第24話『あの日見た虹 赤』

最終章 『あの日見た虹』


 【赤色、カレン】

 二冊目の写真集の撮影は沖縄だった。

 初日はピーカン。ビーチや、中学校以来のバスケットボールの屋外コートで撮影した。

 二日目はゲリラ豪雨。びしょ濡れになって、雨宿りしている軒下で

(ああ、今日は中止かなあ)

と残念そうに空を眺めていると、カメラマンさんが

「いいよ、その表情。よし!このまま撮影しよう!」って。

 水着の上に着た白いTシャツが透けてしまうほどずぶ濡れになったけれど、後で見せてもらったら、寂しげな表情が撮れていて良かった。結局スタッフ二人が風邪をひいてしまって、翌日は中止になったけれど。

 オフになったから、みんなでタコライス発祥のお店に行ったり、トロピカルカクテルで乾杯したり、美ら海水族館に行ったりした。夜はユリポンがおすすめする沖縄料理店に行った。

 三日目は屋内。水着でお風呂に入ったり、ベッドでゴロゴロしたりして撮影した。夕食に「今晩はイタリアンです」って言われてタクシーに乗ったら、なんとマップにお気に入りのピンを刺してあったお店だった。

 そんな夢のような撮影も終わり、写真集の売れ行きも好調で、重版になったみたい。


 ニジドリにも変化があった。

 まずカフェは人が溢れてしまってやむなく閉店した。撮影会やオフ会、Zoomのツーショットトークなんかも残念ながらなくなった。

 定期ライブが毎週から毎月になって、今は不定期になった。

 ライブのチケットが入手しづらくなって、ドリーマーから「なんとかならないか」という声が多数あがったので、ファンクラブ『ドリーマーズ』が作られて、チケットのファンクラブ先行優先販売が行われるようになった。会員はQRコードでメンバーのプライベート動画が観られたり、毎月の会報でぶっちゃけトークを読めたりする。

 レッスンも新曲のフリ入れと、ライブのリハーサルだけになった。


 ライブの物販も変わった。これまでのチェキ券方式ではなくなって、ニジドリ専用キングブレイド、背中に『虹夢』と荒い毛筆体で書かれたTシャツ(メンバーカラーで七色七種)、トートバッグ。アクリルキーホルダー、生写真、CDなどを購入すると、3000円毎に一枚、ニジドリ券がもらえて、ニジドリ券一枚でツーショットサインチェキ+30秒トーク。ニジドリ券には通し番号がついていて、枚数限定の上、その日にしか使えないので、こういうことがしばしば起きるようになった。


『マピメロ@カレニスト

本日の恵比寿ソリッドルームのニジドリ券が枯れてしまって入手出来ませんでした。当方、地方住みでめったにライブに来られません。ニジトリ券を余分に持っている方、どなたか譲ってくださいませんか?』

 ライブのチケットは定価より高く転売してはいけない、って法律があるけど、ニジドリ券はチケットじゃないので、価格は自由交渉。でもたぶんカレニストなら。あ、リプがついた。


『栗ごはん@カレニスト

ニジドリ券4枚持っていますので、1枚お譲りします。入口の自販機横にいる金髪赤虹夢Tの男です。声をかけてください。価格は3000円でOKです』


 良かった。さすがカレニスト。

 一方である日突然他のメンバー推しから私推し、私推しから他のメンバー推しに変えてしまう人が目につくようになってきた。

 カカシが

「オタクには暗黙のルールがある。推し増しはOK。他グループへの推し変もまあ仕方ない。絶対やってはいけないのがグループ内推し変。これをやったら切腹や出禁もの。新規にはそれをわかってないやつらがいる。『新規笑うな、前来た道だ』っていうけど、やつらはオタク、いや人間として失格だ」

と言っていた。

 人間だから気持ちが変わってしまうことだってあるとは思う。

 でも私はカカシの言うことの方が正しいと思う。

 それは二人の女の子を傷つけてしまうから。

 今日実際にユキ推しから私推しに変えた人がいた。いつも黄色を振っていたのに、今日突然赤を振っていた。『オンリーミー』初披露のライブの後、なんとなく気まずかったし、打ち上げで飲み過ぎてしまった。ユキも同じだったんだと思う。かなり飲んでたみたいだし。

 なんとなく自己嫌悪の気持ちで電車に揺られていると、スマホが鳴った。高梨社長からのLINE。

『カレン、エレキ弾けるか?』

 んー。アコギよりネックが細いから、練習すればいけるかな。

『練習すればできると思います』

『りょ』

 何だろう?


