第25話『あの日見た虹 紫』

【紫色、ユリポン】


「おはようございます」

「おはよう、ゆりちゃん今日も元気だね」

「はい!今週もよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね」

「本番1分前。いつも通りでお願いします」

 もう慣れたけど、生放送だから失敗は許されない。程よい緊張が大事。

「本番いきます。5、4……」

『ワイドワイドサタデー!』

「はい、おはようございます。今週も旬の情報をお伝えしていきますワイドワイドサタデー、司会は私、山田花太郎です。コメンテーターはいつものこの方々です。どうぞよろしくお願いいたします。では最初はいつものこのコーナーから」

『香月ゆりのほっぺた落ちまくりグルメレ米ン道』

「おはようございます。大好物はご飯、香月ゆりです」

「ゆりちゃん今週もよろしくお願いしますね」

「はい、今週もこれからバズるの間違いなしのお店を二軒ご紹介します」

「では一軒目からお願いします」

「はい、一軒目は東高円寺のビストロユキタカさんです、ではどうぞ」

『東高円寺のビストロユキタカ、レンガ造りのシックな雰囲気で、厳選された食材の洋食が味わえるお店です』

「では、店長さん一押しのメニューをお願いします」

「はい、こちらポークピカタです。鉄板が熱くなっておりますので、気をつけてお召し上がりください」

「いただきます。ん……豚肉の味が濃いですね、特別なお肉ですか?」

「はい、朝霧高原の三元豚を使っています」

「んー、柔らかいし美味しいです。他にも豚肉のお料理はありますか?」

「はい、こちらポークチャップとボークジンジャーになります」

「あれ?ポークチャップとポークチョップは何が違うんですか?」

「全く違う料理になります、チョップが骨付き肉を使う料理になります」

「なるほど、うわ、ポークチャップの豚肉柔らかいですね、これは何か秘密がありますね?」

「はい、自家製のパイナップルジュースに漬け込んでいます」

「ポークジンジャーは味が濃厚でご飯がすすみます、こちらは?」

「はい、こちらは生姜と特製ダレに一日漬け込んでいます」

「なるほど、お料理によって仕込みを変えているですね。豚肉以外だとおすすめはありますか?」

「はい、旬のカキフライです」

「あれ?カキの旬ってRのつく月、4月までじゃなかったですか」

「当店で使用しているカキは、山の雪解け水で育っているので、この時期が旬なんです」

「なるほどですね、うわでっかい!いただきます、んー……口いっぱいに雑味のない海の味が広がります、あとは何か限定メニューがあるとお聞きしていますけど」

「はい、一日20食限定のタンシチューです」

「んーー。タンがとろけるようで、味もものすごく濃いです、美味しーーい」

「豚と同じく朝霧高原の牛を使っているのですが、生で食べられるほどのものを、じっくり48時間かけて煮込んでいます」

「なるほど、ごちそうさまでしたー」

『限定のタンシチューは予約が必要です、電話かメールでご予約お願いします』

「朝から飯テロくらった」

「むっちゃ美味しそうやーん」

「わし今晩行こかな」

「ご予約忘れないでくださいね、では二軒目。二軒目は新宿の沖縄料理店『ヌチグスイ』です。こちらは那覇に本店があって、新宿のお店は支店なんですが、本店と同じ材料、同じレシピになっています、ではどうぞ」

『新宿の『ヌチグスイ』。お店の作りも本店と同じになっています。店内に入ると……

「ハイサーイ!いらっしゃいませー!」

三線が奏でる沖縄民謡が流れる店内で、沖縄でしか味わえない料理が新宿で味わえます』

「では、店長さん一押しのメニューをお願いします」

「はい、アンマー手作りジーマーミー豆腐と、もずくの天ぷらです」

「まるで沖縄に来たみたいですね」

「ゴーヤチャンプルーです、ごいっしょにオリオンビールはいかがですか」

「いただきます」

(ワイプ画面から「飲むんかい!」の一言)

「はい、ミミガー、ラフテー、足テビチです」

「ううんーー!これは沖縄の豚ですね」

「はい、そうです。食材は全て沖縄から取り寄せています、はい、こちらソーキそばです」

「お出汁が美味しいです、柔らかいから骨まで食べられます、コーレーグースで味変も可能です」

『沖縄気分を味わいたい方は是非』

「はい。カット!OKです」

「店長ー、お久しぶりです」

「ゆりちゃん、アイドルになったと思ったら、テレビに出るくらい有名になっちゃって。良かったね」

「はい、その節はお世話になりました」

 実は私、このお店で以前アルバイトをしていた。アイドルになったきっかけもこのお店。

 でも私なんでアイドルになろうと思ったんだっけ?

