31. 廃棄王女、痴情のもつれの渦中となる

「カザリアの王女よ。その者達に何を申しても無駄と言うものですよ」


 女性の好みそうな精悍で甘いマスクの王子。


「文字通り恥知らずなのですから」


 ですが、不遜な笑いをべったり貼り付けて、口から出てきたのは辛辣な嫌味。


「高価なドレスや宝石でけばけばしく飾り立てても、虚飾ではおつむと品性の無さは隠せないものらしい」


 この方はロオカの隣国サメルーンのシヴァ王子で間違いないでしょう。


 シャノンから提供された情報によると、シヴァ王子は文武に優れた人物。武功も著しく、周辺諸国からは『南風はえの黒豹』と呼ばれているとか。確かに浅黒い肌としなやかで逞しい肉体から、そう呼ばれても違和感はありません。


「この者達は他国の重要人物が集まる中で、自国を貶める発言をしていると理解できない愚者」


 ただ、この口の悪さは……いえ、先程まで私も彼女達を口撃していましたが。


 それにしても、さすがにシヴァ殿下の物言いはきつ過ぎます。私に絡んでいた夫人がたも、色めき立つのも仕方がないでしょう。が、殿下は薄く笑うだけで気にも止めていません。


「それに比べ、あなたはドレスで隠そうとも気品と知性が溢れているようだ」

「えっ」


 きゅ、急に何です!?


「あなたの理知的な美貌は、こんな愚か者の国では理解されないでしょう。どうです、この国を捨て俺の国に来ませんか?」

「シ、シヴァ殿下!?」


 い、いきなり、口説いてくるなんて!


 もう! なんて軽薄な方なの。やだ、顔が熱くなってきました。


 ううっ、アル様の時もそうでしたが、こんなにも褒められるのに慣れていないなんて。考えてみればマリカ達には手放しで賛辞を送られてきましたが、オスカー様以外の男性から褒められた記憶がありません。こんなにも男性に対して免疫が無かったんですね。


「ほう、俺のことを知っていただけていたとは光栄です」

「殿下がロオカへ来訪されていると、小耳に挟んだものですから」


 この王子は絶対私の真っ赤な顔に気づいているはず。ここは何とか取り繕わないと。


「俺がここにいるのは、今日まで伏せられていたはずなんですがね」


 口の端を吊り上げてシヴァ殿下が皮肉っぽく笑う。


 さも驚いた風ですが、これはロオカに対する嫌味でしょう。シヴァ殿下は抜け目の無さそうです。恐らくロオカで機密がダダ漏れなのは既に掴んでいるのではないでしょうか?


「もう俺のことはご存知のようですが……申し遅れました。俺はサメルーンのシヴァ。以後お見知りおきを」

「カザリアの第二王女メディアと申します」


 互いに知っていても、面識が無いなら名乗りもせずに会話をするのはマナー違反。面倒でも形式は大事です。


「カザリアの魔女の噂は耳にしていましたが、こんなにも愛らしい方だったとは驚きです」

「ご高名な殿下のお耳を汚してしまい恐縮至極にございます」


 耐えるのよメディア!

 こんなの社交辞令よ。


「いや、あなたに出会えただけでも、ロオカに来た価値があった」

「見ての通り、私など取るに足りない女でございますわ」

「なんのなんの。艶やかな黒髪と燃えるような赤い瞳は、とても神秘的で美しい」

「ふふふ、シヴァ殿下はお世辞がお上手なのですね」


 これは美辞麗句、美辞麗句……


「こんなの世辞のうちにも入りますまい――」


 シヴァ殿下がにやりと笑う。その顔に何か含みを感じます。この方を言動だけで軽佻浮薄な方と侮るべきではありませんね。


「――あなたのカザリアにおける功績に比べれば」

「――っ!?」


 この方は!


 私は思わず僅かに目を見開いてしまいました。すぐに平静を装いましたが、上手く表情を隠せたでしょうか?


「殿下が何を仰っておられるのか、私には分かりかねますが?」


 私のカザリアでの評判はお世辞にも良いものではありません。無慈悲なカザリアの魔女などと陰口をたたかれているくらいですから。ですから、私が成してきた全ては、カザリアの宰相エドガー卿の事績に隠れているはず。


「あなたの黒髪の如く、夜闇の中に隠そうとして隠せるものではありません。あなたの赤い瞳の如く、理知の炎は見える者には見えるもの。いや、暗闇が深い程その小さな灯火はかえって目立つ」


 証拠は何も無いはず。ならばシヴァ殿下は集めた表層の情報から、カザリアの政策の裏にいる私の影を掴んだ?


 私の背筋に冷たいものが走る。


 抜け目が無いどころの話ではありません。この方は正真正銘、南方諸国における英傑でしょう。油断がなりません。敵にならなければ良いのですが……


「ふふ、あまりの暗闇のせいで、小さな光でも目が眩んで見間違われてしまわれたのでしょう」

「なるほど、あなたの赤い光はどんな暗闇も昼間のように辺りを明るくしてくれるのですね」

「あっ……」


 シヴァ殿下がいきなり私の頬に手を添えてきました。突然のことで私も対処できず……ああ、心臓がどきどきとうるさいです。


「最初はただの興味本位だったんだがな……」


 シヴァ殿下がぽつりと呟く。別に私に聞かせるつもりはなかったのでしょう。私の返答を期待しているようにも見えません。


「この紅玉ルビーを手中に収めたくなった」

「な、何を……」


 それではまるで告白ではありませんか!?


「シヴァ殿下、戯れが過ぎるぞ」


 どぎまぎして対応が遅れた私の代わりに、アル様が間に割って入ってくださいました。目の前に現れた逞しく大きな背中が、とても頼もしい。


「これはこれは『南方の獅子公』殿ではないか」

「『南風はえの黒豹』に覚えていただいていたとは光栄だな」

「剣に触れた者で音に聞こえしアルバート王弟殿下を知らぬなら、そいつはもぐりだよ」

「シヴァ殿下の勇名ほどではない」

「アルバート殿下にそう言っていただけるのは光栄だが……せっかく美しい王女と歓談していたのに、いささか無粋ではないかな?」

「パートナーがいる女性を口説く男ほどではないさ」


 なんだかアル様とシヴァ殿下が一触即発です。


 私を背に守って鋭い眼光を飛ばすアル様と、それを真っ向から受け止めるシヴァ殿下。時折シヴァ殿下が私をちらりと見ては微笑む。


 ううっ、こんな美男子二人が私を巡って争うはずもないのに……私、勘違いしてしまいそうです。

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