24. 廃棄王女、王弟と笑う


「しかし、本当にソレーユ王はそこまでやるでしょうか?」

「あくまで私の推測に過ぎませんが……」


 お父様はこれまで手堅く国を統治なさってきました。決して愚鈍でもなければ無能でもありません。そして、為政者として非情さも持っているのです。


「今はまだ南方諸国における帝国の影響力は小さい。ですが、このままでは手がつけられなくなるほど大きくなるのは明白です。あの父王が帝国の台頭を座して看過するとはとうてい思われません」

「ソレーユ王はカザリアにとって、まことに良き王のようだ。それに比べて我が国は……」


 アルバート殿下は苦い笑いを浮かべました。アルバート殿下にも私の予測が為政者として正しい判断とご理解されておられるご様子です。しかし、それによって踏み台にされるのは自国なのですから複雑なお気持ちなのでしょう。


「しかし、あなたはどうして私にその話を?」

「策謀が露呈すればカザリアの損益になるのに、ですか?」


 普通に考えれば、お父様の策謀を明かしてしまうのは自国の不利になります。当然、カザリアの王女としての立場なら、これは秘匿せねばならない話でしょう。


「はい、私があなたの立場なら、ロオカの王侯貴族に打ち明けたりはしません」

「理由は二つあります」

「二つ……ですか?」


 もちろん、私も王女としての立場は心得ております。ですが、いえ、だからこそ私はお父様の企てを挫きたい。


「私も父王もロオカに参戦して頂きたいのです。ただ、父王のやり方を私は是としておりません」

「ソレーユ王のやり方が間違っていると?」

「短期的には正しいと思います。しかし、もし帝国との戦争が長引けば、ロオカの属国化は悪手になるのです」


 私の推測通りに事が進めば、南方諸国から帝国の影を一掃できます。そうなればロオカを使って帝国を三面戦争の泥沼に引きずり込めて、東方諸国から帝国の脅威を払拭できる可能性が高くなるでしょう。


 ですが、それでも戦争が長期化してしまったらどうでしょうか。属国として無理矢理この戦争に参加させられたロオカの国民感情は最悪です。きっと、ロオカの民はカザリアを恨むでしょう。


「恐らく、南方諸国における帝国との戦況は一変すると思われます」

「味方であるカザリアへの怨嗟が高まれば、ロオカの国民は帝国になびくかもしれませんね」

「そうなれば、ロオカ全体が戦を厭うようになるでしょう」

「確かに厭戦えんせんの気運が強くなった軍ほど脆いものはありません」


 その時、南方方面の戦線は崩れ、帝国は一気に南方諸国を手中に収めてしまうでしょう。そうなれば南側から東方諸国は攻め込まれる。しかも、ロオカの民はカザリアへ恨みを抱いているのですから、喜んで参戦してくるでしょう。


「全く、あなたの慧眼には恐れ入る。あなたは為政者として優秀な才をお持ちと思っておりましたが、軍を率いても名将となれそうだ」

「『南方の獅子公』と名高き殿下にお褒めいただけるとは恐縮です」


 まあ、私がまともに軍を動かせるとは思われませんし、これは世辞で間違いないでしょう。殿下ほどの方に持ち上げられると、少しその気になってしまいますが。いけませんね、できないことを無理してやろうとすれば大火傷してしまいます。


「それで、もう一つは?」

「ささやかな意趣返しです」

「意趣返し……ですか?」

「この話はあくまで私の推測ですし、父王に何か企みがあっても私は聞かされておりません。だいたい妹姫ミルエラではなく婚約者のいる私に話を持ってくるなど、私へ悪意があるとしか思えません」


 私とて人の子。国の為にと悪意を唯々諾々と受け入れ黙って従うほど聖人君子ではないのです。


「私、これでも怒っているのですよ?」

「あなたでも感情が先に立つこともあるのですね」

「殿下は私を何だとお思いなのです?」

「はは、謁見での悪意に動じないあなたは聖女か何かかと思いました」

「ふふ、私が国元で何と呼ばれているか、殿下はご存じないのですか?」


 アルバート殿下がくすくす笑われるので、私も釣られてくすりと笑みを零してしまいました。


「黒き魔女です……聖女とは正反対なんですよ」

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