるのか!よし観よう。ん?ん!この人か?この人だ!私の二人目の推し。
『貧乏貴族出身。復讐に燃える男。銀河帝国軍の若き元帥。十二神将を従えて銀河を駆ける常勝の天才ラインハルト・フォン・ローエングラム』
しかも中の人がベジータ。ベジータも王子様だしなかなかかっこいい。
(おのれ、ヤンめ。毎回毎回私のラインハルト様から一本取りやがって)
この頃になると母が「そんな、子供が観るものばっかり観て」と言うようになった。
(何も分かってない。『独立戦争』とか『戦略と戦術の違い』とか『民主制と独裁制の違い』とか、子供が観たって分かるはずないのに。これは大人が観るものなのに)
ちなみにラインハルト様亡き後、三人目の推しは
『植民地に捨てられた王子。復讐に燃える男。チェスで負けなしの天才。絶対服従の王の力を持つ男ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』
ゲームも話題作は兄が買ってきたから、全部プレイした。母に「ゲームばっかりやって」と言われた。
(なんで絵を見たり、本を読んだり、映画を観るのはよくて、ゲームはダメなの?)
深夜アニメも観るようになった。特に京都アニメーションのアニメにハマった。
『らき☆すた』のかなたに、貧乳はステータスって励まされた。
『ハルヒ』を観て、バンドや部活もいいなと思っていたところに、『けいおん!』が始まって、私に一番近いのは律かな、やるならドラムって思った。
軽音楽部がある高校に入学して、ドラムを始めた。ドラムセットは買えないので、スティックだけ買って、家ではバッグを叩いて練習した。
「ドラムで食べていけるわけじゃない」
(なんでやってもいないのに決めつけるんだろう。なんで夢を見たらいけないの?)
『ラブライブ』を観て、アイドルに憧れた。でも何をするにしても、ここにいたら叶わない。卒業したら家を出て東京へ行こう。土日や長期休みはアルバイトに明け暮れた。
きっかけはアニメでもゲームでもドラムでもアイドルでもよかった。たまたま最初にアイドルの夢が叶っただけ。私はアニメやゲームやアイドルが好きな飯田莉奈を認めて欲しかった。
e-sportsのチームでは、私はLinux(リナックス)と名乗っている。そのLinuxにものすごく大きなお仕事の依頼が舞い込んできた。
『ハイパーバウンダリー』近未来世界を舞台にした世界的人気のFPS、一人称視点シューティングゲーム。5人対5人のチーム戦で、相手チームを全滅させると1セット。2セット先取したチームが勝利する。
毎年行われる大会は、各国代表を決めるチャレンジャーズ、各国代表が争うマスターズ、そして世界一のチームを決めるチャンピオンズ。今年5回目の大会のチャンピオンズが、日本のさいたまスーパーアリーナで行われる。私はその実況席で解説をするという大役を仰せつかったのだ。さらに、大会公式記念ソングをニジドリが歌うことになった。
高梨社長が
「おれはこのゲームの世界観が全く分からないから、作詞は莉奈に任せる。曲調はテクノポップ、いや戦いがテーマならデジロックの方がいいな」
曲の初披露は、大会当日のセミファイナルの後に決まった。
「ハイパーバウンダリーチャンピオンズステージ5のセミファイナル第二回戦。日本代表のDELTA EMOTIONとアメリカ代表のG-TRIDENTの対戦です」
対戦フィールドはシティー、フォレスト、デザート、ロック、ルーインズの中からランダムで選ばれる。今回はシティー、つまり市街戦。
1セット目は接戦の末DELTAが取ったけど、GのFangが最後までねばっていた。彼は世界でもトップランクのプレイヤー。
「さあ2セット目が始まりましたー」
「DELTAは1セット目と同じ3ガンナーですね。GはFangをアタッカーに変えて、2アタッカーにしてきましたね。Fangの本気がいよいよ見られそうです」
プレイヤーのポジションは近接戦兵アタッカー、中距離戦兵ガンナー、狙撃兵スナイパーの3つなので、どこを厚くするかで戦術が変わってくる。DELTAの3ガンナーは攻めてよし守ってよしのオーソドックスタイプ、Gの2アタッカーは接近戦重視。
「おっと!FangがLuvを倒したー」
「やはりFang強いですね」
アタッカー同士の勝負はFangに軍配が上がった。
「Fangがまた1人……いやもう1人倒した」
Fangの戦法は動き回りながら徐々に相手との距離をつめていくことから、『蟻地獄』と呼ばれている。
「Fang本気を出してきましたね。これが本来の彼の実力です」
スゴい。シャアみたい。気付いたときには、相手はFangに懐に入られてティルトブラスターの集中砲火を浴びている。
5対2。DELTAピンチ。
「Fangが回り込んで、背後からXenoを倒したー!Fangの野性はもう止まらないのかー!」
5対1。普通2人差とか3人差を逆転することをクラッチという。でも4人差という圧倒的不利を逆転できたら……それはクラッチとは呼ばない。
残ったA2Zの使用武器は超々遠距離狙撃用のスナイプザッパー。懐に入られたら終わり。A2Zが潜んでいるであろうビルを5方向から包囲するGメンバー。徐々にその包囲の網をせばめていく。
