17. 廃棄王女、王弟殿下に帝国の脅威を語る
「このような仔細になり大変申し訳ございません」
王城の応接室へ通されると、突然アルバート殿下が頭を下げ謝罪してきました。
「まさか、ギルスがあそこまで愚かだったとは」
「正直に申しまして、私もギルス殿下に思うところが無いわけではありません」
アルバート殿下はぐっと唇を噛み締められました。最悪の事態を想定されたのでしょう。
何せギルス殿下がやらかし、それを周囲の貴族だけではなく、国家の
まあ、幾らお父様でも、いきなり戦争を吹っ掛けることは無いとは思いますが。カザリアとロオカは間にシュラフトとクラインの二カ国を挟んでいますし。
ですが、人口、経済力、軍事力、東方諸国での影響力……カザリアとロオカとの国力の差は歴然。カザリアが制裁を決定すれば、ロオカはひとたまりもありません。
アルバート殿下にはきちんとその事が理解できているのでしょう。
ですが……
「私は本国にこの事を伝えるつもりはございません」
「それは……ロオカとしては助かるのですが」
アルバート殿下が眉尻を下げられました。きっと私の身を案じてのことでしょう。本当に誠実な方のようです。貴族にしては少々気持ちが顔に出過ぎなように思えますが。
「あなたは名誉を傷付けられたのです。本当にそれで良いのですか?」
私を心配してしゅんとされるアルバート殿下は、何だか大きな仔犬のようです。ちょっと可愛いと思ってしまったのは不敬でしょうか?
間違いなく不敬ですね。この秘密は墓まで持って行くことにしましょう。
「ギルス殿下だけではなく、ジョルジュ陛下にも宰相デュマン閣下にも、そしてロオカの全ての貴族に私は失望しました」
「返す言葉もありません」
「ロオカは全くご自身の立場も、危うい状況も理解しておりません」
私の厳しい評価にも、アルバート殿下は粛々と傾聴されました。かなり辛辣な意見でも、アルバート殿下としては聞かざるを得ないでしょう。
何故なら国賓を公然と侮辱し、それを謁見の間にいた王侯貴族全員が黙認したのですから。私への侮辱が、ロオカ王国全体の意思と取られてもおかしくありません。
はっきり言えば、これでもかなり甘い方なのです。
「ですが、今は東方諸国が一丸となって帝国の侵攻を防がなければならない時です」
帝国は西方諸国を平らげ、今まさに東方諸国にその魔の手を伸ばしています。戦線は膠着状態ですが、ロオカの動き一つで戦況はどちらに傾いてもおかしくありません。
「だから、私は無用な
だからこそ、ロオカとカザリアが争う火種にならないように私はしたい。どうやら、お父様には私とは別の思惑がありそうですが。
「帝国はそこまで脅威なのですか?」
「東方諸国の和を乱せば、瞬く間に帝国は大陸の東側までも蹂躙してしまうでしょう」
帝国は西方諸国を飲み込み、大陸の西半分を平らげてしまいました。単純な国力だけを考えれば帝国に対して、東方諸国にある国を全て合わせてやっと互角なのです。
実際には、併呑した西方諸国の
「帝国が占領した国をどう扱っているかご存知ですか?」
「お恥ずかしながら、私は帝国について詳しい情報を持ってはいないのです」
この方のロオカにおける役目は南方守護。北西から迫る帝国の脅威に対しての政策に参画することはないのですから仕方ありませんね。
「あそこは元々共和制で、元老院によって皇帝を定めていた歴史があります」
「そうなのですか?」
「はい、官僚制の実力主義ですので貴族はおりません。当然ですが制圧した諸国の貴族は例外なく権力を剥奪されています。ロオカの貴族は王族だけが滅びるなどと、自分達だけは大丈夫などと甘い考えなのではないでしょうか?」
そのような甘い認識しかない貴族など、帝国の権力層に入り込む余地はありません。
「はっきり申し上げます。ロオカの王侯貴族は一人残らず粛清の対象となるでしょう」
「ロオカを戦場にして国民を苦しめるくらいなら、私達王侯貴族の首を差し出してもよいと考えるのは甘いでしょうか?」
「国民の安寧の為に首を差し出す覚悟はご立派です」
さすがに帝国とロオカの国力の差は認識されておいでのようです。
戦争になればロオカに勝ち目はなく、それならば自分達の首を差し出して軍門に下る。そうした国民だけは助けたいアルバート殿下の真っ直ぐなお気持ちは、とても奇特と言うべきでしょう。
「ですが、果たして帝国に占領された民達は本当に幸せになれるでしょうか?」
「帝国の支配はそんなに酷いのですか?」
「帝国臣民となれば問題はありません」
帝国の治世は決して悪いものではありません。先進的であり、法政も税制も貴族優遇のロオカより公平でしょう。ですが、焚書、言語の統一、言論統制、土着の祭りを禁止し文化を衰退させています。
「帝国は自分達こそが唯一無二の国であり、諸外国の存在を認めていません。彼らは言葉も文化も神も歴史も何もかも全てを奪うのです」
「それは我らロオカの国の尊厳をも奪うということですか?」
アルバート殿下の問いに私は頷きをもって返答しました。
帝国が望んでいるのは、諸外国があった事実そのものを奪い去ること。民族の誇りを失う。場合によっては民族浄化さえ辞さないでしょう。実際、占領された西方諸国の中には民族ごと全て滅ぼされたケースもあるのです。
「今一時の仮染めの平和の為に、次に続く子々孫々に永劫とも思える苦難をお与えにないますか?」
人の命は何ものにも代え難く重い。ですが、時として誇りは命よりも重くなる。だから、私はアルバート殿下に問わねばならないのです。
「国の、民族の、誇りと尊厳を奪われるのは、時として死ぬよりも辛いとは思われませんか?」
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