第4話

「有希また後でねぇ」

「うん」

杏花ちゃんと別れて帰宅した。急いでカフェに行く準備をしなきゃ。衣装、靴、化粧品一式、ドライヤー、タオル……あ、スカートの下に履くパンツみたいなの忘れちゃうところだった。これを忘れるとダンス中に下着が丸見えになっちゃうから、ドンキに買いに走ることになる。何でも売ってるドンキって最高。

荷物を旅行用のトランクに詰める。渋谷とか秋葉原で、同じようにトランクをコロコロしてる女の子を見ると「同業かな」って思っちゃう。新宿だとコンカフェ、池袋だとコスプレイヤーの可能性が高いかな。

よし、準備オーケー。山手線で秋葉原に向かう。電気街口から出て、大勢の人の間をぬって歩く。秋葉原も相変わらず人が多いけど、みんな一体どこへ行くんだろう。

「あ、有希ちゃん」

スシローの前で声をかけられた。声の主は宮田先生だった。両手にPCショップの紙袋を持っている。上はいつものパリッとした白いYシャツで下はいつもと違ってジーンズだ。

「先生!それは?」

「家庭教師の同僚にパソコンを組んでくれって頼まれて、パーツを仕入れてきたんだ。これを持ってカフェは……コインロッカーに預けようかな。どこだっけ?」

先生、今日来てくれたんだ。えーとロッカーは……駅まで戻ればあるかな、でも

「カフェの控え室で預かりますよ」

「本当に?いいの?」

「はい」

並んでカフェに向かって歩く。

「そういえば、昨日テレビ観たよ、最近頑張ってるね」

「ありがとうございます」

「高校生活はどう?」

「はい、まあぼちぼちです」

せっかく合格させてもらったのに、音楽とダンス以外はからっきし、追試は二つとか流石に言えない。

突然どこからか大きな声が聴こえてきた。

「きゃああーー」

「うわあああ」

大勢の人がこっちに向かって必死の形相で走ってくる。何だろう。よく見ると何かを振り回している革ジャンの男の人がこっちに向かってくる。酔って暴れているようにも見えるけど、よく見ると手元が光っている。刃物だ。

私は思い出した。秋葉原で事件が起きて、歩行者天国がなくなってしまった話。確か何人か殺されたはず。

逃げなきゃ!心臓が急にすごく冷たくなって、そこから冷たい血がどんどん全身にまわっていく感じがした。それで体が凍ってしまったみたいに自由に動かない。寒くて、震えで足がもつれる。

革ジャンの男の人と目が合った。こっちに来ちゃう。刃物を後ろに引いて、走るスピードを加えて私を一気に貫こうとしている意思が伝わってきた。ゆっくりになる風景。

だめた、殺される。

いやあ!怖くて目を閉じたけど、空気の動きと音で三箇所刺されたのが分かる。…………あれ?でも痛くない。生きてる。

恐る恐る目を開けてみると、目の前には白い壁があった。違う。先生の背中だ。先生がこちらに向かってゆっくり倒れてきた。先生のお腹は真っ赤に染まっていて、真ん中に刃物が刺さったままになっていた。

刃物を失った男の人は喚きながら他の男の人たちに押さえつけられている。お巡りさんも走ってきた。

「先生!先生!」

血がどんどん広がっていく。血を止めなきゃ先生が死んじゃう。私は血を止めようと傷口をおさえた。血がぬるぬるしてあたたかい。止まらない、どうしよう。どうしよう。

急に先生のスイッチが切れたように、体がだらんとした。

なんで?どうして?どうして先生なの?嫌!こんなの嫌。

神様でも仏様でも誰でもいいから、先生を助けて!何でもします。

だから、お願い!


[橙色の帽子の小人がことりと動いた]

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