30. 廃棄王女、貴族の戦場に立つ
そこは
惜し気もなく光を灯したシャンデリアや各所に設置された燭台の数々が会場を輝かせる。テーブルには手をつけられることの無い、豪勢な料理が溢れるほど並んでいます。
そして、意匠を凝らした仕立ての良い衣服に身を包み、宝石類で自分を飾り立てる貴族達。
「どうして叔父上とお前が一緒に来ているんだ!」
ですが、どんなに虚飾で隠そうとも、品性や知性までは飾れるものではありません。
「それに、その格好は……準備を整えているだと?」
ギルス殿下が入場してきた私に突撃してきました。隣には自分の琥珀色で飾ったリアム様を伴っています。
「貴様、どうやって?」
「仰っている意味が分かりかねますが?」
こんなにも感情を露わにするなんて。
「どこから今日の夜会の情報を知ったかと聞いている!」
「どこから何も本日は私を歓待する宴と聞いておりましたが?」
これでは主賓を招かず夜会を開いていると、己で宣言していると気づかないのでしょうか?
「本日の昼、殿下の使者が招待状を持って参りましたが?」
途端、会場の一部がどよっと
どうやら彼らはギルス殿下の子供じみた
「だから、準備する時間は無かったはずだ!」
「ギ、ギルス様、もうその辺で」
リアム様はさすがに気がついたようです。これ以上はまずいと思ったのでしょう、慌てて殿下を連れて行きました。が、あれでは最初から私の前に出すべきではなかったでしょう。
この程度も読めないとは……トラバニ伯爵もリアム様も底が浅い。彼らは己を切れ者と勘違いした、帝国の使い捨ての駒でしかないのでしょうね。
それにしても……はあ……
未だにギルス殿下がこちらを睨んでいますが、衆目を集める中で敵意を剥き出しにする浅慮を誰も諫めないのでしょうか?
せっかくアル様がエスコートして取り繕ってくださったのに。
ロオカの王侯貴族が、ここまで思慮も頭も足りていないなんて。これでは姻戚関係になっても、カザリアにとって頼むに足りません。
どうにもお父様がギルス殿下の婚姻に少しでも期待していたか疑問を感じてきました。これは始めからロオカを切り捨てるおつもりだったと考えるべきでしょう。
「ギルスめ、あれほどアホゥだったとは」
「……心中お察し致します」
隣でアル様が頭を抱えていますが……追い打ちをかけるようで申し訳ないのですが、ギルス殿下だけではなく、ロオカの貴族の大半がああなのです。
私が会場へ足を踏み入れた時、動揺と騒めきが伝わってきました。王弟殿下の連れている女性が話題の悪女で、準備万端で現れたのを意外に感じたのでしょう。
まあ、つまりはそういうことです。この会場の大半の人は、ギルス殿下の稚拙な謀略と言うのも
ほら、今度はその狢達がこちらへやって来ますよ。
「あなたがカザリアの王女かしら?」
「……」
何でしょう、この生き物は?
礼儀を知らないとは、とても貴族とは思えません。貴族夫人と思っていましたが、本当に狢がドレスや宝石を纏ってきたのでしょうか。
「まあ、カザリアの女は口も聞けないのかしら」
「何て無礼な娘でしょう」
「本当にお里が知れるわ」
隣でアル様が一気に殺気立ちましたが、先んじて私は彼女達の前へと出ました。
「これは失礼、不勉強でした。まさか他国の王女に名乗りもせず、さらには許しもないのに直接話しかける。それがロオカの貴族の礼儀作法だったとは存じ上げませんでした」
「そ、そんな礼儀作法はロオカにはありません!」
「ロオカを馬鹿にしてるのね」
「失礼な娘」
まったく、これはいったい何の喜劇なんでしょうか。
ああ、周囲の人達も失笑しているじゃありませんか。
「そうよ、ロオカを見下しているから、カザリアのドレスを着ているんだわ」
「カザリアの王女はロオカのドレスはお気に召さないようね」
「私はロオカへ来て、まだ日が浅いものですから」
ドレスを仕立てるのに、どれ程の時間が掛かると思っているのですか?
「それに、このような催しならば、普通であればギルス殿下から贈られるものと思われるのですが?」
「さっそく贈り物を要求するなんて!」
「なんて厚かましい娘なの」
「そんなだから、ギルス殿下からエスコートのお誘いを受けられないのよ」
もうどこから突っ込めば良いのでしょう?
ギルス殿下は私の伴侶になるのですから、来国したばかりの私にドレスを用意するのは当然でしょう。それをしないのは、ギルス殿下に常識か資金が無いことを意味します。
エスコートをしないのも大問題です。伴侶となる私をエスコートせず、別の女性を連れている。これに個人の好悪は関係ありません。ギルス殿下が節操と良識が無いと大声で喧伝しているようなもの。
「あなた方はご自分が、自国や自国の王族を貶めている発言をしている自覚はおありですか?」
私の指摘に夫人達は何を言っているのだと、不思議そうな顔をしています。
はぁ……分かっていないのですね。
いい加減にしろと怒っているのでしょう。背後でアル様が苛立っているのが伝わってきます。これ以上はアル様の精神衛生上よろしくありませんね。
それに、私の正当性は示せました。
見ればギルス殿下側の貴族達は私を憎々しげに睨んでいますが、彼らは最初から当てにしていません。
私は諸外国の招待客と一部の良識の残っているロオカの貴族から支持が得られれば良いのです。目星をつけていた中道派の方々の表情の変化を見れば、私に対する印象は一目瞭然。
今後、彼らとの交渉がやりやすくなったでしょう。
もう目の前の狢達を相手にする意味はありません。
さて、後はどう収拾するかですが……
「くっくっく、はははは……これは飛んだ喜劇だ」
次の一手を模索する私の思考を、若い男性の笑い声が妨げました。
「ロオカの夜会は実に愉快だな」
割って入ってきたのは黒い髪に黒い瞳の青年。カザリアともロオカとも違う異国の風貌。彫りが深く浅黒い肌で、かなりの美男子です。先程まで私に敵意を剥き出しにしていた夫人達も毒気を抜かれて見惚れるほど。
しかし、特筆すべきはその体躯でしょう。鍛えられているのが一目で分かるほど逞しい。ただ、アル様とは違い細身で猫科の動物を想起させるようなしなやかな身体。
その異国の美丈夫は私に対し、右手を胸に当て慇懃に一礼してきました。
「お初にお目に掛かります」
確かに初対面です。ですが、私にはこの方がどなたか心当たりがあります。
この黒き美丈夫こそカフェでも噂にあった人物。
「私の名はシヴァと申します」
サメルーン王国から来た王子です。
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