32. 廃棄王女、黒豹に口説かれる

「おやおや、メディア王女のお相手は、ギルス殿下ではなかったのですか?」

「それは……」


 冷ややかな笑みを浮かべるシヴァ殿下。対して痛いところを突かれたと、アル様が顔を僅かにしかめました。


「ロオカでは婚約者の叔父がエスコートをするものらしい」

「それは、その女が悪い!」


 突然、ギルス殿下が横槍を入れてきました。


「ほぅ、メディア王女がどう悪いので?」


 シヴァ殿下の笑みがますます冷え、アル様は撫然としています。きっと、ギルス殿下の愚行に、アル様は頭を抱えたい衝動に駆られているでしょうね。アル様、頑張れ。


 どうにも私はアル様に肩入れしがちです。絆されてしまったのでしょうか?


「そいつは俺と結婚したくて、カザリアの力で圧力をかけてきた奸婦だ!」

「くっくっくっ、ロオカの王太子はユーモアのセンスがおありだ」


 あまりの斜め上な発言に、シヴァ殿下は愉快そうに笑われました。この笑いはフリではなく、本当に可笑しかったみたいですね。


 逆にアル様は苦虫を噛み潰したような顔です。心中お察しします。


「なんだと!」

「おや、本気で仰っておられたのですか?」


 シヴァ殿下のギルス殿下を見る目は笑っています。ですが、あれは完全に嘲笑している見下した目です。


「だとすると、ロオカの王太子はよっぽど暗愚らしい」

「お、俺が暗愚だと!」

「そうではないか。今の発言から自分が無知だと公言したも同じだと言うのに、それさえも理解できていない」


 シヴァ殿下の言う通りです。が、それについてはギルス殿下だけではなく、ここにいる大半の貴族も同じ。


「メディア王女は既にオスカー・マルセランとの婚姻が決まっていたのを知らないようだ」

「きっと、愛想を尽かされて捨てられたんだろう。こんな醜女なんだからな」

「ふふ、無知の上に恥知らずで、目も悪いらしい」


 シヴァ殿下がやれやれと肩をすくめました。少し芝居がかっていましたが、彼がやると様になるのは美男子の特権ですね。


「まず、オスカー卿とメディア王女の仲はかなり良好だったと聞いている。結婚も秒読みだったとか。それに、女性の容姿を貶めるのは紳士ではないね。ましてやメディア王女は愛する婚約者と引き裂かれた憐れなか弱き女性だ。だいたい、彼女はとても美しい」


 そう言っていちいち私に微笑みかけないでください。色男の流し目と歯の浮くセリフは心臓に悪いのです。


「黒絹もかくやと思える黒髪、赤い瞳はどんな紅玉より美しく輝いている。これほどの美女なのに見る目の無いことだ」

「ふん、サメルーンの王子こそ目がおかしいのではないか?」


 シヴァ殿下の甘い言葉と瞳に、私は心臓発作を起こしそうです。私を睨むギルス殿下の目の方が軽くあしらえる分、可愛いげがありますね。


「こんな心の醜い女のどこが美しい。おおかたロオカの王妃の座に目が眩んで、その男を捨ててきたのだろう」

「ぷっ、くくくっ……あははは、もう駄目だ。笑いが堪えきれない」


 いよいよシヴァ殿下が声を立てて笑われました。まあ、そうなりますよね。ギルス殿下は発言すればするほど、ご自分がいかに物を知らないか露呈しているのですから。


「ギルス殿下は王太子より道化師の才がおありのようだ」

「何だと!?」


 私はさっと会場に目を走らせる。憤慨している者と、頭を抱えている者に別れていました。


 前者はギルス殿下と同じく、シヴァ殿下の指摘の意味が理解できていないのでしょう。後者はギルス殿下の愚行を嘆いているようです。この方々には見込みがありそうですね。覚えておきましょう。


「ギルス殿下はもっと自国と他国の国情を学ばれるのがよろしかろう」


 シヴァ殿下はもう話すことはないと、ギルス殿下を突き放しました。が、これも致し方がないでしょう。


 マルセラン家はカザリアでも有数の侯爵家。外交官として名を馳せているマルセラン家にあって、オスカー様も外交官として活躍している敏腕家にして次期当主。


 それに引き換え、ギルス殿下はどうでしょう?


 南方諸国全てを結集しても、カザリア一国の国力に及ばないのです。だから、カザリアの貴族から見れば南方諸国など辺境も同じと言えます。加えてギルス殿下は控え目に言っても無能。いえ、無能の方がまだマシでしょう。


 はっきり言って、未来の無いロオカの王妃の座よりも、マルセラン侯爵夫人の方がよっぽど魅力的と言えるでしょう。


 これは何もカザリア王国の驕りではありません。今現在における世界情勢から見た一般的見解です。ギルス殿下はそんなことさえご存知ではないらしい。


「この無礼者が!」


 沸点の低いギルス殿下がいよいよ激昂しました。ですが、私にしてもシヴァ殿下にしても、ご自分こそ国賓相手に無礼を働いている自覚がないのですね。


「もうよせ」

「お、叔父上、どうしてです!」


 上位者同士の会話を遮れずにいたアル様でしたが、さすがにこれ以上は看過できなかったようです。


「どうして? それが分からないからだ!」

「ひっ!?」


 アル様は決して怒鳴ったわけではありません。しかし、その声音に含まれる怒気で、ギルス殿下は完全に縮み上がってしまいました。アル様は戦場を生きる方。ギルス殿下とでは胆力が違うのでしょう。


「メディア王女、本当にアレと婚姻を結ばれるおつもりで?」

「…………それが私の義務ですから」


 シヴァ殿下に言われるまでもなく、私とて嫌なのです。それでも私が投げ出せば、ロオカに住む民の未来が閉ざされてしまう。


「あなたは聡明な上にとても優しい……いや、優しすぎる」

「王侯貴族が民草のために身を削るのは優しさではないでしょう」

「いや、民に光を与えんがための献身には、根底に大いなる愛があると俺は考えています」


 冷ややかだったシヴァ殿下の微笑に、少しだけ温もりが宿ったような気がしましたが……これは私の勘違いでしょうか?


「だが、あなたはカザリアの王女。あなたが照らすべき相手は、ロオカの国民ではありますまい」

「いずれロオカに嫁ぐ身なれば、カザリアの民もロオカの民も私にとって等しく守らねばなりません」

「素晴らしい!」


 突然、シヴァ殿下が私の手を取って迫ってきました。


「どうです、あなたが照らす相手を、ロオカからサメルーンの民に変えてみませんか?」

「それは!?」


 私はびっくりして、目を大きく見開いてしまいました。


 だって、そんなおっしゃりよう……それではまるで、シヴァ殿下は……

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