28. 廃棄王女、大いに動揺する
「これでギルス殿下は真実の愛を貫ける」
「ふふ、何とも素晴らしい美談じゃないか」
それはロオカの中でしか通用しない美談でしょう。招待された各国の賓客には醜聞でしかありません。そして、帝国と対決しようとしている私にとっては悪夢そのものです。
「当日が楽しみだな」
「成功したらギルス殿下とリアム嬢をみなで祝福しようじゃないか」
そう言い残して二人は席を立つと店を出て行きました。さっと周囲に目を走らせれば、間諜らしき者達も次々に姿を消していっています。
はぁ……本当にため息が出そう。頭も痛くなってきました。
私に対する幼稚な意趣返しもですが、国の重要な情報も含めて、ロオカの貴族がこんな誰に聞かれているかも分からないような場所で密談をするなんて。
「王都ではカフェが貴族の情報交換の場となっているとは聞いていたが、まさか軍の機密や陰謀の類までべらべら喋るとは」
貴族達のおあまりの愚行にアル様も頭を抱えています。そこへ追い打ちをかけるような真似はしたくはないのですが、これは伝えておかなければいけないでしょう。
「アル様、客がだいぶん減っています」
「そう言えば」
私の指摘にアル様も店内をくるりと見回して首を捻りました。
「恐らく消えた客のほとんどが他国の間諜だと思われます」
「何だと!?」
「先ほどの話は帝国や我が国だけではなく、彼らの話題にあったトフロン王国とライン王国にも筒抜けになっていると思われた方がよろしいでしょう」
「どうりでここのところ軍の動きが読まれていたわけだ。内通者がいるのかと勘繰っていたが、それよりももっと酷い。もはや悲劇を通り越して喜劇だな」
内通者ならば洗い出せば済むことですが、これは中央貴族全員の素行を改めさせなければいけません。間諜が慣れた様子で集まっていたところを鑑みるに、カフェで国家機密が漏洩しているのは常態化しているのでしょう。
「この件は早急に陛下へお伝えするとしよう」
「それがよろしいかと」
「それから、あの二人が話していた夜会だが……メーアには招待状がまだ送られていないと言うのは本当なのか?」
「はい、今のところ手元には届いておりません」
「だとすると、ギルスがあなたをエスコートしないつもりなのも真実のようだ」
ドレスは国元から運んできたもので対応するとして、エスコート役はどうにもなりませんね。
「重ね重ねメーアには俺の甥が迷惑をかけてしまい申し訳ない」
「いえ、アル様が頭を下げられるようなことではございません」
「だが、ギルスの愚行を止めるどころか、他の貴族まで共謀するなど許されるものではない」
アル様は暗い顔で目線を落とされました。同胞の愚昧な振る舞いにロオカの未来を憂いているのかもしれません。ですが、私とて同情している余裕ないのです。
シャノンが言っていたように親カザリア派の貴族は極小数でした。中立であるべき貴族達を味方につけようと考えていた矢先に今回の夜会での嫌がらせです。対応を間違えればロオカでの地盤固めに影響が出ないとも限りません。
とにかく今は急ぎ戻り今後の対策を講じないと。
「アル様、本日はお付き合いくださりありがとうございました」
アル様にお礼を述べて私が立ち上がろうとした時、テーブルに置いた私の手にアル様が手を重ねてきました。
「メーア、待ってくれ」
「アル様?」
何でしょう、と続けようとして私は息を飲みました。アル様の端正な顔が間近に迫っていたのです。私の胸がドキッと高鳴りました。
「あ、あの、アル様……近……」
心臓が早鐘を打ち、顔が上気しているのが分かります。きっと、私は真っ赤になっているでしょう。
まだオスカー様と別れて日がそんなに経っていないというのに、アル様にこんなにも動揺させられるなんて。ああもう、私はこんなにも移り気な女だったのでしょうか。
いけません、気をしっかりと持たないと。簡単に情を移しては駄目。アル様だってロオカの王弟なんです。隙を見せれば自国の有利になるよう利用されるとも限りません。
しかし、私の決意を見透かしたかのように、アル様は密着するくらい私に近づいてきました。
「明日の夜会、メーアのエスコートを俺に任せてはもらえないだろうか」
そして、物凄い追い打ちをかけてきたのでした。
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