第5章 廃棄王女と黒曜の王子

29. 廃棄王女、王弟にエスコートされる

 

 ロオカの王都べティーズを赤く照らし、街全体に長い影を落としていた夕陽。それも西の山岳の向こう側へと姿を隠せば、麗しき花の都も闇へと沈む……


「そのはずなんですけど」

「どうかしたのか?」


 私の対面に座るアル様が私に柔らかく微笑みかけてきました。今、私はアル様と一緒に馬車で王城へと向かっているところです。


 昨日のカフェで貴族達が噂していたことは真実でした。今日の昼、王城より使者が夜会の招待状を持参してやって来たのです。もっとも、私は夜会の準備をしている最中で、さっきアル様が来訪するまで使者を待たせてやりましたが。


 たっぷり数時間も待たされた使者は、相当いらいらしていたようです。マリカの報告によれば、訪問時はニタニタと嫌らしい笑いを浮かべていたらしい。どうやら、私が慌てふためくのをそれは楽しみにしていたのでしょう。


 もっとも、アル様が迎えに現れ、私がドレスを着て準備万端で姿を現すと、使者はあんぐり口を開けて固まっていました。


 硬直して身動きできない使者から招待状をさっと奪い取り、アル様のエスコートで馬車へと乗り込んで今に至るわけです。


 この使者を待たせた行為は、底意地の悪い趣向に対する意趣返しの気持ちもないわけではありません。ですが、それ以上に使者を夜会の寸前まで引き留めなければならない理由があったのです。


 それは、ギルス殿下に私が準備を済ませていると知られないようにすること。私が朝から準備をしていたとギルス殿下が知ったら、対抗されないとも限らないでしょう。こちらの情報はぎりぎりまで知られないことが肝要です。


 だから、夜会へは黄昏時になってぎりぎりの時間で出発したわけです。


「いえ、今日もべティーズは夜が訪れないのだなと」


 ところが、そんな遅い時間にも関わらず、車窓から外を覗けば貴族街は街灯や屋敷から溢れ出る光で煌々こうこうと輝いていました。


「毎夜どこかしらで夜会を催しているからな」

「大したものです」


 これだけの光を一晩中絶やさずにいるべティーズはまさに不夜城。その光景は圧巻の一言。素直に驚きます。


 もっとも私の言葉には皮肉も込められています。アル様にも伝わったようで、困ったように薄く笑われました。


 私の故国カザリアの王都アレントはもっと規模が大きいのですが、その経済力が雲泥の差です。恐らく国力は五十倍以上の差があるでしょう。


「いったい一夜でどれほどの浪費になっているやら」

「夜会もお茶会も国や家の行末を左右する情報交換の場ではあります」

「それは間違いない」


 だから、浪費が決して悪と断定はできません。


「だが、あれらの中を覗けば、貴族達は酒に酔い下らないゴシップで盛り上がる醜悪な姿を目撃するだろうな」


 しかも、その醜態まで他国に筒抜けだ、とアル様の表情が暗くなりました。昨日のカフェの一件を思い出されたのでしょう。


 話す内容は下らない企みばかり。それさえも周囲に筒抜けという体たらく。とても有意義なものとは言い難い。


「それに彼らの浪費は巡り巡って民へと還ります」

「そう……だな」


 これから向かう先の王城も夜の闇の中、明るく浮かび上がり昼間以上の存在感です。しかし、振り返り民草の暮らす区域を見れば暗闇が支配しているのが分かるでしょう。


 ロオカは南方諸国の中では裕福です。それでも貴族達の浪費を支えられるものではありません。


 だから、このべティーズの姿はまさにロオカそのもの。それは王侯貴族の輝かしい舞台と民草の困窮した生活。あの暗闇の中にこそロオカの本当の姿があるのかもしれません。


「情け無いことだがロオカの王侯貴族は自分達こそ世界の中心と勘違いしている節がある」

「と言うより、自分達の世界の中だけで生きているのではないでしょうか?」


 彼らはロオカが永遠に失われない国だと思っているような気がします。外にも国があってロオカは狙われているのだと、想像の翼を広げられないのでしょう。


 山の向こうへと沈んだ太陽の如く、ロオカは既に国を傾けつつあるのかもしれません。


「色々と思うところはあるが、まずは目の前のことを片付けよう」

「そうですね」


 どんなに国を憂いていても、私自身が今日の難局を乗り切らねばなりません。それができなければロオカにいる数少ない有識者の助力も失ってしまう。明日の戦いのためにも私は私の戦場で勝利しなければならないのです。


 検問を終え馬車が城門を潜り抜けていく。敷地内へと入れば外とは別世界が広がっている。この中に閉じ篭っていれば街の困窮など夢のまた夢、恤民の心など生まれようはずもないのかもしれません。


「さて、到着だ。さあ、お手を」


 目的の宮殿前に着くと馬車の扉が開き、颯爽と車外へ出たアル様が私に手を差し出す。その手を取って私が踏み台ステップに足をかけると、外にいた者達が目を丸くしました。


「アルバート殿下にエスコートされている女性が私で驚いているようですね」


 アル様の腕に手を添え並んで歩きながら囁くと、アル様がくすりと笑いました。


「いや、朴念仁の俺が美しい女性を連れて来たのにびっくりしているのかもしれないな」

「あっ、も、もう……」


 頬がかあっと熱くなってきました。どうしてアル様はさらりと私を褒めるのでしょう。お陰で顔が赤くなっていると思います。夜会が始まっているせいか、会場まで誰もいなかったのが救いでした。


 会場への入り口に到着すると、門衛が扉を開き場内の喧騒と光が溢れ出してくる。案内人がアル様の来訪を場内へ告げれば一斉に視線が集まってきました。


「さあ、参りましょう」

「はい、よろしくお願いします」


 鬼が出るか蛇が出るか。

 私の戦いの幕開けです。

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