 ライブやレッスンが減って空いた時間で、私は演技の勉強もしてみたいと思った。

 高梨社長に相談したら、すぐにお仕事の話をもってきてくれた。

 初めての舞台は神田明神の横の劇場。ライブアイドルが集まって行う朗読劇で、私は文房具のコンパスの役だった。いがみ合っていた文房具たちが最後は協力して一枚の絵を仕上げて、歌って踊って大団円というものだった。

 次は池袋の小さな劇場に出た。これもライブアイドルが集まって行う舞台だった。狼と人間のハイブリッドの役や、進化した人類のコンピューターオペレーターの役で出させてもらった。

 その舞台を観に来てくださっていたある劇団の主宰者の方から

「うちの舞台に出てみませんか」

と言われて、新大久保の中規模の劇場で、客演という形で三作出させていただいた。文化祭で起きた事件に巻き込まれる男女の内の一人、雨の日にはなぜか閉店してしまうラーメン屋の店長の妹、廃線で捨てられた駅に集う人たちの群像劇でギタリスト、をそれぞれ演じた。

 どの舞台にも二つフラワースタンドが届いた。一つは『カレニスト一同』、もう一つは『オフィス翔』と書いてあった。

 どの舞台でも、舞台後にはチェキ撮影があって、私のチェキ券は毎回売り切れたけど、翔さんは一度も現れなかった。

 特撮ヒーロー物やテレビドラマのオーディションもたくさん受けた。私の舞台を観てくださったあるプロデューサーさんの目にとまり、なんと主演させていただくことになった。

「じゃーん、私テレビドラマに出まーす」

「えぇ!テレビドラマ?」

「おーー」

「うん、しかも主役」

「そのドラマ、いつ放送するの」

「〇〇TVの半年後の木曜夜9時」

「えっ!それって一流女優になっちゃう枠じゃん」

「すごーい、橋本環奈とか浜辺美波みたいに人気者になっちゃうね」

「絶対毎週観るね」

「う、うん」

 そう言われるとなんだか緊張してきちゃった。

 私が出演させていただく『木曜のカーネーション』は有名ミステリー作家の南川啓二さんの書き下ろし脚本による刑事ドラマ。なぜか毎週木曜日に起こる殺人事件を、私が扮する神前涼子が解決していく一話完結のお話。事件現場、追い詰められた犯人が自殺したり事故にあったりする現場に必ず残されている赤いカーネーションの謎に徐々に迫っていく。


 あ、時間。今日は第6話の放送。

⦅涼子は一度見たものを写真のように記憶することができる。トランプのように次々と捲られていく写真。そうか。涼子はこめかみを指差して言う。

「犯人はこの中にいます」⦆

 このセリフが今バズっている。

「お兄ちゃん!私のプリン食べたでしょう」

 お腹を指差して

「犯人はこの中にいます」とか

「おーい中村ー。あれ?中村は?」

 教室を指差して

「中村はこの中にいます」のように使われているみたい。

⦅マンションの一室。ドアを開けて中に突入する。犯人の身の安全を守るために仕方がない行為だ。今回こそ死なせるわけにいかない。そこにいたのは……「僕はやってない!」いいえ。犯人はあなた。小学6年生の男の子のあなた。そこで突然フラッシュバックする記憶。白い壁の部屋。床には一面の赤いカーネーション。「出して、出して」と泣く私。この記憶は何?何故この前後の記憶がないの?またフラッシュバックする。ナイフとカーネーションを持って白い廊下を歩く私。これはいつ?これはどこ?なぜこの記憶の前後も覚えていないの?

