25. 廃棄王女、町娘になる
「やっぱり私の髪と目の色は目立ってしまうわね」
町娘の服装に着替え姿見で確認してみましたが、どうにも私の姿は浮いています。恐らく黒い髪と赤い瞳が、どうしても目を惹いてしまうからでしょう。
「やはり、この色は変えた方が良さそうね」
「そんなぁ」
着替えを手伝ってくれたマリカが不満そうに口を尖らせました。
「せっかく衣装を髪と瞳の色に合わせましたのに」
「このままでは正体が露見しかねないもの」
街で私の存在を知っている者は少ないでしょうが、各国の、特に帝国の間諜がいるとなると用心に越したことはありません。
「赤き髪は闇夜を照らす
私は目を閉じ呪文を紡ぐ。
自分の思い描く姿を胸に。
「……『
詠唱を終え魔術を構築すると、鏡に映る私の髪と瞳の色が茶色へと変わっていく。その姿はどこから見ても町娘ね。
うん、これなら街中に溶け込めるでしょう。
「自分の容姿が十人並みで良かったと思えるのはこんな時くらいね。ミルエラみたいな美人だったら、質素な服を着てもすぐに正体がばれてしまうもの」
「……メディア様はもう少しご自分を客観的に見られた方が良いと思いますよ」
何でしょう?
マリカが呆れた目をしています。
「メディア様は自己評価が低すぎます」
「そうかしら?」
「そうですよ。メディア様はとってもお綺麗です。もっと自信を持たれてください」
私は姿見の前でくるりと回る。ふわりとスカートが舞い、自分でも何となく可愛いかなとは思うけれど。
「ほら、とてもお美しいではありませんか」
「いつもマリカ達が私を磨いて着飾ってくれているお陰ね」
これも全て侍女達の努力の賜物。
まあ、決して不美人ではないし、むしろそこそこ綺麗な方だとは自分でも思うけど……それでも街で浮くほどの美貌でもないわ。
「ううっ、メディア様はご自身がとっても素敵なのに、まったく分かってくれません」
「ふふ、ありがとう」
マリカの身贔屓はいつもの事だけど、褒められて悪い気はしないし、それにちょっと自信もつきました。
「髪はどのようにされますか?」
「マリカに任せるわ」
「それじゃあメディア様がもっと綺麗に見えるよう頑張って結いますね」
「ほどほどにね」
姿見の前に座ると、マリカが後ろに立って髪を編み込み始める。花冠のように三つ編みを綺麗に作っていくマリカはまるで魔法でも使っているよう。
――こんこん、こんこん
ちょうど編み込みが終わったのと同じタイミングで扉をノックする音が聞こえて来ました。
「どうぞ」
入室の許可を出せば、カチャリと扉を開けてカザリアからついてきた侍女の一人が入室してきました。
「お客様がお越しになりました」
一礼した侍女は来訪者を告げたのですが、恐らくアルバート殿下にお願いしていた案内人でしょう。
「
「ありがとう、すぐに行くわ」
礼を述べて侍女の横を通り抜けた時、おやっと私は訝しみました。その娘が何やら含みのある笑い顔をしていたのです。
その答えはすぐに判明しました。
「お迎えに上がりました」
「アルバート殿下!?」
来訪されたのはアルバート殿下ご本人だったのです。先程の侍女は笑っていたところを見るに確信犯ですね。わざと教えてくれなかったのでしょう。
私が目を丸くして驚いたのがおかしかったのか、アルバート殿下まで笑われておられます。
みんなして私を揶揄って。意地悪です。
「殿下ご自身が来られるとは思いもしませんでした」
「私の配下はロオカ南方の出身者ばかりなので適任者が自分以外いなかったのですよ」
「それならそうと教えてくだされば良かったですのに」
私が怨の篭った目でちょっと睨みましたが、アルバート殿下はしてやったりといった感じです。
「家臣には反対されたので黙って来たんですよ」
「それは当然でしょう。王弟殿下自ら護衛も無しに他国の王女を案内するなど不用心にも程があります。
可哀想に、家臣の方々は今ごろ頭を抱えているのではないでしょうか?
「これでも腕に覚えはあるので大丈夫です」
「殿下がお強いのは存じ上げておりますが……」
何せ知勇で知られた南方の獅子公様ですから。剣の腕もかなりのものだとか。ですが、そういう問題ではないでしょう。
「それに、護衛は私よりもあなたの方が必要でしょう」
アルバート殿下は私を上から下に全身をじっくり観察されました。何でしょうか、紳士な殿下にしては随分と不躾な視線です。
「あなたが街へ出たら狼藉を働く男共が続出しそうだ。町娘にしては美しすぎる」
「なっ!?」
何てことを仰るのですか!
いやだ、顔が熱くなってきたわ。きっと赤くなってはずです。もう、恥ずかしい。そう思ったらますます顔が熱くなってしまう。私がこんなに浮ついた女だったなんて!
両手で頬を挟んだら案の定、私の顔は火を吹くほど熱くなっていました。そんなふうにあたふたする私を見るアルバート殿下の深く青い瞳が少し柔らかくなったような気がします。
「ふふ、あなたは年齢以上に大人びていて、とても理性的な女性だと思っておりましたが……美しいだけではなく、年相応に可愛らしくもあるのですね」
「殿下!
恥ずかしさのあまり少し涙目になってしまった私は怨みがましく睨みました。なのに殿下はいよいよ満面の笑顔になったのです。
私を辱めて面白がるなんて。
アルバート殿下……意外といけずです。
「アルバート殿下はもっと誠実なお方と思っておりましたのに、存外意地悪ですのね」
「あなたが可愛すぎるのがいけないのです。ついつい虐めたくなってしまう」
男はそういう生き物なんですよと、片目を瞑って悪戯っぽく笑うアルバート殿下はいつもより子供っぽく見えます。そんな一面を知って、トクトクと心臓が騒がしくなりました。
「ところで、街では何とお呼びしたら?」
確かに実名はまずいですね。何か偽名を考えないと。
「そうですね……メーアでお願いします」
「了解しました、メーア」
ちょっと安直かとも思いましたが、元の名前と似ていた方が咄嗟の反応がしやすいでしょう。
「それではアルバート殿下、今日はよろしくお願い致します」
「街中で殿下は拙いでしょう」
「そうですね。では、何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「それでは私……いえ、俺のことはアルと呼んでくれ」
――ドキッ!
殿下は急に急に口調まで変えてきました。少し粗野な感じですが、それが逆にアルバート殿下……アル様にとても似合っていて、私の心臓が一気に高鳴りました。
「そ、それでは……アル…様?」
「はい」
はうっ!
私が名前を呼ぶと、アル様はぱっと破顔され、今日一番の笑顔をお見せになられました。もう、胸が苦しくなるほど痛いです。
果たして、今日一日、私の心臓は持ってくれるでしょうか?
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