第26話『あの日見た虹 橙』

【橙色、キョウカ】


『犯人はこの中にいます』

 おぉ、そっか。末期の胃ガンになった院長が犯人だったのか。あっ!ベッドの横の花瓶にカーネーション。うぉぉぉ黒幕は誰なんだぁ。

 カレンに聞いても教えてくれない。でもネタバレされたくない気持ちもある。

 まぁ来週を楽しみにしよう。

 さて今夜もガンプラ配信。今日はネオジオングの続き。確か三回目。キットがデカ過ぎて何回で終わるか全然分からない。

 トゥルルル……

 家の電話がなるのは珍しい。誰からだろう。ママやパパなら携帯にかけてくるはずだし。

「もしもし」

 和宏が出た。

「はい」

「杏花姉」

 ん?

「はい、お電話代わりました」

「私、〇〇警察署交通課の渡辺と申します。安達春花さんのご家族でしょうか」

「はい、娘です」

「お母様が事故に合われました」

「えっ!」

…………

「美花ー」

「なあに?」

「ママが自転車とぶつかって病院にいるみたい。ちょっと行ってくるから、おうちお願い」

「ええ?ママ大丈夫なの?」

「うん、無事だって。ただ腰が痛くて立てないみたい。パパが帰ってきたら伝えておいて」

「うん、分かった」

『今日の配信はお休みします』とツイートして、病院へ向かった。

 病室へ入ると、ママはベッドで寝ていて、お巡りさんと母子がいる。子供は泣いている。

 お巡りさんによると、ママは子供が運転していた自転車とぶつかって、腰をうって、救急車でここに運ばれたらしい。あまりに痛がるから筋肉注射を打って、ママは寝てしまったらしい。

 説明を終えてお巡りさんは帰っていった。泣いている子供に

「うちのママは大丈夫だから心配しなくていいよ」と言うと

「ごめんなさい」と謝ったので

「うん、ちゃんと謝れるのはえらいね」

「本当に申し訳ありませんでした」

「あ、本当に大丈夫です」

「治療費や慰謝料はきちんとお支払いしますから」

 そんなにかからないと思うから、連絡先を交換して帰ってもらった。

 看護師さんに「明日の朝また来ます」と伝えて帰宅した。

 帰るとパパが帰ってきていた。

「ママはどうだった?」

「うん、心配いらないと思う。明日、私が迎えに行ってくるね」

「分かった、頼むな」

「寝るね、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 翌朝、早めに起きて病院へ向かった。ママはベッドを起こして朝ごはんを食べた後だった。色々と検査をするとのことだったので、ママを車椅子に乗せてあちこち検査室をまわった。検査結果が出るまで時間がかかるみたい。

「ママ、何か飲む?」

「冷たいお茶がいいかな」

「うん、待ってて」

 自販機でママのお茶と私のミルクティーを買って戻った。病院はすごく混んでいる。いつもこんなに混んでるのかな。

「ママ、まだ痛いの?」

「うん」

 骨折はないと思うから、打撲かな。

「安達さん。安達春花さん」

 やっと呼ばれた。生年月日で本人確認して、診察室へ。

「内科部長の榊です」

 内科?外科じゃないの?

「腰椎のレントゲンを撮りましたが、骨には異常ありません」

 やっぱり。

「念の為、尿検査と血液検査をしました。こちらがその結果です。蛋白尿が出ています。あと血液に若干の異常が見られましたので、腰部のエコー撮影をしました。こちらがその画像です」

 今はレントゲンもエコーもパソコンの画面に表示される。

「ここに影ができています」

 えっ!

「同じ病院の泌尿器科を紹介しますので、診てもらってください」

 榊先生は紹介状に

『renal carcinomaの疑い』と書いた。

 あっ!それってカレンのドラマの。

 ママを泌尿器科に連れて行って

「これ紹介状です、よろしくお願いします」

「ママ、私トイレ行ってくるね」

 あの単語は間違いない。問題は『renal』それと段階。

 トイレでスマホの画面に『renal carcinoma』と入力して、検索をゆっくり押した。

 腎臓。神様……。


 泌尿器科部長の藤島先生は妙に明るい人だった。 「ああ、これは腫瘍ですね。手術をして取ってしまいましょう。入院は……来月の17日、手術は19日でいかがでしょう。この日は念の為ご家族に来ていただきます。手術入院の前に各種検査をしましょう。造影剤を入れての全身CTを〇日、MRIを〇日、骨シンチを〇日に行います。あ、メモしなくてもあとで予約票をお渡ししますから大丈夫ですよ。帰りに入院受付で入院案内をもらって帰ってくださいね。ではお大事にどうぞ」

