18. 廃棄王女、黒猫の少女と再会する

「なんなんですか、あの無礼な王子は!」


 与えられた王城の客室に戻ると、マリカが頬を膨らませてむくれていました。


「メディア様を愚弄ぐろうするにも程があります!」

「マリカ、あなたまた力を使ったのね」


 ジョルジュ陛下との公の謁見に、マリカのような侍女は同行できません。それなのにマリカが謁見の状況を知っているのは、こっそり侵入していたからでしょう。


 実は、マリカにはそれが出来る能力ちからがあるのです。もっとも、彼女のその力については極一部の者しか知りません。恐らく能力の詳細はアルトさえ知らないでしょう。


「あの貴族どももメディア様を馬鹿にして笑って……あんな連中、メディア様の魔眼で黙らせてやればよかったんですよ!」

「あの程度でいちいち魔眼を使っていられないわよ」


 ロオカには各国から間諜が入り込んでいるのです。国王との謁見で魔眼なんて使用すれば、瞬く間に私の力が知れ渡ってしまうでしょう。


「今はまだ手の内はさらせないわ」

「ぶぅ」


 マリカがパンパンに頬を膨らませ不満を訴えているけれど……可愛い過ぎて笑ってしまいそうです。


 まあ、謁見の間での無礼は、かなり目に余るものがありました。だから、マリカが腹を立てるのも分からなくはないけれど。


「そんなに怒ってないで、お茶を淹れてくれる? 少し喉が渇いてしまったわ」

「はい、ただいま。とびっきり美味しいお茶をお淹れしますね」


 気分転換にマリカにお茶を淹れてもらい、私はそれを口に含みながらジョルジュ陛下との謁見について思い返してみました。


 ギルス殿下やその取り巻きが、私に悪感情を抱いているだろうと予想はしていました。ですが、予想以上に敵意を剥き出しでしたね。ただ、それより問題なのはジョルジュ陛下や宰相デュマン卿までも私に隔意を持っていたこと。


「ロオカの貴族達がここまで酷いとは予想外だったわ」


 歓迎されるとは思ってもいなかったけれど、まともな外交感覚があるならば、面従腹背くらいの芸当はできても良さそうなのに。ロオカの王侯貴族にあそこまで政治的感覚が欠如しているなんて……


「メディア様、やっぱりカザリアに帰りませんか?」

「それはできないわ」


 マリカの提案を受け入れるわけにはいきません。正直に言えばあんな歓迎を受けては帰りたい気持ちは山々ではりますが。


「帝国の侵攻を阻止するには、どうしても南方諸国の力が必要なの」


 その中でも比較的力があり、帝国と接しているロオカの協力はどうしても不可欠。


「ここは、ただでさえ非協力的な国なのよ」

「メディア様が帰国してしまえば、カザリアとロオカの間に決定的な亀裂が入る……それは分かるんですが」


 マリカも頭では理解できているけど、感情が許さないと言ったところかしら?


「もっとも、お父様は何かを企んでいるみたいだけど」

「陛下がで、ございますか?」


 マリカやアルトに話したように、エドガー卿の警告にあったアセビに含まれる毒はお父様の陰謀を示していると私は考えています。ですが、もちろんそれだけでお父様を疑っているわけではありません。


「恐らく、お父様はギルス殿下が好色で恋人もいると知っていたはずよ」


 表面上は平穏なロオカですが、帝国と国境が接している謂わば最前線なのです。ただ単に刃を直接交えていないだけで、水面下の争いは最も激しい国と言えるでしょう。


 剣戟の音も、兵の足音も、ときの声もないとても静かな戦い――それは諜報戦。


 シュラフト、ストラキエに続いてロオカの参戦を警戒している帝国、帝国とロオカの関係に神経を尖らせている他の南方諸国、帝国と直接争っているシュラフトとストラキエ……各国の密偵がロオカには入り込んでいるのは間違いありません。


 当然、我がカザリアも間諜を送り込んでいます。ロオカの立ち位置が帝国と東方諸国との戦争の帰趨を決定づける。だから、カザリアでも優秀な間諜組織『梟』がロオカで活動しているのです。


 だから、お父様はギルス殿下との婚姻打診の前にリアムなる令嬢の存在も知っていたのは間違いありません。


「陛下はあの頭の悪そうな女の存在を知っていながらメディア様に婚姻を無理強いなさったのですか!?」

「ええ、それにギルス殿下の愚かさについても当然……ね」


 ちらりとテラスへと続く掃き出し窓を見れば、窓が開いてもいないのにカーテンがゆらりと揺れています。


「そうよねシャノン」

「……はい」


 気配が全くなかったはずのカーテンの陰からすっと少女が現れる。


 髪は私と同じ黒色で、その瞳も吸い込まれそうな漆黒。浅黒い肌の愛らしく小柄な少女。そのしなやかな肢体はどこか猫を連想させます。


「姫様……ご無沙汰……です……」


 彼女はすっと音も無く近づき、私の前にひざまずきました。

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