26. 廃棄王女、初めてカフェに入る
「ロオカではこのような飲み物が
「ふふ、メーアも驚いたりするんだな」
平静を装ったつもりですが、私は少し驚きの声音を消し損ねたようです。アル様に笑われてしまいました。
仕方ないではありませんか。目の前に真っ黒な液体を並々と注がれたカップを置かれたら誰だって驚きます。
「このコーヒーは南方諸国で親しまれている飲み物だ」
「アル様は慣れておいででしょうが、カザリアではお茶と言えば紅茶が一般的なんです」
ちょっと言い方が負け惜しみっぽかったでしょうか。どうもアル様の笑顔が意地悪です。気恥ずかしくなって私はカップに手を伸ばしました。
「――ッン!?」
その黒い液体を口に含んだ瞬間、私は思わず顔を顰めてしまいました。口内に何とも言えない独特の匂いと凄まじい苦味が広がったからです。
「うっ、苦っ……」
「はは、初めてなら砂糖とミルクは入れた方が良い」
アル様が砂糖とミルクを差し出しながら微笑みました。どうも私の反応を見て楽しんでいる節があります。
もう!……アル様は本当にいけずです。
今、アル様と私は街中のカフェにいます。それというのも、私が至る所に点在するこのカフェに興味を抱いたからです。
お茶と言えばカザリアでは屋敷の茶室や庭園で嗜むものです。ですから、このカフェはカザリアには無い文化で、街中でお茶をすると聞いて興味が沸くのも無理ないことではないでしょうか。
ただ、このコーヒー……本当に人の飲み物なのでしょうか?
「ロオカではずいぶん親しまれているのですね」
「ええ、軍議などで出てくる飲み物も南方ではもっぱらコーヒーだ」
アル様の話によればロオカでは貴賤を問わずコーヒーを楽しまれているのだとか。
こんな黒くて苦い飲み物を……南方は酔狂な方ばかりみたいです。これはミルクと砂糖は必須ですね。
砂糖とミルクを注ぎコーヒーをかちゃかちゃかき回すと、真っ黒だった液体が柔らかい茶色に変化しました。口に含めば苦味と甘さがミルクに
「んっ、これは……」
「どう?」
「とても美味しい」
先ほどの苦味がまったく気になりません。紅茶をミルクティーにすると甘すぎて私は好みませんが、このコーヒーは苦味が良いアクセントになっているようです。
「これなら私も好きになれそうです」
「それは良かった」
「こちらでは紅茶を嗜む文化がない代わりに、貴族の間でもコーヒーが主流なんだ」
ほら、とアル様が顎で近くのテーブルの客を示しました。二人の男性が談笑しているようですが……貴族のようですね。
「ああやってカフェで貴族は親交を深めたりしている」
「カザリアのお茶会のようなものでしょうか?」
「近いかもしれないな」
街のカフェでお茶会ですか。ですが、お茶会はただの親睦だけではなく、情報交換の場でもあります。まさかこんな街中の店で重要な情報のやり取りまではしないでしょうけど……
「トフロン王国とライン王国方面の軍備が縮小されるらしい」
「おいおい、あそこはずっと戦争状態のはずだろ?」
……えーと、そんな話をこんな場所でして大丈夫なんでしょうか?
「だが、いつまでも軍備に金を取られては堪らん」
「それは同意だ。軍の奴らは我らから金を無心することしか考えていないからな」
ちらりとアル様の顔を盗み見たら、二人の貴族に射殺さんばかりの鋭い視線を向けてます。
心中お察しします。確かに軍は無駄に財政を浪費します。ですが、南方の国々と戦争状態に陥らせたのはロオカの中央貴族。アル様とて戦いたくて戦っているわけではないでしょう。それなのに、彼らはその責任をまったく考慮していません。
「だが、そうは言っても軍縮すれば攻め込まれてしまうだろう?」
「ああ、そこで今度、サメルーン王国と同盟を結んであの二ヶ国を牽制するらしい」
「だからサメルーンのシヴァ王子が来訪されておられたのか」
「近いうちにサメルーン軍と合同演習もするとか……」
会話の内容はロオカの機密に関するものですが、これでは完全に筒抜けではありませんか。それとなく周囲に目を走らせれば、どうにも間者らしき人物がちらほらと。あっ、我が国の『梟』もいます。
いずれは知られる事ではあるでしょうが、まだサメルーンと同盟が結ばれていない今の段階で、他国に知られるのはどうなんでしょう。
「……アル様、この話は既に公になっているのでしょうか?」
「いや、俺もまだ聞かされていない話だ」
アル様が険しい顔をされています。
無理もないでしょう。軍の要職に就かれている王弟よりも先に他国に色々な情報が漏洩していそうです。この国の機密管理は大丈夫なんでしょうか?
「そう言えば、カザリアから来た王女の話を聞いたか?」
……と考えていたら、今度は私の話題のようですね。
いったいどんな噂話なのやら。
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