15. 廃棄王女、真実の愛を目撃する

「俺はリアムとの真実の愛に生きる!」

「ああ、ギルス様……嬉しい!」


 私に見せつけるように、ギルス殿下とリアム嬢が抱擁ほうようを交わしています。


「俺達の愛は、たとえカザリアでも引き裂くことはできない!」


 そして、私を指差し高らかにギルス殿下が宣言すると、周囲の貴族達も歓声を上げて拍手を送ています。同盟の為に結ばれた婚約で国元を離れ来訪してきたというのに、私を出迎えたのはそんな茶番劇でした。


 ロオカの王侯貴族は恋愛脳に毒され、国を運営し民を導く義務を忘れてしまったおめでたい方々ばかりなのでしょうか?


「つまり、ギルス殿下は両国の交わした約束を反故ほごにされたいと仰るのですね?」

「当たり前だ」


 国同士の約束を感情だけでこうも簡単に撤回しようとする。もともとロオカの外交は信義に欠けるところがありましたが、きっと感情論で国の方針がふらふらと変わるのでしょう。各国から風見鶏などと揶揄やゆされるのも頷けるというものです。


「ですが、これはカザリアとロオカ双方が合意した婚姻です。簡単に破られては困ります」

「何が合意だ。元はと言えば、カザリアの都合で押し付けてきた縁組みだろう。それなのに、お前のような身も心も醜い女を寄こすなんて」


 公衆の面前で感情を剥き出しにして他人を罵倒してくるギルス殿下と私はどちらが醜いと言うのでしょう。


 まあ、ロオカの常識は私とは違うようですが……周囲を見ればどうにもギルス殿下に同情的な貴族ばかりのようです。


「こんな馬鹿にした話があるか!」


 馬鹿にしているのはそちらでしょう。


「明らかに我がロオカを侮った仕打ちではないか」

「東方諸国の盟主カザリアの第二王女を送られて、侮られているとロオカはご判断なさるのですか」

「そういう大国の威光を笠に着る態度が醜悪な女だというのだ!」


 そちらが先に国の対面を持ち出しておいて、それを返せば言い掛かりをつけてくる。これではまるで会話になりません。


「せめて噂の美姫を送ってくれば良いものを」


 噂の美姫?

 ミルエラのことでしょうか?


「たいそう美しいと聞いた。きっと、心も清らかな女性なのだろう」

「ミルエラであれば受け入れたと仰るのですか?」


 それはミルエラがリアムとやらよりも美人なら、平気で恋人を捨てると公言しているのも同じではないですか。真実の愛とやらが聞いて呆れます。


「そんな言い方が可愛げの無いというのだ」

「ギルス殿下は何か勘違いされておられませんか?」


 この婚姻は愛だとかそんな次元の問題ではないのです。


「私達の婚姻は、来るべき帝国の脅威に対抗する意義があるのですよ」

「はんっ、何が帝国だ。あいつらと戦争しているのはお前達であって俺達には関係ないだろう」

「……本気で仰っておられるのですか?」


 見れば周囲の貴族達も馬鹿にするように笑っています。


「当然だ。お前達の戦争に俺達まで巻き込むな!」

「シュラフトが滅べば次は我がカザリアが攻められます」

「だからどうした」

「カザリアまで滅べば、もはやヴェルバイトの野望を止められる国はなくなってしまうのです」


 大陸最東端には私の姉マローネが嫁いだ大国カランツもありますが、あそこは帝国とは大陸の端と端の位置関係です。そのため、最後の最後まで残るでしょう。しかし、逆に帝国にとって侵略の邪魔にはならないのです。


「領土を狙う帝国の欲望には際限なく、全てを奪い尽くしても収まらないでしょう。どこまでも肥大する野望は、大陸全土を焼き尽くすまで消えることはありません」

「我らには関係がない。愛を知らぬ野蛮なお前達だけで殺し合っていればいい」

「カザリアが落ちれば帝国がロオカを攻めない理由が無くなるとどうしてご理解いただけないのですか?」


 ですが、私の言葉はこの場の誰の心にも響かなかったようです。誰もが私を白い目で見ている。この方々は本当に自分達が危機的状況にあると認識できていないようです。


 それは国を牽引するジョルジュ陛下も宰相デュマン卿にも……


「……唇亡びて歯寒し」


 私の心に冷たい風が吹き抜けました。しかし、その寒風はいずれロオカに現実のものとなって降り懸かるのです。


 東方諸国の連盟に守られている認識を、ロオカは誰一人として持っていない。謁見の間には誰も私の味方がいない四面楚歌。この状況にギルス殿下は勝ち誇ったように黒い笑いを浮かべました。


「どこまでも可愛げの無い女め、そんなに帝国と戦争をしたいならさっさとカザリアへ帰……」

「これは一体どういうことだ!」


 周り全てが私の敵。そんな剣を用いない孤立無援の戦いの中に、割って入る声がありました。

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