「ありがとうございました、お疲れ様です」

「お疲れ様。ゆりちゃんまた来週よろしくね」


 さて、今日はこの後恵比寿のカフェで、三女のえりの婚約者を紹介される予定。

「ねえ、えり本当にいいの?」

「大丈夫だって、絶対分かるから」

 ゆり、ゆか、えり、三人とも同じ服と同じ髪型。本当に大丈夫かなあ。怒って帰ったりするよね、絶対。だって、今までパパ以外に見分けがついた人は一人もいなかったのに。

「おまたせ」

 振り返ると……おおイケメン!歯が真っ白でスーツがよく似合う爽やかな印象の人。さらにこれでお役人だっていうんだから、我が妹ながらお目が高い。「えり、お姉さんたち紹介してよ」

 あ!ちゃんとえりの方を見てしゃべってる。

「ごめんなさい、紹介するね」

 今のは段取り通り、私、ゆり。

 婚約者さんは困った顔で、えりに話しかけた。

「ねえ、えり。頼むよ」

 やっぱり。ちゃんと見分けられてるんだ。

「ごめんなさい。こっちが長女のゆり。こっちが次女のゆか。お姉ちゃんたち、こちら久佐志さんだよ」

「玉井久佐志です、よろしくお願いします」

「どうして三人の見分けがつくんですか?」

「三人とも全く同じ人間ってわけじゃないですからね。人って性格や感情が顔や雰囲気に必ず現れるものですよ」

 パパと同じこと言ってる。

「じゃあ式場探しに行ってくるね、お姉ちゃんたちあとでね」

「失礼します」

…………

「ちゃんと見分けられてたね」

「うん、私とお姉ちゃんの区別もできてたみたいだったよ」


 高校を卒業した時、ゆかは美容師、えりはヨガのインストラクターの専門学校へ通うために、札幌じゃなく東京へ行きたいと言った。私は特にやりたいことがなかったけど、東京なら何か見つけられるんじゃないかと思って、二人について上京してきた。とは言え、遊んでいる訳にはいかないので、新宿の沖縄料理店でアルバイトをした。

「ハイサーイ!いらっしゃいませー!」

「いいね、魅力的な声だし、元気もあっていい。私はこういう者です。よかったらうちのアイドルオーディションを受けてみませんか」

 それが高梨社長との出会いだった。

「ねえ、どう思う。変なお店で働かされたりしないかな」

「怖そうな人じゃなかったんでしょ。とりあえず行くだけ行ってみたら?」

「でも私じゃアイドルのオーディションなんて受からないよ、もっと可愛くて歌が上手くてダンスが……」

「お姉ちゃん、歌なら負けないじゃん。挑戦してみなよ」

「そう。ダメ元ダメ元。ダメだったら今の所でそのまま働けばいいんだし」

 オーディション当日、隣はカレンだった。

(ほら、やっぱりこういう可愛い子じゃないとダメなんだ)

と思っていたら、なんと受かってしまった。

 メンバーとの顔合わせの時に

(あ、あの子もいる。っていうか色んなタイプの子がいるな)

(ここで見られるのは、紫色担当の香月ゆり。ここでなら、香月三姉妹の一人じゃなくて、たくさんの女の子の中の一人じゃなくて、香月ゆりとして見てもらえる)

 私を見て欲しい。私だけを見て欲しい。

 それが私がアイドルになった理由だった。

「では聴いてください、私が作詞した曲『オンリーミー』」

≪ねえ知ってる?A子付き合ってるのバレてクビらしいよ!B子は元カレとの写真流出して炎上だって!マジで!ダサ……ありえなくない?

何万人という女の子の中 よそ見をしないで私だけを見て 承認欲求承認欲求 満たして欲しいの私という器 自己肯定感自己肯定感 感じさせてね私だけのカラー≫

「有希と杏花も20歳になったことだし、たまには打ち上げでもやるか」

 高梨社長は、自分が言ったこの言葉を後悔してるみたい。だって有希が暴れているから。

「ちょっと有希飲み過ぎじゃない?それ何杯目?」

「うーーん、2杯目以降は覚えておらーん。大丈夫大丈夫。きゃはははは」

「杏花は大人しいね。有希ってコンパとかでもこうなの?」

「有希は坊やだからさぁ」

「あ、そのセリフ私も好き」

 杏花とリナチーがたぶんアニメの話で盛り上がっている。カレンも結構飲んでる。何かあったのかな?ミオタンは楽しそうに社長と日本酒を飲んでいる。ライブでブチ切れていたアオイ様は黙ってひたすらビールをあおっている。

 アオイ様以外はみんな一次会で解散した。


「姉のゆりです」

「姉のゆかです」

 神前の結婚式がおごそかに進んでいく。

 真紀先生のチャペルウエディングも素敵だったけど、白無垢もいいな。

 最近は披露宴をやらなかったり、派手にしない傾向があるけど、うちは親戚が多いからホテルで盛大に行われた。

 パパが披露宴の間ずっと泣いていた。

「オレはあと二回もこんな目に合わなきゃならんのかー!」

 地元JAの有力者で、代々続く豪農の家長として知られたパパがこんな風に泣いていることを知ったら、地元の人たちはどう思うだろう。

 というかパパは跡継ぎとかどう考えてるんだろう。長女の私の結婚相手があとを継いでくれるのが一番なんだろうけど。心当たりも予定も今のところゼロ。

 まあ、アイドルは恋愛禁止だし、続けてる内は考えなくてもいいか。

 そんな風に思っていたある日、なんとさいたまスーパーアリーナのステージに立つことになった。ビックリ!

「ここでワンマンできたらいいのにね」

「アリーナ!とかね」

 コンコン……

 高梨社長がノックして入ってきた。

「大事な話がある。全員集まってくれ」

『はい』

「まず春に七大都市ツアーをやることに決まった、福岡、大阪、名古屋、横浜、羽田、札幌、東京だ」

 やったあ!

「そこで……」

えっ?マジで?

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