 怒涛のごとく全てが決まって、私もママも流されるように病院を後にした。心配になった私は、帰宅後にネットで検索して闘病記をたくさん読んだ。


 腎臓にできた腫瘍は99%悪性、つまりはガン。どこにも転移していないステージⅠで、原発巣を取り除いた後の5年生存率は95~98%。手術は腎臓の一部切除または全切除が最善策。抗がん剤は効きづらい。入院は全開腹で約二週間、内視鏡手術で約一週間。手術後は毎月定期通院して検査、一年後から半年毎になって、五年以内に転移再発がなければ寛解。腎臓が一つになってしまった場合は、一部プロレスを続けた特殊な人もいるけれど、基本的には激しい運動ができなくなる。無理をしたり不摂生したりすると、腎機能が低下して最悪人工透析になる……。

 転移していた場合はどうだろう。芸能人でステージⅢだった人の闘病記を読んでみた。なるほど、他のガンと違って手遅れというケースは少ないみたい。

 ママや家族には一番良い結果だった場合の話をしておいた。

 CTやMRIで、肺や脳やその他の臓器への転移、骨シンチで骨への転移がそれぞれないかを検査した

「なんかね、宇宙船のカプセルみたいなところへ入った」

「筒みたいなところに入ったら、太鼓みたいな音がうるさくてヘッドホンをした」

「放射能を注射されて調べられたんだけど、左腕が写りづらかったらしくて、しきりにウェットティッシュで拭かれた」

 遊園地のアトラクションの感想みたいなことを言うママをみて、少しホッとした。でも

「リンパ節に転移していますね。他の臓器や骨への転移は今のところ見当たりません。右の腎臓と転移しているリンパ節を切除しますが、もし他に悪いところがあっても取り切れるように全開腹手術でいきましょう。大丈夫です。心配いりませんよ」

 大丈夫。心配いらない。大丈夫。心配いらない。


 入院に必要な物を揃えて、入院日もママに付き添った。

 この時はママはまだ単なる腰が痛い健康な人に過ぎなかったので、看護師さんたちもあまり構ってくれなかった。仕方がないので、テレビカードを買ってテレビのお笑いの再放送を観た。爆笑している内にあっという間に面会時間が過ぎてしまった。

 手術日になって、家族全員で病室へ行くと、点滴のポールを持って、手術着にニーハイソックスという不思議な恰好で立っていた。ストレッチャーで運ばれていくママの手を握って

「ママ、頑張ってね」というシーンを想像していたけど、それはなく、ママは自分の足で歩いて手術室に入って行った。午前11時ちょうど。手術中のランプが点灯した。

「先生の話では5時間はかかるらしい。みんなでご飯を食べに行こう」

 パパの先導で近くの鉄板焼きのお店に入って、みんなでお好み焼きを食べた。

 午後4時。まだ終わらないみたい。

 隆宏がぐずり出したので、姫花と直宏と三人で外で遊んでくるように言った。

 午後7時5分。ようやく手術中のランプが消えた。

 執刀医の藤島先生が何かを持って出てきた。

「これが今回切除した右の腎臓とリンパ節です」

 透明な容器に入った、大きなゆで卵のようなものと、焼く前のシマチョウのようなものを持って先生が立ち去るのと同時に、ママが寝ているベッドが出てきた。ママは麻酔が効いているらしくぐっすり眠っていた。

 ママを横たえたベッドといっしょに病室へ戻ると、看護師さんたちがてきぱきと管や線をママに取り付けていき、あっという間にテレビドラマでよくみる光景が出来上がった。

 六人の子供を産んで、子育てと毎日の家事をこなしていたパワフルママがこんな姿になってしまった。これからどうなるんだろう。

 突然地震が起きたと思った。でも激しく揺れてるのはママだけだった。ママが全身を震わせていた。何なの?大丈夫なの?

