19. 廃棄王女、王弟を語る

「久しぶりねシャノン」


 彼女はカザリアがロオカに送り込んでいる間諜組織『梟』の一人。組織の通名コードネーム『黒猫』シャノワールですが、私はシャノンと呼んでいます。


 なんとなく可愛い彼女にはそちらの方が似つかわしいですから。彼女も気に入ってくれたのか『シャノン』の名前を受け入れてくれています。


「シャノンがいるってことは、ロオカには『梟』が入りこんでいるんですか?」

「ええそうよ」

「主だったロオカの王侯貴族の情報……本国に『梟』が送ってる……」


 無表情に淡々と答えるシャノンは冷たく感じますが、何となくツンと澄ましているところは猫そのもので愛らしい。


「つまり、お父様はこの婚姻が破談になると分かっていたのよ」


 もしかしたら、ミルエラを送るのを渋ったのはそのせいかもしれない。破談になってミルエラが傷物になるのも嫌だし、好色なギルス殿下がミルエラの美貌に惚れて婚姻が上手くいけば謀略が失敗するから。

 どちらに転んでも、ミルエラをロオカへ行かせるのはお父様にとって都合が悪かったのかもしれません。


「最初から破談になると分かっているなら、陛下はどうしてこんな婚姻を強引に押し進められたのですか?」

「推測だけど、お父様はロオカに破談の責任を問うつもりなのではないのかしら」


 帝国との戦争で東方諸国に呼応しないロオカにお父様は苛立っています。かと言って戦いを強要すれば、ロオカが叛いて帝国に寝返らないとも限りません。そこでロオカの過失を責めて、心理的に負い目を感じさせることで裏切りを防ぎつつ戦争に参加させようとしているのではないでしょうか?


「お父様が何を狙っているかを正確に推測するには情報が足りないけど」

「……私、陛下のご意向……探る?」

「それはいいわ」


 シャノンが申し出てくれたけど、これは受けるわけにはいきません。


 シャノンは私に協力的だけれど、国の諜報機関である梟に所属しているのです。国の最高権力者であるお父様に反旗を翻す行為はさせられません。


「しばらくはロオカの情勢を調べるのに注視したいの」


 それに、私の拠点はこれからロオカになります。今は本国にいるお父様の動向よりも足元を固めないといけません。


「あなたには引き続きロオカの情報を持ってきて欲しいの」

「……承知」


 ロオカに根を張る『梟』はシャノンの他にもいますが、国の諜報機関である彼らが一王女でしかない私に情報を流してくれるとは考えられません。シャノンが本国へ行ってしまうのは今の私にとって痛手でしかないのです。


「ロオカの貴族があそこまでおめでたい頭だと国内の情勢はかなり拙いのでしょう?」

「はい……間諜……帝国以外もたくさん……」


 シャノンの話では予想通りロオカにはカザリア以外にも帝国や他の諸外国から間諜が多数入り込んでいるとのこと。


「しかも、帝国の手が一部の貴族にも伸びているなんて」

「協力すれば……帝国での地位を約束……その誘惑に負けた……」

「それは帝国の常套手段でしょうに」


 甘言で裏切りを誘い国盗りを謀る。協力者には官僚として職位を与えられますが、所詮は貴族の特権の中でのうのうと生きてきた者達です。実力主義の帝国でまともに登用されるわけもありません。


「今まで誘いに乗った貴族たちは最終的に職務怠慢などの理由で切り捨てられているわ」


 彼らは帝国に貴族がいないと理解していないのでしょうか?


「自分だけは違う……みな、そう思う……」

「そうね、だから裏切りは後を絶たない」


 全くシャノンの言う通りね。裏切者は前例があっても何故か自分だけは同じ轍は踏まないと根拠の無い自信を抱く。自分の能力を信じることは悪くはないけれど、根拠の無い自信はただの過信、妄信の類です。


「王弟であるアルバート殿下がまともな方だったのが救いね」

「それでも帝国の脅威をご存知ない様子でしたが?」

「殿下が帝国に明るくないのは仕方がないわ」


 アルバート殿下を擁護すると、へぇっとマリカがニンマリと少しいやらしい笑いを浮かべました。


「国王やギルス殿下はダメで、アルバート殿下は許されるのですか?」

「なあに、その含み笑いは?」

「いえいえ、アルバート殿下ってちょっと素敵な方だったなぁと思っただけです」


 この子は意外と下世話な恋愛ものが好きなんだから。まあ、アルバート殿下が少しだけ素敵な方だったのは否定しませんけど。


「何を馬鹿なことを言っているの。アルバート殿下にはきちんとした理由があるのよ」

「アルバート殿下……南方守護の要……」


 私の代わりにシャノンが答えました。


「南方諸国は小さな国が抗争中……その関係は決して良く……ない」

「まさか帝国が迫っているというのに小競り合いをしているのですか!?」

「別に……おかしな話じゃ……ない」

「ええ、東方諸国だって全ての国が味方ってわけじゃないでしょう」


 私とシャノンの言葉にマリカは驚いていますが、帝国に一丸となって抵抗しているように見える東方諸国とて一枚岩ではありません。


 私の姉マローネが嫁いだ大国カランツは大陸最東端の為、帝国の脅威を対岸の火事として非協力的なのです。他の中小国にしても刃こそ交えていませんが、互いに牽制し合っているのが現状。帝国の揺さぶり一つで裏切らないとも限りません。


「ロオカ……周辺諸国からも狙われて……いる」

「むしろ、目に見える脅威のない帝国よりも、直接的武力衝突している南方諸国の方がロオカにとって重要なのよ」

「それではアルバート殿下はそれら南方諸国を相手にされておいでなのですか?」

「見て分からなかった? 殿下は政治家と言うより軍人だったでしょう」


 アルバート殿下は『南方の獅子公』の異名を持つ名将。剣の腕はもちろん、軍の指揮能力もかなり高いらしいのです。


「姫様……来訪の為……王弟、王都べティーズへ……来た……いつもは……ロオカ南端の国境に……いる」

「殿下の配下も優秀らしいのだけれど、みんな軍人で戦争状態にない帝国には明るくないと思うわ」


 しかしながら、アルバート殿下のみならず家臣の方々も目は南を向いています。こと南方の情勢や戦闘に関してはエキスパートでも帝国については全くの無知。


「アルバート殿下は南方諸国における政情や戦ではとても頼りになるの。でも、逆に言えばべティーズにおける帝国との剣戟の音と血の臭いのしない戦いにおいては当てにできない」


 私の心証ではアルバート殿下個人は信用できて頼りになる方だと思います。味方の少ないロオカにおいて、個人的なお付き合いを深めても損はないでしょう。


「つまり救いのアルバート殿下は役立たず……と」

「マリカ、その言い方は不敬よ」

「どう取り繕ったって同じことです」


 歯に衣着せぬマリカを窘めましたが堪えた様子もありません。


 まったくこの子は……

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