「おい!神前!これを見ろ」

はっ。

棚に飾られた写真。写っているのはこの少年と……前回の男とその前の女。そして……横の一輪挿しにカーネーション。どうして⦆

≪このカーネーションはあなたからのメッセージ 木曜の夜にだけ咲く秘密のメッセージ まだ私は気付いていないあなたの存在に 頭の中にいるあなたに気付かせて欲しいの 陽炎のように浮かぶ赤い影 近づけば遠ざかるまるで蜃気楼 このカーネーションはあなたからのメッセージ 木曜の夜にだけ咲く秘密のメッセージ 今はまだ全てが闇の中なの》

 この曲の歌と作詞作曲も私が担当した。ダンスの振り付けは真紀先生。

 まだTVサイズしか公開されていないこの曲『カーネーション』に合わせて、捜査一課メンバーが踊る『カーネーションダンス』は、Tikitokでバズっている。さて今週のSNSの反応は。


『ところてん@相互厨

何なんだ?毎週いいところで終わる 続きが気になり過ぎて眠れない もしかして犯人はヤスのパターン?この中にいます? #木カネ』

 私はそれの元ネタを知らないけど、それは前回までで否定されているはず。


『カス寺@ドラマ好き

学校でカーネーションダンスがバズってる 真犯人は気になり過ぎるけど南川さんのことだからビックリさせてくれるはず 1話の冒頭とか3話のあのシーンとかたぶん伏線だよね #木カネ』

 いい線いってる。でも2話のあのセリフも、4話の犯人の病気も伏線なのは見逃しているかな。


『アルバトロス2001@理系男子

今まで観てなかったけど、話題なのでオンデマンドで1話から視聴 今週やっと追いついた 一気見推奨 今まで観たドラマの中でオレ史上最高 #木カネ』

 ありがとう。オンデマンドで1話から観られるので観逃した方はぜひ。


『おやゆび@カレニスト見習い

中川華蓮に刺さった 演技も歌もダンスも上手い 写真集もアマゾンで二冊とも買った 木カネ、アイドルドラマだと思って侮っていた ごめんなさい ニジドリの歌も動画観て勉強中 #木カネ』


 こういうのが一番嬉しい。最近になって、呼び捨てがすごく嬉しいことに気付いた。SNSでも『ファンになりました』、『応援しています』というリプやふぁぼリツをいっぱい貰えている。フォロワーもかなり増えた。


⦅必ず木曜に起きる事件。現場に残されたカーネーション。プリンストン大学.前頭眼窩野損傷。ギャンブル依存症。預言者デボラの名を冠したスーパーコンピューター。片付けられない女。333667×2331通りの行動。感情鈍麻。パラノイア。止められない衝動。私が飲まされていた狭心症の薬。イライラ。フラッシュバックする記憶たち。多幸感。赤いカーネーションの花言葉は哀れな我が心。そして……プロジェクトカーネーション

「犯人はこの中に……いる」

でも……それは……。

「犯人は…………私」⦆

 この回、第9話の放送終了直後に、ハッシュタグ#木カネはラピュタの#バルスの記録400万に次ぐ記録を作って、世界のトレンドランクに入った。

 最終話第11話では『木カネロス』というキーワードがその日の日本のトレンド一位になった。


 おかげ様で次の出演作も決まった。次は別の局の日曜夜10時。人気俳優が扮する日本最弱の弁護士の活躍を描くコメディタッチのドラマで、私はその法律事務所で無休無給で働く若手弁護士役。

 第1話で「犯人はこの中に……ぎゅむ!おええ!」というセリフがある。主人公の家の家政婦のミタヤマさんは愛想が悪過ぎて、1話でクビになるけど2話で「やられたらやり返す」と倍返しに帰ってくる。


 ニジドリの活動も、演技の幅とともにどんどん規模を増していった。今日はリナチーのお仕事繋がりで、なんとさいたまスーパーアリーナで新曲披露。

「スゴく広くて、お客さんいっぱいだったね」

「ここでワンマンできたらいいのにね」

「アリーナ!とかね」

 コンコン……

「はーいどうぞー」

 高梨社長が入ってきた。

「大事な話がある。全員集まってくれ」

『はい』

「まず……」

 えっ!……翔さん。

「……すみません。提案があります」

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