「手術が長時間に及んだので、低体温症になったんです」

 三人の看護師さんがママの全身をさすって温め、20分ほどでママの震えは収まった。

 ママにはもう子育てや家事は無理だ。

 毎日の食事だけでも無理。例えぼ朝食。一人がトースト二枚とハムエッグを食べるにしても、うちは6枚切りの食パン3つと卵1ケースとハム2パックと牛乳2パック、これを毎日買いに行かなきゃならない。お昼はパパと姫花と和宏はお弁当が必要だし、夕食も全員分作らなきゃならない。更に掃除と洗濯も毎日やらないといけない。

 私がやるしかない。でも……そのためには……。


 消灯時間になったので、私たちは病院を後にした。帰り途のコンビニでそれぞれが食べたいものを選んで買って帰った。

「コンビニのお弁当っていうのも何か味気ないな」

「たまにはいいじゃん」

「俺は食べられればなんでもいい」

「和兄はすぐ、なんでもいいって言うもんね」

 よし、切り出そう。

「……ねえ、パパあのね」

「ダメ」

「えっ?だって」

「ダメなものはダメ」

「私また何も言ってないじゃん」

「杏花、小さい頃にアイドルになりたいって言ったのは誰だ?」

「私」

「ジュニアアイドルのグループに入りたいと言ったのは誰だ?」

「私」

「今の事務所に入って、今のグループで頑張りたいって言ったのは誰だ?」

「私」

 なるほど、自分で言い出したんだから、とか言うのかな。

「もっと上へ、もっと大きなステージへと願うアイドルの夢は誰の夢だ?」

「私」

「ブー。不正解」

「えぇっ?」

「小さい頃アイドルになりたいという夢は杏花だけの夢だった。ジュニアアイドルになった時その夢はパパとママと杏花の夢になった。今のグループを始めた時には家族全員とメンパー全員、あとスタッフさん全員の夢になった。そして今抱いている夢はファンみんなの夢でもあるんだ。もう杏花一人の夢じゃない。杏花一人で膨らませた風船じゃない。みんなで頑張って膨らませてきたんじゃないか。それを杏花一人の都合で割ることはできないし、もしできるとしてもパパはそんな子に育てたつもりはない。ママだってどんなに治療が辛くても杏花の夢を壊すことはしたくないと言うはずだ」

「……パパ、でも家事が……」

「家事なら私がやる。杏花姉は夢を追いかけて」

「美花……」

「私だっているじゃん。こう見えても家庭科得意なんだよ」

「姫花……」

「学校で俺、杏花姉の弟だってバレてて大変なんだぞ。カレンのサインもらってこいとか、ユキちゃむに会わせろとか。だけど言ってるんだ、それは無銭がっつきっていってアイドルに嫌がられるから、ちゃんとライブに行ってくれって。みんなみんな応援してるんだぞ」

「和宏……」

「僕はバレてないけど、みんな誰ファンかって話で盛り上がってる。僕は苗字がいっしょだから最杏チームだって言ってる」

「直宏……」

「僕だって杏花姉のファンだ」

「隆宏……」

「分かったか?分かったら泣いてないでさっさと飯を食え、冷めちゃうぞ」

「うん。パパ、みんなありがとう」


「聴いてください、私が作詞した曲『ドリームプラネット』」

≪私一人の夢だったのに、いつしかみんなの夢になってた 夢が広がり伝わって この星全てを包み込む 地球自体が大きな風船 夢がたくさんつまっている ふくらんで太陽よりも大きくなる いーくーよー ドリームプラネット 太陽も銀河も超えてゆけ ドリームプラネット 宇宙の果てまで広がってゆけ まだ誰も見たことがない未知の領域へ ドリームプラネット≫


 ママは手術翌日から歩いて、どんどん管が外れていき、口からものを食べることで元気を取り戻していった。

 ママが退院して普通の生活が送れるようになったので、私も他のメンバー同様お仕事を増やしてもらった。たくさんのオーディションを受けてやっと受かったのが。子供向け番組で歌とダンスと工作をするおねえさん。

≪はーいクマさんのできあがりー!クマさんがついてくる トコトコトコトコト トコトコトコトコト≫


 さて、今日は収録の後、ニジドリの新曲『ハイパーバウンダリー』の披露、場所はなんとさいたまスーパーアリーナ。

「アリーナ!とかね」

 コンコン……

 社長が入ってきた。

『まず春に七大都市ツアーをやることに決まった』

 よーし、やるぞぉー!

「そこでツアー限定で杏花、有希、ゆりのユニットを組む、『プリズム』とのコラボも考えている」

 おぉ、それも面白そう!

「それと、これが一番重要なんだが……」

 えぇっ!そんなぁ……。

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