A2Zはスナイプザッパーの射程が描く円の内側に、最初に入ってきた敵に照準を向けた。スゴい。まるでレーダーを装備しているみたい。
「A2Zがヘッドショットー!」
スナイプザッパーは射程が長い分連射が効かない。プレイヤーは皆体にアブソーバーを着けているから、一撃で倒すならヘッドショットしかない。
A2Zは次に射程に入ってきた敵を、サイトに入れてわずか0コンマ数秒で狙撃した。
「A2Zまたもヘッドショットー!」
「A2Zのエイムはとんでもないスピードですよ」
ゴルゴか!そうか、A2Zが比較的連射可能なガリアデスアローじゃなく、スナイプザッパーを使っているのはエイム能力に自信があるからだ。
「おっとA2Zが若干移動……ヘッドショットー!あ、もう1人ヘッドショットー!なんと1対1まで追いついた!Linuxさん今のは?」
「敵が2人同時に射程に入ってきたので、移動してタイミングをずらしたんです」
「なるほど、セミファイナルにふさわしい激闘が繰り広げられています」
でも残った相手はFang。彼は狙撃音からA2Zの場所を特定して、射程円に接線を描くように水平移動して物陰に隠れた。FangもA2Zもお互いの位置を正確に把握している。スゴい。
この距離のままならA2Zが有利。でもFangのティルトブラスターの射程まで距離を詰められたらFangが勝つ。
「さあお互い探り合いになるかー。おっと……あっ!A2Zが武器をグリッドナイフに持ち替えましたー」
「Fangの間合いに自ら突っ込むようですね、近接戦闘をしかけるようです」
えー!ありえない。スナイパーがアタッカーに接近戦を仕掛けること、サブマシンガンにナイフで挑むことなんて絶対にありえない。しかも相手はトッププレイヤーのFang。無謀なんじゃ……。
「おっと!ここでA2Zがフラッシュボムを撃ち上げたー!」
えっ?何?
「そしてー何だ?その場で走り回っているー!一方のFangはフラッシュボムの方向へ最短距離で向かっているー!これはどういうことですか?」
そうか、そういうことか。
「フラッシュボムは味方に自分の位置を知らせたり、作戦変更の合図として使うものです。A2Zはこれをデコイに使ったんです。その場合は敵をおびきよせて自らは物陰に隠れて敵を襲うのが定石です。でもそんな単純な手にFangがひっかかるわけがない。だからA2Zは足音で遠くに逃げたように偽装したのです。ところがFangはそれすらも読んで間合いを詰めるチャンスとばかりポイントに向かっています。この後A2Zは……やはり。Fangの裏をかいて物陰に隠れましたね。結局定石通りになったわけです」
「なるほどー!これはかなりの心理戦だ!さあ決着はー?」
Fangはポイントにたどり着いた。しかしそこには敵はいない。しまった。裏の裏をかかれた。いや深読みしすぎた自分のミスか。どちらにしても敵は近くに潜んでいる。どこだ?
Fangは必死に索敵を続けている。背中を向けたその瞬間、潜んでいたA2Zが飛び出した。喉に一突き。決まった。
「なんと5対1を逆転ー!マキシマムブレイクー!DELTA勝利です。夕方のファイナルは日本代表DELTA EMOTIONと韓国代表BAVEL TOWERの東アジア決戦になります」
「セミファイナルらしい手に汗握る攻防でしたね、プレイヤーのみなさん素晴らしいです」
「はい、ここでLinuxさんにはステージに向かっていただきます。Linuxさんはアイドルグループ『虹色ドリーミング』のリナチーとしても活躍されていて、その『虹色ドリーミング』に今大会の公式記念ソングを歌ってもらうことになっています。なお、こちらの曲の初回限定版CDには七色のガストバスターがもらえるQRコードが封入されます。準備はできましたでしょうか?では、聴いてくださいHBCステージ5公式記念ソング『HYPER BOUNDARY』です。どうぞ」
≪周波数にシンクロして電脳世界にダイブしろ 装備完了 配置完了 高まっていく心拍数 Out of control 戦況は予測不能 Target lock on 信じられるのは感覚だけ センターに影を捉えた時トリガーを引いてその影を排除しろ
Bullet fly heart collide
In the chaos of the night
Cross the line break the chain
In this hyper boundary we fight
Grit and smoke shadows dance
Triggers pulled fate’s advance
Echoes ring blood and fire
In this warzone of desire≫
次はワンマンでこのステージに立てたらいいなあ。
コンコン……
社長が集合をかけた。
春のツアー。杏花、有希、ゆりのユニットと『プリズム』のコラボ。
「それと秋に……」
えっ?そういえば前にそんなこと言ってたっけ……。
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