第5話
ベッドの中だ。
涙でほほが濡れている。両手を見ても先生の血はついてない。でも感触も温度も残ってる。
夢?いや、これは夢じゃない。じゃ何?私おかしくなったの?
鏡で自分の泣き顔を見てみる。あっ、七人の小人が五人しかいない。赤とオレンジがいない。持っていくとしたらパパしかいないけど、そうじゃない気がする。
『復興支援の予算案が……』
『中国が遺憾の意を……』
『内閣支持率が……』
同じニュース。もしかして。パパがお寿司とケーキの話をしてきたら……。
「有希、今日は……」
「定時でしょ?どうせお寿司とケーキでしょ。パパの考えてることくらいわかるよ。直人のお母さんにもちゃんと言っておくからね」
「そうか」
否定しない。やっぱりそうだ。
これはやり直しなんだ。きっと小人がお願い事をきいてくれて、やり直しさせてくれてるんだ。
「じゃあ行ってくる。今日と明日がんばれよ」
「うん、行ってらっしゃい」
直人。フライヤーを手に持ってなければオーケー。
学校で同じ話をしてきて、帰って出かける準備。
秋葉原で先生に会うはず。
「あっ、有希ちゃん」
やっぱり。
「先生、行こう」
先生の手を引く。急いでこの場所から離れなきゃ。
「えっ、有希ちゃん。これをロッカーに……」
「いいから。早く」
ファイクエのコンビニとライブハウスを通り過ぎて、雑居ビルの4階へと上がる。
無事カフェに到着。よし。
「ごめんなさい。先生はオープンまで入口で待っててください」
「うん、分かった」
「それ、控え室で預かっておきますね」
先生の荷物を持って控え室へ。既にメンバー全員と真紀先生がいて、衣装に着替えたりお化粧したりしていた。
「有希、何それ」
「知り合いの荷物を預かってきたの」
「また誰かみたいにゆで卵持ってきたのかと思った」
「その次はハンガーだったね」
「あぁ、ミオタンが青海と青梅を間違えた時ね。あれ、タイテ変えてもらったんだよねぇ」
今日の衣装は『シークレットラブ』の黒いドレス。スリーブとスカートの裾、たすきみたいな部分が担当カラーになってる。
17時になって営業開始。
「お待ちのお客様、どうぞお入りください」
メイド喫茶みたいに「お帰りなさいませ、ご主人様」とか「お兄ちゃん」とかは言わない。コンセプトがアイドルカフェだから普段通り。
お客さんにはまずドリンクを一杯必ず注文してもらう。それで一時間カフェにいることができる。一時間ごとにドリンク一杯。フードメニューもある。前は杏花ちゃんが作ってたけど、最近は真紀先生が作ってる。
真紀先生はダンスのレッスン以外に、振り付け、物販受付、チェキ撮影と、何でもできるメンバーみんなのお姉さん的存在。美人だけど、お料理を含む家事は苦手だったみたいで現在修行中、彼氏または旦那さんは現在大募集中。
お客さんは2ショットチェキを撮ることもできる。私たちはお客さんのテーブルでチェキにサインやメッセージを書いたり、オムライスにはケチャップで、ケーキにはチョコペンでお絵描きをする。お客さんはそれをスマホで撮影したり、まわってきたメンバーとおしゃべりしたりして過ごす。
満席になってきたので、席を外してステージ前に陣取るお客さんもちらほら出てきた。
いよいよ19時から生誕前夜祭スタート
「えー。本日は私、折原有希の生誕前夜祭にお越しいただき誠にありがとうございます。盛り上がっていきましょう!」
『うえーーーーい』
「では聴いてください、『The 遊炉美糸』」
♪……………
≪遊炉美糸 場忍火 来参!遊炉美糸 団信頼 灰屋!無礼する!代便でいい!脚茶朽!補充取り!This is The 遊炉美糸 !≫
『ウーハイ!ウーハイ!ウーハイ!ウーハイ!パンパパパンパンさあいくぞ!チャペ!アペ!カラ!キナ!ララ!ウィスペ!ミョーホントゥスケ!』
パチパチパチパチ
……………………
「楽しい時間はあっという間ですね、次が最後の曲です」
『えーーーー』
「みんな最後まで盛り上がっていけますか」
『うえーーーい』
「もっともっと声出していけますか」
『うえええーーーい』
「では聴いてください、『シークレットラブ』」
ダン!ダン!ダン!ダン!
『ミョーホントゥスケ!化繊飛除去!ジャージャー!ファイボ!ワイパーー!』
≪気づかれないようにいつも見つめてた 眼が合うと視線そらしてた 夕陽の中微笑む君が眩しくて 心が震えるこれが恋のサイン≫
もうすぐ落ちサビ、私のターン。っていうかなんか玉ねぎ臭くない?
お客さんも聞き取れないけど何か会話してる。
カカシやユキちゃむズが最前ドセンに集まってくる。ミオタンメンと最杏チームの皆さんが協力してくれるみたい。
さあいくよ!
≪あなただけには隠しておきたかった≫
ミオタンメンや最杏チームがカカシたちの両足を持ち上げてリフト。カフェはステージが低いから、リフトされているユキちゃむズはステージの私より高い位置からパンケチャをする。目の前に高い壁ができたみたい。
≪シークレットラブ 伝えたい 秘密の気持ち 本当は本当は あなたが好き≫
『おれもーーー!』
さあ聞かせて!
私は左耳の後ろに手のひらを添えて、目の前壁に向かってマイクを向けた。
『言いたいことがあるんだよ!』
『なになにー』
『やっぱりユキちゃムかわいいよ!』
『なになにー』
『好き好き大好きやっぱ好き!』
『なになにー』
キッチンで真紀先生が換気扇のひもを引くのが見えた。
『やっと見つけた……』
ドオオオン!
爆音が、ガチ恋口上やオケや、全ての音をかき消した。
キッチンでできた巨大な火の塊がこちらに向かって大きくなるのが見えた。
ものすごく熱い風が吹いてカカシ達が私に向かって倒れ込んできたので、私も押されて倒れた。
……
……
……
…………!
あちこちひりひりと痛い。何が起きたの?
目を開けると、私はユキちゃムズな下敷きになってた。誰も動かないから、重い塊の下から体を引き抜くように動いて、やっと抜け出た。そして周りの光景に驚いた。
心臓がドクンドクンと音をたてた。
そこは爆発の跡だった。
あちこちに火がメラメラと動くだけで、他に動くものは一つもない。
黒く焦げた壁。割れた窓ガラス。あちこち焦げてひっくり返っている机や椅子。
よく見ると、ドリーマーの背中も黒く焦げていた。
メンバーは?リナチー?カレン?杏花ちゃん?アオイ様?ユリポン?ミオタン?誰も動かない。
油と髪の毛が焼けたような臭い。耳の奥で鳴るキーンって音。遠くから聴こえるサイレンは救急車?消防車?
咄嗟に理解した。この中で動いてるのは私だけ。みんなは動かない。もう二度と動かない。
さっきまでドリーマーだった黒焦げの『もの』と、さっきまでメンバーだった『もの』
私の生誕は?私の夢は?みんなの夢は?みんなの人生は?
誰かが「終わり」と言った気がした。
そんなの。そんなのって。
絶対に!
「いやああああああああ!!」
[小人達がゴトゴトと動いた]
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