10. 廃棄王女、魔眼を解放する

「あなた方はいったい何処のどなた様かしら?」

「あぁん? 何だ、てめぇは?」


 私が賊の注意を引いている間に、アルトがサッとハンドサインを出す。すると素早く二人の騎士が離れていくのが魔力の流れで分かりました。


「私どもは故あって、ロオカの王都ベティーズへと向かっている者です」


 状況を理解していない世間知らずな令嬢ならこんな感じでしょうか?


「通行の邪魔ですから、そこを退いて下さらないかしら?」

「はっ! この状況で呑気なもんだな」


 賊の頭が小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、配下の賊達がげらげらと下品な笑い声を上げました。私のずれた態度が面白かったのでしょうか?


 まあ、確かに馬車から出ずに騎士に守られるのが普通の令嬢です。私の振る舞いは、頭がおかしいと思われても仕方がないのかもしれませんね。


「いったい何のお話でしょう?」

「俺達が何で立ち塞がっているかわかんねぇんか」

「ですから、天下の往来を妨げているあなた方に、道を開けて欲しいとお願いしているのですが?」


 ましてや武装している暴漢を前に、にこにこと笑って的外れな言動をしているのです。誰もが私を侮るでしょう。


「命令すれば俺達が素直に言う事を聞くと思ってんのかね」

「それなのにノコノコ自分から出てきやがった」

「ほんっと、おめでたいヤツだぜ」

「カザリアのお姫様は頭が緩いらしい」


 果たして賊の方から色々と情報を提供してくれました。


「なるほど、あなた方は私がカザリアの王女と知って、狼藉を働こうとなさっておられるのですね」


 笑みを引っ込め私はスッと目を細めました。豹変した私の雰囲気に、賊は戸惑いを隠せないようです。


「それに、隠してはいますが、ずいぶん言葉に帝国訛りがあるのですね」

「――!?」


 男達に緊張が走りました。


 実際には、彼らの口調からそこまで特定できるほどはっきりとは分かりませんでした。まあ、カマを掛けたわけですが、見事に彼らの態度が真実を雄弁に語ってくれています。


 つまり、彼らはただの賊ではなく、明確に私を狙った刺客なのでしょう。それも帝国からの。


「てめぇ、本当にカザリアの王女か?」


 髭面の頭が警戒の色を強めました。王女が刺客と疑う相手の前に、のこのこ現れるはずもないのです。きっと私を影武者か何かと疑ったのでしょう。


「ええ、間違いなく私は正真正銘カザリアの第二王女メディアですよ」

「信じられんな」

「ふふ、信じる信じないはあなたのご随意に……」


 私は彼らに向かって二本の指を立てました。


「さて、カザリア第二王女メディアの名において、あなた達には二つの道を選ばせてあげましょう」

「なんだと!」


 馬鹿にされたと思ったのでしょうか、髭面の頭が顔を険しくして睨んできました。か弱い貴族令嬢なら怯え上がるか気を失っているところでしょう。ですが、私にはちょっとも臆するところはありません。


 彼らのほぼ全員が私の視界に入った段階で、勝負はもうついているのです。


「一つ、このまま大人しく立ち去りなさい。そうすれば命までは取りません」

「この状況で強気な女だな」


 髭面の頭が口の端を吊り上げました。私からすればおかしな事は申しておりません。しかし、彼らからすれば私が滑稽こっけいに見えるのでしょう。


 私達の前にいるのは、五十名は下らない帝国の暗殺者。十名ほどの騎士に守られた小集団など、彼らの目には良いカモとしか映らないのかもしれません。


「二つ、あくまで盾突き一戦交える。その場合は申し訳ありませが……」


 私はにっこりと笑みを浮かべると、表情とは真逆の残忍な宣告をしました。


「あなた達には死んでいただきます。一人たりとも助命は許しません」

「舐めるなよ小娘がッ!」


 愚弄されたと解釈したのか、髭面の頭が激昂して剣を手に襲い掛かってきました。他の男達も怒気を含んだ叫び声を上げて突進してきます。


 数十人の屈強な男達が武器を手に襲い掛かってくる。ただの令嬢であれば絶望的な状況であるのは間違いありません。それでも私は特に慌てず静かに彼らを真っ直ぐ見据えたまま。


 そして、私は瞳に魔力を集中すると小さく呟きました。


縛威の魔眼ル・サリエ・イーヴ

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