第3章廃棄王女と愚者の国
14. 廃棄王女、愚者に囲まれる
「俺が貴様を愛することはない!」
ロオカ国の謁見の間に、怒声が響き渡る。
それが、国元を離れ他国に嫁ぎに来た私を出迎えた言葉でした。なんとも感情的であり、しかし心無い言葉です。
それを口にしたのは、私を憎々しげに睨みつけている少年。私より幾ばくか年下でしょうか。装飾過多な衣装に身を包み、尊大な態度が目に余ります。
だいたい、ロオカ国王ジョルジュ陛下との謁見の場で、私の挨拶の口上を遮ぎるのは失礼を通り越して不敬でしょう。
「カザリアめ! 圧力を掛けて強引に婚姻を押し付けやがって!」
その口振りからするに、彼がギルス殿下なのでしょう。
燃えるような見事な赤髪と整っていますが傲慢が見える顔。容姿に違わぬ苛烈な性格なのでしょう。ギルス殿下はなおも私に怒りをぶちまけ続けました。
「しかも、俺の相手にこんな美しくもない
確かに私はミルエラみたいに目の覚める様な絶世の美女ではありません。
それでも大国の王女として容姿には気を使っておりますし、私はこれでも十分に美しい部類に入ると自負はしています。
歳も目の前で悪態をつくギルス王子より二つ年上ですが、まだ十九歳で行き遅れと言われる程でもありません。
「陰気そうな黒髪だし、その赤い目とか血のように不気味じゃないか」
他国の王女に対し、とんでもない暴言です。
ため息が漏れそうです。これがロオカの王太子になるお方ですか。ですが、誰も彼を止める様子がありません。
本来ならこの場の最上位であるジョルジュ陛下がお止めすべきなのですが……私はちらりと視線を送りましたが、玉座で目を閉じて知らぬ存ぜぬを決め込んでいます。
まさか、本当に寝ているわけではないですよね?
隣に座る厚化粧の王妃は、つまらなさそうに時折あくびを漏らしているのがばればれです。王座の階下で私を睨み付けている白髪の老臣は、ロオカの宰相ジルベール・デュマン卿でしょうか?
ただ黙って事の成り行きに委ねているみたいです。事態を収拾するつもりはないようですね。周囲の貴族達はにやにやと笑っていますが、誰もこの状況の
この場に、まともな人間は一人もいないのですね。まったく、頭が痛くなってきました。
本来なら、名も名乗らず暴言を吐く相手を、大国の王女が相手をするわけにはいかないのですが……この茶番を止める者が誰もいないのでは仕方がありませんね。
「ギルス殿下とお見受け致しますが、私達王族の婚姻は好悪の外にあります」
「ふざけるな! 愛に真実のない婚姻など問題外だ!」
問題外なのはあなたの頭の中でしょう。
「お前のように誰からも愛されないような女には分からないんだろうがな」
止まらぬギルス殿下の暴言に、周囲からくすくすと笑い声が漏れ聞こえてきました。
「まあ、お可哀想に」
「遠くロオカまで婿探しにこられたのですかな?」
「カザリアでも、あんな可愛げの無い女を
どうやら、周囲の貴族達が悪意ある嘲笑を私に向けているようです。
私がここにいる意味を誰も理解していないのでしょうか?
この国はこんな状態で本当に大丈夫なのか頭が痛いです。
「私はカザリア国王の命を受けてここにいるのです。その意味をご理解いただけませんでしょうか?」
「ふんっ、今度は俺達ロオカを小国と侮って脅しか。心まで醜い女だな」
何でそんな話になるのですか?
「そんな高慢ちきだから結婚相手がいないんだろ。それで大国の威を借りて俺と結婚しようとは見下げ果てた奴め」
別に私が望んだ婚姻ではないのですが……そんなことを言えばプライドの高そうな少年ですから火に油ですね。
「だいたい、俺は最初からこの婚約が嫌だったんだ」
私だってあなたのようなお子様は御免被りたいです。それでも、王族としての責務を果たさねばならないから、ここに立っているというのに。
「俺には愛するリアムがいるんだ!」
「ああ、ギルス様」
ギルス殿下がお隣にいた令嬢の華奢な肩を抱き寄せる。
その少女もギルス殿下の腕に逆らわず、そのまま胸にしなだれました。いきなりの不貞行為に開いた口も塞がりません。
「ああ、お前のせいで俺とリアムの仲を引き裂かれてしまった」
「私のことは良いのです」
可哀想なリアムと大袈裟にギルス殿下が嘆き悲しみ、リアムと呼ばれた少女は涙をはらはらと流し首を振る。
「ギルス様がこの婚姻で苦しまれないか心配で……」
「リアムは本当に心優しい女性だ」
「お国の為に犠牲になるギルス様に比べれば私なんて」
「俺はリアムが傷付いたことが悲しいんだ」
芝居じみたギルス殿下とリアム嬢が抱き合い悲壮感たっぷりに涙を流せば、周囲の貴族達が同情の目を向ける。
自分達だけが仲を引き裂かれたとでも思っているのでしょうか?
運命に翻弄される悲劇の主人公になったつもりなのでしょうか?
私だって婚約を解消し、愛する恋人と別れてきたと言うのに。
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